ひぽこんコラム

2005年09月15日(木) リズ・フェア姐さんと和田(共通点はナシ)

 今日は朝から忙しい上に鬱っぽくてブルーな顔してずっとずっと働いていたのですが、夕方にうれしい伝言を聞いて、ちと元気になりました。
 伝言の主はリズ・フェア姐さん。ええ。ええ。REM(マイナス)−ハゲちん=3人(ビルも含む)がかつてアルバムにも参加した、オルタナ・エロエロ姐さんです。姐さんは最近ではアヴリル・ラヴィーンのソングライター・チームと共作したりで、評判悪いところではすごく悪い。でも思うに、どんなスタイルで姐さんが音楽をやってようと、その心根はずっとずっと変らない。「あんたのブロウジョブ・クイーンになりたいわ」なんて歌ってた頃からずっと姐さんは同じ気持ちで歌ってるんですわ。本当に。なんて言うか。姐さんはとにかく弱いモノの味方。絶対に裏切らない。どんなときも何があってもそう。私は姐さんのそこが好きです。あ。姐さんとか言ってますが、実は2才年下なのだが。(が。あの色気と美しさに姐さん!と言いたくなります)
 そんな姐さんとはお会いしたことないのですが、電話インタビューの質問作り(笑)で通じ合うこと今日が2回目。ちゅ〜ても。ただ質問を作り、それを通訳さんに託すだけですから、なんかち〜〜とも親密さないんですが、が。姐さん、和田の質問のあれこれに答えてくれ、そして最後に「靜香はリズ・フェアじゃなくて、エリザベス・クラーク・フェア(←本名)を分かってる。絶対に靜香にヨロシクね」と言ってくれたって、通訳をしてくださった方が興奮して東芝の担当のSちゃんに連絡してくださり、さらにSちゃんがまたウルウルして教えてくれたのでした。うううっ。ち〜と、これは嬉しいです。
 私はこの仕事をするうえで、音楽を聴いて、その音楽のできるだけ本質を捉えるように努力して、そのアーティストの代弁みたいなことが出来たら最高だと思っているのですが、それは本当に難しくて中々できません。しかし少なくともリズ姐さんの気持ちの代弁みたいのはちょっとは出来てるのかも?と思ったら嬉しかったです。
 と。なんだか自慢?と聞こえるかもしれませんが、とにかく嬉しかったのでした。リズ姐さん、あんたに付いていきまっせ!
 ちなみに姐さんの新譜、中ジャケが超エロエロ。すごい。すごすぎる!姐さんは相変わらずエロ・クイーンでもあり続けておりまっせ!

2005年09月14日(水) 遺書をしたためました

 今朝はまた朝4時なんて時間に起きてしまったので、呆然として本を読む気にもなれず。ふと思いついて「遺書」をしたためてみました。
 えっ???なんで??って思うでしょうが、なんかふと思いついたの。ふと、ね。しかし暗いだろ〜〜〜。朝の4時。一人、ノートの切れ端に暗がりで遺書書く女。オカルトですな。オカルト。お・カルト。
 でも書いてみてヨカッタ。というか、なんかスッキリしちゃいました。遺書、と思うと自分の気持ちを正直に正直にウソなど微塵も入り込むスキもなく、徹底的に今の自分を書くことになる。超〜〜恐ろし〜〜いシロモノであり。しかし何が大切で、本当に欲しいものと、実はいらないものと、残したいものと、それが白日の元に照らされるというか。これなんだ!!と明確になる。そして分かるのは、本当に大切なものとか欲しいものなんて、ほんのちょっとしかないってこと。普段悩んでることというか、欲望のギラギラの対象になってるものなんて全然大切じゃなくて。しかも自分が本当に側においておきたいものも実は2つか3つしかなかった。う〜ん、これなら私、永遠の憧れの「フーテンの寅さん」にいつでもなれるわ!と思った。バッグ1つで旅から旅へ…。
 でもって。しかし。その切れ端はちょいと恐ろしいシロモノだから、鼻かんだちり紙といっしょにごみ箱に捨てちゃいました。頭の中で分かったからいいやって。
 ちなみに。お棺の中って、今は燃えないモノは入れられないって知ってた?だから残念ながらお棺にはREMのCDとかは入れられない(←やはりそういうものをもって行きたいと思っていた…ふふふ)。しかしハゲちんの写真ならOKだわ。ふふふ(←なんか中国の“兵馬俑ーヘイバヨウ”みたいだな。いや、違うか?生贄の羊か?ワハハハ)。
 ところで中国とか香港とか台湾とかに行くと、お棺に入れるグッズ(紙製)がたくさん売っててそれが妙にみんなポップでかわいい。車とか家とかお金とかが紙でカラフルに出来てて、なんか楽しい。日本人はよくそれをお土産で買ったりしてるが、しかしいいのだろうか、お土産で…。お棺に入れるもんだから〜〜〜。ま、べつにただの紙だけどさぁ。墓で売ってるわけでないし(←香港にはそればっかりが売ってる屋台村みたいな地域があります。面白いです)。
 ちなみに遺書書いて思ったのは、とりあえず死ぬならその前に少しは痩せたいな、でした。切実。
PS:とか言ってて本屋行ったら「遺書」っていう文庫が売ってた。こっちゃ、本物…。
PS2:ハゲちんは相変わらずパーティー三昧ってますな。マーマーズ見ましたか?ディーゼルのデザイナーさんの50才のお誕生日パーチーに行ってたんですね。ディーゼルだなんて…大学生みたいな。そんな。若向きな。でもお写真はマジな顔すてまひたね。青くないから嬉しい。
http://www.style.com/
peopleparties/parties/
slideshow/091105RENZ?
pseq=3&play=false

