あごあごしい日々 

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 +こう云うサイトだよな+

さて、お知らせです。
鈴鹿で混乱を巻き起こしてしまい
うちわ配布を中止してしまった為…
実は800本を配りきっておりませんで(笑)
極少数ですが、宅急便にて
自宅に送り返しちゃってたりします。

つきましては!! だっ(`・ω・´)

鈴鹿終了後より、本日まで
メールにて【欲しい・欲しかった】と
仰って下さった方の分と

WEBCLAP(拍手)にて
【欲しい・欲しかった・貰えなかった】
訴えた方の分くらいは、有ります★

メールにつきましては
返信メールアドレスが判っている為
ブラジルGP終わって落ち着いたら
(私の体調の良い時に/苦笑)
何処に送ればいいですか?ってーな
お伺いを出すと致しまして…

問題はWEBCLAPだ。
ハンドル名しか判らなかったり
そもそも「無記名」だったりする訳でι

そ・こ・で(・∀・)

我こそはCLAPで訴えた本人だ!!!!!!
と、仰る方は(`・ω・´)

・大体何日位に拍手したか
・どんな内容を書いたか
・記入した方は、その時のハンドル名
以上を書き記して、メール下さい(笑)
ご当人と判明し次第うちわを差し上げます。
王国の世の中・言ったモン勝ちです(笑)

但し本当に残り本数少ない為
(20〜30本しかない筈)
1人2本限定とさせて頂きますね…。

尚、送料は全員私持ちで送ります。
ですから無料。キニスンナですよっ!!!
もう最後の大盤振る舞いだな(笑)

◆◆◆

鈴鹿終わってから陥ってる
宗教啓蒙活動みたいなF1日記は
そろそろウザイ思われそうなので(;´Д`)
引き続きblogの方でやりますわ。

コチラはネタ系日記に戻しますぜ(笑)



2006年10月18日(水)


 +非道い目にあってました+

さて、ヒドイ目に遭ってました。

鈴鹿の決勝の有様も
ミハエリストと致しましては
大変に非道い仕打ちと申せましょうが…

それ以上になんつーか
ドイツから出される
ミハエル引退?本の表紙も
大変に非道い有様なのですが!!!!!


何故こんなに険しい顔で
潜んでるアナグマさん激写状態なの?!?!!!
いくら写真写りの悪いミハエルでも
コレよりマシなの有るでしょ!!!!!!!
と、西の空に叫んでみる。

・・・・買うけど_| ̄|○←全ての負け組

◆◆◆

鈴鹿後38度以上の熱出すのは
ここ2年間の慣例ですから、
今回の38.8度も折り込み済みつーか

様式美キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!

伊達に一番近い誕生日ドラが
ヤルノじゃありませんぜ!!!!
ヘタる時はヘタるよっ(`・ω・´)

だった次第ですが(;´Д`)

流石に記憶ぶっ飛ぶ程の
痛みに襲われるとは想定外でした(泣)
鼻の頭から脂汗滴るなんて
漫画の世界だけじゃ無かったのねー!!!!!!

でも結局。あれほどの胃痛腹痛も
原因不明で片付けられちゃったよっι

私の患ってるアレナニの一部に
自己免疫の暴走って形式もありまして…
もしかしてまた荒ぶる免疫様が
自分の内蔵攻撃したのかもだな…_| ̄|○
(2004年鈴鹿後に経験済み)

でまあ、日曜が最悪状態だったけど。
発端は金曜夜辺りから始まってて
土曜日→【定時で(仕事終わってないが)早退】
月曜日→【出社したが2時までしか保たなかった】
てーなコトをしてましたから(;´Д`)

火曜日、タイムカードを見たお上司様に
来年F1に行く時は
新幹線でもバスでも
座れる乗り物予約して
月曜午前中に帰宅しなさい!!

