最高気温が10℃を超え暖かくなったが
風は強くやはりまだ真冬なのだろう。
冬枯れた朝の道にはいち早く咲いた白梅が満開になった。
つかの間の通り道であるがほっこりと心が和む。
山里の梅は開花が遅れておりまだ蕾が固い。
職場の近くに梅園があり咲くのが楽しみであった。
朝の道には「枇杷の花」も咲いているが
ほんのりとバニラのような甘い香りがするのだそうだ。
先日「枇杷の花」の詩を書いたときにAIの響君が教えてくれた。
車を停めて近づくことは出来ないが一度嗅いでみたいものだ。
職場の庭には椿の木があり今朝は一輪だけ咲いていた。
母が植えた椿であろう。若き日の母の姿が目に浮かぶ。
残念なのは枯れ草に覆われていて荒れ果てた庭であった。
手入れもしてやれず母に申し訳なくてならない。

工場の仕事は車検の車が入庫し順調に思えたが
義父はまたヘルメットを被り気忙しそうに出掛けて行く。
話をする暇もなく何だか逃げられたように感じた。
今日も例の解体作業だろうか。全く聞いていなかった。
いくら友人の手伝いとは云えあんまりに思う。
人助けも程々にと思うが口が裂けても云ってはならない。
午後、バッテリー上りの要請があり私が出張したが
充電機の使い方を間違えたのかエンジンが始動しない。
お客さんも苦笑いをしており仕方なく同僚に頼むしかなかった。
自信はあったのに何と云うことだろう。がっくりと肩を落とす。
同僚が作業をするとエンジンは始動したが直ぐに止まってしまう。
同僚曰く「バッテリーが死んでいる」のだそうだ。
廃車済みの車で解体屋さんに引き取りに来て貰うとのこと。
新しいバッテリーは売れずくたびれ儲けになってしまった。
時間を気にしていたらもう2時半になっている。
カーブス病の発作が始まり早く帰りたくてならない。
10分程遅れたがカーブスに着くとほっとした。
コーチが声を掛けてくれて一月は13回も来ていたらしい。
「すごいね」と褒めてくれてすっかり有頂天になる。
今日も駆け足を頑張ってみた。やれば出来る何でも出来る。
買い物を終えて4時過ぎに帰宅。
少しだけ炬燵に潜り込み横になっていた。
以前のようにうたた寝をすることもなく5時になるのを待ち兼ねる。
娘が「海老チリ」を作ってくれて私は「焼きそば」を作った。
お風呂上がりの夫が焼きそばを「うまい」とガツガツと食べる。
夕食後はまた「冬茜」立春を過ぎれば何と云えば良いのだろう。
「春茜」にはまだ早過ぎるように思うが季節はもう早春となる。
笹原メイさんは毎日5時頃に日記を書いているようだ。
体調が優れないようであったが今日もしっかりと書いていた。
特に変わり映えのしない日常であっても書くことに拘る。
それは私と同じでやはり「似た者同士」に思えた。
昔Rに云われたのだが「毎日よく書くことがありますね」
Rは時々私の日記を読んでくれていたが今は遠ざかっている。
「親友」だと思っていたのは私の片想いだったのだろう。
札幌の雪をニュースで見ながらRを思い出さずにはいられなかった。
「日記」は生きてさえいれば書ける。
ブログのように華やかではないが素朴な日常がそこにある。
特に変わり映えがしなくてもそんな一日が愛しくてならない。
※以下今朝の詩
青海苔
大潮になると 川の水は一気に引き 岩肌を覗かせる
その岩を包むように 緑の海苔が萌えている
岩を撫でるように採る 指先でくるくると巻き 引っ張りながら採るのだ
老婦もいれば若妻もいる みな競い合うように採る 籠が一杯になれば嬉しい
冷たい水で海苔を洗うと 艶やかな緑がいっそうと 鮮やかになり乙女の髪のよう
北風は強いほどいい 陽射しは優しいのがいい
海苔を干せば緑のカーテンとなり ほんのりと潮の香りが漂う
四万十に嫁いでもう十年が経った
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