気鬱な日々
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2010年03月16日(火) 沢尻エリカを護る

 ホテルで朝のテレビを少し見た。銀座だったかどこかに巨大な沢尻エリカの垂れ幕というか、広告がぶら下がったというニュースをやっていた。美容院の宣伝のようだった。

 沢尻エリカという人に対して、芸能ジャーナリストという人たちはいろいろに批判する。つまりそれは、自分たちの思うような笑顔を作ったり、愛想の良いことを言ったりしてくれなかったということである。あのジャーナリストたちは、自分たちがけっこう偉いと思っているので、生意気な態度の若者が出てくると徹底的に叩く。そのかわり、良好な関係を保ちたい芸能事務所との間には密約のようなものがあるらしい。

 さて、問題は、沢尻エリカと一緒に仕事をしたことのある人の言葉がほとんど聞こえてこないことである。現場の人間にも、ジャーナリストと同じように嫌われているのか?

 私はたまたまある会合で沢尻エリカのいろいろな写真を撮った現場の人と話をし、酒を飲む機会があったのだが、こういう仕事現場の人たちには、彼女の評判はすごくいい。何より真摯だし、仕事をよく飲み込んでいて、深く取り込んでいるし、考えるし、忍耐するし、努力してのめり込むし、最高の成績を求めて幾度でもチャレンジする。

 つまりエリカという人は、非常にハイレベルの職人さんなのである。

 だからその職人さんのマインドを持った人たちには理解され、愛されている。

 たとえば、誰か芸能ジャーナリストがヘルベルト・フォン・カラヤンに「今回のベートーヴェン録音中に何かエピソードがありましたかか?」というような質問をしたとする。カラヤンはその質問が深い理解から出ているか、そうでないかを瞬時に見分ける。そして、相手が何も考えずに安直にそんな質問をしたな、と思ったら、仏頂面で「べつに・・・」と答えるだろう。

 沢尻エリカはどういう人で、打てば響く。響かせるほど勉強してないと思う人には、へらへら阿諛追従はしない。

 これは私でもそうであって、あまりにも当たり前のことを勉強してない人に、親切にわかりやすく愛想よくものを教えたりはしない。そういう態度が一部では「上から目線」だの「何様のつもり」だのと言われているのはわかっているが、自分こそ基礎文献も読まずに何様のつもりだと聞き返したい。

 そういうわけで、彼女はもっと評価するに足る才能を持っている。それをつまらん床屋談義でつぶすとしたら、日本もたいしたことはない。


2010年03月15日(月) 疲労の証拠

 右下の奥歯の歯茎がうずき始めた。

 出張ようやく2日目。あと3日。

 何とか乗り切らないと・・・


2010年03月14日(日) 旅の空

 朝早く新幹線に乗り、出張の旅に出た。

 昼にかきこんだカキフライカレーが胃に重く、半日仕事をした後宿に帰ったら腹がもたれる。耳鳴りも激しい。

 今日は日曜のようだ。さっき宿のテレビで坂本龍馬をやっていた。

 私には曜日は関係なく、今週は次々と旅をしながら仕事を続けるだけ。

 メールで原稿の督促や契約の書類が飛び込んでくる。せわしない生活。疲れる。しかし、コマのように回り続けていないと食えない生活、仕方がない。


2010年03月12日(金) 不登校サポート:シューレ大学

 朝はNHKのラジオを聞く。今日(正確には昨日)は、東京シューレのやっている大学、シューレ大学が紹介された、大学といっても学校教育法にいう大学ではない。学生たちはいくつかのテーマを通して「自分さがし」をやっている。

 これには「甘い」という批判もある。小沢牧子みたいな、上から目線の活動家もいるから、どんなもんかなという疑問もないわけではない。だが、私自身も学校が嫌いで、当時は学校は強制的に行かなければならなくて、病気以外で休むという選択肢はなかったからいやいや通い、それでだいぶ性格がゆがんだと思う。

