2012年04月14日(土) 日本酒を飲みつつ。

ある日のこと。

「あの男は、君に合うんじゃない? 彼にしなよ」
「えー? どうですかねー?」

きゃッきゃ、きゃッきゃとはしゃぐ人たちを見て

その男はあたしのものなんですけど


思った。

口には出せないひみつのこと。

優越よりも不愉快が強いのは
ただの独占欲か、それともまともに嫉妬か。

判断つきかねる。



2012年03月25日(日) ありがとう。さようなら。

今日 12年眺めていた風景にさようならを言いました。
そこが嫌いになったわけじゃない。
むしろそこは、あたしにとってとても特別で大事な場所。
今のあたしの思考の一部を強固なまでに作ってくれて
あたしを人として成長させてくれた場所。

でも
ずっと続けて行くことに不安を感じたりもしていた。
あたしはいつまでここにいるのかしらって。
責任感もやりがいも達成感も安息も得ることができるけれど
慣れた手触りのそれらを守り続けるには限界も近かった。

きっかけがなければ、あたしはそこを去ることができない。
だって、好きなんだもの。
好きだから、離れることができなかった。
けれど、好きだけではやっていけないこともある。
物理的な。体力的な問題で。

夏前に、その場所の仲間に「年度末でここを去ろうと思う」、とメールをした。
ずっとチームを組んでやってきた彼はすぐに電話をかけてきて言った。
「いてほしいけど、でも、高井ちゃんはよくやったよ。もう休んでいいと思う」。

その言葉にあたしが泣いてから半年が経ち
今日を迎えた。

いつになく念入りに身繕いをし
シャツに袖を通し、タイを絞める。
前髪をきっちりと留め、深呼吸。
どんな瞬間もアルカイックスマイルを崩さずに。
あたしは、ここで、育ててもらった。
まずそのことに、心からありがとうと言いたい。

ひとつひとつの動作は流れるように過去になる。
指先の感触ひとつ
鳴る音ひとつ
足を一歩踏み出す距離感ひとつ
匂いも 熱も すべて
あたしのセンサーはそれ仕様に冴えている。
当たり前だ
12年だもの。

終わりの時間を迎えると
年の離れた後輩たちが色紙をくれた。
もらえると思っていなかったからほんとうにうれしかった。
まだ若い彼女たちがくれた色紙はとにかくにぎやか。
やさしいお姉さん、と彼女たちは形容した。
うん
ありがとう。
あたしはそういうふうになりたかったんだ
今はもう去ってしまったけれど
昔あたしをかわいがってくれたやさしいお姉さんがいた。
あたしは、彼女みたいになりたかった。
「写真撮りましょうよ!」て囲んでくれて
なんだか気恥ずかしかった。

とても賢い彼女たちは、あたしが伝えたこと以上のことができるようになった。
あるいは、あたしがしていることを真似て覚えた。
背中を見られている、とわかっていたから
あたしは自分が手本となるように注意を払った。
ついておいで。君たちならできるはずだ。よく見て。よく考えて。
言わなくても彼女たちはそれを汲んだ。
偶然気付いたかのように褒めると、彼女たちが言う。
「高井さんがしていたから」。
それはあたしの成果ではなく、彼女たちの思考の成果。
気付いて動けたということ。
その考え方は、これから先彼女たちを必ず助けると信じている。

あたしを育ててくれてありがとう、と同じように。
あなたたちを育てさせてくれてありがとう、と思う。
好きにならせてくれてありがとう。
大事な子たちです、と胸を張って言わせてくれてありがとう。

そしてずっと一緒に戦ってきた仲間たち。
言い尽くせないほどの感謝。
支えてくれてありがとう。
言い合ったりしたこともあった。
でもそれがあったからこそチームになれた。
ほんとうにほんとうに、ありがとう。



帰宅して
ひとりになって
タイを解いた

ふと
彼氏さんのことを思った。
心のなかで呟く



あのね
あたし 今日
あの場所と別れたんだ。



そのとき
あたしは初めて泣いた。



さみしい。
さみしい。
さみしい。
さみしい。
さみしい。さみしい。さみしい。さみしい。さみしいよ。さみしいよ。
帰れない。もう帰れないんだ。
積み上げてきたものを
あたしはもう十分だと捨てた。
それはあたしの判断
でも、さみしいよ。すごくすごく、さみしいよ。
あたしにとって替えのきかないものだったんだもの。


でも
帰ってはいけない。
あの場所にいた以上の素敵なものを作らなければならない。
むずかしいけど、やらなければならないと思う。
前に進もう。前に進もう。
この喪失感と戦って、それが終わったら。
別の歩幅で前に進もう。

