2009年06月13日(土) 1Q84を読まずに知る・・・とか特集まであるらしい
東京新聞に春樹先生の1Q84の内容はこうだこうだと書いてあった。
いわく、その内容は、小学生のときに一度だけ手を握ったことのある相手を思い続け、その人のためなら死んでもいいと思う女性が出てきて(韓国映画のパクリ)、ある偶然から自分が生きている世界とわずかに違う世界に足を踏み入れてしまい(SFもののパクリ)、カルト集団から闘争してきた子供たちがトラウマを告白する(オウムのパクリ)、そしてユング心理学の分身理論がからみ、ハリウッド映画の記憶が重なる、これが春樹新作の内容だとか。
そして春樹作品はすべてこうしたパクリで埋め尽くされ、だからこそデジャブ感で楽々読めるのだと言う。
ふ〜〜ん。小説の読み方とは人それぞれ、いろいろだなと思う。
私が小説を読むのは音楽を聴くのと同じ。その本の持つ世界を旅する感じで、ぶっちゃけそこに繰り広げられる物語そのものとか、そこにあるその物や人はかなりどうでもいい。どうでもいいというか、まぁ、二の次だな。それよりもどういう空気を持っていて、そこをどう私が旅できるかが重要であり、どうこうパクリであろうが関係ないんだ。
春樹先生の小説が好きなのは、そこに流れてる空気が好きで、そこから聞こえてくる音楽が好きで、私が春樹先生の小説を読んで旅するその世界が好きだ。
それは別に春樹世界に限らない。たとえば藤沢周平を読むときだって、シュウヘイちゃんが手を引いて連れて行ってくれるその世界を旅するのが好きなんだ。その世界に流れる空気をスウウと吸い込んだときの、あの気持ちよさが好きなんだ。フウと安心するその感じ。ピシッとキレイなシーツに寝たかんじ。それはきっとそのままシュウヘイちゃんの人柄なんだとも思う。私はシュウヘイちゃんの人柄が好きなんだ。
春樹作品は、春樹先生がハゲのファンだと知ってるから、勝手に私がこじつけてるのかもしれないが、私がハゲを聴いたときに感じるものと似ている。懐かしくて哀しくて切ない。あのどうしようもないほどの切なさにいつもいつも涙する。ノルウェイの森が大好きなのも、あのどうしようもない切なさがたまらなく胸を打つからだ。特に先輩の彼女が死んだと主人公が知ったシーンは私には永遠の美しさを放っているのだけど、それは私だけの美しさであり、ほかの人にはどうってこともないシーンかもしれない。でもそのシーンの美しさは、私がハゲりんのある歌を好きなのと同じような形で、永遠に私の中に生き続けている。
1Q84はまだ読んでないから分からない。でもきっとまた私にいろんな旅をさせてくれるはずだ。
そうだ。アイルランドに行くときに持って行こうかな。そして旅の間中何度も何度も読もうかな。東京で読むのとはまた違う旅が出来るかもしれない。
それまでにブックオフに落ちてこないかなぁ〜〜。トゥルルル♪
ブックオフフフフフ〜〜〜〜!←ふだんは嫌いだけど。