人生マクロミクロ。
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2008年08月10日(日) 田舎女子高校生の憧れ「べねとそ」。

先日テレビで久しぶりに見た加護ちゃんの豹変ぶりはすごかった。
自分の中にあったイメージが崩壊するというのは案外ショックなものです。


周囲が田んぼばかりで何もない田舎の女子校に通っていた私が、当時とってもオサレ!と思っていたブランドといえば、ラルフローレンと、ラコステ。今思えばたかが靴下なのに、学校にあのマークの入った靴下を履いていく日は、ちょっぴりオシャレした気分になって、フフン♪って上機嫌だったのを覚えている。ラルフのポロシャツが欲しい、でも高くて買えないから、馬がラルフの馬よりちょっと横向いてるのとか、逆むいてるのとか、そんなバッタものっぽいのを買って、それでもほんの少しオシャレを感じていたという切なさ。


そんな地味な田舎女子高生だった私が、もう1つオシャレブランドとして憧れを抱いていたのが、ベネトン。


高校から20分位の所にある街の駅ビルにベネトンが入ってたんだけれど、店内がカラフルで明るくて、何だかその当時、凄いオシャレな場所に見えていた(笑)そしてそんな憧れのブランドであるベネトンで洋服を普通に買っている友達(←禁止されてるのにバイトをしててお小遣い稼いでる)を、最高にオシャレな子だと思い込んでいた。

それから時は流れ、十数年。随分、ベネトンというブランドの存在を忘れてた、というか?店自体見かけてなかったというか?(笑)少し前に引っ越してきたこの街に、ベネトンのお店を発見した時は、なんだか妙に懐かしさがこみ上げてきた。ピュア?プア?な自分を思い出して、思わずニヤニヤしてしまった。


今なら憧れのベネトンが 自分のお給料で買えますよ、naoさん。ってなわけでズボンを購入。家に帰りつくとさっそく取り出して、履いてみる前に何気なくタグをみておりました。

そこには、ベネトンジャパンが・・・「ベネトソジヤバソ(べねとそじやばそ)」って書いてあるじゃないですか。中国製がどうのこうのってわけじゃないのだけれど、なんとなく「中国製」であるイメージがなかった。それにしても誤植は少々イタダケナイ。

高校時代に抱いていた超オシャレなイメージがガタガタと崩れてしまったという、まさに逆向きラルフ並の切なさです。


注)※あくまでも個人の感想であり、製品の良し悪しを標榜するものではありませんw





本日は買い物をした後で、休日出勤して仕事。その後、夕方から以前会社に勤めていたパートさんと1年半ぶりの再会。「何となくなおちゃんのことを思い出して、懐かしくなって」というメールを貰い、嬉しくてメールを返したら急遽、私の住んでる駅まで遊びに来てくれた。こんな風に会社の外で2人で会ったりするのも初めてだったのだけれど、焼き鳥食べてビール飲み飲み色々話を聞いて貰ったり、お馬鹿な話したり楽しかったなぁ。

彼女の22歳の娘さんが某有名ダンススクールに通っていて、その娘さんが、「パフュームはああ見えてダンスのレヴェルが高い!」と言ってたらしく。それ以来見る目が変わって、最近perfumeがやたら気になるのよね〜なんて、何ともタイムリーに言われ、そこからパフューム談義に。なにげにその話が1番楽しかったやも(笑)

ってことで本日の日記はオシマイ。


2008年08月08日(金) 思いやりと感謝の作業。

昨晩、仕事で深夜1時すぎに帰宅してから、お弁当に持って行くショウガ焼を作り始め、ネットを徘徊してたらあっという間に4時。起きれるか不安だったので、3回10分置きに鳴るようにセットしている携帯の目覚ましアラーム音を、普段の心地よく目覚め系の“着うた”ではなく、ピコピコ感の激しいperfumeの64和音着メロ、を最大音量設定に。いつも乗る電車より2本あとの電車になってしまったけれど、ドーパミン効果で脳内シャッキリです。

そんなわけで、ちょっぴり今朝は遅れ気味の出社。


汗をたらしながらフロアの入り口でタイムカードを押そうとしている時、3ヶ月前に入社したばかりの、私の1歳下の男性(阿部サダヲ似と周囲から言われている)が、チーム内のデスクを拭いている姿が見えた。机拭きはやらなくて良いと伝えてあったのだけれど、私の机も丁寧に拭いてくれているのを見て、なんだか妙に切ない気持ちになってしまった私でした。
※恋ではないです。