ありがとう。
ほんとうに。
ありがとう。



2012年02月19日(日) ゆとりだとか

バンドのライブが18日にありました。

その準備やらなんやら バンド内のゴタゴタだとかで
ストレスに耐えかねて胃炎でぶっ倒れたのが先々週の水曜日。
会社の人が付き添って救急病院に運ばれるという事態。
どうしてこんなになるまで思いつめてしまうんでしょう。
毎度毎度毎度毎度。

夜、病院に迎えに来た母は用意周到で
「入院になった? パジャマ持ってきたよ?」と言いました。
あたしが胃潰瘍で突如入院したこと・やっぱり胃炎で倒れたことがあったから。
ありがとう。そしてまた心配かけてすみません。
付き添ってくれた会社の上司も、ひさも、ありがとう。

数年前からストレスを感じると吐くという、じゃっかんの吐き癖があるのですが
吐けば楽になるからいつものものだと思ってたんだけど
今回は違ったみたいです。

二日間療養しました。
仕事もすべて休んだ。



18日は無事にライブしてきました。
「お客さん」や「交流」のためにフェイスブックやツイッターやらに登録しました。
個人情報ダダ漏れ。心のダダ漏れ。

だから、ここを切り離した。

あたしは。
あたしは。
あたしは。

そういう自己主張を、人の目にがっつり触れるところに出すには
あたしは気が小さすぎる。

だって
いつだって自信なんかないし
にこにこしてるくせに実はすごい対人ストレスがあって吐いちゃったりとか
そんな人の明るい歌とかさ
うそっぽいじゃん

嘘じゃないんだよ。
嘘じゃないんだけど
あたしは一人遊びが好きなんです。


人の目を気にしすぎるのだ。
そういう性格なのだ。

倒れるまで、多分あたしは、人に「助けて」って愚痴ったりしなかったと思う。
そういう性格なのだ。

ライブを終えて、緊張とプレッシャーから解放されて、
あたしはやっと、彼氏さんの家でぐっすり眠った。
言葉もほとんど交わさず セックスもせず
お気に入りのぬいぐるみを連れて、
夕方までぐっすりと、ぐっすりと。

起きてから、彼氏さんとテレビを観ながらお鍋を食べた。
時折彼氏さんはあたしの顔を見て頭を撫でた。


そんなにしんどいならやめちゃいなよって
きっと言いたいだろう。
でも安易には言えないのだ
あたしがそういう性格だから。


損だ、とか、生き辛い、とかは、もう、いいのだ。



今日食べたお鍋はおいしかったし
「今日はやたら甘えるなぁ」と彼氏さんが笑ったし
ぬいぐるみたちは相変わらずかわいかった
あたしはきっとそれだけで
じゅうぶん幸せです





2011年12月18日(日) さーてさーて。

バンドのブログの更新もちんたらちんたらしていますが
(ライブに行った時とかに書いたりする)
こっちもなんとかせな。なんとかせな。と思ってまた書きだしてみた。

この放置プレイの理由はなに?


…………忙しいんです、冬だから!!



こまかい理由ははしょります。とにかく冬は忙しいんです。
いや、夏前からグダグダだったけど。

バンドのブログからここまで辿られると、
知られたくないことを知られてしまう可能性があるので
それはここに書かないようにしよ、と思ったんですが

考えてみたらあたしの生活の大半って、その「書けないこと」でできてんのね。
ふとそれに気付いたら、しょーもな、と思ってしまった。

しょーもな。
いい年してしょーもな。

いや、決して、「しょーもない三年間あるいは五年間」を過ごしたわけではないんだけど。

働くこととお金を稼ぐことにひたすら没頭していました。
未来が怖かったから。
未来が怖いって、しょーもないな、とふと思ってしまった。
自分が黙っていても動いていても未来はやって来てしまう。
ある瞬間後悔するのが嫌で、とにかく体を動かしてきたけれど


はい、もう、なんか限界です!


