ひぽこんコラム

2004年12月20日(月) 顔痛女にガツ〜ン

 いまだ「顔が痛い」和田です。
 この、顔が痛い、ってのは中々理解されず。そして笑われる。悲しい。いや、心配はしてもらえるんですけど。でも理解されず。ま、ふつう顔が痛いって「な〜〜んや、それ?」ですよね。ええ。ええ。分っちゃいますって。ふつうの人はそうそう顔なんて痛くなりませんもの。殴られでもせん限り。
 でも痛い。こ〜〜う。三叉神経ですからね。頭から斜め下の方向でライン3本っって感じで痛いです。重いです。突っ張るような。張り付くような。気にしだすとどんどんひどくなって張り付くかんじがひどくなります。
 土曜日はそんな顔痛女のまま「R25」の忘年会に行きました。で。廻りの人々に「顔痛い」とブンむくれたまま毒吐きつづけ、ひんしゅくをかっていた和田。一次会で帰ってみんなホッとしただろう。「顔痛いならご飯も食べられないの?」と言われて「ううん。それは別」と答えてピザをガツガツ食べる和田に、みんなギャフンッでした。
 で。家に帰ってからも「どうして顔がこんなに痛いままなのか」とか「私ばっかり」とか、もううブンむくれを爆発させていたのですが、その後反省しました。みんなに「顔痛い」「顔痛い」って叫びまくり、たくさん心配かけて。それなのにひとりブンむくれて。和田ってばなんて身勝手でしょうもないんだろうって。明け方ふと目が覚めたら友達から心配メールが入ってて、それ見てちょっとジワリして反省した次第でした。オレってバカ者だって。
 それにしてもメールとかって。書いた方が思っている以上と言うか。時には思っている以下。思ってもなかったことまでも伝えるという気がする。なんて言うか、言葉は生き物。たとえメールであっても、その言葉は放たれた瞬間から本人の意図とは離れた命をも併せ持つように思う。そして和田のようなブンむくれ馬鹿にガツ〜〜ンと迫って来たりする。言葉の力をそういうときに感じます。言霊っすね。

2004年12月17日(金) ナオコーラはコカコーラ?

 セカチューだとか純愛だとか、意地悪そうな女作家じゃなくて本質的に意地悪な女作家だとか、そんなばっかりで日本文学。最近は新しいものに興味を持つということがとんとありませんでした。でもきのうの東京新聞の夕刊に「小説への旅」と題したエッセイを書いていた新人作家の山崎ナオコーラ。彼女の文章には久々にハッとさせられてしまいました。
 山崎ナオコーラさんは1978年生まれの26歳。私よりずっと若い女性です。写真を見ると、切れ長の一重の瞳で、利発そうな、お世辞にも美人とは言えないけど、でも作家顔の人。昔からいる、日本の頭の切れる女流作家の顔の系統だと思う。
 そんな彼女のデビュー作は『第41回文藝賞』を受賞した「人のセックスを笑うな」というものだそうだが、実はそれはまだ読んでないのでなんとも言えない。どうやら恋愛小説らしい。
 でもきっとそれ、面白いはず。だって「小説への旅」はすばらしいエッセイだった。どうすばらしいか?それは私は文芸評論家じゃないのでうまく言えないけど、そのエッセイの中で彼女が旅しているマレーシアの海岸の夕暮れに、私達も立たせてくれる。暮れなずむ夕陽を見つめながら、排気ガスの臭いをかぎ、恋人達が切ない思いを抱いている。そんな中をまどろむ山崎さんと一緒に旅をさせてくれる。と。ここまでだったら彼女もまぁ適当にうまい作家さん、ということになる。
 でも彼女は違う。そこで彼女は小説を書こうとしていて、そこへと気持を高め、持って行こうとしているのだ。何かを作り上げるために必ず通らなければならない、苦しくも高揚感があり、そしてわき目もふりたくない(でもふっちゃうんだけど)気持を描き、そしてそれを私達にも感じさせてくれる。その小説を書く旅へ、小説なんて書かない私達も連れて行ってくれるのだからすごい。
 文章は端正で無駄がなく、とても読みやすい。何1つ小難しい言葉など使わず、正直で一生懸命生きていた人なりの暖かさがある。観察眼というよりも、温かく人を見つめてきた目を持つ人だと思う。
 と。褒めちぎったけれど。でもなぁ〜。どうしてだ?どうしてんだ、ナオコーラ!なぜナオコーラなんだよあおおおおおお??私には唯一このペンネームが解せない。文藝賞の審査員の先生方はこの名前を絶賛!だったらしいが、私には「えっ?」って感じ。だってこれ、文学的な名前?私にはコカコーラにしか思えないもん。コカコーラ=アトランタ、ジョージア州。あっ?風と共に去りぬをねらった?ちがうだろおおおお???頼む。変えてくれ。ナオコーラはイヤです。と。単行本も買わずに言う私。説得力ナシ。(と。久々に本について書きましたね。かつて大昔、和田はミュージック・ライフで書評を担当しておりました。何年も。懐かしいと思い出したでござりまする)

2004年12月15日(水) REM売れてます!