入社したばかりの頃、朝は20分くらい早く来て、それぞれのチームの人たちの机を拭き、上司にお茶を出すというのが新人の女性の基本。これはあくまでも女性のみの仕事で。忘れたりすると先輩にキツく怒られて、繰り返し叩き込まれてきた。

それから10年。机拭きやお茶くみ=別に差別とまでは思わないけれど、そんな前近代的な慣習は今でも続いていて、(単に私の下に女性社員が入ってこないからというのもあるのだけれど)チーム内の机拭きなどは自分の仕事として続けてきた。

でも、今から5年ほど前。体調を崩してしまって、朝も規則的に起きることができず、出社も始業時刻ギリギリ。精神的にもギリギリに追いつめられてて、机拭きが何日もできずにいた時があったのだけれど、その時同じチームのある男性に(年齢は上だけど、勤続では私が先輩)キツイ言葉を言われた。この話前にもいつだったか日記に書いたっけな?


「どうして机を拭くっていう簡単なことすらできないの?他の女子社員は、その他の点でもいろいろと気を利かせてやってるのに、女性として恥ずかしくはないんですか?」的な。


少しばかり打たれ強くなった自分がいるのは、その人のおかげでもあるけれど、その時は本当に悔しくて悔しくて。その他にも色々と自分の欠けている部分を突き付けられて自己嫌悪に陥って、今でも思い出すと胸がギュッって締め付けられる程、あの当時は苦しかったな。


実は、その人(最後まで天敵だったなぁ)が退社をして、変わりに入社してきたのがサダヲ似新人さん。


拭いてくれてありがとうとお礼を言ったら、「いえいえ、いつも拭いて貰っているのでたまには・・・。いつもすみません本当なら僕がやるべきなのに」と笑顔で答えてくれたことが、なんだか無性に嬉しかった。そんな風に思ってくれただけで。


机拭きもお茶も、長いこと“単なる作業”としてしか思っていなかった気がするけれど、思いやりや日頃の感謝の気持ちを、もう1度確認して忘れずに過ごしていきたいなぁと思った、朝でした。



今日はついにオリンピック開会式だ〜。楽しみ!総合演出を手がける映画監督のチャン・イーモウさんの作品が、私は大好きなので、どんな素敵な演出になるのかなぁって期待しまくりんです。 リアルタイムで見られないのは残念だけど、ちゃんと録画予約してきました。ワイワイワイー。


2008年08月07日(木) 生活感のない女。

基本的に飽きっぽい性格の私だけれど、手帳に短い日記を書くようにするという習慣はここ2年続いている。「今日は○○を食べて美味しかった…終わり」みたいな極短な日記も多々あるけれど、自分がどんな行動をしたのかとか、何を考えていたのかとか日記に記しておくってやっぱり良いなぁと思う。

でも、手帳にちょこちょこっと書き込むのと違って、PCに向かって毎日書くとなると案外大変だなぁ。 週末に行ったガールポップライブのこともあれこれ書きたいと思ってたはずなのに、あっという間に日が経ってしまった。まあ、いいや。マイペースで。



今日も残業で、最終電車で帰宅。
そういえば、残業中、私の1歳下の新入社員Y君に、「旦那さんは帰りが遅いんですか?」とか、「ご飯毎日作ってるんですか?」とかあれこれ聞かれた。最初適当に答えていたけれど、やっぱり嘘がつけず結局別居中であることを話してしまった。あまりシビアにならない程度に。

質問したことを申し訳なさそうに誤るY君に、「なんだか、naoさんって生活感を感じないなーとずっと思ってました」って言われた。

「そうですか?」って笑ってサラッと流したけれど、よくよく考えると、一体それってどういう意味なんだろうなぁと。家事をしてなさそうってこと?おそらく褒め言葉ではないだろうとは思うけれど、ま、あんまり深く考えなくていっか。


あと30分で2時になっちゃう。明日のお弁当を作ってしまわないと。


2008年08月04日(月) 期待をしないこと。

今日は夏休み1日を使って、銀行に行ったりしたあと、市の法律相談に行ってきた。離婚調停が不調になって裁判になった場合、どう対策を立てたらいいか、参考になればと思って。

