ひぽこんコラム

2013年04月10日(水) サッチャー政権時代

 サッチャーが死んで、イギリスのミュージシャン、モリッシーが発表したコメントが秀逸すぎる!

 これは本当にすばらしい!

 私が初めてイギリスに行ったのは80年後半で、その頃のイギリスはサッチャリズムがブイブイで、格差が拡大しまくり、貧乏な人たちの貧しさはすさまじかった。どれだけ物乞いに会ったろう! ニューキャッスル駅前で物乞いのオバさんにおっかけられたのは今も怖い思い出。オバさんに5ポンドもあげればよかったのかもしれないが、そのときはまだクレジットカードも持ってない貧乏旅行で、1ポンドの余裕もなかったんだ。

 ミュージシャンたちは当時ものすごく連帯していて、モリッシーが加わっていたかは覚えてないけど、レッド・ウェッジという運動をしていた。ポール・ウェラーやビリー・ブラッグ、それに私が好きだった、ちょいアイドル系のバンドのブロウ・モンキーズがその中心。

 私は21歳で、ウギャアアアと産まれて初めての海外旅行。ブロウ・モンキーズを見に、1人でイギリスに行った。これが私のミーハー海外追っかけ旅行の第一弾っ!!!

 スーツケースやら服まで友達に借りて(当時、ろくに服も持ってなかった。貧乏で。。。って今も同じね)、旅費はぜんぶ師匠に借金した。

 アエロフロートでモスクワ経由。当時はモスクワ1泊なんていう恐ろしいコースがあって、日程でそれになってしまい、見ず知らずの女性と同室で収容所みたいなホテルに泊まった。出てきた夕食の鶏肉には毛が生えていて、石みたいに硬くて、怖くて一口も食べれなかった。添えられていた水気がゼロのキュウリとトマト、それに硬いパンを無理やり紅茶で飲み込んだんだ。

 そこで何枚かハガキを買って出したけど、届いたのは1通だけ。あとのはどうしちゃったんだろ?

 窓から外見てると、兵隊さんが、巨大なマシンガンをチャッと振って「見るな」ってやるんだ。

 すごかった。すごかったよ。。。

 そんなこんなして行ったイギリス。お金もないから、いきあたりばったりで安宿とろうとしていたら、あまりに私が英語もできないからと、心配したRCAレコードのロンドンオフィスの女性が、ぜんぶRCAの特別に安いレートで、まあまあそこそこの、駅からすぐのホテルを予約してくれたんだ。あの人、名前も忘れてしまったけど、今思えば、すごくいい人だ。ありがたい。そうやって人に助けられていたのに、そういうこと、ぜんぜん、気にしてなかったよなぁ。。。子供すぎて。ワガママすぎて。

 それで、私はブロウ・モンキーズのツアーを追いかけて、ロンドンから列車に乗り継いで、ニューキャツスル、グラスゴー、エジンバラと廻ってコンサートを見た。

 で。そうそう。レッジウッドだ。その先々で、今、私らがやってるようなビラ配りをコンサート会場でしていた。署名を集めたりも。ステージにポール・ウェラーが出てきて、コメント言ったりした記憶もある。

 みんなサッチャーの弱者切捨て、特に炭鉱閉鎖で多くの失業者が見捨てられていて、それにすごく怒っていた。英語はわからなかったけど、とにかくみんなすごく怒っていたのは覚えてる。

 そして保守党政権を倒して、労働党政権を生むしかないんだ!と言っていた。

 街はどこを見ても、ロンドンも、 to let とかになって、売り出されてる物件ばかりで、今のロンドンとは大違いで、街は全体に質素で、私がよく通ったのは、労働者のオジさんたちが仕事帰りに寄る、立ち飲みの紅茶屋さん。ドトールみたいのよりもっとガサガサしてて、イスなんてなくて、ほんと、立ち飲みの紅茶屋なんだ。寒いから、みんなそこで紅茶一杯、たしか30ペンスぐらい。それを飲んで身体を温める。そこが私も好きで、旅行中何度も行った。ちゃんと小さなポットにはいって、マグカップと渡してくれる。その小さな銀色のポットが欲しくて、ロンドンの合羽橋はどこだ?と雑貨屋を探して、やっと見つけて買ったりもした。それもすごく安かった。