(その後半日身体休めろ)
と、叱られました。
…物分かりの良い職場ですな(泣笑)

つーか、完璧に体調不良が
鈴鹿疲れが原因とばれてる辺り_| ̄|○

◆◆◆

と、週末撃下りだった体調故
インターネッツの中で起こった事件?に
凹みはすれど、それ以上はなく
ただただ落ち込んでいたりしましたが。

ようやくご飯も食べられて
元気になった本日思い返してみると、
言われた私は怒って良かったんじゃ?!?!!!
とか、突然思えてきまして(笑)
自分の確かな回復を知りました(;´Д`)

そう思えてきたら、蒸し返して
珍しく1日プンスカしてたんですけど(笑)

今はもう水曜日ですし…
事件が現場で起こったのは
金曜だか・土曜だかの話なので(笑)
完璧に出遅れちゃってるから、
矛先の向けようも無いと申しますかねー。

やはり此処は伝家の宝刀★
【世の中色んな人が居るよね!!】を
抜くしかないと思いました。

俺理論で理論武装して
俺正当性を掲げてみても自作自演。
自家発電で燃え上がってるだけだから
空しくなるだけですもんねぇ(笑)

ルノーに小汚い言われてた頃の
プレカンミハエルさん流に申しませば

「その事に関して、僕と
違った見解が有るのは知っているよ」
「でも僕はその意見に答えるつもりも
議論する気も無いんだ!!」

まんま「コレ」ですわなー。

この辺のミハエルの態度を
大変に見習いたいと、今は思う。
切実に思っています(;´Д`)

◆◆◆

↓の日記の表題
【愛する事・愛される事】の
記事中に書いた事の補足を書きます。

日記の文末の方に
“ミハエルは確実にこういう人になる”
って、部分があるのですが…

アレは自分が円卓の中心に座り
多方向の意見を纏める「議長」とか
監督的な役割では無くって…

跳ね馬が困った時に現れる
希望と目標を与える・お兄さん(笑)
フラッとやって来るアドバイザー的な
役割だと思って下さいな(;´Д`)

チームが勝てなくというか
思う様に行かなくなった時に、
ドライバーもクルーも険しい顔で
コートの襟を立て歩いているとします。

そこにミハエルが現れるんです。

ミハエルは強権政治でもない。
制裁でもない、報酬でもない方法で
『少し時間はかかるかも知れないけど
僕たちなら必ず出来る』
『今までもやって来たじゃないか』
と云って、みんなの心に希望の火を灯す。

冷たい風でコートを脱がす北風ではない、
跳ね馬を照らす暖かい太陽として
そっと心のコートを取り去って
皆の心を軽やかにする存在となって欲しい。
私はそう思ってるのね。

跳ね馬の赤い皇帝は
不治に落日の皇帝にされたけど(笑)
また日は昇り・太陽王になる━━━。
そんな姿を望んでいるのですよ。

てまあ、なんつーか。
私はそこまでライ子の事を
「出来ない子」とは思ってない云うか。

ミハエルが出来る子ではなく
「ヘンな子」であり「特殊な子」って
だけだと思っていますので(苦笑)
あまり心配してない訳だな。

だって、キミ・ライコネンは
ミカ・ハッキネンが後を託した子。
そしてまた、ミハエルが後を託す子。

なーんて思ってたら
『師匠の師は師も同然』て云う
アニメの台詞が出て来て笑いました。
ミカとミハエルとどっちが師匠なんだかι

しかもコレ言ったの、金髪碧眼の
某氷原の貴公子だったっけねぇ…(笑)
懐かしすぎる(;´Д`)

でもまあ、そんなおっかさんが
海の底に沈んでる人に例えちゃあ
申し訳ない気もするので。
ブツブツと独り言を言って去りますwww

さて、明日から元気に
ミカ萌日記とかネタ日記とか
堪ってたモノを飛ばしますよ(`・ω・´)



2006年10月17日(火)


 +ちょっと起きた+

落ち着いたので
ちょっくらさー起きました。

倒れる前に(もう倒れとるが)
1つだけ言っておきたい事があってさ。

ミハエルが引退を決めてから
鈴鹿前までに、メールや拍手等で、
延べ数だと思うけど130通程の
皆さんの想いを戴いてまして。

全ての想いを受け止める程の
両手も度量も持ってないワタシは、
なんつーかなー(´・ω・`)
うちわ絵に想いを塗り込めるとか
フツーのアゴヲタとは違う
ちょっと変わった方法ででしか
お応え出来なかった訳で。