相談時間は30分。話を聞いてくれたのは70歳は超えてるだろうという弁護士先生。耳も遠く、色々質問をしても「訴状を見ないと分からない」と何度も繰返す。もちろん、実際裁判になってみないことには分からないっていうのは重々承知の上の相談なので、何とかそれを伝えて聞いて貰った。

今の段階で言って貰えたことは、「裁判にしたらいい」「答弁を書けば良いだけ」「弁護士なんて立てなくていい」。こんな感じでした。短い時間では今までの経緯も話せないのでしょうがないけれど、スッキリしないまま帰宅。

普段は極力考えずに生活をしているけれど、こうして離婚に関することに触れたりするとどうしても心がザワついて落ち着かなくなる。

誰かに話を聞いてもらいたいと思ったとき、私には親しか電話をかける人がいない。友達にこんな話をして重い気持ちにさせるのも申し訳なくて。もちろん、親にだって本当ならこんな話をして心配もかけたくないのだけれど。


母親と今日の相談についての話を報告した。色々と話している最中、母が、お父さんにもちょっと聞いて貰いなさいと突然父親に電話を代わった。ほんの少し言葉を交わしただけで、父はいきなり「見たいテレビがあって忙しいから」と、またすぐに母に変わってしまった。このことが、なんだかとてもショックで。

つい感情的になって、電話で怒りを吐いてしまった。「私のことよりテレビが大事なんですか?」と。父に特別話を聞いて欲しかったというわけではなかったはずなのに。

電話の向こうで父がブツブツ言ってるこえる。母もだんだんイライラしてきてるのが分かった。「お父さんのタイミングも考えず、電話を代わってしまったお母さんが悪かったのよ」と、ため息まじりで何度も謝ってくるのが悲しかった。

「もう何も話さない、面倒くさいでしょうから」と捨てゼリフを吐いて電話を切ってしまった自分が情けなくて、涙が止まらなかった。

すべて、自分が撒いたことなのに、こうやってあたり散らしている自分が本当に情けない。どうして私は成長できないのだろう?


私はいつだって他人に期待ばかりしてきた。親なら、親友なら、恋人なら、こうしてくれて当然。そんな風に。そんな「当然」が裏切られる度、失望したり怒りを覚えたり。

私は、他人を「利用価値があるか、どうか」という見方しかできていないのかもしれない。期待ばかりしている人間では、いつまでたっても幸せになんてなれるはずがない。

人との関わり方、物事のとらえ方を、もう1度深く考え直そう。
自分をしっかり持って前向きに、幸せに生きて生きたいから、私はとことん独りになって自分と向き合う決心をしたのだから。


2008年08月02日(土) 8という数字へのこだわり。

もう8月に入ったんだなぁ。早いなぁ。
独りになって暮らし始めて4ヶ月が経つんだ。


ところで私は1年の中で、8月が1番好き。
単純に、8という数字が好きなだけなんだけれど。

カタチがかわいい。だるまっぽくて、私の大好物のだんごとかおもちにも見えてくる。


転んでも起きあがる。漢字にすれば末広がりでラッキー。
セブンスヘブンよりさらに超えた階層の天国・・・(?)、無限大のかたちにだって似てる。


そうそう、8という数字は中国ではとっても好まれるらしく(8=発の意味をかけてるんだって)、電話番号とか車のナンバープレートに「8」が入ってると、高額で取引されるらしい。


私は、自分の誕生日にも8という数字が入ってることもあってか、昔っからこの「8」という数字にこだわってしまう。 あと“8”にまつわるラッキーな出来事も過去あったりしたからなんだけれど。

ロッカーの番号選ぶ時とか、ロト6とか宝くじ選ぶ時とか、何か意味のある行事をする日とか。結婚式だって、8のつく日にこだわった。といっても、宝くじだって当たったことはないし、残念ながら結婚生活もあっという間に終わってこしまったんだけど。


それは置いといて、今日初めて知ってビックリしたのは、 北京オリンピックが、2008年の8月8日、午後8時に開始だってこと。普通にみんな知ってることなんでしょうかね? 私はちょっと感動してしまいました。

2008年に決まったのは偶然だと思うけれど、中国の人たちの数字にこめた熱いこだわり、想いを感じます。 北京オリンピック、問題がすでに飛び出してて不安もあるけれど、無事に開幕を迎えて、素晴らしい試合がたくさん見れると良いなぁ。





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