ひぽこんコラム

2006年08月05日(土) 鈴木大拙とデブ禁止

 ご飯を食べながらTVを見ていたら(←見てるじゃ〜ん!)鈴木大拙という人の古い映像を流していた。鈴木大拙。ネットで検索したらものすごい偉大な禅の人だったんですねぇ。知りませんでした。すごくいいこと言っていました。日本には宗教がないというけれど、日本の宗教とは生活そのもの。芸術も祈りも生きることも全部が宗教。キリスト教的なものとは違うけれど、自己の内面を探り、自分とは何かを知ることが宗教だと言っていました。そうだ。私もそう思う。日本は宗教的なもの、神様というもの、仏様というもの、それらがすべて生活そのものになっているのだと思う。ことさら宗教!という特別なものを持ち出さなくても、私たちの生活はすべからく祈りに通じるのだと思う。日本って素晴らしい!

 とか言ってる私ですが、実は、すごく信頼している鍼の先生から今日、ついに「デブ禁止令」のお達しが出てしまったのです! ガチョビ〜〜〜ン。

 いえね。昨日の夜もまた頭ガツ〜ン殴られたような衝撃波&めまいが出てきてしまい、死ぬ死ぬ死ぬ!と悲しくなり、ボケ〜〜とベランダに座ること1時間(←汚い小椅子に寝巻きで座ってました←なんでそんなところに座ってるの?←死ぬと思い、悲しくなったから→しかし外から見たら、ただの危ないオバはん→虚ろだし)。座りながら→ここで崩れて死んでいたら、隣の人、見つけてくれるかな? それとも向かい側の家の人、見つけてくれるかな? それとも誰も見つけてくれなくて暑さで腐乱するかな? とか思っていたのですが、とりあえず死なず。部屋に戻って、またハッチャキになって首とか揉んでいました・・・。足も揉んだ。そういや、指も揉んだ。足の指も揉んだ。肩も揉んだ。さらに鍼もした。首をグルグル回して→まためまい起こしたり。夜中にまた大忙し!

 で。もおお。朝は7時前に目が覚めてしまい、これはもう死ぬ死ぬ死ぬ!の激モードで、「鍼行って、悪かったらそのまま脳神経内科だ!」と決意して鍼に向かったわけでした!朝も早くから!!すげええパニック気分で息もハアハアだったし。

 しかし和田のグオオオオという熱い熱い「病気魂」は電車やバスにせせら笑われ、ケケケケケ〜とばかりに和田が駅につくと電車は出発〜〜〜。和田がバス停に着くとバスは出発〜〜〜。「あぁ、やっぱり運がない。もう死ぬポ?」と寂しく〜儚く〜〜なって鍼の先生のところにふらふらになりながら、やっと到着しました。

 で。すぐに着替えて先生の元へ。なんか今日はガラガラでした。
 そして「頭をゴツ〜ンとこづかれたような衝撃があって、そしてふらふらして、頭がいつも重い。首が痛い」と思い切り、できる限りの悲壮な声&顔で症状を申し述べると(←私の得意技。同情を買う作戦!)、先生は「あっそう」という顔して、ごくごく当たり前に脈を取りながら「ふむふむ」とうなずき、「ああ、それはとにかく三半規管が悪いんだよ」とあっさり。そしてそこから説明が始まりました。

 で。最初は「やっぱり耳が悪いから」という話だったのですが。徐々に。徐々に。「やっぱりねぇ。こういう風に耳の中に砂みたいなもんがたまるってのはねぇ(←どうやらソレで衝撃波がくるらしい)胆石や腎臓結石と同じ。体に過剰にモノが摂取されてるんだよね。乳製品とか脂とか多く取ってない?」とか言われて。プニッ??うん。。。そうです。バクバクバクバクバクバクバク。脂、乳、脂、乳。そんな生活です・・・と告白。

 すると先生。「もうね。和田さんは1日1食でもいいから。とにかく3ヶ月は脂と乳製品やめたらね、治るから。過剰にものを食べるのはダメですからね。別に体重の問題じゃないんだからね。そういう生活してたらまぁ、普通、3ヶ月もすれば5キロくらいは痩せるから。無理なら1日2食。1日3食なんてのは(←3食しっかり食うと告白したのでした)朝から晩まで肉体労働してる人だよ! 食べすぎはダメ。ダメ。ダメ。脂肪を落としなさい!」

 ガアアアアアアアアアアン。このめまいも、ガツン衝撃波も脂と乳のせい? そ、そしてデブのせい???? で、デブ禁止ッすかああああああああ!!!????

