沢田知可子さんありがとう 旧館
一番下の「HOMEPAGE」で表紙に戻ります。

2011年10月24日(月) ファンサイトをこれからも大切に。

自分がネットを始めようとした頃は、パソコン通信全盛からインターネットへ移る頃でした。ファンサイトを作ろうとした時は、たくさんのファンがあり、携帯電話でネットをするなんて無かったし、オフシャルサイトも今のように動くものでもありませんでした。

先輩たちはファンである歌手やタレントのために作るサイトは、とっても愛が溢れていてホームページ作成ソフトも言語やプログラムの知識がある方向けで、自分のような素人には難しくて初めて買ったソフトで挫折。
ホームページビルダーを買い換えてとりあえず作ったサイトを転送して、ネットの世界に公開した時は、何度も何度もアクセスして感動は忘れることが出来ません。
最低限の表紙に数ぺージのファンサイトから、9年の経過と共にドメイン取得するとは、その当時は考えもありませんでした。

オフシャルサイトを追い越して、準公式サイトを目指そうと力み過ぎて、途中に挫折したり、ネット仲間もいた頃はご挨拶に来てくれたりとでしたが、ファンサイトゆえに厚くて敬遠されることも。
アクセスカウンターに一喜一憂し、更新も年中遠征出来ることも無く、ライブレポを書いても誰が読んでいるのか?行けない人からは反感を買っているかもとか、思い込んでしまったり。
そんな状態で更新しても見る側も、作る側も楽しいことはありません。
あくまでも私設であり、画像も音声ファイルもアップ出来るわけでもなく、文字ばかりはつまらない。携帯電話の小さい画面で読むには辛いし、文章も素人が書くものゆえ楽しくなかったり。

一喜一憂、試行錯誤、なんて自己満足そのもの。

閉鎖を考えた頃、掲示板にBONさんの書き込み。
ほんと心の中を見透かすような、管理人の心理を受け止めてくれたもので、
返事を書くまでに時間を要していた。

それからでしょうか、自然体で力まずに作れるようになれたのは。

大切な志、アンオフシャル宣言します。



2009年02月24日(火) 金スマを観て・・・

仕事明けに帰宅して、録画していた「金スマ」を観ようと楽しみにしていたのに・・・録画出来てなくて。
万一にと友に頼んでいたものを、ゆうべもらいに行ってゆっくり見ました。
知可ちゃんの髪型が聖子ちゃんカット(正しい?)で
同じ時を過ごしていたことを改めて感じたのと、写真を見ていたら感極まってしまった。(^^;)
それからずーとコンサートやライブで話してくれたことを重ねて確かめて、こんなことがあったんだと・・・終わる頃に、知可ちゃんの涙をみたらまた。
知可ちゃんの涙は深い、もらい泣きじゃなくて心から
流す涙はせつないよりも、同じ気持ちに近づくからかも知れません。
体育会系だったり、お酒が好きだったり、楽しさを表して笑ったり、感極まったりなど人柄に触れながら、
確かめたいことがあります。
知可ちゃんが発する愛という光線は、何色なんだろう?
「会いたい」っていろんな意味で答えに導いてくれるかな?
温かなオレンジ色かな?
バラードシンガーの沢田知可子の歌声を聴きながら、
探し求めて行くことにします。



2009年02月12日(木) これからも応援します。

完全に治りました。

やっとこさって感じです。

知識が無いのに、ここまで作ったことを褒めてあげたい。

これからも大切に地道に草の根で応援します。

どうぞよろしくお願いします。



2008年07月26日(土) 何年ぶりか・・・復活です。

応援サイトを直しました。

でも、表紙だけはソフトの標準で作ってないので、見え方かずれてます。

これはいつか直して、完全にの前に更新作業を進めます。



2007年03月15日(木) 本音と向き合うと

どうもまめに日々を重ねて過ごすことが、出来ない性分であります。
やっとこさ、最後の追加修正を終えれば、この応援サイトも以前より
整理が出来てと勝手に思ってます。(^^;)

