ひぽこんコラム

2006年12月30日(土) やだねったらやだね〜〜♪

 いやいや、久々にレコ大なんて見ちゃいましたよ。なぜって? うちんとこ師匠がレコ大委員長になったから、というので。
 が。が。見ていたら、授賞式〜〜〜に次々登場する、いわゆる大御所的ジイ様連中がみんなそれぞれ「○○委員長」という肩書き! なんじゃこれ? 委員長何人おるねん? なんや? と思いつつ。そして結果は「週刊文春」で書かれていたとおりって・・・トホホ。トホホ。誰かの既得権益守るためとか、誰かの名誉守るためとか。そんなことに汲々としてる作曲家協会だからが制定するこの賞、なんとも情けないというか、みっともなさすぎるというか、もう少し考えればいいのに。そんな風に前にスクープされちゃったらさ、少しは変えてみればいいのに。あぁ。大企業とかでも、事件が起きても危機管理が出来なくてボケッとしてる経営者っているけど、あのジイさまたちを見ていると同じに思えるよ。まぁ、もうすぐ自分らは死ぬから、それまでしがみついていればいい、という考え方なんだろうけど、日本のポピュラー音楽文化はこうして廃れ、死んでいくんですね。
 師匠は「改革します」と息巻いていたが、難しかったんすね。ジジイに阻まれたんすね。申し訳ないが、もう見ないと思うな、これ。

 それにしても。昨日?だかBSで放映していた「アメリカン・ミュージック・アウォード」もなんだかトホホだったよなぁ〜。アメリカのショービズが全体的に質が落ちているというか、下品になり、いや、昔から下品なんだけど、それを露にしちゃって、みっともなくて、つまんない。中身カラッポ〜〜なんが暴露されてて、はぁ〜〜〜、これもまた、、、もう見ないと思う。アメリカは、「アメリカン・アイドル」で完璧にバカが進んだね。バカ・セレブは嫌いじゃないけど、ああして歌として聞かせられると、聞くに堪えないものがあった。グウェン・ステファニーなんてもうみっともない限りだったし。情けないっ。そういえば、デブっていたが、ブリちゃんは歌わないで登場するだけだったけど、あの子はやはりスターだったなぁ。輝きがあったなあ。でも歌えばミソもクソもいっしょというカンジなのだが。

 あぁ。年の瀬までボヤくボヤきぃ〜〜ババ。しかしそんなのんきなこと言ってる間にフセインは死刑にされ、死体までバンバンTVに映ってる。色んなことが露にされすぎてて、その裏の裏まで透けて見えるのに、みんな知らん顔だ。

2006年12月27日(水) 卑しき者には天誅が!

今日は師匠ん家に「年末の挨拶」と称する、実態は「年末、師匠の家にたんまり集まるおいしいものなどを根こそぎもらってくる」という卑しい、卑しい、あまりに卑しい訪問を果たしてきました。

 いや〜。しかし。いつも師匠の家に行くと「金は金が好き」の法則を思い出しますね。なんちゅ〜か。金持ちの家には、金目の、というか、豪華な品々が次々にやってくるわけですよ。そしてそれを貧しき和田が「エヘヘヘッ〜」と姑息に笑いながら、ズルズルと引き出してもらう・・・。弱肉強食、じゃない。ええっと。こういうのはなんと言うのだろう? とにかく「おこぼれに預かり」ワッハハハ〜なんですね。

 それにしてもねええぇ、有名人@「ザ・ワイド」出ちゃってます・・・とかになるとさ〜〜〜。なんか「これ、使ってください」みたいな品々とかも有名企業とかから送られてくるんだよ〜〜〜。知ってる〜〜〜? そういう世の中の仕組み〜〜〜〜。んで、今日も某有名コスメ会社からコスメがドッチャリと届き・・・。和田は「エエなエエな、これエエな」と師匠の背中にへばりつき、じと〜〜〜と卑しい卑しい卑しい目で見つめ、「あげるわよおお」の声を待ち、イヒヒヒ、せしめてきました〜〜〜(←ほんと、書いてて自分で情けなくなるね、このザマぁ〜)。

 とにかくそんな風にして「あれもほしい」「これもほしい」とたくさんもらったはいいですが・・・。ああ、神様はそんな「欲深い」和田に天誅をくらわしたのですっ!

 そう。今日は大雨。ドテドテと大きな袋を下げて渋谷駅を地下鉄からJRへ急いでいたら、ビリリリリ〜〜! あっ!!! ドチャドチャドチャ〜〜〜!!