 すべてが質素で。悲しいくらい貧しくて。でも、その分、文化は栄えていた気がする。ロックはすごく元気だった。怒りがあるから。

 古本屋さんなんかがメインストリートに何軒もあって、50ペンスぐらいで、本がバンバン積まれ、バンバン売れてた。

 正直、私は今のロンドンより、あの頃の、格差いっぱいの、貧しいロンドンが好き。それは部外者ののんきな感想だけど。

 サッチャーが死んで、あの初めての旅を思い出した。

 レッド・ウェッジに燃えて怒っていた人たちも、もう、みんな50代とかだろう。そのとき怒りの若者だった人も、今はもしかしてお金持ちな中産階級になって、ロンドンのおしゃれな通りに家とか持って、カップ&ソーサーで小指立ててお紅茶飲んで、オホホホとかしてんのかなぁ。

 私は相変わらず中野と家をチャリで暴走往復してるばかりだというのに。。。

2013年04月09日(火) マイ・ファースト浪曲!

 浅草に浪曲聴きに行ってきた〜〜〜。

 もちろん、また、中野まで。今日はテコテコ歩いて。40分だった。中野駅着いたらもうヘトヘトで、何やってんだ、あたし?と思いながら、でも「最寄り駅は中野」を崩すことはないのだ、あたしの辞書には!

 で。浅草へ。あれ? どこだろ? どこだろ? と探していたら、小汚い、小さな、普通の、古い、古い、古い家だった@浪曲協会。

 でも、私の前に2人、サラリーマン風の男性が入って行ったから、そこが浪曲協会だとやっと分かったんだ。

 入ると、すぐお座敷で、座布団敷いて座る。会費は2000円。

 今日は「人が多いな」と言い合ってるオッちゃんたち。しかし計17人。。。。客は17人だ。うん。

 で。始まった。今日は3人の人がやるって書いてあったけど、最初は若い女性。と、この人の声がやたらキンキンしてて、マイクなんてないけど、17人の観客だから、すぐ近くで、頭がキンキンしてくる。

 うわっ。。。。たまらず、財布からワイパックス取り出してパクッ。。。。ううう。。。ううううう。。。。安定剤飲んでまで見るものなのか? 帰るか? 帰るか? 私、帰るか?

 だけを考えているうちに終わってもた。1人目。

 おトイレにも行きたい。。。でも、どこにあるかもわからない。何せ普通の家みたいで、その部屋の向こうは障子で廊下で、行っていいのかも分からん。

 我慢してると、すぐに次の人が始まってもた。今度の人も女性で、さっきよりずっとオバさんだったため、声はキンキンしてない。しかも演目が、最初の人は忠臣蔵なんて、もう、どうでもいい話しだったが、今度の人のはお金儲けの話で引き込まれる。しかも時々オレをジイイと見るから、見返す。

 浪曲って、ずっと歌ってるんだと思ったら違った。歌ったり、話したりで、演じるって感じ。1人でぜんぶやる。隣の三味線の人はいるけど。

 みんな、歌が息継ぎもしないで長引くと拍手したりしてる。お決まりの部分での拍手とかあるんかな?

 それでその人が終わると、「おトイレ休憩です〜」というから、大慌てでトイレに行く。やれやれ〜。しかし廊下もトイレも、昭和40年代、オレが子どものころみたいなので、ビックリする。今、地震が着たら、この家、100%倒れるな、と確信した。

 そして今日のトリ。。。。おばあちゃんだ! やたら小柄で、太ってて、でも顔が信じられないくらい巨大! マンガでよく
3頭身ぐらいのキャラがいるが、まさにアレ、アレなんだ!

 アレのバアさんは、声がさすがにもう枯れてるんだが、いや、それがいいのだろうか?

