一橋的雑記所

目次&月別まとめ読み過去未来


2006年01月16日(月) タイトルがあれなのは偶然ですよきっと(何)。※ホントは070117.

1月18日、ちょこっと加筆修正。
もう、これていいかなあと(何が)。







この場所を離れるまでの、僅かな日々の中。
私は何度、あの日の事を、思い出すだろう。
この場所を離れた後、何度。

そうして、いつ、あの日の事を。
思い出せなく、なれるのだろう。





ポテトチップ×チョコレート





受験報告を兼ねて訪れた、と言うのは口実だったのだとは。
長年馴染んだその部屋の扉を開いた時に気付いた事だった。

「あら、ごきげんよう」

薔薇さまと呼ばれる歳月を共に過ごした彼女は、仄かに微笑んで手にしたポットをテーブルの上にことんと落ち着けた所だった。

「ご無沙汰してたわね、その後どう?」

さり気なく流しへ移動して、新しいお茶の用意をしてくれる。見慣れた所作は、何処か懐かしくこの目に映った。

「後は結果を待つのみ、かしら。あなたは?」
「んー……国立がまだ、残っているのよね」

さらりと答えながら、テーブルの上にカップ&ソーサーをセッティング。薔薇さまになってこの方後輩たちが概ねその役を担ってくれていたから、懐かしいのだと、改めて思い至る。

「早々に推薦決めて羽根伸ばしまくってる彼女が羨ましいわね……」

この場には居ない、もう一人の友人の事を思い出すと自然、頬が綻ぶ。何事においてもマイペースで、受験すら早々に片付けてしまった彼女。今頃何処で何をしているのやら。

「今日は静かね。あの子たち、何してるのかしら」
「実力テストか何かじゃなかったかしら、この時期は」

綺麗に整えられたテーブルに差し向かいで、温かなお茶を頂く。今の自分たちにはこの場所で、何の役割も残されて居ないのだなんて事をふと思った時、彼女が小さく笑った。

「なあに?」
「ううん、こんな風に静かに過ごすのも何だか不思議な気がして」

同じ瞬間に似たような事を考えていたらしい彼女は、そっと窓辺に目をやった。

「ほら、色々あったじゃない? あなたも、そして私も」
「色々、ね……」

カップから立ち上る湯気に苦笑いを隠して、綺麗な水色の紅茶を啜る。
温もりにさらされる口元や頬は暖かくなったけれども、こうしてじっとしていると、冷たく寒い空気が足元から迫り来るのが分かる。
冬はまだ終らない。
去年のクリスマス、町を薄っすらと覆った雪はもう何処にもない。
けれども、冬はまだ完全に終ってはいないのだ。

「まだまだ、そんな風には振り返られそうもないかな……私は」
「あら」

意外、と目を丸くした彼女に、今度は苦笑を隠さず見せる。

「でも、これ以上、私に出来る事はないから」
「そうね……。っていうか」

かたん、と小さく音を立て自分の分のカップとお皿を手に取ると、彼女は立ち上がった。

「もう、十分だと思うわ、私は」

静かに呟いて流しに向かう彼女の背を、思わず目で追った。

「十分……かしら」
「ええ」

流しに洗物を置いた彼女は、片付けに入るのかと思いきや、上の戸棚をそっと開く。

「あなたにしては、十分以上の事をあなたはあの子にしてあげた。私はそう思っている」

淡々と、いつものように淡々と。
落ち着いた深い声音が殆ど独り言のようにこの背に届いて。
肩越しに見遣った彼女が戸棚から何かを取り出し戻ってくるのを殆ど呆然として見つめる。

「だからね、これは私からのご褒美」
「…………はい?」

にこりと笑って目の前に差し出されたのは、ちょっと地味な色合いの箱。

「あら、来週の月曜日が何の日かも知らないで今日此処へ来たの?」
「え? 来週……?」
「そういう、変に真面目なリアクションも久々ね」

知らなかった訳では無かったけれども、彼女にしてはちょっと突飛な言動に頭が付いていかなかっただけで。
けれども彼女は素知らぬ素振りで小さく笑うと、次の瞬間、わざとらしく心配そうな顔を作った。

「ホント、あなたたちって似たもの姉妹だったわね。今だから言うけど、私、気が気じゃなかったのよ?」
「……良く言うわ」

小箱から目を離して、顰め面を返してみせる。

「こちらが頼みもしないお節介を色々としてくれた事、私、忘れていなくてよ?」

そうやって暫し睨み合ってから。
小箱を挟んで二人、声を立てて笑いあう。
去年のクリスマス前、最愛の妹がこの学園を離れようとして果たせなかったあの日、あの子が崩れ落ちる前に間に合うことが出来たのは、彼女と、彼女の妹のお陰だと今でも思う。