 あちこちでファン自らが「売れてないんじゃないか?」と心配しているREM@武道館〜とか名古屋大阪ですが、安心して下さい売れてます。もうじき売り切れちゃうから買いたい人、それなのに迷ってる人、急いだ方がいいかもよ?へへ。
 そして和田はまたハゲちゃんネタ原稿などもポチポチかいておりまする。ので、宣伝です。今週末に発売になる『ミュージックマガジン』で、このあいだ見たワシントンDCとニューヨークでのライブの評を書いてます。しか〜も4ページも!いや、ぶっちゃけ4ページもコンサート・レビューって前代未聞でさぁ〜。ライナーより長いやんけ〜〜!と自分に叫びながら、しかしこんなにページを取ってくださった修編集長様に手をあわせてナンマンダブー。ありがたやありがたやと祈ってやりました。が。ここだけの話。和田、じ、実はメモ1つ取って来てなかったふとどき者。だいたい旅の間中も「大統領選挙の日の現地の姿を追う」なんてことはち〜〜ともしてなくて。ま、ちょこっと新聞読む〜〜とか。テレビ見る〜とか。後はただただ買物とか(笑)ハゲちゃんの好きなお店めぐり〜〜とかそんなことにウツツを抜かしていた次第で〜。へへ〜〜。大バカ者さ〜〜。
 でもってそんなわけで。メモ1つないままに、記憶だけを頼りに4ページ書きました。覚えてるところがファン。ちゅ〜か。何十万もかけて行ったんだから、元とるぜぇ〜とシカッと見てる、んですね。やっぱ。気合違いますねん。
 …ところで今、また三叉神経痛です。顔が痛いって分る?辛いでしゅ〜。なにもする気になれず。ただ呆然と空を見つめるなりぃ。

2004年12月12日(日) ズリ虫に気をつけろ

 ここ数日またとても暗い私です。いや、暗いと言うより不安で不安でたまらない…と言った方がいいでしょうか?
 しかし今、日本で「不安じゃない」人なんてどれくらいいるんだろう?おそらく、多くの人、しかもほとんどの人がなにかしら不安を抱えて生きてるんじゃないのかな?仕事はいつまであるのだろうか?リストラされやしないか?逆にリストラの影響で死ぬほど働かされて終りが見えず、このまま過労死しないか?という不安とか。さらには日本はどうなっちゃうのか?将来は?そして私の老後は?と、みんな漠然とした不安をこんもりと山のように胸や背中に抱えて生きているように思う。
 そういう不安。普段意識しない時は胸や背中に、まるで脂肪のようにくっついているだけ。ところがちょっと意識してしまうと、「やべっ!こんなに肉がついてた。ダイエットしないとぉ。ムギュ〜〜ンギュンギュン…ダメだ!もうムチンムチンだっ!」と急に脂肪が厚く重く感じられるときと同じように(←切実)不安も急に重く感じられて来るのです。しかもそれだけではありません。
 不安に意識が集中してくると、その不安は動き出します。ゾロゾロゾロゾロズリズリズリ。まるでゾウリ虫の巨大版みたいのとか。「もののけ姫」とか「千と千尋の神隠し」みたいのに出てくる何かみたいのとか。そんなモノノケ的虫のようになって、ズルズルと背中や胸を這いずり、やがてスポッとどこからか体の中に入り込みます。そして体中をズリズリ動き回り、それは私に向かって「恐れろ〜〜怖れろ〜〜〜」と囁きまくります。何も状況はヘラヘラ〜ンと笑っていた昨日と変らないのに。でも急にすべてが不安になってくる。変わらないことさえ怖い。これから何1ついいことなんて起こらなくて。すべてがうまく行かなくて。誰一人仲間もいなくて。理解者もいなくて。どんな計画もオジャンになってしまい。何ひとつ出来ない。ただ今の苦しい状況がどんどんひどくなり、野垂れ死ぬ…そんな風に思えてしまう。
 それはすべてその不安ズリズリ虫のせいなんです。そう思うことにしました。そして不安ズリ虫はそのうちからだの中を這いずりまわることに疲れちゃうんです。「かおなし」がヒョロロ〜ンと小さく大人しくなるように、不安ズリ虫も体の中が息苦しくて、そのうち表に出て来ます。そしてまた大人しく背中やら腹に貼り付いて静かになるんです、きっと。
 だからこの不安、しばらくは仕方ないとあきらめることにしました。下手にあらがっていると焦ってとんでもないことをしでかしちゃいそうだし。虫のせいだとあきらめるんです。
 にしても。ズリ虫を早く大人しくする術ってなんでしょうかねぇ?とりあえずそれはグチる、だと私は思っています。徹底的にグチる、それが応急対策としてはなによりに思えます。しかしこのグチる、グチられる相手のズリ虫を起こしてしまうことが多々あるようなので、気をつけましょう。ズリ虫たちは事あるごとに起きて動き回りたがっているのですから。
 ちなみにズリ虫に国中がヤられちゃってるのが「アメリカ」であることは間違い無いですね。それこそミヤザキ・アニメもビックリの超巨大、もしくは「V」のような(懐かしい!)おっとろしい宇宙的ズリ虫。そんなのです、アメリカがヤられちゃってるのは。