 後ろにいた、太った、40歳くらいのサラリーマン男性が「待ってました!」と掛け声を掛ける。へ〜〜。逆の後ろのオバさんも「ホオオオ」とか、掛け声掛ける。

 三頭身のバアちゃん、大人気!

 で。バアちゃんはさすがにうまかった。声の使い分けとか。うん。でも、歌の部分では声が枯れるから、ワタシには???

 そうして終了〜〜。最後のバアちゃんはけっこう長く40分くらいやったかも。他の人は30分。

 延々1人で30分も歌ったり、語ったりって、浪曲って体力使うね。。。

 で。終わった後は、お客さんも演者もいっしょにテーブル囲んでお茶会。ビールも出るが、オレはオレンジジュース。袋菓子がお皿に入れられて配られたから、スウウウとそれを手許に引き寄せたのに、隣にきた、やたら声のデカいおやじが、どれどれとか言って、そこからバカウケ煎餅を勝手にとって食いやがるっ!

 てめっ!

 何しやがるっ!

 今日、最大のオレの反応はコレでしたね。ええ。。。。

 このオヤジが何やらうるさ型で「新しい会長になったのに、どうして挨拶がないんだ」とかグダグダ言い続け、世話人のオジさんがぺこぺこしていた。

 どこ行っても、こういうのあるんだなぁと眺め、しかし、とにかく、オレのバカウケ返せ、とだけ思っていたら、オレを挟んで、オレの隣の男性と、そのオヤジが話し始める。

 「会長のことはホームページにありましたよ」
「オレはインターネットってのはやらないからな」
「けっこうちゃんとしてるんですよ、ホームページ」
 とか言い合う。

 そのうち、なぜか、急にオレを見て、「今日、初めて?」とかオヤジが聞く。

 「あ、そのホームページを見て来ました」と言ったら、

「この人、ホームページ見てきたんだって!!」と、オヤジが大声でリピート。

 一斉にみんながオレを見る。世話人のオジさんが「おおおっ」と嬉しそうにする。

 90歳すぎてるという三味線のおばあちゃんも「おおおっ」とかいう。

 みんなが見るから「今日、初めて浪曲を聴きました」と言ってみると、さらにもう、全員が「おおおおおっ!」とかいう。

 そしてバカウケとったオヤジが急にあれこれオレにレクチャー・スタート。語りたがりのオヤジにとっちゃ、オレは格好の獲物だ。

 やれ、ダイソーに行くと、100円で浪曲CDがあって、けっこういいぞとか。

 「浪曲ってぜんぶ歌だと思ってました」なんていうと、
「いや、それでいいと思うよ。オレはね、浪曲は1人オペラだと思ってるね」とか、頷きながら言う。

 オレ説の正しさに酔いしれているんだな。

 でも、セリフもあるんだから、オペラっていうより、ミュージカルじゃ? 1人ミュージカル。1人グリー。←あ、でも、グリーって合唱だから、それはありえないのね。じゃ、やはり1人ミュージカル。

 オヤジはこの日は見たほうがいいとか、来週はしっとりでいいぞとか色々教えてくれて、ま、結局、ヤクに立ったから、バカウケは許してやろう。それに帰りがけに、初めて来たオレにみんな急に優しくなって、余ったバカウケをガサガサッとくれたんだ。うん。バカウケの恨みはそこで解消だ。

 世話人のオジさんもオレににじり寄ってきて「こうやってね、最初がライヴだと違うからね。いいでしょう? また来てくださいね」と笑う。

 新参者が本当に少ないんだなぁ。。。

 んで。靴履くとこで、最後に出てきた3頭身バアさんが私の手を握り「また着てね」と言った。バアさん、すごいメイクしてんな〜としみじみ思う。

 ナンだかとにかく濃そうな人がいっぱいいて。えっと、若い男女もいたりして、これからここ、時々通ってみちゃおうかなぁ〜とかなんとか。ええ。そんな感じですね。浪曲。

 で。これは覚書ですから。ダラダラ書いてごめんね。
 

2013年04月08日(月) また朝から考える

今朝のトロさんのメルマガにあったのが。。。(勝手に引用)