 こういう不登校の子をサポートする対局にあるのが戸塚ヨットだ。親の中には世間の厳しさを教えようとして戸塚ヨットの方に親和性を感じる人もいる。子供のときはまだ良いが、社会に出たらその荒波は激しいというのは、ある程度は正しい認識だ。

 だが、実際の予後を見ると、戸塚ヨットの子は「刑期」を終えたら元の状態に戻る。反発からドラッグにスリップしてくるケースがかなり多い。あれは内向的な閉鎖社会で、あの中で階級をあがって行くしか適応の道はないのだ。その意味では戸塚ヨットは自己システムの運転には成功しているが、若者を鍛える役には立っていない。

 シューレのようなきめの細かい、ゆるいサポート体制が良い。あれが人間の持っている潜在的な力をゆっくり掘り起こす。もともと人に備わっている力だ。学校では尊重されず、忘れなければならないことになっていたのを思い出すだけだ。

 潜在的な力を発揮することに気づいた人は、顕在的な力もふるえるようになる。サポートは甘やかしとは違うのだ。使える人間を増やした方が世界のためになることは明らかだ。

 だが、あそこも経営は苦しそうだし、小沢が入っているから心理は入っていかないし。環境が厳しいことに変わりはない。親から勧められて無理やりシューレに入ってもやっぱりダメだ。

 人間が人間を大切にしなくなった。これでは政治家の言葉もむなしく響く。


2010年03月11日(木) ウラの自伝

 結局さっきまで仕事をして、睡眠薬と抗うつ薬と下剤を飲んで寝る。ベンゾジアゼピンがなければ眠れないし、SSRIの増量が効いて、少しずつ原稿が書けている。

 家族との関係が冷えてアパートで暮らし初めてから3年、アパートの管理会社が突然変わり、いろいろと手続きをする書類がある。どうしたのかと思う。潰れたのかも知れない。理由の説明はいっさいない。

 もうじき転職するから、住民税の天引きとか年金とか、ややこしい届け出をする書類もたくさんある。こういうのは幾度読んでも理解できない。

 この日記、4月になったら少し内容を変えるだろう。ジャンル別に分けられないのが欠点だが、私が書いて何か人の役に立つことと言えばクスリの話か心理の話だ。

 本当は趣味のことを書きたいが、今はそんな気持ちではない。仕事だけでとてもネガティブになっていて、クラシック音楽なんてのは趣味ではなく、しょせんは18世紀や19世紀のヨーロッパの貴族やブルジョアの慰みもの、そんなものが現代日本にどれだけ意義があるのかと思う。映画も見なくなった。病気時代のなごりで、2時間じっとすわっていられないのだ。

 家族と冷えた原因の一つは私の同性愛。はっきりカミングアウトしたわけではないが、実はいろいろ遍歴していて、人に言えないことも経験しているから、思わずその残滓のようなものが出る。

 そうなった原因は左翼運動の挫折と友人の自殺。昔は戦闘的に闘っていたこともある。しかし、あの日々はすべてムダだったと思う。今の人はそんな話を聞きたがりもしない。

 30代からは仕事だけ。睡眠時間はだいたい4時間でやってきた。それがこのごろ、肩が凝って5時間寝ないと昼間眠くなる。もう引退の潮時が近づいていると思うが、13年前の会社倒産以来、何とか食っていくために必死で、口から溢れるほど仕事を引き受けないと生きていかれない。

 いまひとつ抱えている原稿はこころの健康に関するもの。このところみな健康、明るく、ポジティブ、元気がはやって、余計なお世話だと思っているから、いかに不健康であって良いかを説くつもりになっている。しかし出版社は嫌がるだろうと思う。