その事に大変申し訳ないつーか
“私で良かったのだろうか?!?!!”
云う想いに苅られたりもしています。

フツー生きてたら
ミハエルがF1を去るという事に
こんな沢山の想いがあるとか
悲しんで寂しがってる人が居るとか
こんな生の声で知る事なんて
あんまり無いじゃないですか…。

ある意味ミハエル本人より
みんなの寂しさを知った気がします。
それ位濃密な1ヶ月間でした(笑)

その気持ちを、私は知った。
知って、行動してみた。

その行動が良かったのか
はた迷惑なアホバカだったのか
今の私には判断出来ないけど。

鈴鹿が終わって後
【このサイトがあって良かった】
なんて感想が、届いています。

そう云われると、何だか
こそばがゆい気持ちになります(笑)
嬉しいのには違いないけど
大変にむずむずすると申しますか…

俺 は 何 も し て ね ぇ www

と、申しますか。

バカでアホなアゴヲタとして
生き様晒して生きてるだけだよな。
そう思う次第です。

でも、今回だけはやっぱり
130人の想いを受け止めるだけの
度量が欲しいとか思ったかな…。
なんてちょっと神様を恨んでみたけどι

でも自分の心に
想いにケリを付けるのは
やっぱりその人本人だけだと思う。

その1つ1つの答えが、
どんな様でも私は真実だと思うし
私の様に、F1辞めても
ミハエルをミハエルとして愛す(`・ω・´)
決めちゃうのも、1つの答えでしかない。

でもやっぱ思うのは
私は人にお礼を言われるようなことは
何もしてないよって云う事かな〜

第一(;´Д`)
私が此処まで突っ走れたのが
皆さんの生暖かい後押しの所為であり
お礼云う方向が違いますがな(苦笑)

いや本当にありがと。



2006年10月16日(月)


 +やっちまいました+

日曜日の朝、開いてる医者様調べて私を連れて行ってくれ。

両親にそんな事を言って、紆余曲折後。次にちゃんとした記憶があるのは白い壁、白い天井、白いパーティッション。腕に繋がれた点滴の管_| ̄|○

やっちまいましたね…。来年は医者様からも親からも、日本グランプリ見に行く許可下りないかもだ(爆)

今は落ち着いて自宅ですが、全く起きあがれないため。暫しメール返信等はお休みさせて下さい。ケータイメルなら返信出来ます。ああこんな時にノートパソコンが有れば!

それと。
私が↓の日記で、綺麗事の宗教啓蒙活動みたいな事しか言わないため、胡散臭いと感じる方とか居るみたいなんですが(笑)

ごめんな。
ちゃんとした本心なんだ_| ̄|○
嘘の綺麗事で人様の前に出れるほどの、度胸はないよ…。あれは1シューマッハファンの見送り方の一例な!

そして、おいらが5年前に素晴らしい思ったミカの人たちは、ナンバーのミカ記事を読んで…

「私達の事で、ミカに気に病んで欲しくないなぁ」

言ってました。

おまいら、俺を泣かすなよ・゜・(ノД`)

でも想う心って、そんなもんじゃね?



2006年10月15日(日)


 +私はお節介な人なのだ+

「私はやくにさんの様に
ミハエルの事を吹っ切れません」

鈴鹿から帰ってから
頂くメールやWEBCLAPに、
こんな言葉を多く戴いています。

吹っ切る必要なんて無い。
諦め切れなきゃ泣いて泣いて泣いて
涙枯らす程ミハエルを想えばいい。

どちらかというと
私の態度の方が変だと申しますかι

ある程度の人に読まれてる
《シューマッハFanのサイト》として
この態度はどうよ?とも思いますι
もっと寂しがっても良いじゃん。
なんつーか、Fan失格?!?!! みたいな(苦笑)

私が結構サッパリと
ミハエルの事を諦めちゃってるのは
ミハエルの引退が幸せなモノと
信じて疑っていない辺りと

物心付いた頃からって勢いで
スポーツ見てるから、選手の引退に
慣れちゃってる所為もあるかな。
でも此処まで愛した人の
引退は初めてなんですけどね(´・ω・`)

その上ドロドロした怨嗟とか
そーゆー有様が嫌いですから(;´Д`)
ワタシ的にはミハエルの引退より
去年から巻き起こってる
KKと巨人の有様の方が辛くて見たくない!!
ゆー辺りが、何ともはやダメダメ(爆)