「……私一人ではどうにもならなかったと思う。感謝してるわ、本当に」
「そうかしら? あなたがさっき言った通り、ただのお節介だったかなあと思う事もあるのよ私は、今でも」

開けるわね、と小さく断ってから、彼女は小箱を開き、中から袋を取り出して手に取った。

「あの日は、あなた一人に任せるべきだったかなあって」
「そんな事……」

彼女の綺麗な指が、器用に袋を開いてテーブルの上に戻す。中から覗くのは、濃い茶色のチョコレートがコートする少々分厚い目のポテトチップス。
去年のクリスマス会の折、彼女が北海道からのお土産として持ち込んだものだけれども、可愛い妹たちには何故か不評で丸々余ってしまった一箱が、これだった。

あの日。
いつまで経ってもこの場所に姿を現さなかった、あの子に。
何が起ころうとしているのか知りながら、動けなかった。
この場所を離れて飛び立つのがあの子の本当の望みならば。
たとえば、待ち望む少女の姿が現れなかったとしても、あの子は。
もう二度と、この手を必要とはしないかもしれない。
あの子が失うだろうものを、この手は。
決して、取り戻せはしないし、補えはしない。
そんな迷いを見透かしたように、あの日。
この背中を押してくれたのは、彼女であり、彼女の妹だった。
その事を感謝こそすれ、お節介などと思った事は一度も無い。

「あなたにとって、だけではなくて、私にとってもね」
「え?」
「余計なお節介っていうよりも……」

ぼんやりと物思いに引き摺られそうになっていた心が、すとん、と今度は向かいではなく隣の席に腰を落ち着けた彼女の吐息と言葉に引き戻される。

「ただでさえ厄介事を背負い込むたちのうちの子に、更に厄介事を負わせる事になっちゃったのが、未だに不憫で不憫で……」
「……人んちの妹捕まえて、随分な言い草だこと」
「あら、ごめんなさい」

大仰に肩を落とす様を睨みつけたけれども、彼女は悪びれる事無く微笑で応え、ポテトチップ・チョコレートを一枚、そっと食んだ。

「……複雑な味」
「そうね。でも私は結構、好きよ」
「なら、残りはやっぱり、全部あなたにあげる」

ずい、と袋を空き箱ごと押しやりつつ、彼女は立ち上がった。

「お返し、楽しみにしておくわね」
「ちょっと。残り物でバレンタイン済ませるなんて」
「残り物にこそ、福があるのよ」

すっと目を細めて見下ろしてくる彼女の笑顔は、とても綺麗で。
ほんの一瞬、見惚れそうになる。

「……って、そんなのに誤魔化されないわよ、私は」
「あら、残念」
「どうせなら、ちゃんとしたのが良いわ」

言い放って、甘辛いチップスには手を付けず、そのまま袋を小箱に戻す。

「受験が残っているところ悪いけれども、今から付き合ってくれる?」
「いいわよ、気分転換したくて此処へきたんだもの」
「じゃ、決まりね」

立ち上がりながら手にしたカップ&ソーサーを、彼女はさらりと奪って流しへと運び込む。

「別なの用意するけれども、それもちゃあんと持ち帰ってよ」
「勿論、遠慮なく頂いておくわ」

去年のクリスマス、此処で口にしたあの味を、涙にも似たあの味をそっと思い出しながら、彼女と並んで後片付けをする。
片付け終えて、さて、と振り返ったこの部屋の窓辺に、舞い踊る風花を見た気がしたけれども、どうやら幻のようだった。

「さてと……それじゃ、行きましょうか」
「……ええ」

そうして、私は、扉を閉める。

後何回、此処を訪れることが出来るのか。
後何回、あの日の事を思い出すことになるのか。
あの子の肩を抱き締めたあの日の寒さを。
泣き出しそうな顔であの子を出迎えた彼女の妹を。
躊躇う私の背中を文字通りそっと押し出した彼女を。
後何回思い出したら、全てを忘れることが出来るのだろうか。

心の片隅で、そんな事を考えながら。






― 了 ―







SRGとSRCだと多分、SRCのが絶対人が悪いと思いました(ヲイ)。
そんな妄想がふと浮かんだせいです。
だから、本当に、ちょっとした気の迷いなんです(何)。
それひっくるめて、諸々の迷いが吹っ切れたら出しますです(何々)。