2005年09月13日(火) マキちゃんと戦争

 今日は久々にマキちゃんに会って来ました。ええ。ええ。4月に奥様番組『レディース4』に一緒に出演した(笑)クロアチアのピアニストのマキシム君ですわ。マキちゃん、むろん和田のことを覚えてたから(そりゃそうだ。テレビに並んで1時間も出て忘れてたら…)もうなんか二人してダレちゃって(笑)日頃、マキちゃんはシリアスで無口なピアニストで売ってるらしいのだが(←ほかのインタビューはそうらしい)なんかもおお、バハハハハハキャアアアハハハハなバカ笑いの連続の、ただのおしゃべりか?というインタビューになってひまいまひた。
 でも思うに。そうやってバハハハハハという時の方が、意外に本音が出るもんで。さぁ!聞きますわ!みたいに妙に意気込んで行くと失敗する→ハゲちん。(でも好き過ぎると意気込んでしまうのは当然。ううっ)しかし今日はバカすぎたかもしれん。終った後のマキちゃんの感想が「ああ、笑った笑った」だったし…。いかん…。
 でもマキちゃん。ユーゴスラビアの内戦を生きてきた人です。だから戦争のことも聞きたいなぁと思って聞くけど、うん、大変だったぽん…くらいしか答えてくれない。絶対にそれ以上は言いたくないんだって。ううう。それがなんか。逆に壮絶だったんだろうなぁと想像させる。なんでもマキちゃんが住んでた地域は最も戦闘が激しかった地域の1つだったらしく。恐らくたくさんの知合いが死んで、たくさんの血の臭いをかいで、たくさんの痛ましい死体を目にして、毎日恐怖というか、もう神経がマヒした中を生きたんだと思う。戦争って本当に本当に本当にすごいものなんだろうなぁ。またマキちゃんに数年後に会うことがあったら、もう少し教えてもらおうっと。戦争のことを。
 戦争。イヤだなぁ、本当に。でも今もこの瞬間もイラクできっと誰かが死んでる。そして日本人はそれを加担し続ける選択をしたんだよね。人殺し、日本人。

2005年09月12日(月) Begin the begin

 ここ最近ずっとそうなように、今朝も5時過ぎにすごく具合悪いまま目が覚めてしまい、そのまま仕事をしてました。どうせ今日中にやらなくてはならない原稿だったので。
 で。それを終えてテレビをつけて新聞を見るとまたすごく不快な、恐怖と焦りと悲しみと絶望が押し寄せてきて、もうこの国にはいたくない、一瞬でも早くどこかに行きたいと無意味に思ってひまいまひた。
 はぁあ。そしてそんな気分のまま、いつものように親友・りえちゃんに超暗いメールをついつい送ってしまいました。ごめんなさい。月曜の朝1から。会社に向かっている人に…。
 私はついついそうやって暗い時辛い時その気持ちをバッと吐き出したメールを、特に親友りえちゃんにいつもいつも送りつけてしまいます。でもそれって本当に危険。メールの使い方を誤ってる気がする。これが電話だとさらに最悪。危険この上ない。そしてそういうことをしてしまうとまた自分はイヤな気持ち(反省じゃない…反省するならいいんだけど。なんか自暴自棄な気持ちになる)になってさらに暗くなったりする。
 暗い気持ちや辛い気持ちのこのドロドロしたものをそのままグエッと吐き出して、しかしそれでもスカッとするには、やっぱり会って、その場で語り、お互いに最後にはワハハハと笑い飛ばすのが1番だよね。電話やメールでドロドログログロしていたら、埒があかんし、なんかもうドロドログログロのエネルギーがさらにそこに貯まって澱のようになり、ドップリしちゃう。疲れ果て、エネルギーが消える。…と分かっていながらついついしちゃう自分。大馬鹿者としか言いようが無い。リエちゃんには平伏して謝りたい。本当に申し訳ない。
 でも普段はなかなかリエちゃんにも会えないし(←彼女は私の田舎、沼津に在住なので)他の友達にも会えない時はどうしたらいいんだろう? そういうときはひとりカラオケでも行ってわめきまくればいいのかな? 何歌うのがいいのかな? ルージングマイレリジョン?(笑)違うな。明らかに。こういうときはやっぱウィーアーザチャンピオンとかかな?ノーサプライジズ@レディヘさん、とか歌っちゃったら最悪落ち込みドツボになっちゃいそうだな。うん。
 それにしてもさっきテレビでコメンテーターのオヂが「これは大政翼賛会ならぬ大政翼賛郵政選挙だった」って言ってて、ああ、いい例えだなぁと思った。大政翼賛会が生まれて、治安維持法が出来て、戦争にまっすぐ進んだ日本。日本人は思いのほかアッという間に1つの方向に進んで行くんだよね。でもでも。それでもこれからたくさんの記事などを読んで、これから私たちがしかしそうさせないようにするにはどうすべきかを学んでいくしかないと、今はちょっと思う。あのブッシュ再選の直後のはげちんたちのNYでのライブで、エンドオブザワールドの後に、ビギンザビギンを歌った、あの勇気を思い出して、さ。「さぁ、もう1度始めよう」だよね。そうか!カラオケでビギンザビギンを歌うか!えっ?入ってない?その曲名いれると出てくるのは、あのフリオ(イグレシアス)のビギンザビギ〜〜〜ン♪ってろまん〜〜〜ちっ〜〜くおやじな歌か?
PS:今日は『アラウンド・ザ・サン』を聞くべし!心に染み入ります。

