ひぽこんコラム

2004年08月14日(土) カート・コバーンの死の直前の話

 世の中は一気にオリンピック・ムードとナベツネらしいが(ヒール役いなくなると、マスコミ的にはつまんないじゃないのか?)ナジャフでは「死体が道路脇でゴロゴロしてる」そうです。ゴロゴロですよ。それって例えば和田が中野通りを歩いていると、横っちょに子供やらおじいさんやらが血まみれで白目剥いてカアァアアとひっくり返ってるという状態っすよね?ひえええええええ。そしてヒエエエと叫んだ次の瞬間に自分もズドンっ。かなぴ〜〜。そしてあの目の手術したムハマド君だっけ?大丈夫なのかな?誰も言わんが。
 ところで全く話は変りますが、カート・コバーンの死までを描いた映画を、ガス・ヴァン・サントが作るそうですね。カートの死、それは和田にとっては=ハゲちゃん号泣という物語っす。カートとハゲちゃんの関係はみなさんご存知でしょうが、えっ〜〜と、ハゲちゃんの元・彼(微妙〜)の暴露本(んなのがあります。エロいです。読むな〜和田ぁああ!)によると、カートは死の直前、マジにハゲちゃんの元へと訪れていたそうです。そしてハゲちゃんが所持している家@アセンズに泊まりこんでいたそうです。ハゲちゃんはカートのお話をずっと聞いていたみたいです。でもある日、ブラッといなくなってしまって…。
 そしてカートが亡くなったガレージだかにあったCDデッキには『オートマチック・フォー・ザ・ピープル』@REMが残されていたって知ってますか??うううう。あんな最終的には希望に溢れたアルバムを聞きながら死んじゃったなんて。「ファインド・ザ・リヴァー」(最後の曲。和田の人生支える1曲)までカートはちゃんと聞けたのかな?それ聞いたら生きていけたはずなのにぃ。
 でもそうやってとにかく死んじゃったカート。ハゲちゃんたちがカートに捧げた曲「レット・ミー・イン」でさ、サヨナラするために自分の好きなものを回りに並べて…ナイス・トライだ…って歌詞があるけど、そこを聞くたびに泣けます。
 カートのような純粋すぎる魂は、やっぱりこの世の中で生きて行くのは難しいのかも…。それは誰もが思うよね?でもって和田は、そうやって廻りでたくさんの人が死んでいきながらもたくましく生き延びて行くハゲちゃんのズブとさちゅ〜ものが好きだと思うのでした。
 にしても。そんな映画、なんだか暗くなりそうだけどできたら少し希望がほしいよねぇ。彼は自殺しちゃったわけだけど、それできっと彼はすごおおく楽になったと思うんだよね。安心したって言い方、変だけど。ずっともおおお死ぬほど苦しんで本当に死んじゃって。自殺は確かにダメだと思うけど、それで救われる思いがあるとも思いたい和田です。廻りの人達が悲しみの中でも「でもカートは安らかな顔してたよね」って言ってホッとするような最後。そのへんを描いて欲しいなぁ。
追記:あっ!ムハマド君はファルージャだっけ?もう忘れてる和田。いい加減日本人の代表っす。
 