あ、CVはドラマCD通りでお願いしまs(蹴倒


2006年01月15日(日)

続くかもしんない(何)。


とか思いましたですが。
多分、続かない(何々)。





史上最凶最悪のHiMEと名高い生徒会長さんの為に。
頑張ってみたつもりだったのですが…が…(逸らし目)。









期末テストも終わって。
日頃の挽回分に全てを注ぎ込んだ半月も終わって。
残すは、テスト休みを利用した、補習授業のみ。
出席不足を補う為だ、致し方が無い。

「なつき」

試験から解放された連中でごったがえす渡り廊下を、下足場に向かって足早に歩いていた背中に、ふわりと声が掛かる。反射的に振り返った視線の先、中庭の一角で、いつも以上に大勢の取巻きに囲まれてにこにこしているあいつの姿があった。

「もう、帰るん?」
「……ああ」

ぶっきらぼうに返して、じゃあ、と背中を向けたというのに。

「ほな、うちもご一緒しますわ」

さらりと零された言葉に、あいつに群がる連中から不満とも落胆ともつかないざわめきが上がる。堪忍な、なんて軽く応えてあいつは後からついてくる。

「……来なくて良い」
「別になつきの為ばっかりやあらしませんえ? うちも御用があるんどす」

何が楽しいのか笑いを含んだ声音が隣から聴こえる。何となくそれを振り切りたいような心地になって、更に歩く速度を上げてゆく。

「ならそっちをさっさと片付けたら良いだろう?」
「ええ、そうさせて貰います。ほな、出たとこで待っといておくれやす」
「……なに?」

思わず足を止めた所がちょうど中等部の下足場で、あいつはひらひらと手を振って、私を追い越して行った。



道すがら、あいつはいつものお構い無しな調子で、訊いてもいない「御用」の内容とやらを話し出した。

「明日、生徒会の皆さん方との集まりがあるんよ。一足早い、クリスマス・パーティみたいなもんで……なつきも来る?」
「行かない」

そう言わんと、とかなんとか笑う横顔はいつもどおり、何もかもお見通しといった感じで、うっかり目の端に入ってきてしまったから、これまたいつもどおり、腹立たしいようなむずがゆいような落ち着きの無い気分に陥る。

「そやねえ……ほな折角やし、これから二人っきりでしましょか?」
「する……って、何を?」

意味不明な呟きに、これまたうっかり足を止め、振り返る。

「クリスマス・パーティ」
「はあ?」
「それとも、この後、何ぞ用事、あります?」
「ちょ……っ」

ちょっと待て。

「用事があるのは、おまえの方だろうが?!」
「ええ、でもそれはちょっとしたお買い物やから、直ぐに済みますし」
「……って、おいっ!」

何かご馳走、作りましょか、なんて勝手に盛り上がり始めた勢いを止めるべく少し声を張り上げたけれども、そんなもの、通用するあいつでは無く。

「なつきのお家、お借りしても構しません?」

通りかかる連中が何人も思わず足を止める程、あいつの笑顔には有無を言わせないような、何かしらの迫力みたいなものがあって。

「……勝手にしろっ!!」

声を荒げて叫ぶくらいしか、私には出来なかった。


支度をしてくるから、と無邪気に笑って寮へと向かうあいつの後姿を見送ってふと、すっぽかして帰るという選択を思い浮かべてみた……が、どうしてだか、そんな事をしても無駄だという声が脳裏を過ぎった。気付けば一年を越える付き合いの中、始めの頃は何かとまとわりついてくるあいつが心底うっとおしくて、一方的な約束や待ち合わせをことごとく破り続けたというのに、あいつが怒ったり責めたりしてくる事は、一度たりともなかったのだ。

「……変なやつだ」

いつの間にか口癖のように繰り返すようになった言葉だけれども、自分でも分かっていた。苛立ちとか腹立たしさとかではない、不思議な感情が、どうしてもそこにこもってしまうことに。