弱いですか。根性ないですか。捨てたら、あたしの魅力は減りますか。



それで、結構。
あたしよりしんどい暮らしをしてる人なんていくらだっている。
あたしより根性のある人なんていくらだっている。

でもその逆もまた然りだ。
ようは、人と比べてもしょーもないってこと。

あたし、がんばったぞ。
そう言えるくらいには、がんばったと自分で思うから。

今年度で、この三重生活にピリオドを打ちます。
未来が怖くなくなったわけじゃないけど。でも、自分の手でピリオド。

今から春が楽しみです。
たっぷり睡眠をとって
たっぷりのんびりして
たっぷり自由な気持ちになる。
そういうのっておそらく、大学卒業してからしていない。
いつだって望んで何かに追われていたし、そして自分を追い込んだ。

そうゆうのをやめてみようと思った。


変えてみよう。変わってやろう。
もしかしたらそれは、かつてのあたしに戻るということかもしれない。
そのあたしに「ハロー、久しぶり」って言えるのは、
きっとはなえくらいだと思う。

この10年で捨てた世界の数。
切った人たち。潰されたところ。
名前も顔も思い出せなくなった人たちが何人もいる。
深い関係を持っていた人ですら、名前を思い出せなくてびっくりする。
いい思い出がないからそこから離れ、忘れ去ったのだけれども。
でも本当にそれで良いのかわからない。
時間の経過で生まれる忘却は、時にお薬だけれど
「忘れなかった者の勝ちだ」と言っためめの言葉を、あたしはずっと覚えている。
忘れなければ、覚えていれば、救える何かがあるかもしれない。
だから、忘れたくないのだ。あらゆることを。
あたしはかつて そういうふうに考えていたんだった。


ただ「覚えていること」にはとてつもないエネルギーと余裕が必要だ。
だから、あたしは一度生活をリセットして、そのエネルギーと余裕を自分で作ることにした。
いいことも。悪いことも。他愛のないことも。
余裕がなかったから、「覚えていること」を諦めていたんだろう。
そのままでは生きていけないと悟ったから忘れることを覚えたのだ。

でももう一回やってみようと思う。
「覚えていること」を。
余裕を持って自衛をすれば、きっと「生きていけない」なんてことはない。
きっと、あたしだって、昔よりたくましくなっているはずなんだ。
負けねーぞ 負けねーぞ 負けねーぞ



2011年09月18日(日) ライブしてきましたよ。

恵比寿でライブしてきた。
うん。楽しかったな。

基本びびりーなので、お客さんの反応を見ながらステージに立っている。
どや顔でできるくらいなら、若い時にどうこうなってる。
どや顔でできないから挫折した。
少なくともあたしは。

趣味、と言えども、お客さんがお金払って見に来てくれてることには変わりない。
なので、ちょっとでも努力をしたいと思う。
そんなこんなでライブまで緊張のしっぱなし。
いい反応を返してくれたので、安心してステージにいることができた。
みんなありがとう。

打ち上げをした後、メンバーでオールした。
ダーツバー行って、それからカラオケ行って、
歌わずにみんなで撮ったライブ映像を確認。
うん、まぁ、これならいいんじゃない?、て
自分なりに安心して(それだって最低ラインのことを言ってるんだけど)、
それから猛烈な頭痛に襲われた。

あたま、いたい。
鼻の付け根あたりも、いたい。

いたい。いたい。いたい。
きもち、わるい。お酒、そんなにたくさん飲んでないのに。

それから、始発で帰宅。
池袋駅でメンバーと別れ、一人になって電車に乗って、まず結っていた髪を解いた。
これで少しでも頭痛が和らげばと。でも全然効果がない。
我慢できない吐き気。
乗ってひと駅で途中下車して、持っていたビニール袋に吐いた。
幾分楽にはなったけど、頭痛は消えない。
前日12時間くらいたっぷり寝ているから、寝不足っていうわけでもない。
疲労って言っても普段の生活パターンを考えるにそう肉体ダメージは変わらない。
テンションが高い分、体は楽だった。

あー、そっか
あたしほんっとーにものっすごいプレッシャーと緊張と戦ってたんだ。
安心して、ひとりになって、緊張の糸が切れたんだ。

どれだけ自分コントロールできてないんだろう。
子どもならわかる。極度の緊張から来る体調の異変。
でもあたしは大人だ。
たかが趣味、されど趣味。
うまく手を抜いてきちんと仕上げるということができない。
安心して吐いちゃうとか、どんな状態だよ。

でも楽しかったのは本当で、またライブしたいな、とかも思ったりする。
この緊張を心地よく楽しめるような神経を持てればいいんだろうな。

まだまだ まだまだ時間かかりそうだけど。

今日は頭痛も吐き気も消えて、たっぷり睡眠とった。
明日から、また、がんばろう。



2011年08月31日(水) ライブですよ。

久しぶりの日記のはずがライブの告知です。
バンドは元気に続けていたってことですね。はい。

9月17日(土)
場所:恵比寿LIVE GATE TOKYO
スタート:17時
久しぶりに高井に会いにいこっかな、という人はメールくださいな。