 が〜〜〜ん。が〜〜〜〜ん。が〜〜〜〜〜〜〜ん。

 そう。まるで「絵に描いた」ように、紙袋の取っ手んところが破けちゃって、袋から品物が雪崩のように・・・。ガ〜〜ンガ〜〜ン。が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。

 和田は泣き泣き袋を抱え、「フードショウ」のところに行って、色んな人に「どっかで袋売ってませんか?」と聞き、どうにか東急の袋をゲットしたんですが。しかし!

 サービスカウンターはちっともサービスじゃなくて、ビリビリの袋にごちゃごちゃモノを入れて泣きそうに抱えてる私に、小さな袋は1つくれたけど、「エレベーターんところに袋売ってるから、そこで買ってください」だって。せめて「荷物見てますからね」とか言ってくれればいいのに。グスン。私は泣きそうになりながら、もう「どうでもいいやああ」と荷物をドチャ〜〜〜と汚くそこいらの台に乗せたまま袋売り場まで走り、袋を買ってきて、グオオグオオ入れなおしました。ああ。欲張りもほどほどに。身をもって知りましたね。

 しかし師匠は金持ちは金持ちですが、その分、働いてますな。私がそうやって卑しく、人ん家のリンゴなど物色している間に電話を何十本もかけて、なんか、すごいネゴネゴしてた。相手はなんかすげぇ会社のエラい人だの。官僚だの。大手広告代理店だの。すげぇ。なんか動かしてた。何度も言いますが「オレがリンゴ物色してる間に」です。こうして「金持ちA様 貧乏B様」の差は益々開いていくわけですな。ワッハハハハ(←笑い事じゃないだろう)。

 しかし師匠に言われます。「和田ぁ、私はそう長く生きてるわけじゃないんだから、しっかりしなさいよおお」って。へえへえ。そうなんすがねぇ。いやもう。どうしたらいいのかさえ分からず。年末、ひたすら呆然としちゃうばかりなんすよ。そして袋はビリビリ。リンゴはおいしゅうございました。

 ・・・それにしても。次々送られてくるUKロック盤はどれもアークティックみたいのばっかりだったり。USロック盤はどれもクラップユアハンズみたいだったり。なんだかなぁ〜。もっとオリジナリティを! キミが歌いたいことはナンなんだ? それを見せてくれ〜〜〜〜〜〜!
 

 

2006年12月26日(火) スクリッティ・ポリッティのインタビュー

 そろそろ今年を振り返る時ですね。
 今年はあんまり人に会わなかった。スターさんね。でも中でも面白かったのがスクリッティ・ポリッティのグリーン・ガートサイド。今も精神的に脆い彼は、インタビュー時間は写真込みで30分!なんて超〜〜短かったけど、短い間にカチッと面白いことを話してくれた。それはそのときSPA!に書いたけど、すごく短い記事だったので、そのインタビューの全文をそのままここに掲載しておきます。よかったら読んでね。グリーンは面白いオジちゃん! できたらずっともっともっと色んな話を聞きたかったなぁ〜。でも少女時代のアイドルにお会いできて、感激しました。ネコ好きというのも分かり嬉しかったり(←ミーハー)


――この新しいアルバムは自宅で一人で作ったそうですが、どんな風にして始まったのか教えてください。
グリーン:前のアルバムはヴァージンから出ていた。そのリリースをする直前に(ラフトレードの社長)ジェフ・トラヴィスがやってきて、すごくいいレコードだけど(周囲の)スタッフが全然ダメだよと言われたんだ。僕にとってジェフは人生で本当に信頼してる2人の内の1人で、彼が言うのだからと、そのアルバムがリリースされた日にマネージャーをクビにしたんだ。さらにヴァージンは人事異動で昔からいた人などもいなくなっていたので、ラフトレードに移籍することにした。その後ラフトレードの人に機材を買ってもらって、自宅に持ち込んだ。でも実は僕はまだヒップホップのレコードを作りたくて、リリースされなかった音源も山のようにある。僕の興味は依然そちらのほうにあったんだ。でもジェフ・トラヴィスは「今回は君が歌うものを作れば?」と言われて、それも信頼する彼の言うことだからと信じて、そして自宅で一人でやることになった。僕は、自分をミュージシャンとして優れているとはちっとも思わなくて、アメリカの友達にはもっともっと優れたミュージシャンがいる。でも自分の歌で自分に出来ることをやろうと決心し、こつこつとやって出来たものが新しいアルバムなんだ。