ほんと試行錯誤の何年も過ごし、更新放棄もして・・・。
ここを読む方もいないだろうし、だから本音トークで書けば
想いイコール結果につながらないということ、そうなんですよね、
所詮は私設なんだから。
何を勘違いしてるのか、ほんと思い知りました。(笑)
づっとくすぶっていた気持ち、隠していたから・・・言えないでしょ。
でも、人というのは、開き直ると楽になれるものと知った今、少しも
優しくない自分でいた方が良かったりする。
自分勝手な想いを捨てて、自分だけがなんて考えないで、大切な方へ
で十分ではないかと気がつきました。
見返りなんてと言いつつ、求めている自分がいたこと、このことが
見て見ぬ振りって知ったから・・・嫌になってしまった。

もっと現実を見ないといけません。
あっ、でも辞めません。
作るときに決めたこと・・・一方的な批判を絶対にしない。
(業界のこと知らないし、同業者でもないし。)
あくまでも作ったりせず、感じたままを伝えることを、それを忘れないように。
衝撃的な出会いを想い出から、訪れるご縁と支えに感謝しながら、でも
自分の嫌な面を避けずに向かうことから、大切に守って行ける気がする。
あくまでも私設なんだから、個人が出来る範囲があることを考えて、
のんびりと気ままに伝えようと、初心に戻って原点回帰。
開き直りじゃなくて、心の中を整理するということ。
一言で書けば・・・ジェラシーそのものなんだって、結論に達しました。(^^;)
と、ここまで書いてしまっての後悔はありません。
このことについての言葉は、ご遠慮願いたいの気持ちでいます。
いつか読み返すことがあったとき、こんなこともあったなぁ〜と思えるように、
そんな日が来るだろうかを隠しながら。(^^;)



2006年09月05日(火) 伝えるということは・・・

長い間、更新せずのままでいました。
気になっていた修正は完了していますが、中身に不備があり
最終確認をして行きたいです。

先月の8日で初めて知可子さんの生の歌声を聴いた日から、
8年めに入りました。
長いような短いような、こうして応援しているとはいえ、
少し力が落ちているような気がします。
伝えようと思う気持ちと、自分の気持ちが噛み合わない状態に
でもどうしたって限界はあるし、少しづつ納得させています。

なので、掲示板には書けないものをここで書こう、そう決めました。
ちょっと、厚い想いが並んでしまいそうですが、どうぞ良しなに。



2006年01月29日(日) 早く聴きたい

正月に元旦以外に休まないで?働いたご褒美に買ったもの。
携帯デジタルプレーヤーに、知可ちゃんのアルバムを全部
入れて待ち時間などで聴いてます。
いろんな順番で流れる歌声に感じたこと、歌う年代において
それぞれの沢田知可子の歌声があり、とっても新鮮なんです。
でも、変わらないものがありました・・・歌うことへの喜びと
愛は今もこれからも変わらないでしょう。
なんて・・・改めて感じたのです。

空白のときを埋めようとしたて自分が消えて、今の知可ちゃんの
歌声が聴きたくて、弾丸的ながらの遠征をしてしまうのです。
せっかく来たからどこかに寄るよりも、余韻を消したくないし、
仕事の都合と経費削減もあったりして。(笑)
そう、遠征して顔を覚えてもらおうならしない方が良いし、
ほんと心から聴きたいから行けるならと。

今度はいつ行けるかな?恋しい歌声に雪解けを待つ自分です。



2005年12月10日(土) わがままな望み

ここは自分の知可ちゃんへの思いを綴って良い場所。
オフシャルな場面では書けないことを、書いて良いでしょうか?
と、少し大袈裟な感じですが、個人の思いを残すということで・・・。
自分は、全国ツァーで活動していたことを知りません。
そんな自分に過去の映像を見せてくれた仲間が多くいて、過去の空白を
埋めることが出来ています。
一人一人の思い、心から感謝の気持ちでいっぱいです。
そのおかげで、自分はひとつの結論を残したのです。