 あああ。ああああ。この先生のことは本当に心から信頼しています。私自身、子宮内膜症も治してもらったし。友達もみんなここで病気が治ってる。ああ、それに「あんた橋本病じゃない?」の一言で病院行ったら、本当にそうだったし・・・。ふ〜〜。絶対なんですわ。この先生。ぜったいに正しいんです。

 なんで。和田。デブ禁止。今日からデブ禁止です。

 先生。とどめの一言「和田さんみたいな体質はねぇ。あと10年もそのままにしてると、手足の関節に老廃物が固まっちゃって動かなくなって痛くなっちゃうよぉ」ケケケケケケ←とは笑わなかったが。ガツ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン。衝撃っ!

2006年08月04日(金) 倒れておりました

 ここ数日激しいめまいや頭痛や震えや首痛い・・という、脳卒中?な症状で死んでいました。もう死んでもいいかも?とかも思いつつ。しかしむろん医者と整体には行き。悶々とし。ウオウオ叫び。悲しみ。横になっていても鍼してみたり(←少しなら自分でできます)温パックしたり、腕や首を暖めてり冷やしたり、大忙し!そして最後は諦観。ふ〜ん。具合悪いんだから仕方ないや。そんな気分です。今は(午前中)起きてるけど、午後はきっとまたフラ〜としてきて寝ます。

 でも具合悪くて何もできずボオオとして、ヨカッタと思う部分もあります。あまりに忙しく走ってる毎日(別に仕事だけでなくても、あれこれ焦ったりとかしてるから)だと感じないことや忘れてることを思い出したり感じたり。具合悪いからこそ見えてくることもたくさんあります。普段の自分がどんだけ浅ましく、そして何をそんなに必死にマジになってるんだ?と呆れ果てました、少し。むろん一生懸命!といえばそうなんだけど、おいおい、何をそんなにガツガツしてるんだ?そう思った。焦って試写会に走ったり。人に会ったり。仕事の営業したり。何かを書いたり。描いたり。絵を見に行ったり。おいおい、そこのお前、本当にソレ、楽しいのかい?そういう茶々を自分に入れられました。
 自分が本当に好きなこと。自分が本当に無理せずに出来ること。それはすごく孤独でいい加減で、他人から見たら寂しくてつまらないこと。でも私はそれが好き。それを再確認して、風変わり、偏屈、そう言われても、自分の好きなようにやればいいんだ、ってことにまた気が付きました。ああ。気が付いてもまたすぐに忘れちゃうんだよね。でもまた気が付いた。忘れたらまた気が付けばいい。

 それからこれを片付けてからアレしよう・・・。いつもそう思ってます。アレこそが本当はしたいことなのに。それも考えた。まずアレしてからこれ、だよなって。これ、ばかりしてるから、大切なアレに行き着けない。少し休んで、心を休め、たとえ貧乏でも。たとえ孤独でも。私はアレをすべきなんだ、そう思いました。

 そしてまた思ったのは、私は具合悪くなるばかりだけど、そういう自分を受け止めて、それだからこそ得るものもあると知り、むやみに元気な人をうらやまない、ということもしみじみ感じました。健康な人には見えないこと、たくさん知ってる。私。