2004年12月09日(木) やりたいこと?

 SPA!の特集に「やりたいことがわからない」症候群ってのがありました。今や日本中これに侵されているらしい。本当か?
 やりたいことねぇ…。私は一年中それこそもうやりたいことだらけの欲望まみれのオババなので、その、やりたいことがわからないってのが全くもってわからないのだが、しか〜し。やりたいことがあってもそのほとんどは実現せず!いつもアタフタアタフタ焦りまくりで、失敗し、頓挫し、そのたびにグジグジ泣き、自己嫌悪し、しかしまたムクムクと芽生えて来るやりたいことに向かって性懲りもなく走り出す!という人生続けて39年!ってわけで。
 う〜む。文字にしても大変そうだが、実際はもっと大変でした(笑)。たとえばここで宣伝してる本ですが、とある出版社が出しますと言って、ゲラまであがってくる直前に「やっぱり出しません。だってこの文章てんでダメです。下品です。最悪です」みたいなのをメールで、しかも担当編集者本人の文章でもなく、その人が見せた営業の人の知り合い…なんて考えられない関係ない人のメールの転送文章で送りつけられ、それ1本でサヨナラされたのでした。和田は元々その編集さんのことをこの業界で1番信用していたので(だってその編集さんに最初に仕事をもらってこの仕事を始めたんだもん)その、下品呼ばわれしたこともショックだったけど、信用していた人にそういう形でサヨナラされたことがものすごおおおおおおおおおおおおおおくショックで、そのときばかりはマジにペッコンペッコンにへこんで、電車に飛び込んじゃおう計画を思いついて新宿をブ〜ラブラしておりました。かなりマジでした。しか〜し。その少し前に死んじゃった友達が棺に入ってた姿を思い出してさ。ああ、死んじゃうと「無」だよなぁ〜と思い出して止めました。その友達は死んじゃった姿で和田に教えてくれたことは、死は無以外のナニモノでもないってことだったのでした。
 そしてその後、今や「R25」でブイブイ言わせてる編集Fが「なら自費でだしちゃおうぜ」などと言ってくれて、デザインに携わってくれていたみみ子嬢も「ギャラなんていいですよ〜〜」なんて天使のようなことを言ってくれたりして。和田は本を作ったのでした。そして売り歩き始めてからもいい人たちの善意に支えられ、思わぬ出会いをたくさんして、「元は取った!」とハハハハ高笑い(←押し売りしたくせに)。いや、その中でももちろん飛び込み営業に行った本屋でシカトを山ほどされ、本を投げ返されたり。ファインドザリバー@REM聴いて泣きながら帰ったこと100回でしたが。
 そんなこんなで。やりたいことをやるのは色々あります。きっといまどきそれを探している人は「すぐ。手軽に。パパッと。うまいことやって。お金もガッポリ。苦労もせず。努力もせず。涙も流さず。焦らず。あがかず。へこまず」できるやりたいことを探しているのでは?と思ってしまったりします。勝手な億足ですが。やりたいことなんてそうそう出来ません。それがパパッと出来る人は、すごい推進力のある、そして自信のあるすごいすごい人…世の中のほんの一部です。そしてその人達も見えないところですごい努力してるのかも。
 それから思うに。別にやりたいことがなくったっていいじゃん!です。日本ってそういう価値観があまりまだ許されてないのかな?ただ毎日を漠然と生きて、代わり映えのない仕事して、でも帰ってきたらブラブラ散歩して、キレイな夕陽や星空を眺めて涙を流す…みたいな人生はダメなのだろうか?別に空も眺めなくてもいい。やりたいことはないけど、テレビ見て大笑いして幸せ!だっていいじゃん。何も人は誰もエゴを抱えて、それを表現する必要なんてないんだから、さ。日本中今はあまりにも必死!って気もする。いや、表面はそう見えなくても。心の奥でさ。
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