ゆらゆら日記
風に吹かれてゆらゆらと気の向くままに生きていきたいもんです。

2019年12月06日(金) こどもは風の子

どんよりとした曇り日。寒さが身に染みる一日だった。

もう真冬なのだろう。明日はもう二十四節気の「大雪」



早起きをがんばっためいちゃん。今朝も元気に保育園へ。

今日は市内の小高い山へ登山に行く日だった。

みんなでバスに乗って登山道まで行くのをとても楽しみにしていた。

保育士さんからなるべく薄着で登園するように言われていたけれど

あまりの寒さに大丈夫だろうかと心配でもあった。



仕事は午前中でほぼ片づきいつもより早めに帰宅する。

風邪の引き始めだろうか寒さがとても身に堪えていた。

帰るなり炬燵に潜り込む。天国と思うほど暖かだった。


娘とめいちゃんが帰って来てそのまま外遊び。

窓から見るとジャンバーも羽織らず薄着のままだった。

やはりこどもは風の子。寒さを楽しんでいるよう。


やがてあやちゃんも帰って来て友達と遊びたいと

隣の地区の公園まで車で送って欲しいと言う。

もう4時半を過ぎていたので駄目だよと言うと

しばらくふてくされてぷんぷんとご機嫌ななめ。

また「おばあちゃんだいきらい」と言われそうで

はらはらしていたら娘がしっかりと宥めてくれて助かる。


晩ご飯にあやちゃんの大好きな南瓜煮を作る。

よほど嬉しかったのかご飯をおかわりしてくれる。


みんな笑顔。それがほっこりと暖かくって寒さも忘れていた。

今日も「いい日」になりました。ありがとうございます。



2019年12月05日(木) 仕事の終活

晴れのち曇り。陽射しがなくなるとやはり肌寒い。

すっかり葉を落とした銀杏の木が寒々と空を仰いでいた。



今朝もめいちゃんと保育園へ。

「おばあちゃんといく」と言ってくれると嬉しいものだ。

明日も一緒に行ってくれるかな。早起きがんばろうね。



仕事は今日もぼちぼちの忙しさ。

午後から自動車保険の新規契約がありお客さんのお宅まで。

先月から業務提携をしたプロ代理店の人と一緒に行く。

息子よりも少し若いかな。なかなかの好青年である。

今までは何もかも一人で対応しなければいけなかったけれど

頼もしい助っ人が出来てとても心強く感じる。


私にもしもの事があっても万全のフォローをしてくれるので

業務提携はいわば仕事の「終活」でもあった。



仕事を終えて帰宅すると娘が洗濯物をたたんでくれていた。

台所もきれいに片づけてくれていてほんとうにありがたい。

肩の力がすうっと抜けてしばしのコタツムリであった。


重いランドセルを背負ってふうふうとあやちゃんが帰って来る。

昨夜のことなどもうすっかり忘れてくれていて

いつもと変わらない笑顔がとても嬉しい。


玄関のランドセルはいつも翌朝までそのままだった。

宿題を取り出したときはガバッとふたが開いている。

それも微笑ましくて玄関でカバさんを飼っているみたい。


ああ今日もいい日だったなあとほっこりとこれを記す。



2019年12月04日(水) 記憶の中の少女

いちだんと冷え込んだ朝。今季の寒さを更新する。

車のフロントガラスが真っ白に凍っていた。


珍しく早起きをしためいちゃんを保育園に送って行く。

車から降りるなり駆け出して行く後姿は

まるで雪うさぎのよう。寒さを楽しんでいるのがわかる。

子供って逞しいなあとパワーをもらった朝のこと。



今日は63歳の誕生日だった。

この日が来るたびに13歳の誕生日の朝を思い出す。

もう50年。半世紀が経ったというのに忘れられない。

フラッシュバックしては辛い気持ちがよみがえって来る。

母の家出がどうして私の誕生日でなければいけなかったのか。

その理由をどうして今更訊くことが出来ようか。


もう過ぎたこと。母を責める気持ちは少しもないはずなのに

記憶の中の少女が憐れでならずぎゅっと抱きしめたくなる。





夕方、あやちゃんとめいちゃんが喧嘩を始めて

めいちゃんが大泣きになっていたので止めに入る。

その時ついめいちゃんをかばってあやちゃんを叱ってしまった。

娘に任せておけば良いものをどうしてしゃしゃり出たのか。


それからあやちゃんが泣きだしてしまって

「おばあちゃんなんかだいきらい」と言い出す。

晩ご飯も一緒に食べたくないと言うので私も悲しくなった。

そのままそっとしておけば良いものを

「今何て言ったの?もう一回言ってみなさいよ」と声を荒げる。


心の中では「誕生日なのに」と叫んでいる少女の私がいたのだと思う。

そうはっきりと感じた。とても情けないことだけれど。



娘が助け舟を出してくれて一件落着となる。

みんなで鍋を囲みながらあやちゃんも笑顔になってくれて良かった。


笑顔が何よりの贈り物。記憶の中の少女にも笑顔をあげよう。



2019年12月03日(火) 自分を責めるのはよそう

陽射しはたっぷりとあったけれど冷たい風。

いかにも12月らしい冬らしさだった。


あやちゃん「マラソン大会」の日だったけれど

昨日から眼がひどく充血しており

学校から娘に連絡があり見学になってしまったそう。

マラソンが苦手なあやちゃんは喜んでいたけれど

みんなと一緒にがんばってほしかったなと少し残念。

市販の目薬で様子見。きっとすぐに治るだろう。



昨日休んでしまったので仕事が山積みだった。