 ところで。めまい&頭痛の日々だとテレビはクルクルしてて見れません。とても疲れてしまいます。なのでここんとこずっと昼も夜も音楽か、もしくはほぼラジオを聴いています。
 ラジオ。いいですね〜。のんびりしてる。たとえ若者のおしゃべりでも、テレビと比べると全然違う。ラジオの後に少しでもテレビをつけるとビックリするよ。テレビって狂ってる。ものすごい早口で衝撃的な映像を垂れ流し、あれは「急げ急げ急げ」と急きたててるようなもの。みんなが不安を感じるのは、あれくらい急がなきゃどうにかなっちゃう!と不安に追い込まれるかじゃないか?と思った。変だよ。テレビ。それにも気づいた。
 
 で。ラジオ。聞いてるのですが、しかしやはり若者による若者のための若者の番組ばかりなのが、悲しい。ラジオってもっと年上向きでいいんじゃないのかな? だって若い人なんか結局そんなに聞いてないんでしょう? でも年よりは聞くよ。病人も。だって無料だしさ。聞くのは。魅力あるものなら聞くよ。
 お願いだから年を少し行った人がゆったりした言葉で、しかも美しい言葉で語ってほしい。amはダメよ。あれは井戸端会議だもん。そうじゃなくてもう少し夢が欲しいからfm。そして美しい音楽を流して。
 ラジオ業界は不況で、私の周りにはラジオの仕事をしてる人がたくさんいるから、その不況っぷりの惨状はよく聞くけど、思うにどうしてもっと開拓しないのかな?
 たとえばこうして私はラジオを聴くと心が休まる。もしかしたらラジオからはテレビやネットなんかからは得られない@波でも得られているのかもしれない。それに想像力を使うからボケ防止にもなるかも。なんかそういう調査でも大学の研究所とか使ってやって、ラジオの効用とかを広めればいいのに?とか思うけど。やってるのかな、そういうの?
 でもとにかくラジオはいい。私はラジオの速度で生きたい、と思います。でもそのためにはもう少し大人が語る、ゆったりとした番組を作って欲しいです。子供の声(若い女性とか若いバカ男とか)はやっぱり子供の声だなぁと思うばかりだから。たとえいい曲をかけてくれえても、子供声の子供は実感をもってそれを伝えられないし、さ。実感を持った言葉。それを発してくれたら伝わる。あ。男の人は年とった人の声もけっこう聞こえた。でも女の人で年とった人の声はほとんどない。何故だろう? 女で年とったDJはいらないと思ってるのかな? 45歳以上の女性の声、求む、です。

 朝起きてすぐにテレビをつけるとウンザリした気分になるけど、朝起きてすぐにラジオつけると、そんなことないよ。音楽が聞こえて、すがすがしい。ラジオはいいねえ。

ビリージョエルがなんだかハゲちんに似てる・・・。
いや、ハゲちんがビリージョエルに似てるのか?



 そして共感。その生き方がすごい。才能のなせる技だとは思うけど。

2006年07月31日(月) トム・ペティ(ちょい不良オヤジ)

 レビューを書かなくちゃならなくて、今日はずっとトム・ペティのソロ名義の新作をずっと聞いているのですが(でもまだ書いてない。夕方なのに。電話とかばっかりしてたし。グータラしてるし。チャリぶっ漕いで遊んだりもしてたし)あぁ、こうして30年も変わらずにやってこれるこの人ってすごいなぁとしみじみ。

 特にこの人の音楽に大きな特徴というか、大きな衝撃というか、なんかものすごい味わいがあるか?と言われたら、言葉に詰まるのが正直なところ。でも上澄みをすくっただけの物語歌ではなく、1つ1つの歌、どれもこれも深みがあり、そして誰を主人公に歌ってもその歌の背景も見えてきて、歌詞を知らずともメロディや声や雰囲気で色々なことを伝えてくれる。そしてやっぱりペティならでは!のゾクゾクする色香!がいつもムンムンしてて、そこが本当に素敵。どんなに服装がダサダサでも、カッチョええ。