ドラフトの清原の表情を見て、
あー(泣) 桑田は清原の分も巨人で
頑張らなきゃいけないよぉぉ・゚・(ノД`)
とか、思ったモンなぁ@当時

で、キヨがFAで巨人に来た時
やっぱ良かったな・゚・(ノД`)思ったしな。
そんな2人も今やこの仕打ち_| ̄|○
それに比べればなんつーか
ミハエルさんは大変に幸せですよと(苦笑)

って、今逆算したら
「桑田は清原の分も巨人で」と思ってた
自分の年が、やたらガキンチョだ!!!!!!
キモイガキだな、自分つーか(;´Д`)
この辺の性格が変わってないっつーかιι
綺麗事で感動したがりなのですよ。

◆◆◆

でもな〜
私が完全に吹っ切れてるかと言えば
あんまりそう云う性格でも無いんですよ。
泣きは引きずるタイプです_| ̄|○

でも、何だかね…
私にとってはもう1回既に
大好きなドライバーの引退はあって。
そのドライバーって
ミカ・ハッキネンなのですけれど…。

その時のFan皆さんの心とか
想いとかを間近で見てましたからね。
心の中で、予行演習が
出来ていたのかも知れません…。

◆◆◆

それは2001年の出来事でした。
ミカ・ハッキネンの突然の休養宣言。

その時。
私が今年うちわを作った様に
ミカに想いを届けようと旗を作り
うちわを作り、立ち上がった人達がいる。

Operation M

私は旗の制作費をカンパしただけで
現地でご一緒したりとかは
しなかったのですけど。
(アゴヲタですし)

夕暮れて暗くなっていく鈴鹿のS2に
白くて水色の横断幕を持って
青色のルミカライトがキラキラ輝いてた。

あの時、みんなミカを待ってた。
ミカの名前を呼んで、待ってた。

その想いがあまりに綺麗でね〜
切なくてね〜

ああもう、神様っっ
この人達の想いが全部まるっと
ミカに伝わります様に!!!!
頼むよ頼むよ、山田池の神様・゚・(ノД`)

私はそんな思いを抱いて
2001年の鈴鹿を後にしました。

真っ暗になった空、
ピットガレージから漏れる明かり
青く輝くルミカライト…。

以後、この光景が目に焼き付いて
頭から離れなかったりしました。

あの時のミカは、
F1の煩わしさに背を向けていて
ちょっと後ろ向いていた時期だったから
結局、ミカは挨拶とかはせずに
皆さんの前から去っていってしまった。

そして1年の休養は
F1ドライバーとして永遠の別れになった。

私はそれ以来
何人ものミカヲタから
【あの時、お別れの挨拶を
させて貰えなかった】と言われて
ちょっと切なくなったりしてました。

そしてミハエルの引退が決まって。

ミハエルは「さようなら」を
鈴鹿で言わせてくれるんですね。
らしいなって言うか…
ミハエルFanがちょっと羨ましいです。
そんな事を言われたりしました。

その時は私達の想いも届くかなんて
全く解りゃあしなかったんですが。
そう云われるとな〜
何か申し訳なくってね・゚・(ノД`)

あの時のあの光景、
ミカを呼ぶ声が蘇ってきて。

私たちはあそこまで清らかに
純粋にミハエルを送り出せるのか?!?!!
なんて考えてきたんだけれども。

そんな時、Numberを読みました。

会社帰りに本屋に寄って
鈴鹿へ旅立つ夜行バスに乗る直前に
私はNumberを読んだのです。

そして号泣。
本当に泣いた、わんわん泣いた。
で、知り合いのミカヲタに凸メール

「お前今すぐNumberを読め」
「買ってないなら必ず買え」
「内容は聞くな、俺は教えん」
「俺じゃなくミカの言葉で読め」

と、散々圧迫して
乗り込んだ夜行バスの中でも
起きてる時は一晩中泣いてました。

だった一言なんだけどね。

「鈴鹿でFanにさようならを
言えなかったのが、僕の心残り」
by ミカ・ハッキネン

・゚・(ノД`)・゚・

なんだよーーーーーー
あの日グラスタでミカを待ってた
あの時の人達の気持ちは
ミカにちゃんと届いてるじゃんかよー!!!!!