バカバカしい。

大きく首を振る。

「何がクリスマスだ……」

一週間近く後に控えたその日めがけて、街中は酷く浮ついた空気に満ちているけれども、情報を求めて夜な夜な彷徨い歩くだけの自分には、何の意味もない。

「ずっと昔に死んだ、偉そうな奴の誕生日なんか祝って、何が嬉しい……」

バカバカしい、ともう一度呟いたところで、何かがちりっと胸の中を引っ掻いた。
クリスマス、お祝い、プレゼント。
ぐらり、と視界が傾ぎそうになって、慌てて足を踏ん張った。
胸の奥から、何かしらが固まりになって押寄せてきそうな、不安な気持ち。
懐かしさといとわしさがない交ぜになってゆく、不安定な感情。

忘れろ。

きつく歯を食いしばり、大きく息を飲む。
敢えて目を背けてきた何かに釣られて、身体の奥で何かが熱を帯びる。
思わずうずくまりそうになるのを、舗道沿いに聳え立つ大きな樹に手を着く事で踏み止まる。

やっぱり。
駄目だ。

気付いたときには、踵を返して駆け出していた。
何もかもを、振り切るように。


真っ直ぐに帰ったりしたら、簡単に捕まってしまいそうな気がして、当ても無くぶらぶらと街中を歩き回る。
まだ時間も早いから、怪しげな情報屋の出入りするいつもの店のドアは硬く閉ざされひと気もなく、他に時間を潰せそうな場所を探すともなく探し続けた挙句、通りの外れの公園の脇、最近潰れたらしいクレープだかソフトクリームだかの店にくっついたベンチに気付いて、其処へ落ち着く事にする。
近隣に知らないものとていない名門校それも中等部の制服とスクールコートは、ともすれば酷く人目に付いたから、出来るだけ表通りから顔を背けて立てた片膝を抱きかかえるように、うずくまる。
傍らに放り出した鞄の中にある、電源を切ったままの携帯電話の事を時折思い出しはしたが、そのままにしておいた。

いくらあいつでも流石に今日は、諦めるだろう。

そう思い込むことで何処かで安心しては、何処かで不安になった。
それは、あいつと居る時にいつも感じる心の揺れそのもの。
あいつの、無邪気で無防備な笑顔や優しさは、忘れてはいけない事と表裏一体な、忘れてしまいたい全てを思い出させる時があって。
奥底に仕舞い込み、置き去りにした筈の何かをあっけなく拾い上げて目の前に差し出されたような、懐かしさと狂おしさに胸を掴まれる事がある。
そんな時は、こみ上げてくる感情が知らず、咽喉を鳴らす事さえあった、だから。

駄目だ。
こんなことでは。

深く念じて、必死で振り払おうとする。
誰も信じない、誰とも馴れ合わない。
そうでもしないと、生きて居られなかった。
冷たい海の中から引き上げられ、長い長い月日、断続的に訪れる見知らぬ人々の無機質な表情や意味の分からない言葉の羅列に晒され。
気の遠くなるようなリハビリを終える頃には、唯一残った肉親は新しい家族と共に、遠い異国の空の下で。
頼りになるものといえば、ぼろぼろの状態だったにも関わらず奇跡的な回復を見せてくれた、自分の身一つ。後は、月々自分名義の口座に貯め込まれていく、仕送りと呼ぶには余りに大きな額の振込み。
その二つをただ、ありのままの事実として冷たく受け止めて。
悲しみを、寂しさを感じ取る部分は切り捨ててきた。
切り捨てた場所から芽生えたのは、激しい怒りに裏打ちされた闘争心と、憎しみに等しい、復讐心。
まだ脆いその萌芽を守る為に。
全ての逃げ場所を更に切り捨て去りながら、生きていくつもりだった。
だのに。

――そないなこと、したら、あきませんえ。

どくん、と胸を叩く痛みを伴う声音が耳元に甦った瞬間。
握り締めた拳を無意識に、冷えたベンチの上へと振り下ろして、痛みを上書きする。

やめろ。
思い出すなな。
何もかもを見透かし、暴くような、その顔を、優しさを。
私に、見せ付けるな……!

震える拳をもう一方の掌で包み込み、立てた膝を改めて強く胸に引きつけた時、伏せた視線の向こうに、じゃり、と地道を踏みしめる者の気配を感じて目を見開く。
まさか、と思った。
もしや、と思った。
けれどもそれは、似ても似つかない人のもので。
心の奥底、何故か感じた軽い落胆に、泣きたくなりそうな気持ちのまま、口元を歪め、面を上げた。



