ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2026年08月03日(月) 夏の日の便り

酷暑日も一休み。今日は36℃の猛暑日となる。

人間の身体は不思議なもので一度40℃を経験すると

暑さに慣れるのか少々の暑さなら平気になって来る。

今日は風もあり随分と過ごし易く感じた。


しかし今日も九州地方を中心に厳しい暑さとなり

被災地熊本では40℃を超えまるで地獄のような暑さであった。

避難生活をされている方も多くどんなにか辛い一日だったことだろう。

車中泊をされていた方が熱中症で亡くなった報道もあり心が痛む。

断水も復旧せず家は無事でも毎日給水車を待たねばならない。

洗濯、トイレ、お風呂も入れず何と気の毒なことだろうか。

ただただ一日も早く復旧することを願って止まない。



工場の仕事はさほど忙しくはなかったが

義父は稲刈りの準備をしており異常な程の苛立ちを見せる。

声も荒くなり怒鳴り散らすことが多かった。


市内のお客さんに貸していた代車が故障してしまい

同僚が運搬車で搬送することになったのだが

その段取りが悪いと私に散々文句を云う。

苛立ちは頂点に達し私の無能さを酷く馬鹿にする。

パワハラまがいの事を平気で口にする義父であった。

いつものことだと我慢していたが堪忍袋の緒が切れてしまい

私も怒鳴り返していた。「もう辞める」と大声で叫んだのだった。

すると義父は「おう、もう辞めろ」と負けてはいない。

すったもんだしていたがとにかく同僚を市内に向かわせなくてならない。

もう2時過ぎの事であった。義父はまだ昼食も食べておらず

余計に腹が立っていたのだろう。腹の虫も居所が悪いのだ。


昼食を食べに居室に向かったので鬼の居ぬ間に帰ろうと思ったが

何とも後味が悪くあまりにも無責任に思えた。

30分程して義父が居室から戻って来たので

「ちゃんと食べたかね」と訊ねると「おう、食ったぞ」と機嫌が良い。

やれやれと思いながらどれほどほっとしたことだろうか。


3時に退社。もうカーブスどころではなかった。

平田町まで走ったところで同僚から電話があり

故障車のバッテリーが上がっていて始動出来ないとのこと。

Uターンしてまた会社に戻り充電機を持って行く。

お客さんはエンジンは掛かると云っていたので大丈夫と思い

同僚に充電機を持たせなかったのも迂闊であった。

義父に知れたらまた大目玉を食らったことだろう。


市内の大型商業施設に着き同僚が搬送するのを見届ける。

時計を見ればもう4時を過ぎており大急ぎでサニーマートへ行った。

頭の中が真っ白になっており夕食の献立も思い浮かばない。

お炊事をする気力もなくお惣菜を適当に買って帰った。


5時前に帰宅。笠原メイさんの日記はとっくに更新されていた。

淡々とした日常の事。それを読んでやっと気分が落ちつく。

彼の日記はまるで頓服薬のようだった。

今日も書いてくれてありがとうと応援のリポストをする。


お惣菜の「イカマヨ炒め」が美味しいと夫が喜んでいた。

「また買って来るね」とお安い御用である。


めいちゃんのいない夕暮れ時の何と寂しいことだろう。

娘も同じくで「おかさ〜ん」と呼ぶ声も聞こえない。

いつも元気いっぱいで笑顔の子がいないと

何だか灯りが消えた様な我が家であった。


今朝は中学時代の恩師の詩を書いた。

職場のすぐ近くなので訪ねることも考えたが

詩をプリントアウトして郵送で送ることにした。

私の詩や短歌をいつも応援してくれていたので

きっと喜んでくれるに違いない。

直接持って行って手渡すよりも「手紙」のほうが

想いが真っ直ぐに届くような気がしたのだ。


想うだけでは何も伝わらないのだと思う。

思い残すことが何ひとつないような生き方がしたい。


※以下今朝の詩


      育子先生

  もう10年程だろうか
  育子先生に会っていない
  毎朝家の前を通るのだが
  朝の気忙しさに紛れてしまう

  ある朝ご主人が洗濯物を干していた
  もう90歳が近いのではないだろうか
  よろよろとした動作が気掛かりでならない

  老夫婦が互いを労り合いながら
  酷暑の夏を暮らしているのだろう
  訪ねて行って暑中見舞いをしたかった

  育子先生は英語の教師だった
  私は中学に入り直ぐに転校をしたので
  育子先生に教わったのは僅かであったが
  「シープ」と発音する時の
  育子先生の唇の動きが忘れられずにいる

  歳月が流れ再会した時に
  育子先生は私の事をしっかり憶えていてくれて
  「いつでも遊びに来なさいね」と言ってくれた

  詩誌を届けたこともあった
  育子先生は目を細めながら褒めてくれて
  「頑張りなさいね」その言葉に励まされた

  育子先生お元気ですか?
  どうかどうか長生きをして下さいね

  百日紅が咲いた育子先生の家の前を
  今日も私は仕事に向かう






 < 過去  INDEX  


anzu10 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加