ある音楽馬鹿の徒然カキコ♪...みゅう太

 

 

寂しいな - 2006年06月16日(金)




前回、「連日オーケストラ」なんてタイトルをつけつつ、
N響の方を全然書かずに終わってしまいました。

で、今回…と思ったのですが、
悲しいことがいくつもおきました。

そう、作曲家ジェルジ・リゲティが亡くなり、
指揮者、岩城宏之さんが亡くなり、
さっき仕事仲間から連絡があったのですが、
やはり指揮者の佐藤攻太郎さんも亡くなられた。


人は誰でも、いつか死ぬ。

それがわかっていても、そして歳をとって何度それに出会っても
やはり寂しく悲しい。


この中でリゲティが一番世界的なのだろうけど、
この国で、しかも音楽の仕事をしていれば
岩城さんの存在は大きかったし、
佐藤さんも地味ながら、時々オペラの指揮などを聴くにつけ、
大事な存在だな、といつも思ってました。


岩城さん、最近実演聴いてなかったですね!
こういう時だから言うわけではないですが、近頃、久々に聴きたいな岩城さん、
とよく思ってました。

私が学生の頃、年に1度くらいN響の定期だとか何だとか指揮してましたから、
結構聴く機会がありました。
その度に思ってたのは、岩城さんが指揮するとオケの音がすっきりキレイに鳴るんだな、ということ。

今になってみると「耳がいい」ということに起因することで、
だからこそ、武満徹をはじめ、現代曲の初演に長け(初演魔と言われてたんですよね)
近代の音楽だったら、プロコフィエフだとかストラヴィンスキーのような、音が込み入った音楽の演奏で特に印象が残る指揮者でした。

前に一度、一緒のテーブルで大勢と食事をする機会があって、
彼が書く軽妙で面白い本と同じく、歯に衣着せぬ物言いをする方、頭のいい方だなあ、と思ったのを覚えています。

そして最近のオーケストラ・アンサンブル金沢との活動。
「コンポーザー・イン・レジデンス」という、いわゆる「座付き作曲家」制度を始めて、
定期的にこの人たちに新作を書いてもらい、アンサンブル金沢で初演するという、
彼ならではの活動に、何より私は注目してました。
だって、そうして新しい音楽が生み出され、繰り返し演奏されていかなかったら
音楽はどこかで閉塞してしまう、って怖さがあるから。
ホント、行動家でしたね〜。

それがまたCDにもなって(しかも1枚1000円)、売られるものだから
私は何枚も買いました。
権代敦彦さん作曲の「愛の儀式」という曲(笙とオーケストラのための曲)、結構何度も聴きました。



現代の音楽といえばリゲティのことも。

リゲティこそ現存最高の作曲家だと思っていましたから、もう充分な御歳だとはいえ、
やはり残念です。

私が好きだったのは、例えばブーレーズやシュトックハウゼン、故ベリオらと比べて、
かつて動乱に満ちていたハンガリー生まれという彼のルーツがそうさせるのか、
同じように音が複雑で鮮やかであっても、そこに強い「意志」や「祈り」を感じさせてくれること。

彼を有名にした、トーン・クラスターの技法(色んな楽器が音をず〜〜っと伸ばし、それが各々入ったり出たりすることで音色や音の増減が変化していくような音楽)で書かれた
「アトモスフェール」(映画「2001年宇宙の旅」で使われた)や
「ロンターノ」といった初期の作品も好きですが、
あの大好きな名ピアニスト、ピエール=ロラン・エマールがリサイタルで弾いたり、CDで出してくれた、あの素晴らしいエチュード!

ホント、これも一時期よく聴きました。


それから何年前でしたっけ?
やはり大好きな指揮者、エサ=ペッカ・サロネンがフィルハーモニア管弦楽団とともに
東京オペラシティでやった「リゲティ・フェスティバル」。

悲惨な客入りでしたけどね、(あの大ホールに500人くらい?1F席は前半分くらいしかお客がいなかった…)
私はすごく楽しかった。
サロネンがまた素晴らしく、透明に明晰に音楽の姿をくっきりと聴かせてくれるものだから、リゲティの音楽が格別に魅力的に響いていたのを思い出します。


う〜ん、やっぱりため息。


どうか、亡くなられた皆さん、
私がいつかそちらに行った時、また素敵な音楽聴かせてください。

今までありがとうございます。










...