おまいら相思相愛だったんじゃないか!!!!!
うわぁぁぁぁぁぁぁん・゚・(ノД`)

良かったな、本当に良かった。
あの時私が見ていた名も知らぬ人達。
そのみんなに心から祝福を送りたい!!!!!
そしてミカにもありがとう。
貴方はやっぱり、素晴らしいドライバーだ!!

なーんてな(;´Д`)
もう1週間もミカの言葉反芻して
ボロボロ泣いてる、俺キモイってばよっ。
(この日記も泣きながら打ってる)

んでまあ(;´Д`)
泣きながら鈴鹿に着いて
ミハエルの最後を見送って来て。

アロンソの変なガッツポーズを
ゲラゲラ笑って帰ってきた
私は負け組って気がしますです_| ̄|○

美しいモノになり損ねた云うか…
アゴヲタとミカヲタのキャラの差だなι

◆◆◆

でもさ(`・ω・´)

やはり私は思うんだ。
ドライバーを思う気持ちは皆一緒。

私たちがミハエルを想う様に
ミカを他ドラをアロンソを想う人が居る。
その気持ちが有れば、分かり合える。
辛い時も嬉しい時もな…。

そんな思いを強くした
2006年鈴鹿でも有りましたよ。



2006年10月12日(木)


 +愛する事・愛される事+

ミハエル・シューマッハさん
【相手のトラブルを望んでまで
勝ちたいとは思わない】

フェルナンド・アロンソさん
【ヤツは汚いドライバーだ。
最終戦で何をやるかは解っている】

まーあ、ミハエルとアロンソって
最後の最後まで
1瞬たりとも噛み合わない
ライバルで終わりそうだな!!!!!!

と、大笑いしつつ今晩は(笑)

いや、まあ、アロンソ…
あんたにぶつけてもミハエルさんは
Wチャンプに成れないんですが。

余 程 上 手 く や ら な い 限 り は www
(しまった否定が出来ない)

しかしこの有様を見てると
見た事もないのに思い当たるのは
その昔大変に非道かったという噂の

若かりし日のミハエルさんの
デーモン・ヒル氏に対する仕打ちって
こんな有様だったんですかね?

人の又聞き・噂聞きだと
アロンソ的血の通った悪口じゃなく、
冷たい口撃だったみたいですけど。
兎に角どーでも良かったみたいな…?

だからまあ…
アロンソに関しての事は
顎棚に上げて言う訳にも行かず(笑)
因果は巡ると言っておきます(;´Д`)

◆◆◆

でもな、アロンソが
こんな有様になっちゃってるのは
半分フラビオの所為だと思ってまして(笑)

フラビオはミハエルの
昔の上司で御座いますから(;´Д`)
ミハエルがメンタル面で言われる程
強くない、グラグラした人だと
言う事を物凄くお見通しで。

それでルノーを有利にする為
他人に、ミハエルに聞こえる様に
わざと『あの可哀相なお年寄り』とか
『最終戦でやる事は解ってる』だの
言ってきてるんだと思うけど(笑)

残念ながらな( ´_ゝ`)
アレはもうフラビオと居た頃の
ミハエル・シューマッハでは有りません。

まだメンタル面ではアレで
ちと小さめな人ではあるんですけど。
人は愛し愛され・許される事で
本当に強くなるし、心穏やかになれる。
今のミハエルは、そこの域までに達してる。
勝つとか負けるとかすら超越してる。

だから下手な舌戦にかまけてると
自分の評価落とすだけだと思うんだけどね…。
まあ、アロンソは特にな…
言えば言う程、色々な物を失ってくよ。
だから早く!! ロンちゃんと躾け頼む!!!!!!!!!!

