いぶし銀
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2005年10月12日(水) 若い頃。

今回もまた剛泣しながら見てしまいました、吹奏楽の旅。
自分の中学時代を思い出すと、この番組は泣けて泣けてしかたないんです。
あたしのいた頃は、弱小も弱小で県大会にさえ進めない、負けても涙すら出ないという、番組で取り上げられた学校とは比べ物にならないくらいのダメブラバンでした。(^^ゞ
でも、どんなにどーしよーもなくても、やってる本人たちはいたって本気だし、何年もあと1点で県大会ってトコまでいってたので、あたしが出た2年間は「ぜってぇ県大会」のつもりでやりました。
2年生の時は、部員が多いからという理由でショボいながらもオーディションっぽいことやりました。
めでたく合格してコンクールには出ましたが、あの時落ちてたら...?と考えると、その後もちゃんと続けられたか分かりません。
あたしもできれば「努力」という行為は避けて通りたいタイプ(笑)なのですが、地道なロングトーンが後でボディーブローのように効いてくるというのが分かってましたので、まぁまぁそこそこ自分なりの「努力」はしたつもりです。(笑)
1度だけセカンドに落とされたことがあって、そのときは全く「努力」なんてしませんでしたが。(えへへ)
その後、ショボいオーディションをやったところ、課題をクリアできたのが10人中1人、あたしだけという結果になって、どーにかファーストに返り咲きましたが......パート内での妙な確執・わだかまりみたいなのが出来てしまって、3年の時のコンクールは散々でした。
どこかの学校が、合宿の疲れが原因でパート内でのいざこざを起こしたってシーンがありましたが、気持ちの乱れは音の乱れに直結します。
ある程度のライバル意識がなければ技術の向上はありませんが、それとケンカとは別物ですから。
スポーツでもブラスでも集団でやるものは、自分の力を信じることと仲間の力を信じることが必要なんですよね。
どんな結果になろうとも、そのときのベストであることが大事なんですよ。
どの学校もコンクールが進むにつれてどんどんいい音になってましたね。
あたしの時代、文化部は運動部よりも劣ると学校のみんなが思ってました。
でも、吹奏楽の旅を見れば、そんなことはないんだって分かってもらえるんじゃないかな。
肺活量必要だし、舌の筋肉めちゃくちゃ使うし、指を中心に腕や手の筋肉使うし、アタマ使うし......知力と体力両方必要で、なかなかハードなある意味スポーツです。
おかげでいまだに肺活量年齢平均をぐーんと上回ってます。
ただ声がデカイだけとか言わないように。(笑)
ちょっと辛口で......市立柏の銀賞、なんとなく頷けます。
目と耳で楽しませるのは凄くいいアイディアだし斬新でいいと思います。
が、コンクールの審査員は大抵がオッサンとオバハンです。
そーゆー人たちにはあまりにも奇抜に映ったんじゃないでしょうか?
あと5年くらい後だったら金賞取ったんじゃないかな。
何事も新しいことをやるときはそれなりに反発みたいのはありますからね。
あたしはあんなのすきだけどなー。

野村謙二郎先輩引退。
17年間お疲れさまでしたー。

表紙がブイだから、ではなく、まぼがいたから、という理由で『Wink up』を買ってしまいました。(笑)
ヒロシの顔を見つけるより先に、その横にあった’松岡昌宏’の文字を見つけたあたしは間違いなくTOKIOファンだ!
.........限りなく太一ファンではなくなってきているのは気のせいにしておきましょう。(笑)
早いトコ新曲出して歌ってくれー。(←そろそろ禁断症状が...。/笑)


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