連日オーケストラ - 2006年06月12日(月)




先週はオーケストラ2連投。

大植英次指揮ハノーファー北ドイツ放送フィルのワーグナー・プログラムと
翌日は準・メルクル指揮N響の定期公演でシューマン・プログラム。


一昨年も確か大植/ハノーファーを聴きに行った翌日にN響定期があり、
N響って上手いんだな、って改めて思ったものでしたが
今回も同じ。
やっぱN響の方が「上手い」。


ただちょっと、ひとつの次元では比較できないな、と思ったのは
ハノーファーのオーケストラの鳴らすワーグナーの音。

やっぱりこういう地の底からわき上がる、
チェロやベース、特にティンパニの深々と大地に食い込むような音は、
ドイツのオーケストラが「身につけてる」「板についてる」もので
これは単にオケが上手い、下手だ、って話じゃないな、と実感。


大植さんは、皆さんもご存知の通り、去年ワーグナーの聖地バイロイト音楽祭に日本人で初めて出演した指揮者。
賛否両論を巻き起こして、残念ながら今年は出演できなかったけど
やっぱりそういうところで、「ワーグナー命」たちが集まるオーケストラを集中して指揮した人が演奏するワーグナーは一味違う。(決して思い込みじゃない)

そして歌手がハンパじゃない。

特にジークムントを歌った・・・
あ、やった曲は「リエンチ」序曲、ジークフリート牧歌、そして4夜かかる超大作「ニーベルングの指環」の中の2番目「ワルキューレ」の第1幕を演奏会のスタイルで。

… テノールのロバート・ディーン・スミスは凄かった。
この役では、多分現在ベスト3の一人。

ワーグナーの主役を歌うテノ−ル、ってのはまさに「選ばれし者」で
生半可なノドじゃ絶対歌えない。
ケタ外れに強い声帯を持っていないと無理。

まずそういう肉体的なハードルがあって、
私も今まで、絶叫して頑張ってるのに、ちゃんとした発声、ちゃんとした言葉にならず、
ただただ叫んでいるのみ、ってテノールに何人も出くわしてきた。

そんな中に「選ばれし」ノドを持ったワーグナー・テノール(ヘルデン(英雄)テノールと呼ばれる)が本当に数少ないが、いる。
前に書いたルネ・コロ、クリスティアン・フランツなどがそう。

スミスもその一人。
こういう声を聴けるだけで、「ああ、この声の持ち主がいた」と感激。
もっとも私はスミスを、あの例の新国立劇場の「ワルキューレ」でも同じ役で聴いているのだけど、あの時よりもっと感動した。


ただし。


父親の名を呼ぶ、中盤のクライマックス、
モノローグの中で「ヴェルゼ!ヴェルゼ!」と最強音で叫ぶ部分があるのだけど、
これを
「ヴェ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ルゼ」と
15秒も20秒も長々伸ばしていてくれたのには、感動どころか、興ざめ。
「オマエ、バカ??」


それでも素晴らしい「ワルキューレ」の上演でしたが。


素晴らしい、といいながら、大植さんがバイロイトで賛否両論だったというのもわかる気がしました。

というのは、上手く言えないんだけど、やっぱりオペラを振りなれてないあたりからくるのか、
人の声の生理とオーケストラとが、絡み合いとけあって音楽がふくらんでいく、熱を帯びていくオペラ的な特性と、オーケストラの音を正確に組み上げていくシンフォニーを指揮するときの感覚の両方がうまく融合しないというか。

テンポが不自然に変わる部分、ワーグナー特有の「誰々のモティーフ」みたいのが唐突に響いたり、展開に自然さがやや欠ける感じ。
ああ、ワーグナー・オペラに関してはまだまだ第1歩、第2歩って感じ。


もっともたった1回のバイロイト体験でここまで来る指揮者だから、
きっと今度聴く時は・・・
って期待は十分だけど。







...




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