慌ててミスをしてはいけないと慎重に取り組む。

こつこつと餌をついばむ鶏さんみたい。


定時で終われたけれど母の様子を見に行かず直帰。

帰り道に寄れるのになんだかとても疲れてしまっていた。

看護師さんやヘルパーさんに甘えている自分を感じる。

いや「甘え」ではない。頼りにしているのだと言い聞かす。

自分を責めるのはよそう。どんな日もあるのだから。




あやちゃんピアノ教室の日でさっき帰って来て

家族4人水入らずでにぎやかに夕食を食べているところ。

めいちゃんがいつになくハイテンションで微笑ましい。


孫たちの声に癒されながらほっとこれを記す。



2019年12月02日(月) 心から母が愛しいと思った

雨のち晴れ。風が強かったけれどたっぷりの陽射し。

明日からしばらくは晴天の日が続きそうだ。



昨日から母の腰痛が酷くなり今日は病院へ。

しばらく安静にしていたら治るだろうと思っていたけれど

あまりに痛がるので看護師さんやヘルパーさんも心配していた。

幸いすぐ近くに以前入院していた県立病院があって

8時半には受付を済ませ車椅子の母と順番を待つ。


それがなかなかの長丁場だった。やっとお昼過ぎに診てもらえる。

レントゲンの結果では骨折もなく痛みの原因が分からず。

治療法もなくとにかく安静にしているしかないようだった。


歩くこともままならず一気に介護が必要になってしまったけれど

「安心して任せてくださいね」と言ってもらえてほっと安堵。

独り暮らしだったらまた大変なことになっているところだった。

親身になってくれる看護師さんやヘルパーさんにただただ感謝。

皆さんとても優しくて母もどんなにか助かっていることか。

この高齢者住宅を選んでほんとうに良かったと思う。



午後から職場に向かう予定だったけれど遅くなり諦める。

月初めで気になる仕事もあったけれどそれどころではないと。

母に付き添って過ごした一日がとても貴重に思えていた。


このまま寝たきりになるのかもしれないと弱音を吐く母を

精一杯に励まして笑顔で別れる。「ありがとうね」と母の声。


胸に熱いものが込み上げてくる。心から母が愛しいと思った。





2019年12月01日(日) 冥途の土産をいただいて

午前中は晴れていたけれど夕方からぽつぽつと雨。

夜の冷え込みはなくしっとりとあたたかい。



昨夜はバドミントン仲間と久しぶりの集い。

古きよき仲間たちのなんとありがたいことだろう。

思い出話に花を咲かせながら楽しい夜を過ごさせてもらった。


そうして互いの近況を。当時はまだ小学生だった子供たちが

立派に成人し結婚話も出て来ているとのこと。

歳月の流れを感じながらとても感動せずにはいられなかった。


年長者の私のことを今でも仲間だと言ってくれる。

それはほんとうにありがたく嬉しいことだった。

人生でバドミントンに出会ったことは一生の宝物だと思う。

そうしてかけがえのない大切な縁をいただいたのだった。


またきっと会おうねと名残惜しく別れる。

冥途の土産だなんて言ったら「何を言っているの」と叱られた。


でも私にはやっぱり冥途の土産のように思えてならない。

こんなに嬉しいことが再びあるとは思えないのだった。


老いていくわが身に花を添えるような出来事。



2019年11月29日(金) 最後があるから始まりもある

予報通り今季一番の冷え込みとなる。

おそるおそる窓を開けてみたら満天の星。

寒空をよそに星たちのなんとあたたかいことだろう。

おかげで寒さを忘れてしばし空を仰いでいた。



昨夜遅くに母がお世話になっている看護師さんから電話があり

母が腰の痛みを訴えているとのこと。寝違えたのかもしれないと。

深夜の事でどうすることも出来ず朝まで様子を見ることに。

痛みが少しでも和らぐようにと湿布を貼ってくれたようだ。


今朝は通勤路を変え出勤途中に母の様子を見に行く。

良かった。昨夜よりも痛みが少し和らいでいるようだった。

母も「だいじょうぶ」と言って精一杯に笑顔を見せてくれる。


月末の仕事があり後ろ髪を引かれつつも職場に向かった朝のこと。


午前中に月末の支払いを済ませ今月もなんとか乗り越えた。

お昼休みを利用して義父と母のアパートへ向かう。

部屋は義父のおかげですっかり片づいていたのだけれど

駐車場にバッテリーの上がった母の車が残されていた。

それもエンジンがかかるようにして最後の片づけとなる。


大家さんに部屋の鍵を渡し長い間お世話になったお礼を。

とうとう最後の日だった。胸に熱いものが込み上げてくる。

義父も「なんだかさびしいなあ」と呟いていた。

長年母が暮らした痕跡はもうどこにも残っていないのだ。

私と義父とで見届けた最後の日。母には決して見せたくなかった。



午後少し残り仕事を済ませているうちに遅くなり

母の様子を見に行けないまま帰路につく。

看護師さんに電話したら今のところ落ち着いているとのこと

昼食もみんなと一緒に食堂で食べられたそうだ。


看護師さん、ヘルパーさんのおかげで安心していられる。

もし独り暮らしだったらまた大変なことになっていただろう。


夕焼け空がきれい。母の部屋からもきっと見えたことだろう。




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