PS:なんか、みんな、ゾクゾクと帰省しちゃってて、寂しい。。。ポツンとした気分。ポツン。。。。ポツン。。。。
今日、好きだったニュース。
横綱・白鵬(25)=宮城野=が秋田巡業の取組前、体育館の外に飛び出して小学生に即席の相撲教室を行った。ちびっこ力士に胸を出し、最後は「どうしたら強くなるんですか?」など質問を受けるコーナーも設ける大サービス。ところがノリノリになった秋田のちびっこは「野球賭博は好きですか?」と、禁断の質問を突きつけたのだ。
朝げいこでは秋田県出身の幕内・豪風(31)=尾車=に胸を出すなど順調な調整を進めていた白鵬だが、この容赦ない質問には完全に沈黙。取組後は、ちびっこたちとの触れ合いにも「良かったね」と言葉少なに引き揚げて行った。
ワハハハハハ。子どもは正直だなえぇ。おもしろい。しかしここで黙っちゃダメでしょう? 朝さまだったらここでオモロい答えをしてくれたろうなぁ。。。。うん。
ところで。
昨日観たベンダ・ビリリをまた思い出す。
ホームレスで障がい者、という彼らなんだけど、その苦しい様は断片的にしか描かれない。キンシャサにはストリート・チルドレンやホームレスがあふれていて、みんなヤルかヤラレるか。それが冒頭に描かれる。みんな貧しくて希望がない。
でもそんな中で自作の車椅子に乗って音楽の仲間が集まって音楽を鳴らす。自分らがベンダ・ビリリであることが希望そのもの。
ダンボールの上で寝てる子ども。でもそのダンボールさえ奪おうとするホームレスの大人がいる。
車が通れば子どもが止めて物乞いする。
障害者のシェルターは火事になり、ベンダ・ビリリ唯一の財産であるミシンも燃えてしまい、何もかも失う。そしてホームレスに逆戻りする。
そうした断片が断片であるからこそ、よけいに想像力を刺激してくれた。明日自分が生きてるのかも分からないダンボール生活の過酷さを想像して、震えたし。
街はバリアフリーなんてありえないんだから、どんだけ障がい者が生きてくのが大変かとか。
でもそういうところを敢えて短く描いているのって、作り手が、ビリリたちが障がい者であることや、ホームレスであることは過酷でありながらもそれを日本のこういう映画の作り手よりも深刻に捉えてないというか、いや、もう、これが日常でしょ?という視点にあるからのような気がした。特別扱いしないというか、たとえば足が動かないとか、下半身が動かないとかもそれが個性でしょう?という風な視点があるというか。そんな風に感じた。
それを踏まえて、しかしながらすんごい音楽があるんだ!ってことをとにかく伝えたかったんじゃないのか?
とにかくベンダ・ビリリは音楽が本当に本当にすばらしい。あのライヴは観たら、人間なら、いや、動物だって(←彼らの練習場所はキンシャサの動物園なんだ←動物なんてそこいらにいると思い込んでいたキンシャサにも動物園があることに驚いたり)、踊りださずにはいられないっ!!
んもう、ぜったいに、興奮のルツボになること間違いなしのベンダ・ビリリ公演。招聘してるのはプランクトンさん。planktonさん。
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それにしても小さな子どもって、ほんとに可愛いね。ストリートチルドレンの小さな子ども、すごい可愛かった。すごい可愛いのに、ダンボールの上で寝なくちゃいけないなんて、涙が出るよ。今日その子が生きてるかは分からない。でも生きててほしい。
あ。
映画の中で、ベンダ・ビリリがゲットしたギャラをその場で、均等に分けていくシーンが大好きだった。金にはうるさいっ! 当然だ。貧しいんだもん。その貧しさのリアルさに、おおおっ!と、すげええええええええええええええええええええええええええええええええええええ共感した。あのシーンだけで、十分だよ。貧しさのリアリティは。うん。てか。あのシーンに感動できない人は、貧しくないんだと思うです。はい。
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