――前作の『アノミー&ボナミー』も私は好きでしたよ、前はギター・ポップミーツ・ヒップホップでしたよね。今度は前作からのギターポップの味わいを残したものなんですか?
グリーン:そう、みんなそう言ってくれるよ。前のアルバムはそのとおり、ギターポップとヒップホップの融合だったんだ。そして今度も歌詞においてはヒップホップの影響を強く受けている。たとえば1曲目は特にヒップホップの影響を受けた歌詞で、ランDMCのファースト・アルバムのタイトルが並んでいたりする。でも音楽的にはパンク・ロックが出現する前、そう、僕がパンクに目覚める前、僕が子供の頃にウェールズに育った頃に聞いた音楽の影響がでている。ビートルズやビーチボーイズやCSNみたいな、ジョン・ピールがBBCで流していたものに影響されている。

――CSNなんて意外ですね〜〜。
グリーン:当時の国営放送のラジオで、レディオ1は唯一ポップな音楽を聞ける放送局で、5歳の頃から聞いていたのはそこだけだった。僕はあんまり家庭的環境に恵まれてなくて、その頃に友達が聞いていて僕も聞くようになったんだ。(5歳で?すごい!)うん。ホワイトブレッド・ポップ、アメリカの黒人たちが揶揄する白人の加工されたポップソングを聞いていたんだ。パンクの前のことだよ。その後パンクに目覚め、さらにR&Bやヒップホップに目覚め、音楽によって人生を変えられたのは18〜19の頃だった。
(アルバムのタイトルは)確かにダブル・ミーニングで、実際に白いパンが好きで食べていて、それは身体に悪いって分かっているんだけど食べちゃう。そしてアメリカの黒人のミュージシャンたちと音楽をやっていると、「それってホワイトブレッドすぎるよ」ってちょっとイヤミな感じで言われるんだけど、それって大事な部分を抜けていて、いい栄養素があるのにそれをとっちゃったような音楽、オリジナリティがないとか、そんな音楽って言ってるんだけど、でも僕自身はそんな風に黒人から言われてもホワイトブレッドポップが好きで、いいものがそこにあると確信してるんだ。

――あなたはときには確信犯的なほど甘いラブソングを書いたり、美しいメロディを書く。それはそこからの影響でしょうか?
グリーン:パンクやレゲエのリズムを知る前のことだから、古きよき時代の子供の頃の影響だ。美しいメロディやハーモニーは僕を魅了したんだ。リズムのパワーに目覚める前のことだった。

――シュガーとかベイビーとかガールとかいう言葉をたくさん使うのも?
グリーン:そうだよ(笑)。僕はそういう言葉をわざと意識的に使った。それはすごくポップミュージックに伝統的に使われていたから、使い古された言葉だと知ってね。1つのクリシェで、言葉そのものが好きで、そういう言葉に魅了されていたんだ。僕の限界を広げてくれる言葉でもあった。

――哲学的な比喩を使って難解だったりするのもわざと?
グリーン:それは僕の体験からくるものだ。自分の精神状態は人生においてずっと不安か退屈しかなくて、それに苛まれてきた。この2つの気持ちにどう向かい合おうかと思うと、(今も)それに役立つことが音楽を作ることと、哲学だと思う。最初に哲学に興味を持ったのはビートルズを聴き始めた子供の頃のこと。哲学と政治に惹かれた。最初何を彼らが歌っているのか分からなかった。それで逆に興味が沸いて、彼らの音楽に哲学を見出したんだ。おかしく聞こえるかもしれないけど、僕は明らかにそこに哲学を見出した。そこには哲学的な問いかけがたくさんあった、罪について、観念について、武器について、コミュニケーションについて、曖昧さとか、政治についても、あらゆることがそこには描かれていた。ヒントが隠され、僕に扉を開いてくれた。5歳の誕生日にビートルズを聴いて、以来それを考えていた。そんときは分からなかったんだけど、「NME」とかそのうち読み出すようになって、自分が住んでいる田舎とは違う世界、生き方があるんだと目覚めたんだ。『リボルバー』がでた頃、1968年、僕は高校生で、先輩からザッパやキャプテンビーフハートなど複雑怪奇なものも聞き始めて、音楽はよりチャンレンジングなものになってきた。でもビートルズは僕の世界を築いてくれた。8歳か9歳でそこに見出すことができた。新聞で読むのとはまた違うことだ。そして60年代のポップミュージックから哲学を学び、ファインアートなどにハマり、高校時代になれば、ザッパやキャプテン・ビーフハートなど、わけの分からないとも言える音楽を先輩たちから聞いてそれらにも耳を傾けるようになったね。