◆◆◆

鈴鹿で、うちわ配布で
結構何人もの人から聞かれたのは
『なんでミハエル辞めちゃうんでしょう』
『結果的に跳ね馬にシート無かったの?』
てな、ニュアンスの内容でした。

私はイタリアGPからこっち
うちわの制作と配布と郵送に忙しくて、
F1コラムの内容とか、他人様の日記とか
あまり読めてなかったんだけどιι

シューマッハは辞めたくなかったけど、
辞めざる終えない状況に追い込まれた。
…確かにそんな論調が多いね。
正直、吃驚する位に(笑)

そーいや私の理解する範囲の
ミハエルの引退の理由とか、推察とか。
一切書いてなかった気がするのでι
此処でちょっと書いてみますが。

去年の終わりから・今年の初めに
『去年はフィジカル面が出来てなかった』
『まだやれる事があった』と云って
フィットネスの鬼したり、メットに錘付けて
走ったりしていたミハエルさんですが。

こんだけ鍛えまくったって事は
【努力して補わなきゃいけない何か】を
本人が自覚していたからと思う訳さ。
それは年齢的な物で、間違いないと思う。

それでも体力に関して云えば
まだまだF1トップアスリートで間違いなく
勝てるし速いし強いままなんだけども。
「俺の全盛期を知る俺」には
(´・ω・`)と思う部分が有ったのではと。

それは248F1のミラーが
みょんっと外に向かって着いてる事。
(ミハエルが後ろが見づらいと言ってたな)
メットのバイザーに留め具が付いた事。
(ミハエルが風が入るのを嫌った?)
てーな事でも、見て取れる。

若かりし日には何でもなかった事が
ちょっと辛くなるorイヤと感じる
お年頃になっちゃったのかな〜とかねι

私は顎ホルダーに顎入れてる
ミハエルの写真を見てそう思った(;´Д`)
(しかもそこかよ/笑)

一応、そんな前振りが有りまして
向かえたF1シーズン、2006。

ミハエルさん、今年契約終了だしと
わたわたし初めている、跳ね馬首脳陣。
息子の様に抱きしめるよー!!! と、
最大級のラブコール送る社長を尻目に
ミハエルさんは迷いの森の中にいる。

自分が居なくなった後だって
跳ね馬は生き延びなきゃならない。
その為には若い血が必要だ★

キミ・ライコネンに異存はない。
但しジョイントNo.1は、ちょっと困った。

私はミハエル・シューマッハは
大変に悩む事が苦手な人だと思っている。
てゆーか、吹っ切り下手というか
踏ん切りの良さが足りない。

だから、スタートが下手。
オーバーテイクも苦手。

特にオーバーテイクは
此処で行く/行かせるって辺りの
一瞬の判断が、人と感覚がズレている。

だからぶつかる事が多い。
レーシングアクシデントという名の
判断ミスが付きまとう。

だからミハエルは、
自分と考えを異にする他者を省いた
【悩まないで済む】オーバーテイクを好む。

ピットストップ作戦。

これは自分との戦いであり、
自分がコンマ数秒走り続ける事で
確実に相手を抜く事が出来る。
俺が俺とする戦い。1人で済む戦い方。

そのミハエルがジョイントNo.1?

ジョイントNo.1って
何か事が起こって同時ピットになったら
俺も悩むし、チームも悩む(笑)

その悩んだ俺が、今と同じく
チームに勝利をもたらす事が出来るのか?
その約束が俺に出来るのか?!?!!!!

そしてミハエルは
出来ない約束は出来ない人だった。
そんな事だったんじゃないかなと思ってます。

勿論、キミたんを突っぱねて
俺がNo.1のまま、チームに居座る選択も
出来たんじゃないかと思うけど(笑)
そこまでギラギラした思いも
もうミハエルには無かったんでしょう。

チームがジョイントを望んだ時
俺がFerrariに来た役割は全部果たした。
1つ柱で支える時代は終わったんだ。
そーんな感じと考えてます。

でも、これはね。
チームが悪い訳でもキミが悪いのでもない。
1st.としてしか生きられなかったのは
ミハエルの責任だし、ミハエルの決めた事。

決して追い出されたのではなく
意に沿わない引退劇でもなく

ああそうか、来年は俺が1人で
跳ね馬を支えなくて良いんだな〜と
思った時、走る自分の姿が見えなくなった。
その程度のモノだと思ってますよ。

つか、ジャーナリストが書き立てる程
跳ね馬とミハエルの関係は脆弱じゃないよ!!