まずいな、と冷静に考える部分と、体中を巡った血の気からくる興奮にみなぎる部分とを頭蓋骨の中、半々に感じながら、足元に転がる男たちの姿を無感動に見下ろす。
いつもなら、こんな連中に侮られたり気安く扱われそうに為る事はないのにと思うと、悔しいような可笑しいような気分だった。
数を頼んで自分を取り囲んだ奴らを全て昏倒させるのにそう時間を掛けたつもりは無かったけれども、愚図愚図していては人目を引きそうだったのでさっさとその場を後にする。適度な緊張と運動が、硬直状態に陥っていた心と身体を随分とほぐしてくれていることに気付いて、更に苦笑いを深める。
暴力沙汰に耽溺するようになって、学園を叩き出されるような事になればいっそ、清々するのだろうか。そんな詮の無いことまで考える。
そうなっても、何処からとも無く手を回されて元の場所に押し込まれる事は、予想出来た。自分が泳ぐのを許されている世界を取り囲む檻は、思いの他堅牢なのだ。
男たちの内誰かが振り回した拳が掠めた頬が、ひりりと痛い。傷になったろうかと思いながら利き手の甲を当てた時だった。

「……なつき……!」

乱した息の合間から搾り出されるような声に、驚く暇も無かった。
肩をぐいっとひかれて、先ほどの乱闘で激しい動きを強いられ疲労していた上半身の筋肉が軋みを上げたのに釣られて、思わず呻き声を漏らす。

「……っ!」
「心配してたんよ、急に居らんようになって……どうしたん、その怪我……!」

常の、おっとりした口調も態度もかなぐり捨てたように畳み掛けてくる勢いに圧倒され、言葉も出せないで居る間にも、あいつの手が、乱闘の名残を残した制服のヨゴレを払おうと、体中を這い回る。

「なんでもない」
「なんでもない、て格好やあらへんやないっ」
「ないんだっ!」

何故か覚えた後ろめたさを凌駕する苛立ちが勢いになって、その手を強く振り払った。

「放っておいてくれ」
「なつき……」
「良いから……!」

そのまま駆け出そうとした手が、けれども次の瞬間、冷たい掌に強く握りこまれた。

「……嫌や」

初めて耳にするような冷やりとした声音を間近に聴いて、思わず振り返る。
怖いような心地で目にしたあいつの顔に浮かんでいたのは、けれども、怒りでも苛立ちでも無かった。

「クリスマス・パーティ、する言いましたやろ……?」

ふわりと、いつも以上に穏かに、あいつは微笑んでいた。
その癖、この手を繋ぎ止める冷えた掌に込められた力は、何処か切実なものを感じさせるに十分な程強く。

「……何で……」

振り払えなかった。
あいつの穏やかな笑顔も真剣な眼差しも、切羽詰った冷えた掌も。
この胸に押し寄せる、痛みにも似た懐かしさも。
息苦しい程に、自分を包み込む、それなのに、振り払えない。

「うちとなつきは、友だちやろ?」

真っ直ぐに背を伸ばし、逸らせない視線と揺るぎの無い姿を見せ付けながら、さらりとあいつは、いつもの言葉を口にした。

「クリスマスに一緒に買い物して、美味しいもの作って食べて、何があかんのん?」

これまで聞いた事もない程、酷く優しい、声だった。

「何が……って」

まずい、と思った。
視界がじんわりと滲む。
噛み締めた唇が震えているのが自分でも分かる。
あいつが、握り拳を包んでいたその手を離す。
その指がそのまま、頬に伸びてくる。

「綺麗な顔してはるのに……こんな傷こさえてしもて」
「……そんなこと……」
「痕残ったりしたら大変やないの」

抗う声の弱弱しさにも気付かぬ素振りで囁きながら、取り出したハンカチで傷に滲んだ血を拭うと、そのまま、瞼の上をそっと押さえてくる。

「後でちゃんと消毒しましょな。こういう傷は結構滲みますやろけど、自業自得やさかい、我慢しぃよし?」

笑い含みで続けると、さあ、と空いた方の手で再び私の拳を取る。

「今から買い物して……やと、ちょっと時間掛かりそうやねえ。うちの手料理、ご馳走したいのんは山々やけど、今日の所はなつきの好きなもん買うて帰る、でええやろか?」
「……好きにしろ」

目元を覆うハンカチとあいつの手を振り払って、そっぽを向く。
あふれ出した感情さえも、相変わらず好きな事を喋っているあいつの手の中に吸い出されたみたいだった。呆気ない程清々とした気分になりつつある自分が酷く滑稽で、目を合わせる気にもなれない。

