| 2022年06月25日(土) |
「ノートルダムの鐘」 |
今日は、横浜に劇団四季の「ノートルダムの鐘」を観に行きました。 この作品は、久しぶりの再演だそうで、人気があり、 ログインに時間がかかり、なんとかとれたのは16列目だったそうです。 客席も見えにくい席を覗いて満員です。 それなのに期間限定。 8/7で千秋楽ですって。 地方公演をするとしたら、 もうすでにチケットの販売がされていると思うので、 これきりなのかもしれません。
私は目が悪いので、16列だと、ほとんど顔の表情が見えません。 残念です。 おまけに、線が歪んで見え、一部見えないところがある右目は、 ある一定の照明になると、 客席に向かって光の束が広がるように見えました。 まぶしくてたまりません。 (夫によるとそんなふうには見えないそうです。) そしてちゃんとした人と影のような人が少しずれて重なって動いて見えるのです。 気がついて、右目だけで見ると、 ほとんど何も見えず、人が影のように動いて見えました。 (正直言って、右目が失明したのかと思って焦りました。) その照明以外では、影のようには見えず、人として見ることができ、 2重に見えることもありません。 ひどく疲れてしまいました。
お芝居は素晴らしかったです。 全員、すごいと言える役を演じた経験のある、 がっつり歌える役者さん達ばかりでした。 よく見えなくても聞きごたえがありました。 でも、ストーリーは救いのない、 (私にとって)希望がないと感じたので、 心が重くなりました。 希望はあったのかしら。
カジモドが、自分の顔を「みにくい顔」と歌った時、 私は、私自身も病気で、顔がみにくく歪む時があるので、 あまりの悲しさに心が痛くなりました。 そういう辛さは、あまりわかってもらえないかもしれません。 先日、暑くて、マスクを外して歩いていたら、 若い男の学生さん達に笑われてしまいました。 悲しかったです。若いというのは残酷だと思いました。
みにくいことで虐げられたカジモドは私だと思いました。 親しく心を通わすことのできたお友達のエスメラルダと出会えて 本当によかったと思いました。 希望はあったのだなと思いました。 希望…ではなく、希望はなかったけど、 救いはあったのだと思います。 でも幸せにはなれなかったのだから、やっぱり悲しい。
お芝居のあと、中華街に行き、萬珍楼で晩御飯を食べました。 プロの作る中華料理は、どれもすばらしくて美味しかったです。
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