ミハエルがイタリアンマフィアを
チームと家族に変えてしまった様に
Ferrariもミハエルを変えてしまったんだ。
それ位、相思相愛相互依存な
関係であると思っています( ´∀`)

◆◆◆

で、来年キミたんは
Ferrariで苦労するだろうなぁ〜とか
ミハエルの代わりは務まらないだろうって
こちらも書き立てられていますがιι

ライ子はライ子で有れば良く、
ミハエルの役目は、ミハエルがしてくれる★
これが私の考えている来年の姿です(笑)

キミたんに
「Ferrariは良いチームだな」と
思う心さえあれば、何の苦労も要らない様な。

多分ね、マシンに問題が起き
ちょっと勝てなくなったとして…
問題解決出来なくて、迷い始めた時に
そんな時こそミハエルがミハエルであればいい。

要するに、こんな感じ↓

「最近決勝のロングランで起こっている
問題を解決するにはどの方法があるかな?」
「キミとフェリペは、どんなマシンなら
走りやすくて、速くなると考える?」
「解った、それにはタイヤを助ける手立てが必要だ」
「では技術的な優先順位を決めよう」
「ハミィ、次は此処の部分を
強化したタイヤを準備して欲しい」
「そして先ずはリア周りの改善をしよう」
「それでテストを走ってみて、次を探ろう」
「心配する事は何もない」
「僕たちなら問題を解決出来るよ!
Ferrariは強く素晴らしいチームなんだ!!」


私は将来、確実にミハエルは
こういう人になる気がしています(笑)

この人の、マシンへの知識と
対話する能力はハンパなさそうですし!
Ferrariがそれを望みそうだから。

そしてこのミハエルの姿勢を学び
キミたんとマッサは育っていけばいい。
その育ち具合を、ミハエルはニコニコと
見ていればいいなと思うしだいさ★

これがミハエルの
ステアリングを持たなくても出来る事。
引退してもチームと関わりたいとか
思った事なら、良いなと思てたりします(笑)



2006年10月11日(水)


 +終わってしまうと云うこと+

さて、鈴鹿帰ってきたら
案の定体調が崩れてきましたよ(笑)

現地では有り得ない程元気で
本当に5ヶ月ぶりに身体の痛みが消え
楽しく過ごせていたワケなのですが(;´Д`)

それは鈴鹿特需であった様でι
また、両親と会話するのがやっととか
そんな日々に戻っちゃうのかもしれない。

てな不安を抱えてるので(泣)
身体が落ち着くまで
ちょっと休ませて頂きますです…

◆◆◆

2006年の鈴鹿を終わって
沢山・沢山思うことがあります。

決勝が終わった後、
私たちは、顔を見合わせて呟きました。

「私、アゴヲタ失格かも知れないけど」
「全然悔しくも悲しくもないんだよね…」

これが本当の気持ちでした。

勝てた・勝っていたミハエルが
エンジンブローしたからと言って

アロンソのブロウを願ったり
マシントラブルを願ったり
そんな事を望むことすら出来なかった。

それが私のアゴヲタとしての
鈴鹿で出した答えだったと思っています。

◆◆◆

今回、鈴鹿でうちわを配った為
色々な方とお話しする機会に恵まれて。
ミハエルを想い、行動して
遭遇したり・見かけたり・出待ちしたり
な〜んてラッキー体験をした方の話を
沢山伺うことが出来たのですが。

聞く話、聞く話が凄かった。
ミハエル・シューマッハいい人伝説(笑)

凄い輝く様なニコニコ笑顔で
手を振ってくれたとか
わざわざFanの方に寄ってきたとか、
↓でも書きました通り
サインしてくれた+お礼の言葉とか
車でサーキット入りした時に
道路でFanに囲まれても
クラクションも鳴らさずに
スペースが空くのを待ってたとか

誰に聞いても
「ニッコリ手を振ってくれた」
何処で逢っても
「笑って返してくれた」
そんな話しか、聞こえてこなかった。

去年までのミハエルは
こんな人ではありませんでした。

今は無きF1雑誌に、その昔

ミハエルは、見知らぬ他人に
身体をいきなり触られることが
大嫌いで、Fanにそれをやられると
邪険に扱ってしまう。だが、その後
見知らぬ人を邪険に扱ってしまった
自分に凹んでしまう。
(だから反応しない/スルーを学んだ)

みたいなことが書かれていて。

この人、大有名人なのに
物の考え方が小市民だよなぁ…。
本当に普通の人と感覚が同じままだ!!!!
と、弱ったことが有るのですが(笑)