2004年08月12日(木) ノエル・ギャラガー君の意外な愛

 和田がハゲちゃんと並んで…いや、まぁ、実際はそれよりはヒッソリと愛するアーティストにニール・フィンという人がいます。今をときめくオセアニアのゴッドファーザー的なミュージシャンっす。日本じゃ全く無名の彼ですがスプリット・エンズ〜クラウデッド・ハウスとマニアックなバンドをやってきて、世界中でアーティストから愛されるアーティストでんがな。
 和田、ニール様をかつて世界中追っかけてまして(注:いつもやることは同じです)まぁ、それはいいや(注:どうせろくでもないことしかしてないので、いまさら語りたくない。ニュージーランドでガキにカツアゲされそうになったとか、そんなことですね)。
 で、ニール様のファンにはエアロスミスのスティーヴン・タイラーだの、REMのピーター・バック店長だの、色々いるのですが、中でも異色な彼。驚きの彼。それがあのノエル・ギャラガー君@オアシスです。
 ギャラガー君が実はニール様のファンであることはその昔、まだニールがクラウデッド・ハウスでイギリスでバカ売れしてブイブイ言わせていた頃、イギリスのグラミー賞「ブリットアウォード」を受賞したときのことです。ブリットについてコメントを求められたノエルが「ろくな野郎がもらってないぜ。まともなのはクラウデッド・ハウスだけだな」って言ったんですわ。いやぁ、ビックリ。
 そしてつい先週のこと。ニール様が実の兄貴ティムと2人でフィン・ブラザーズというトホホな名前のユニットとして新しいアルバムを出し、そのプロモーションのための「ファンクラブ会員限定」のライブをロンドンで行ったのですが、なんと!!そ、そこに着たのが、しかも一人でニコニコ着たのがノエル・ギャラガー!!ヤツは一人、堂々とやってきてキャッキャ楽しんでいた模様っす。
http://www.members.tripod.com/
nigel_richards/WebPictures/Neil1.jpg
↑パパラッチされた写真。しかし真っ暗で見えないけど(笑)。
 スランプで新作がお流れになってるノエル君、同じくビートルズ・フレーバーなニール様からヒントでももらいに行ったか、兄弟仲良く歌うコツをもらいに行ったか、それかやっぱりファンクラブ会員なのか? ニール・ファンの間ではちょっとした話題っす。あ、でもニール様、あのジョニー・マーに追っかけされる身(ニール様のツアーに予定外に同行してギター弾きまくってた)。そのジョニー・マー先生のお蔭でデビューできたノエルとしては師匠の師匠。大先生ってことなのか?師弟愛?

2004年08月10日(火) 全員和田かも?

 狂乱のチケ争奪戦から一晩。ちょい冷静になってみると「和田、そんな危険な、テロ警戒レベル100くらいな場所に行くのか?マジ?」と思ったり。そして友人達には「やはりバカだった」と感心され。しかし「それでも行くんだよね、あんたは」と言われ。
 あああ。和田、バカだ。小心者なのに大胆なことをしようとする。でもでもでも。この「大丈夫だろうか?」の怖れの向こうに見え隠れして思い出すのは2001年、あの9・11のテロ直後、10月にアメリカに行ったときのことです。
 あんときはさすがに和田はテレビ見て本当に本当に怖くなってしまったので辞めようと思いました@「REMが出るブリッジ・コンサートinサンフランシスコ」。でも一緒に行く予定だった音楽評論家の能地祐子さんが「REMもパール・ジャムもやる!と言ってるのだから行きましょう」と言ってくださり、和田も勇気を最後に持てました。でももちろんビクビクで成田空港の登場ゲートにまばらな人達を見たら顔もひきつったもんですわ。「こ、こんなに少ない乗客って一体?」…そして暇なスチュワーデスのオネエチャンたちにさんざっぱら話しかけられ、どうにか到着した時のホッとした感はよく覚えてます。
 そしてREMのライブは、もう、何度彼らのステージを見ても、今までかつて1番素晴らしいステージで、生涯忘れられないものだった…。自分自身をあんなに強く肯定してもらったことはないし、自分がどれだけ幸せかを心の奥底から分からせてもらえたし、音楽の素晴らしさをあんなに痛切に感じたこと、その前もその後もありません。それくらい本当に本当に素晴らしいライブだったのでした。
 それを思い出すと、テロ警戒レベル100も、まだオカンには言えないでいることも、友達のあきれ顔も、色んなことも乗越えちゃおうかなぁ〜とか思ってしまう。(乗越えられないのが金の問題だ!)そしてREMのファンてさ、みんな同じこと考えてるんだよねぇ。なんでハゲちゃんたちが敢えて「テロ警戒レベル100のワシントンDC@大統領選挙前日」にホワイトハウスの隣でコンサートやるのかを、みんな分かってるだよねぇ。だからなんとその日はアッという間に売り切れてしまいました@優先予約分。
 なんかいいよねぇ。ファンとアーティストがア・ウンの呼吸で繋がって、彼らがやりたいことをみんな理解して、付いて行く。アーティストとファンの理想的な関係があるのよ〜〜〜。あ〜〜。ウットリ。
 って。も、もしかして単に「全員、バカ」なのか?かも?かもおおおおお!!