 研究者が出版社に引きずられてヘタなサービスをするからおかしくなるのだ。がんばろ


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2010年03月10日(水) 東京大空襲の日

 最初はどうでも良いことが書いてあったが、今日のような日には戦争と平和のことを考えるべきだと思い、内容を変える。

 いわゆる「東京大空襲」というのは65年前の本日、午後0時過ぎから始まり、約2時間半続いた。

 つまり2時間半しか続かなかった。

 この間に東京は下町を中心に焼け尽くされ、10万人以上の死者や行方不明者が出た。これは日本の家屋と市街地の状況を徹底的に研究した結果の作戦と言われ、低空を飛ぶ爆撃機から投下された焼夷弾で大規模な火災を起こすことをねらったものであった。

 その話が遠い過去のものになりつつあり、いま我々は、いついかなるときでも戦争に対してNOというか、あるいは、国益がそれを許すならば、ある場合には武器を取って他国の人を殺すべきか、または殺す人々を支援すべきかを自問自答しなければならない立場にある。

 仮想的で抽象的な議論を繰り返していても、この問題に答えは出ない。

 私らは戦争がトラウマになって、戦後、軍事に関する現実的な検討をする視点を失った。

 マスコミは論点を極小化し、わかりやすい問題に焦点を絞って、是か非かという床屋談義を見せる。

 60年ぐらいで人間が急に利口になることはないので、昔の歴史をよく見て、どういう力学が働いて、2時間半の間に10万人もの人が死ぬはめになったのか、じっくり考えてみなければならんと思う。


2010年03月09日(火) 人の命

 嘱託として仕事をしてもらっていた人が悪性の食道ポリープになった。

 役所を退職してから来た人で、仕事が出来るとは言えなかったが、明るく元気なおじいさんだった。酒はそこそこに飲むがタバコは吸わず、毎年人間ドックで精密検査を受け、数十年医者知らず、いたって健康な人であった。

 あるとき、社員食堂でものがうまく飲み込めず、検査したらポリープがあって、しかも悪性だった。今はガンの専門病院に入院待ちの状況にある。「いつごろ回復して出社してくるのか」という人もいたが、おそらく快癒ということはあり得ないと、多くの人が認識している。

 このごろはガンの治療も進歩しているから、ただちに生命があやうくなることはないかも知れないが、経過が早い。ガンの縮小をはかることができても、経口で食物を摂ることは難しくなるだろう。

 人は誰でも死ぬし、いつか私も死ぬが、そのときどういう気分がするものかはわからない。

 私も仕事がら動物の死には何度も立ち合った。というか、検査目的で命を終わらせたことも何万回もあった。いったん死んだものはどうやっても生き返らない。しかし、不思議なことに、死ぬ寸前と寸後の体の状態や組成はほとんど何も変わらない。死は、その後に起こる一連の変化の出発点であり、体は徐々に死体になって行く。

 私は何となく自分が自殺するような気がしていて、そうなると保険金が入らないので、これを防ぐためにはキリスト教に入信したいのだが、先祖の墓づとめをやらなければならないとすると、異教徒にそれが許されるのか、キリスト教側と仏教側の合意がいる。

 せめて死んでからぐらいは人の役に立ちたいので、解剖実習用に献体したいと言ったら、もう余っていると言われた。それならというわけで、あらゆる臓器を移植用に提供するドナーカードを持っているが、うまい具合にレシピエントが見つかるかどうかわからず、レシピエント側でも私のような者の臓物はいらないと言うかも知れない。

 死ぬ前にはいろいろなものを整理して、身一つで身軽になって死にたいと思っている。親より先に死んだら親が落胆すると思うが、私が死んだことで誰にも悲哀を味わわせたくない。そのためにはせいぜい悪いことをして、ああいうのがいなくなってせいせいしたと言われるようになりたい。

 もう一つ、家族に言い置いておきたいことは、私が事故や遭難で死んだ場合、ちょっとだけ探してもう見つからなかったら、それ以上捜索しなくて良い。捜索隊や救助隊のメンバーには他の仕事もあり、家族との生活もある。損壊した死体を回収して身元を確認する手間は不要だ。放っておいて野生動物に食われるか、腐食して微生物に食われるか、それで良い。


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