実になんてことない話。
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基本的には自分のための覚書。
初期はSMA話や活字・マンガ話がもっぱらだったが、
現在は飲みとTV話だけ異様に長文な傾向になっている。
よく判らない用語などは、もしかしてここを読むと判るかも。
…現在2004年1月分の日記を復旧中…

2002年05月09日(木) たまには感傷的に。

一昨日見つけてから買うべきか買わざるべきかさんざん迷った「でたまか」。だって続き物だし。絶対絶対、1巻読み終わったら次巻が読みたくなると判ってる…ヒキ作んの好きだからなあこの作者(本人が言うほどアコギなヒキとは思わんが。本当にアコギな引き、というのは栗本薫氏のようなのを言うんだと思う…)。本当は、今回始まった王国再興篇が終わってからまとめて一気読み!というのがベストだろうと思うんだけど…。
判っちゃいても、そう簡単に理性が働くようなら苦労はないんだよな、というわけで気がつくと1巻が手の中に(笑)そしてあっという間に一気読み(大笑)
終盤、残りページ数が少なくなるのに比例して「ちくしょー、かっこいー!!」と意味不明の雄叫びをあげる頻度が高くなるアホがここに…あ〜、しかしホントに面白いよ。これだから活字を読むのはやめられないのだ。
4、5年前までわたしは映像関連のメディアにまったく興味がなくて、ひたすら活字(及びマンガ)一辺倒な人間でした。今ではTVやネットにかける時間が飛躍的に増えて、ドラマもバラエティもよく見るし映画や舞台やライブも見に行っちゃうし、どれもそれぞれに好きで愉しいけど。やっぱり小説には、小説でしか決して味わえない、代え難い魅力がある。
表紙を開いて文字を辿ると、周囲の世界が溶けて崩れる。頁をめくると違う世界が音もなく立ち上がり、本を閉じるまで、そこにいることさえ意識はできない。見たこともない、聞いたこともない誰かの意識に侵入するような、侵入されるような、知らない世界と知らない意識の展開。手の届かないはずの価値観を目の前でカードみたいに広げてもらえる。
そんなふうに没入すること、そんなに容易く手軽に、一瞬で水に沈むように、夢から醒めるように現実と幻想を行き来すること。それをわたしは小説で最も強く感じた。息を吐いてはじめて、自分がそれまで息を止めていたのに気づくような。あんな楽しみを、他に知らない。
もちろん映像には映像の、それでしか味わえない楽しみ方というものがあって、それだって好きになった。これからだってずっと、TVも見まくるだろうし舞台や映画だって見に行くけど。
時々は思い出す。昔、呼吸をする、その吐く息に活字が混じっているような気がするくらい活字にばかり浸っていた頃があった。それは今でもどこからどこまで、まるで小さい頃食べた御馳走を思い出すみたいに、マッチ売りの少女が灯をともして見た幻影みたいに、笑えるくらい幸せな記憶だ。
あの時あんなことをしている暇があったら、などと悔やむ事が何一つないのは幸せなことだ。だからまあ、わたしはかなり幸せな人間なんだろう。ちょっとおめでたいぐらいにね。
とまあそんなわけで「アウトニア王国再興録1 でたまか 英雄待望篇」鷹見一幸(角川スニーカー文庫)読了!(笑)要はそんなことを思い出すくらい、すげえ面白かったんスよ♪ 前半はやっぱり筋立ての説明に取られてますが、終盤の盛り上がりはさすがかと。は〜、次巻楽しみだなー。

2002/05/17 (金) 00:00(更新)


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