 ああそれからこの人は意外とアートな人なのでは? 今回のアルバムのジャケットも素敵。ルネ・マグリット的シュールリアリズムで、でもマグリットほど明確なタッチではなく、不安を与えず、いくぶん優しげな画風(マグリットの絵は大好きだけど、あまりに真実をえぐりだしてて時々怖くなるの。展覧会で泣いちゃったほどです)。そこにふとペティという人の残酷じゃなさ、優しさを感じる。と、同時にこの残酷じゃなさが、彼のどことなく衝撃的でもなく、強烈な個性を放たないアーティスト性にも通じているのかも。ふ〜む。まぁ、でも。目つきは十分にエロエロで強烈なんだけどね・・・。

 しかしこういう人が本当のシンガーであり、ソングライターであり、ロックンローラーなのだと思う。
 最近はやってるナントカパウターさんとかさ、ああいう人はこう、思い出すと、たとえば「最後に愛は勝つ〜〜〜♪」とか歌ってたkanとか、あんなノリだよね? パウター=KAN説。これを定着させたい。うむ。

 というわけで。こんなん書いてないでさっさと原稿やれ〜〜〜〜!なワタスでした。でもその前にご飯食べようかなぁ♪(つい小一時間前にパン食ったけど。食いすぎだけど。いつもどおりだけど)

2006年07月30日(日) 隅田川花火大会〜

 いやいやいや。
 今日の昼ごろ、突然、友達の氏家さんが「花火見に行こうよ」と明るい声で言ってきた。ええ〜、マジッっすか?花火ぃ〜〜?と、不精者和田はあきらかに面倒っちい声。したら氏家さんはそれにも負けず「夏だよお、夏」と元気いっぱい。ハツラツフレッシュ! んんじゃまぁああそれじゃああって感じで、「とりあえず月島でモンジャでも食おう」となり、月島まで地下鉄でゴトゴトゴト行ったんですわ。
 で。やっぱりいつもの私たち式→行き当たりばったりでテキト〜な店に入ったら、これが正解。ガラガラで涼しくて(←見ていたら混んでいる店はクーラーなんて効かないから窓も扉もあけっぱなしでいかにも暑そう)しかしながらおいしい。かなりおいしい。いや、モンジャって実は今日が人生で3度目くらいなので、それが本当に激ウマ!なのかどうかは解らぬが、とりあえずおいしくて、私たち的には幸せ。解らないけど幸せ。解らないから幸せ、そんな感じでした。

 んで、それからそのお店のバイトの女の子が教えてくれた「花火は両国」の言葉に従って、大江戸線(←たった2〜3駅乗っただけで210円もするのは高すぎる)で両国へ。したら地元のオッちゃんが「6時になったら道路が封鎖されて、目の前で見れる」って教えてくれて、オオッ!と私らはそこでしばし待ち、いざ6時になったら、ガガッと人々の間に入り込んで、150円で買ったシートを道路のド真ん中に敷いて、陣地獲得! そしてそこで待つこと1時間半。アイス食ったり、ダラダラとどうでもいいこと話したりしておりました。なんだか青春さぁ。

 して。「ま〜だかよ〜〜〜」とか言ってるうちに花火が始まり、「ぜんぶで2万発!」とか豪語してるだけあり、マジにあがるんですね〜、隅田川。よくほら、花火大会って「○○産業提供スターマインですぅ」とかアナウンスがあって、ドカ〜ンとかじゃないっすか? そんな隙間ゼロ。とにかくドカンドカンドカンドカンと、下向く暇もありゃしないほどあがりまくり。ビックリ。しかしヨタヨタと歩き回るガキども(←子供率が高かったんです)は花火など見てもなく、あぁ、花火って大人のためのもんだよなぁ〜、そういや、子供んときは私も怖かったり眠かったりでち〜とも嬉しくもなんともなかったなぁとか思ったりしてました。
 キレイだね〜、花火。なんだか拍手しちゃうね〜、花火。大人の楽しみだよ。うん。