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僕はライターって職業、捨てたもんじゃないと思っている。
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が何を思っているかわかっていなかったということだ。

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 そうなんだよね。そうなんだ。私もこんなに苦しい生活なのに、昨晩は思わず熱く語ってしまったように、ライターを辞めてしまいたい、とはコレっぽっちも思わないんだよね。

 苦しい中で、あれはどうかな? これに行ってみよう?とか、いつもいつも考えてる。

 バカなんだけど。。。。永遠の妄想家。

 でも、朝、起きると、ああ、ダメだ、このままなら死んでしまうと毎朝思う。

 今朝も思って、それならちゃんと、たとえば介護の仕事とか身につけるといいのかな?とかも考える。

 自分が介護現場で働く姿なんて想像する。

 お婆ちゃん、これ、食べて、ほら、ほら、早く、

 なんて老人をせっつく。徘徊するおしっこ臭いジイさんを部屋に戻す。ウンコだらけになったジイさんを拭く。

 やれやれ。

 デブの婆さんを抱えて、腰が痛くなる。

 ふうう。ふううう。

 しかし、意外とそれも悪くはない。それはそれで出来るような気もする。

 でも、きっと、間違いなく、その間も、私はこれをネタに今日のブログに書こう、とか思うんだ。

 どうしたって、いつも頭の中で文章が組み立てられていく。

 言葉がグルグルして、物語になってしまう。



 今、頭の中にあるのは、自分とれい子さんとネコの物語。

 これは近日中に書こうと思ってる。師匠評伝本にはまるで書けなかった、私が師匠の家に働いてるとき、ネコがいて、師匠がいて、私がいて。親子ほど年の違う私たちが、どんな風にいたのか。見ず知らずの私たちが、どんな風にいたのか。ネコをはさんで書いてみようかなとか思ってる。

 何せネコは間違いなく、その中心にいたから。

 あの頃見えなかったことが、今なら見えるんだ。だから、今やっとこれが書ける気がする。

 それから、来週、コンビニ本をいっしょに作った遠藤君と、とあるレクチャーに行くから、それが何かにつながるといいなあと思う。アラビアな世界。

 それから、まだ1回もいけてないけど、毎週火曜日に浪曲の会が、日本浪曲協会である。そこは浪曲師さんとのおしゃべり付きなんだ。私は今、浪曲にすごく興味があるから、それを探ってみたいなぁと思ってる。日本伝統の話芸。きっとそこにはもんすごい世界があると思う。

 それからオリコンで連続的にやろうとしてるネタがあったり。

 もちろん、週刊朝日には、またエンタメな企画を出したい。

 やりたいことはいっぱいある。

 ただ、それがすぐにお金にはならないし、日々の生活がたいへんで、何かこう、生活を支えるものがもう少しほしいなぁと熱望する。

 アイ・ニード・連載っ!

 無理なら、もう1個、バイトするしかないな。。。うん。

 
 人生は大変なことばかりだけど、でも、ライターという、この私がすごく下手くそなコテで、ペタペタとコンクリの塊を固めて重ねてきたこの仕事だけは、どうしても手放したくないんだよな。そのためには、介護ウンコ交換だって、揚げ物じゅうじゅうのスーパーの惣菜部でも、なんでもやるんだ。

 やれるだけ、ありがたいことなんだ。

 うん。

 でも朝は悩み、朝は暗い。

 でも、今、朝、バラカン・モーニング@インターFMが始まって、朝、音楽が流れるから、それにけっこう救われている。ありがとう、ピーターさん、いい音楽を!