「あ、そうや、ケーキも買いましょな。なつき、ケーキはどんなんが好き?」
「何でもいい」

いつものおっとりとした、けれども相変わらずお構いなしな調子で切れ目無く話し出したあいつに手を引かれ、どうにでもなれと半ば自棄気味に歩き出す。

「何でもて、愛想なしやなあ」
「私は本当に何でもいいんだ、だから、おまえが好きなのを買えばいいだろ」

気恥ずかしさも手伝って、乱暴に投げ落とすように言葉を口にした時、あいつの足がふと、止まった。

「なつき」

何だ、と振り返った先、ふわりと笑うあいつの顔に、ほんの一瞬、泣き出しそうな色が差した気がした。
けれども、本当にそれは、ほんの一瞬の事で。

「うちは、ケーキ、なつきに選んで貰いたいんやけど?」

そして、何が嬉しいのか、小さく声さえ立てて、笑った。
いつもの、何かをたくらんでいるような、そうでもないような。
綺麗だけれども、掴み所の無い、笑顔だった。

「……なら、好きにする」
「ええ、お願いします」

振りほどいても振りほどいても、着いてくるに違いない、笑顔。
振り払っても振り払っても、完全には忘れ去る事の出来ない、思い出。
泣きたくなる程の懐かしさと厭わしさが絶え間なく押し寄せる胸にはでも。
独り彷徨っていた時ほどの痛みはもう無くて。
冷え切っていたあいつの掌に少しずつ、握りこまれた拳の温もりが移ってゆくのを、私はただ。
どこか他人事のように、遠くぼんやりと、感じ続けていた。


それは。
二人過ごした、初めての。
あいつの、誕生日の出来事。




―― 了 ――











あなたに巡り逢えた幸せに、心から感謝を。
……とか抜かしておきながら。
あんまりハッピーとは言い難い内容になってしまって。
何だかもうアレですね……はい……(逸らし目)。



割とぽちぽちと書き直し手直し続行中。
いつかちゃんと適度な状態に辿り着けますやうに……(祈)。


2006年01月14日(土)




まずいなあと思った。
目を覚ました時、こめかみに感じた鈍痛。
午後のアルバイトが始まるのが16時ごろ、終わるのが19時。
待ち合わせが19時半、後はどうなるのか、分からない。




holy night




群がる子どもたちを適当にあしらって、出口へ急ぐ。

「せんせー、デート」
「うん、デート。急いでるの」

無感動に応えると、隣のカトーさんが、また……ってな顔して額を抑えた。

「嘘は言ってない」
「思春期真っ只中の子どもたち相手だってこと、忘れてない?」

かみ合わないなりに痛快な言葉を返してくれるから、カトーさんは良い。

「思春期ねえ……あ、カトーさんってどんな中学生だったの?」
「覚えてない」

そんな事より、と駅に向かう道すがら何かの小袋のようなものを押し付けられる。

「何?」
「要らないんなら返して」
「滅相も」

歩きながら早速紙袋を開ける。中から出てきたのは、厚手のハンカチ。

「何これ」
「一応、友だちだから」
「いやそっちじゃなくて」

ぱっと見可愛いけれどもありふれたタオル地のハンカチだけれども、良く見ると、生地からはみ出すようにしてひょっこりと頭が出ている。

「猫?」
「猫、嫌い?」
「や、寧ろ好き」

思わず吹き出した。何よ、とカトーさんが斜めに此方を睨んでくる。
真っ黒い生地で縫い取られた小さな猫の頭を指先でひと弾きすると、袋の中に収め直して鞄に仕舞う。

「ありがと、で、カトーさんって何月生まれだっけ?」
「それについてはまた今度」

時計を見ながらひらひらと掌を振ると、カトーさんは交差点の手前で右へと折れる。

「それじゃごきげんよう……だっけ? 彼女によろしく」
「何をよろしくしろって?」
「言葉のあやよ」

にこりともしないであっさりと向けられた背中に苦笑する。

「はいはい、ごきげんよう。良いお年を」
「それにはまだ、早いんじゃない」

振り返りもしないで返すと、カトーさんは動き出した人の波に紛れて行く。見送るとも無く見送ると、変わり掛けた信号に急かされて横断歩道へと駆け出してみる。待ち合わせの時間までにはまだ後5分ほど余裕があったけれども、多分彼女はもうその場所には着いている筈。急いで駆けつけた事をアピールしておいても損はしないだろう。そう思った。






続きは、実家のPCから無事サルベージできてから(えー)。


一橋@胡乱。 |一言物申す!(メールフォーム)

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