 そして帰り道。和田は思いました。あぁ私って不精だし、ちょっとした具合の悪さとか気に病んだり、なんだか何か特別なことをするのにビクついていたりで、こうして外に出て、こういう行事やお祭りみたいなものに参加して楽しむことが普段は本当に下手だなぁって。たとえば今日はフジロックだけど、そういうものにだって行くことができないでいる。でもこうして誰かが手を差し伸べてくれて、ホラホラ!と引っ張ってくれると行けて、行きゃ別に怖いことなんてなくて、具合だって別に特に悪くなることもなく、死なないし、楽しくて、おいしくて、花火のキレイさは思い出に残る。そうなんだ、誰かが手を差し伸べてくれたら、それを拒否するのは止めよう、そう強く思ったのでした。
 普段の私はその手さえもすぐに拒否しちゃって、自分の世界を広げようとしない。家にいて、ぐずぐずしてばかりいる。とにかく何かが怖い。たぶんその何かは、死ぬこと。どんなときもなんだかもうすぐに死んじゃうように考えてるんだよなぁ、バカだけど。
 でもそうそうは死なない。死ぬときは死ぬが。だから差し伸べられた手は取る、そう思ったのでした。

 ↑とかしかし。こんなこと思いながらも、実際その場では「あそこが痛いここが痛い」と体の不調ばかり言うオレ。オレってば!オレ様主義なんだな・・・。激しく反省。←また言葉だけ・・・。

2006年07月28日(金) クリーニングは落とし穴

 和田の貧乏日記シリーズその2(爆)

 以前、トイレットペーパーのちょっとした差額&長さの差に泣いた和田ですが、今朝は今朝は今朝は、クリーニング代に泣きました〜。

 クリーニング代って、やっぱり、あれ、高くない? ちゅ〜か。ハッキリしないっていうか。持っていくまで、それが「はっきり明確に幾らか」というのが解らない。だいたい店先に書いてあるのはYシャツ280円!とか、そういうほんの2〜3種類で、まあまあ安い安いなんて思ってると、後のはけっこう大した値段で「えっ?」みたいにならない? そうなってません? 

 で。今日はいつも行くクリーニング店の店先に「月末金曜の30%引き」なんて書いてあるのを、銀行いきがてらに見つけたので、また家に戻ってイソイソと持っていったんですけどねぇ。
 30%引きなんて言っても「元が高いじゃあああああん」のマジックだったんです! だって、だって、夏モノのピラピラのレーヨンの薄いワンピース@しかもスーパーで買った安物、、確か2900円・・・がよぉ〜、クリーニング代650円って、何???何???「ええっ?」と思ったけど、もうそのときはレジ打たれちゃってるし、店番のオババ二人がかりでレジ&ホッチキスで名札パッチンしてるしで、引くに引けず「じゃあ、いいです」なんて言えない雰囲気で、ウオオオオオオオオン!!と泣いたまま650円払って、そしてそして思い切りガックリと肩を落とし、泣き泣き店を後にしたんでした。

 そしてそっから家までの2〜3分、チャリをジャキジャキ漕ぎならが、バカバカバカバカ、私のバカアアアアア!と心で叫び、「洗う洗う洗う洗う洗う洗う洗う、次からは洗う洗う洗う」と、もうレーヨンだろうがなんだろうが、次からは絶対に自分で洗うことを心に誓い、それからたとえ安いものでも「夏場にクリーニングしなきゃいけない服なんて買わない買わない買わない買わない」と固く、固く、固く心に誓った和田です。(ふと、いつもこういうとき、私は同じ言葉を限りなくリフレインしてる自分に気づくです・・・変質的だな)

 ああ。今朝は朝から頭ボオオ&めまいクラクラで、判断力も低下してるんだ。気をつけろクリーニング。落とし穴だぞクリーニング。もう2度と家で洗えないモノなんて買いません。それこそが貧乏の鉄則です!まだまだ甘すぎるぞ、ワーキングプア和田!
ひとつ前のコラムへ コラムもくじ つぎのコラムへ ひぽこんトップへ 和田にメール