今の編成、アコースティクな活動を続けて欲しいということ。
小野澤さんのピアノと林さんのギターのいつもの編成と、許されるなら
岡本未央さんのバイオリンを付けてくれたらと・・・。
ここに知可ちゃんの歌声があればそれで十分なんです。
でも、歌うご本人は別の思いがあることでしょう。
青山のコンサートも、郡山のライブも、どちらも素敵な夜を過ごし、
長く蓄積された疲れが取れた自分でした。
青山では、知可ちゃんの歌声に癒しを求めて、子守唄を聴くような
そのままやすらかに布団の中で寝たいと、たいくつとかじゃなく
こんなにも心を穏やかにゆっくりと元気な力を与えてくれる。
郡山では、小野澤さんのピアノだけの「夫婦ライブ」は自分の心を
涙で綺麗に流す、そんな場面と向き合うことになった夜でした。
小野澤さんの知可ちゃんに送る視線、2人の阿吽の呼吸、緊張した
知可ちゃんが歌い直す場面にも、微笑みながら初めから奏でる音色も、
自分の心を優しくしてくれる。
そう、2人は自分の理想の夫婦像。
自分、小野澤さんのように、大切な彼女を見守り、支えられたらと・・・。

今日は・・・ゆっくりと眠れました。

小野澤さん、知可ちゃん、今野さん、これからもどうぞよろしくお願いします。
ファンとして出会った仲間の皆さん、どうぞよろしくお願いします。



2005年11月21日(月) 気まぐれな空白

最終に書いたのが、九月の今頃。
約二ヶ月の空白をあけてしまいました。
ネットも楽しめない時期が来るなんて、そんな感じの日々でした。
掲示板の返事も書かずというよりも、書けなくなった感じに落ち、
ほんと些細な言葉の刺激というのは、メンタルの弱さを露呈しても、
復活には時間がかかるものなんですね。

なんで、ネット上で怒られなきゃならないんだより、ごめんなさいと
謝ってた自分があるときに、情けなくなりました。
落としどころ?こんなことを受け入れる?感じは腑に落ちない自分。
と、こんなことも少しあり、今はどうでもよくなりました。
反主流な自分なんだから、それで良いと納得したら楽になりました。
こんな自分に、優しい言葉をかけてくれた皆さんに感謝して、そんな
言葉を自然にかけられる人になりたいです。
と、知可ちゃんの話から離れてるけど、気持ちの入れ替えをして出直します。

あと、募金のバナーを貼りました。
ここに書いて、お願いがあります。
決して、強制する意思はなく、あくまでも個人の責任と意思と判断で
協力をお願いいたします。
大切なお金を使うものゆえ、気持ちを込めて届くように支えて欲しいです。
こんなことを書くのはと思いながら、やっぱり想いを込めて広めたいから。



2005年09月25日(日) 過ぎていた開設記念日

すっかりと忘れてました。
気か付けば、今月9月23日はこの知可ちゃんを伝えたいが
この世に誕生して、4年めを迎えていました。(笑)
最近、アクセスカウンターが2桁を常時表示するようになり、
ここに来てくださる皆さまに感謝の気持ちでいっぱいです。
この知可ちゃんを伝えたいを開設した理由。
大好きな憧れな女性である、沢田知可子さんへの応援をする
為の開設でしたが、もう一つの理由があります。
楽曲「gift」を伝えていこうがありました。
この歌に出会ったからこそ、ここを作れたのです。

この歌の設定場面があります。
知可ちゃんが、コンサートで話していたことを書くと・・・。
18歳の少年が自殺をして、発見されて病院に担ぎ込まれて、
幸いに命を取り留めたけど、昏睡状態にいるベットにいる
友達に語りかけるという設定です。

ピアノとギターと知可ちゃんの歌声・・・泣けます。
歌詞のこの部分をと書きたいのですが、著作権のことがあり
書くことが出来ませんが、良かったら有線放送や今、発売中の
永遠の詩にも入ってますので、どうぞ聴いてみてください。
でも、少し重く感じるようでしたら、途中で辞めてください。
受け止め方はそれぞれなのでと、なんかへんな書き込みになってますね。

今も、知可ちゃんは会いたいと同じく、歌い続けています。

どうぞ、生の歌声を・・・会いたい、最高です。


 過去  もくじ  


沢田知可子さんありがとう 管理人 [HOMEPAGE]