 でもピーターさんにワンダイレクションをリクエストしてみたいなww ぜったいにかけてくれないかなぁ。

 でもワンダイレクション、いいと思うんだけどなぁ。この間、「赤旗」にワン・ダイレクションの記事を書いたら、赤旗の人が「いっぱい投書が着たから、スキャンして送ってあげますよ」と言ってくれた。アタシがアイドル・スターに対して思うことを一言にまとめて書いたら、それにみんながすごく反応してくれたんだ。うれしいなぁ〜〜。

 ピーターさんの番組ではワン・ダイレクションもカーリー・レイ・ジェプセンもかからないけど、ワン・ダイレクションやカーリー・レイ・ジェプセンをきちんと流すラジオ番組があっていいと思うんだよね。スタンスはピーター・バラカン。でも流すのはワン・ダイレクション。ううむ。営業行ってみっかな。。。

 と。朝からまた妄想するのです。

 ライターは、妄想を永遠にするイキモノなのです。

 そして私は妄想で生きるのです。

 妄想が絶たれたら、それは人生が終わることだ。

2013年04月07日(日) ゴンゴンの人、その2

 この間インタビューしたご縁で、今夜は東京ドームシティホールで、甲斐バンドのコンサートを見た。甲斐さんの還暦お祝いコンサート。

 甲斐バンドは私の人生にずっとその名前がなかった人たち。数曲しか知らなかったし、正直、興味もなかったんだけど。

 でも、この間、甲斐さんと話して、この人が売れたこと、ずっと続けてこれたこと、分かるな〜〜〜としみじみ思った。

 それは、この前、ここに書いた、えのきどさんの考え方、ライターとしての姿勢といっしょ。いや、アーネル@ジャーニーとも同じかも。

 今、与えられたこの場で、ゴンゴンがんばるっ!

 ゴンゴン、この一瞬を生きる。

 ゴンゴン。ゴンゴンッ。

 この先は分からない。この先は真っ暗かもしれない。

 でも、今、この場所でゴンゴン生きることで、きっと次が開けるのだと信じている。

 甲斐さんという人は、まさに、そういう人だ。

 今日のコンサートも、正直、その曲風と同じく、ステージアクションなども80年代、懐かしい〜〜風だった。

 でもそれのどこが悪いっ?

 オレはゴンゴンやるぜ!!

 そういう気概に溢れてて、ファンも30年前と同じように一斉にコブシ振り上げて、大合唱して。。。。よく見りゃ、みんな50代くらいのいい大人がっ!

 その瞬間、観客もみんなゴンゴン生きてた。

 ゴンゴン。

 ゴンゴン一体!!になっていた。

 なんだか、ちょっと涙が出た。

 私もゴンゴン生きたい。やっぱり、ゴンゴン生きたい。

 私のダメダメ人生。貧乏で、仕事なくて、お先真っ暗。

 でも、私は私の大切な、この、書く、ということをどうしても、どうしても、どうしても守りたい。どうしても続けたい。

 どうしても音楽が好きで、このウソ臭いエンタメな世界がどうしても、どうしても好きなんだ。

 どうしても、どうしても、キャアキャア言い続けていたいんだ。

 そのために、この苦しい毎日も、ゴンゴンと。ゴンゴンと。

 生きたいんだっ。

 それは愚かなことだろう。それはもういい加減にしたほうがいいだろう。それは手遅れになるかもしれない。

 人生を破綻させる可能性の方がずっと大きい。

 でも。ゴンゴン生きたい。

 今、ゴンゴン生きたいんだ。

 もちろん、時にヘタれる。時に泣く。時に叫び。時にふくれ。時に卑屈にもなるし。時に電車に飛び込みたくもなる。

 それが私だから。

 でも、それでもゴンゴン進みたい。

 今日、また、そう思った。

 ありがとう、甲斐さん。そう思わせてくれて。私は正直、甲斐さんの音楽性云々はわからない。でもそのゴンゴンぶりは死ぬほど伝わる。

 それで十分だ。

 コンサートの後、甲斐さんにまた会ったら、小柄なおじさんで、なんだかまだふわふわ夢の中のようで、「オレ、今、まだ人間じゃないから」なんて言ってた。でも、「ま、飲んでいってね」といって、ポンポンと私の腕を叩いた。

 ゴンゴンの人は気配りの人だ。

 私はヘタレで、うまいこと返せなかった。でもゴンゴンの人は、そんなこと、気にしちゃないだろうな。もう、すぐ、次の人が待っていて、ゴンゴンとそちらへ行った。



 

2013年04月06日(土) 野崎洋子祭っ!!!

