雨上がりの晴天。気温は20℃に達し春の陽気となる。
昨夜は本降りの雨になるかと思っていたが
小雨のままで直ぐに止んでしまったようだ。
水不足の解消にはほど遠く残念なことである。
後は菜種梅雨を待つしかないだろう。
朝の国道では白木蓮が随分と散ってしまった。
その家の人が掃き掃除をしたらしく
道路から歩道に向けて花びらが寄せ集められていた。
それは白ばかりではなく朽ちた茶色の花びらもあり
胸が締め付けられるような悲哀を感じずにいられない。
咲けば散るのは当たり前のことだが
何だか花の死骸のように見えて心が痛む。

職場に着けば義父の友人がもう苗を運び始めていた。
そうしてまた別の友人も夫婦で来てくれる。
二台の軽トラックで運ぶので何と早いことだろう。
育苗機の中の苗はあらあらと云う間に運び出されて行った。
今度はまた種蒔きである。来週早々になりそうだ。
義父は足腰の痛みを訴えており辛そうであったが
老体にムチを打つように気力だけで頑張っているようである。
苗運びは午前中に終り午後にはトラクターで田起こしに行った。
工場の忙しさも気になるのだろう同僚に指示することを忘れない。
明日も祭日返上を考えていたが同僚が予定があるとのこと。
金曜日の休業は手痛く仕事は山積みであった。
事務仕事も忙しく朝からパソコンの前から離れられない。
難しい入力作業がありシステムサポートに助けてもらった。
リモート操作であるがサポートの女性も初体験とのこと。
二人でああでもないこうでもないと交互にマウスを動かす。
やっと出来た時には「良い勉強になったね」と笑い合った。
定時では終われず退社が遅くなってしまったが
カーブスを諦められずまっしぐらに向かった。
いつものメンバーさんには会えたが皆先に帰ってしまった。
すると時間帯が変わったせいで全く知らない人ばかりである。
それも新鮮に思えたが少し緊張感が走っていた。
サニーマートに行ったらカーブス主催の「血管年齢」の測定をやっていて
顔なじみのコーチに誘われ私も測定をしてみた。
すると実年齢よりもずっと若く62歳だったので驚く。
血管年齢と血圧との関係は定かではないが
少しぐらい血圧が高くても大丈夫のように思えた。
血管は62歳だと思えばまだまだこれからの人生である。
5時前に帰宅したが娘たちが出掛けており5時を過ぎても帰らない。
電話があり夕食の支度には間に合いそうにないとのこと。
海老フライの予定であったが後回しにして煮物とサラダだけ作る。
食い意地の張っている夫は海老フライが食べたかったのだそうだ。
6時前には娘たちが帰って来て海老フライを作り始めていた。
あやちゃんも手伝っており娘と肩を並べている。
背が高くなったなと思う。髪の毛も腰まで伸びていた。
娘に「そろそろ美容院へ行ったら」と告げると
凄い剣幕で怒り「ばあちゃんが決めることじゃない」と怒鳴る。
髪を切るのもあやちゃん自身が決めることなのだそうだ。
だから周りがとやかく口出ししてはいけないらしい。
娘に叱られると悲しい。老婆心もすっかりしゅんとなる。
夫は知らない事だったが知れば夫にも叱られたことだろう。
私の老婆心は半端なく「大きなお世話」で出来ているようだ。
けれどもどうして見て見ぬふりが出来ようかといつも思う。
※以下今朝の詩
散歩道
いくらでも歩けた頃 川辺は私の庭であった
石段を上り詰めると ながい土手の道が続き 大河の流れを見渡す
突き当りまで歩くと 神社の鳥居が見える 桜の木が植えられており 春が楽しみな道であった
川辺へと続く石段を ひとつひとつ下りる 春ならば蓬や蒲公英 土筆も沢山咲いていた
ひっそりと佇む大師堂 蝋燭に火を灯し線香を立てる そうして拙い般若心経を唱えた
上流へと続く道は「あかめ道」 赤い目をした大きな魚がいる 川底には古い墓石が沈んでおり 潮が引くのを待っているようだ
下流へと続く道は果てしなく 大橋の向こう側には河口が見える 南風が吹けばほんのりと潮が匂う けれども海まで歩くことはなかった
春夏秋冬の景色が目に浮かぶ もう二度と歩くことは出来ない
不自由な足をさすりながら 散歩道が恋しくてならなかった
|