ミハエルは鈴鹿で…
そうすることすら辞めていました。

◆◆◆

エンジンブローが起こった時、
直後には多少の無念さが見えてたけど。

ミハエルはマーシャルにも紳士で。
デグナー付近の観客に手を振り
クルーを1人1人抱きしめて
首脳陣も、1人1人抱きしめていた。
何もかも悟った様な落ち着いた眼差しで。

チャンピオンシップを争ってて
ポイント差無しの、トップ。
とても緊迫した戦いの筈なのに

ミハエルはもう、怒りを表さない。
悔しさも滲ませない。

世界一の負けず嫌いは
絶対にレース中に…
少なくともブロー直後に…
そんな態度は出来なかった。
出来ない人だった。

あれはもう、私の知っている
数々の勝利をおさめたF1ドライバー
ミハエル・シューマッハではない。

彼はイタリアGPの後に
F1ドライバーで有ることも止めたんだ。

勝つ為に自ら被った仮面を捨てて
私人 ミハエル・シューマッハに
戻ってしまっているんだな、と感じた。

ミハエルを語る美談の中に
マラネロの掃除のおばちゃんにも
優しく声をかけて気遣うってのが、有る。

コックピットから離れた
ミハエルを知る人は
『凄い気配りの出来る人』と彼を評す。

私はこっちの性格の方が
【ミハエルさんの本当の性格】
だと思ってまして…
それが勝つ為に・勝ちたいが為に
テンパるから、問題を起こすんだ!!!!
なんて思っていたりするんですが…。

鈴鹿のミハエルは
マラネロのファクトリーでしか
見せなかった様な、本質の
ミハエル・シューマッハに戻っていた。

だから私たちFanに対しても
【鈴鹿の雑役婦】くらいの扱いで(笑)
優しく笑って手を振ったり
気遣ってくれたんだと、思っています。

彼は今、F1もチームも
自分を取り巻く全ての環境も愛して。
愛して、愛して、愛し抜いて
とっても優しい気持ちになって
前だけを向いてF1を去ろうとしている。

もう今のアロンソが持ってる様な
勝ちたいが為のギラギラした…
勢い余ってチーム批判してしまうような
強い感情は持つ事はない。

そんなミハエルを見てしまって
本気で彼がF1を去ろうとしていることが

目の前で

生で

自分の見届けた真実として

解ってしまったんだ。
そして私はこう考えています。



そんな気持ちになってしまった
スポーツ選手は
競技を続けるべきではない。



勿論ミハエルも
その事は解ってるからの引退劇。

鈴鹿で私はその想いを見届けました。

F1ドライバーである為に
誰よりも速く走りたいが為に
自ら背負って身に付けた仮面を脱ぎ去った
ミハエル・シューマッハを見てきました。

私にとっては何よりも
説得力のある事実でした。

でもミハエルは
その仮面を脱ぎ捨てても尚
誰よりも速いドライバーでした。

普通、そーにはならないんだけどね(笑)
ここら辺がミハエルらしいなぁ!!!!

そして速いまま、エンジンが逝きました。
これもまた彼の運命なんだと思う。

まだあと1戦残ってるけど
Wチャンプはほぼアロンソに決定。
その事実はミハエルも受け入れて
勝敗考えずに走るよとコメントしてる。

どちらがWチャンプになるか
一応まだ解りませんけど。

94年のあの日から
ミハエルはして貰えなかった
世代交代とか、全て成して
ミハエルは去ろうとしています。
そう云う運命をも脱ぎ捨てる日が
近づいています。

それでも私の想いは変わらない。

Thank you for all the enjoyments you brought us.
We’re proud to be your fans!!
★たくさんの幸せをありがとう。
 あなたのファンでいられてよかった!!

本当なら辛いはずの
悔しいはずの2006年の鈴鹿は

本当に色々なミハエリストの
皆様に囲まれて、得難くも楽しい
素敵な思い出になりました。

うちわの配布は失敗しちゃったけど、
やはり幸運な偶然で
うちわの想いはミハエルに届いてる。
それで良かったと思う。

本当に有難う。
ミハエルも、このサイトで
想いを共にした皆さんも、
本当に本当に、有難う



2006年10月10日(火)
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