 今日は浅草で、ヴァサラット祭だった!




 って何が何やらわからない写真。

 これは演歌の殿堂、浅草のレコード屋さん、ヨーロー堂の、日ごろは演歌の方々が営業をする舞台で演奏するヴァサラツトさんです。

 すごいすごいシュールだったよ〜〜〜。

 ヴァサラットの音楽そのものと同じようにシュールだった!

 ヴァサラットさんはフィンランドの不思議バンド。インストなんだが。破天荒。意外。冒険。冒険。また冒険。

 裏ムーミン谷と私は日ごろ呼んでいるが、そういう、不思議な暗さと、不思議なヒョウヒョウさと。

 とにかく、不思議な大冒険なバンドなのだっ!

 フロ〜〜〜ム、フィンランドっ!!!
 オレが何かと最近、お世話になってるフィンランドっ!!

 そして、そのヴァサラット来日に際して、招聘元=ミュージックプラント=野崎洋子さまは、浅草を舞台にした、ヴァサラット祭を敢行した!

 カフェ開く〜〜の。
 写真展開く〜〜の。
 ヨーロー堂でインストア・ライヴやる〜〜の。
 ミッコさん@和田のフィンランドメタル特集にもご登場いただいた、フィンランド大使館の参事官さんの講演あり〜の。
 フィンランド人タレントさんのトークあり〜〜の。
 ヴァサラットを人力車に乗せ〜〜の。
 船出し〜〜〜の。

 とにかく、こういっちゃなんだが、1万も2万も客集めるわけでもない、実にコアな存在のグループを元に、祭に仕立てあげたわけだ。野崎洋子っ!

 すごいっ!

 それはスゴイことだっ!

 マジ、すげえええええええええええええええ。

 見に来た川内さんや、写真撮ってたユキさんらと、

 「野崎さん、これ、1人でぜんぶ仕切ってやってんだよね? すごすぎる。。。。」と、とにかく唖然とした。唖然だ。

 普通なら、こんだけのイベント、えっと、電通入ります〜〜みたいな?

 いや、そこまでいかないとしても、とにかく、なんか、デカい会社入ります、みたいな?

 そんなことを1人でやりぬける女、野崎洋子。

 音楽業界は不況?
 世間は暗い。
 日本に未来はない。

 オーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーール、F××K!!!!

 野崎さんのそんな叫びが聞こえてくるっ!

 仕事なくて悲しい?
 お金なくて困る?
 未来が見えない?

 和田、お前は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜F××K!!

 そんな野崎洋子さまの叫びが聞えてきそうだった!

 浅草・野崎洋子祭。

 間違いなく。それだ。野崎洋子祭。

 浅草を祭にした。1人で。

 そしてもちろん。ヴァサラットのコンサートはカッチョえがったよ。

 ステージがちょうど後ろが白い壁で、そこに彼らの影が映るんだ。

 それが彼らの音楽にぴったり!

 ああ、そうだ、ヴァサラットの音楽は影の音楽だと思った。影絵。

 影は冥界(爆っ)。

 しかし、その影が強い。

 影が力を持つものは本物だと思った。

 影の大切さを知らせてくれた。

 影がしっかりしてないと、ダメだと思った。私は今、影の世界に住んでいるけど、その意味を感じさせてくれた。おおっ!

 影の音楽、アラマーイルマン・ヴァサラット。

 明日も浅草野崎洋子祭(ヴァサラットのコンサート)はあります!

 ここをよ〜〜く見て行ってみてください!

 野崎洋子祭、すごいよ。すごい。

 その情熱。その繊細さ。その行動力。

 1人の人間が出来ることの大きさに驚く。

 そしてヴァサラットに冥界(影世界)へと連れて行かれてください。グイイイイッと。。。。

 あ。藤岡さんという方が撮られたヴァサラットの写真が飾られていましたが、あれはレンブラントの絵そのものだったわ。。。それもまたすごいのよぉ。うん。
 



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