2004年08月09日(月) 2時間前

 えっと、あと2時間でREMの「北米ツアーのファンクラブ・チケット・先行予約」ですぅ〜〜〜。ううううう。そして何度も何度もここにしよう、あそこにしようと決心しておきながら、実は今もまだ、この時点でも迷っています。
バカです、たかがコンサート1つに。まるで生きるか死ぬか、くらいの大騒ぎ。そしてこれを去年も私はやってました!!
 どうしてそんなに悩むか?そりゃまあもちろん第1に貧しいからで(泣き)。大金持ちなら「ホホホホ、全部行くわよ」なんですが、本当は海外なんて行ってられるわけない情勢なんですが、それでもどうにか無理やり行こうとしているわけです。
 そしてさらに、今年のREMのテーマの1つが大統領選挙。だからその前後、特に前に見たいなぁああとか思って、でもそれって危ないのかな?@ワシントンDCなんです。DCは大統領選挙の前日にホワイトハウスの隣の会場でコンサートがあるので、なんかもおおお。引き寄せられ、しかし遠ざかり、引き寄せられ〜〜、遠ざかり〜〜を繰り返しております。見たいが、しかし面倒そうな…。あああっ!テロに遭うか?警備に阻止されるか?にもつ全部開けとか?渋滞とか?タクシーつかまんないとか?ホテル満員とか?
 でも発売2時間前の今、和田はそんなDCとNYに、大統領選挙をまたがって行こうとしてます。選挙当日はDCにいる予定です。この目で、この歴史的な選挙の日のアメリカを見てやろう〜〜か〜〜〜という感じです。どうなる和田?もしテロで死んだら、ハゲちゃんに「ファインド・ザ・リバー」を追悼で歌ってもらってください〜〜〜(と、ずっと先のことを今からこんなに心配する小心者の和田)。

追記:そして今、3時(夜中)。買いました。DCとNY。行くのか?和田?しかも何だか面白いことに「ほんの3分くらいしかあったことない」少年と共に行くことになりました。すわっ!和田!少年犯罪か?って。ちゃうっての〜〜〜。チャウの。チケ購入色々大変でぇ。和田は「おせっかいなオバちゃん」なだけ〜〜。でもなぁ。何がプレセールだよ〜〜ん。NYは10列目。DCなんて20列目。くそ〜〜。ちっともいい席じゃないぜ。それで2枚で送料込みで21000円って、高いぞREM!「ひとりフェス」状態だぞおお!

2004年08月07日(土) いろんな和田巻

 それは一昨年の12月10日の夜のことでした。友達とのんびりゴハンを食べて帰ってきて何気なくいつものクセのようにREMのサイトを見た時のことでした。はぐっぅ!(←息が止まる音)そ、そこには「REMツアー2003」の文字とツアースケジュールの突然の発表が…。そしてその日を境にその後約10ヶ月。和田は気の狂った女として、チケ獲り〜〜コンサート〜〜呆然の日々を過ごし、2003年という1年は「マヌケな女、バカになりきるの巻」として過ごしてしまいました。
 そしてそれから9ヶ月くらい。その後は「貧乏な女、セコセコ働くの巻」として過ごしてきたのですが(詳細はまた)、それはそれでまぁ平和な日々でした。しか〜〜し。平和な日々は続かず!!きのう、そう、地震がありましたよね、深夜に。あれですっかり目が覚めちまった和田はまたいつものクセのようにREMサイトを見るとそこには「REMツアー2004」の文字が!そして北米ツアーが発表になっていたのでした。あああ。あああ。(←嘆きの声。己に対し)そこから和田はまた、もう、すでに、狂乱の人となってしまい、誰彼にナゾなメールを送りつけたり、ワアワアギャアギャア叫びながらベニューのチェックばかりしては「どこに行こうか?」だけの人になってしまいました。今の和田は「お金も無いくせにどうやって行こうと言うんだ、この女は!な巻」です。でもバンクーバーの会場があまりにステキなオペラ・ハウスで。そしてその前日はシアトル2デイズ。「バンクーバーとシアトルってバスでも行けるよね」とか言ってて。このまま11月まで引っ張るつもりです。でもって来年はユーロ・ツアーだって??ハゲちゃん(←しつこいですが、マイケル・スタイプのことです)に2月に取材したときに「アントワープに行ったこと無いからアントワープに行きたい」って言ったんです、このバカ和田に向って。それって「和田も行ってもいい」ということだと勝手に思いこみ(←ストーカー体質ならではの発想)アントワープで公演があったら行きたいとか言ってる、「来年はかなり思いこみ激しい危険な女にもなっちゃうんだぞな巻」です。さぁ、これからどうなる???
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