2005年09月11日(日) ゴミ袋女

 今日はお仕事で表参道におりました。2時ごろ終って「はひ〜。疲れたし腹減ったしぃ。ラーメンでも食らうべかぁ」と一人ガラリと戸を開けてラーメン屋(←オヤジのようです)。中国人らしき従業員のアンチャンに「お醤油ラーメンくっさい」とか言ってルンチャカ待っていたら、いきなり!!ガラピシャドカ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!爆音と共にザワアアアアアアアアアアアアアアアと本当に本当に本当に突然滝のような雨が!!グエエエエエ!!びっくらこけたぁあああ!と驚いたものの、とりあえず来たラーメンをチュルチュル食べて、しかし気になるのは背後の雨で、とにかくもう絶対に止む様子などナシ。カウンターとちっこいテーブル2つの狭いラーメン屋にそのときいた客は全員後ろ振り返り返り返りでラーメン味わうどころじゃなくて、もう〜〜大変。すわっ!災害!ってなムードっした。
 で。せっかくのお醤油ラーメン。なんだか気もそぞろに完食し(←ええ。それでも完食ですわ。旨かったかも)雨が止むのを待ちました。
 しか〜〜し。待てども待てども止む様子なし。逆にどんどん強くなってこのあいだ「避難勧告」でたときみたいにザアアアアザアアアすごい勢いで、表参道は真っ暗滝滝滝。道を慌ててズブ濡れで走って行く人もいるけれど、ほどんどはどっかの店先や店の中で雨宿りしてる感じで。ラーメン屋の中の人達もメールを打つでもなく、みんなただ呆然と外をみつめるだけ。店のオヂさんたちもネギとか切りながらも「すげええ」「やみそうもないな」とかもおおお。目下全員等しく雨!のことだけに夢中な感じでした。
 で。待つこと約40分くらい?まだ止みそうもないけれど、段々みんなあきらめて雨の中を駆け出して行くので、しゃ〜〜ない和田もそろそろ行くべ…とお勘定を済まそうとしたら、店の従業員のお兄さんが「傘はないけど、これ使いませんか?」とビニール袋…あのゴミ出し用の…しかも業務用だから…巨大なゴミ袋をくれました。なんて親切!でもけっこう凄いかも?
 しかしとにかく外はまだ雨!和田はそれを頭からスッポリかぶり、まるで「歩くスノウマン」「歩く雪だるま」「歩くてるてる坊主」みたいな状態になって周囲の目など全く気にせず、ポッコリポッコリと表参道を歩いて、近くの地下鉄の駅に向かい、どうにか無事に返ってきたのでした。表参道をゴミ袋被って歩く女。いと、めずらし。
 …でもゴミ袋。実は被ったのは初めてではありません。ハゲちんのライブ@ダブリン2003年、雨だったんです。天気予報で「午後から雨だっぺよ」って言ってて。でも傘とか持っていけないし(外でした。郊外のでっかい公園でひた。オールスタンディングでした)。困った私はホテル近くのスーパーでゴミ袋を買って(あ、アイルランドのゴミ袋は日本みたいに束で売ってません。ロールになってて驚きました)それを首の部分だけジョキジョキあらかじめ切っておいて、んで雨が本当に降ってきたので、和田はそれを被って見てました。ひとり。真っ黒なゴミ袋でした。相当に変な人だったはずです。ダブリンのライブ会場右端の1番前…ゴミ袋被る東洋人。ナゾすぎる…。
 ちなみにゴミ袋をくれた親切なラーメン屋さんは表参道の大海とかいうところ。オヤジさんがニール・フィンにちょっと似てたのも笑ったです。
 ところで選挙、いきまひたか?(私は朝1でいきまひた)
PS:投票率、低かったね。そして結果は予想よりもさらに恐ろしいことになってる。気持ちグッバイジャパンです。モンゴルとかブータンとかブルガリアとか、日本の情報なんて全然入ってこないような、そんな国に移住希望。即刻希望。どうしたらモンゴルとかに住めるのかな?誰か関取の親戚の家にでもホームステイさせてもらいたい…。
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