一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
寒空に聳え立つ巨大な樹が、視界の真ん中に一本の境界線を描く。 その景色が、とても、好きだった。
冬枯れてしまった風景なんて寂しいだけじゃないのかと、寒そうに肩を竦めながらそいつは笑った。秋の盛りに、ちょっと匂うけれどもキレイに色づいた葉と実を文字通り鈴なりにぶら下げた姿のほうが、奴の好みには合うらしい。
「妹が、好きでね」 「食べるのか?」 「ああ。火鉢に銀杏炒り掛けてね。ごろごろ言わせ出したらそこからぴくりとも動きゃしない」
何が嬉しいんだかにやにやしながらのたまう奴の横顔に、それじゃなんでわざわざ寮暮らしなんか選んだと口にしそうになって、止める。問うたところで素直に答えはしなかろうし、返す刀で自分を斬る羽目に陥るのも御免だ。
「んで、三者面談はどうなったのよ?」 「結局、お流れだな。来た所で、どうと言う話も無かったから別にいいんだが」
年内最後の三者面談では、後2ヶ月を切った大学受験に関する確認くらいしか話題に上らなかっただろう。たかだか5分もあれば十分な会話の為には養幼稚園で何やら揉め事を起こしたらしい妹を放っとけない母が、電話の向こうでヒステリックに言い訳を重ねている間、俺が覚えていたのは、お陰で色んな手間が省けた事に対する安堵だけだった。
「そういうお前は?」 「んー?」
空惚けた顔してさあなぁと、窓枠に掛けていた腰を上げて、奴はこきこきと肩を鳴らす。
「出入りの菓子屋からは、いつでも住み込んでくれてかまわねえって言って貰ってるんだが」 「そんな話を鵜呑みにする程、可愛い奴じゃないだろうお前は」
なんだとう、と一応乗ってみせるそいつの顔なんて、俺の目には映っていなかった。 ただ、その向こうに聳え立つ、大きな樹の姿をいつまで覚えていられるだろうかと、そんな事ばかりが頭の中を一杯にしていた。
目を閉じると、蘇るものがある。 常緑の木々に囲まれ、四季を通じて緑に埋もれるようにして佇む白い姿。 いつかは、指先に稚気と揶揄を込めて打ち抜こうとした事があった。 怒りや恨みや憤りに任せて睨み付けた事すらあった。 それが、今になってふと思い返すとまるで嘘のようにそれは、穏やかで懐かしいものとしてこの瞼の裏に浮かび上がる。 そう、丁度今のように。 そんな自分自身の心にこそ、弾丸を撃ち込みたくなる。 勿論、自嘲気味な、揶揄を込めて。
リハビリです(毎度)。
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