――パンクに出会ったときの衝撃はどのようなものでしたか?
グリーン:音楽を作る、という点において本当に新しく、衝撃的だった。パンクの前には音楽を作ろうなんて思わなかった。聞き手から作り手になる大きなきっかけがパンクだった。本当は修士までやろうとコンテンポラリー・カルチャーなどを学んで大学に通っていたのに、もうピストルズ、クラッシュとダムドとハートブレイカーズのすごい組み合わせのライブを見ちゃって、ドカ〜ンときちゃって、何もかもが変わった。もう勉強止めよう、アートもどうでもいい、バンドの一員になりたくて、バンドやるぞおお!となって、自分はギターを手にとり、友達の中からろくにドラムとベースも出来ない友達を集めて、1ヵ月後にはバンドを組み、ロンドンに行き、スタジオに入り、レコーディングして、ジョン・ピールがかけてくれて、それを聞いたクラッシュが前座に起用してくれて、続けてきた・・・そんなかんじだ。

――スクリッティ・ポリッティといえば『キューピッド&サイケ85』はクラシック・アルバムとしてマスターピースで、同時にまた80年代シーンの金字塔的作品ですが、今振り返ってこれはどういう意味を持つアルバムですか?
グリーン:このアルバムについて考えたことは1度もない。本当に1度もない。聞き返したこともない。僕は過去について考えることはない。先月のことも、去年のことも考えないし、1枚たりとも過去のアルバムについて考えたことない。
・・・あの当時僕はインディーやポストパンクが凄くいやだった。それでもっとブラック・ミュージックの方向に行きたいと思うようになり、もっとブリティッシュ・ポップのセンスに洗練されたブラック・ミュージックやヒップホップの要素を織り込もうとした。それで80年にNYに行ってブラック音楽にのめりこみ、シーケンサーとかに取り込まれ、すぐにドラムマシーンを取り入れて、さらに先になると洗練させたシンコペーションをきかせ、テクノロジーを先取りしたものを作りたかったんだ。

――新しいアルバムは大大好きなんですが、どの曲も構成がすごく意外で、とんでもない方向に行ったりと面白いですね。
グリーン:一人で家で作っていると、あれこれ心配しないでやれたからね。君の言う「名盤」は、ほかのやつらに見せ付けてやろう!といういやらしい気持ちいっぱいで作っていたんだ。本当だよ。でも今度のアルバムは自分のことすらともどうでもいい、ただただやりたいことを心のままにやったというものなんだ。だから君がすごく好きだと言ってくれるのはすごく嬉しいよ。

2006年12月25日(月) クリスマスの思い出

 クリスマス思い出
           3年1組 わだしずか
 クリスマスの思い出の1等は、3歳のクリスマスです。
 朝起きたら布団の上の方に、大きな、四角い包みがおいてありました。
 ああっ!とびっくりして飛びおきて、ビリビリと紙をやぶいて、開けると、中にコマのおもちゃが入っていました。
 サンタさんが来てくれたんだ! うれしくてうれしくて、パジャマのままコマで遊びました。
 今もそのおもちゃの形や色、音、おぼえています。
 とってもうれしかったです。
 お父さんサンタさん、ありがとう。
  

 ↑とかなんとか。
 今も覚えてる美しい光景です。今日そのことを思い出して、私はずっと最初から家族に嫌われてると思っていたけど、そうでもなかったんだなぁとか思いました。

 でももうクリスマス・モードではありません。街も私も。モードは大掃除。今日は換気扇掃除です。

2006年12月24日(日) ハッピー・ホリデイズ

 ハッピー・ホリデイズ!

 コレで祝って!

 さらにこれで祝って!

 私はこれに震えましたっ。ひええええ。そうだよそうだよ〜〜〜。太る季節だよおお、世界中!

 んなわけで。メリクマ。

 ・・・前、クリスマスには教会に行きました。中野の教会はミサの後、「トン汁」が出る。また行こうかな、明日。トン汁目当てのミサ・・・。オーマイガッ。神様、許して。

 
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