ひぽこんコラム

2009年04月15日(水) ジジ・フェス09〜再チャレンジ機構主催

PS:朝から「パリ・ジュテーム」という短編を集めた映画を見た。20個くらいの短い短編が集まった映画。テーマはパリ。
 幾つかいい話があり、特に最後の短編はデンヴァーからやってきた冴えない独身のオバさんが一人パリを旅行して、そこで得るある達観、悟り。素晴らしかった。泣いた。ああ、人生って!!と思って泣いた。そしてそのままこの世界で一番美しい歌、ファイストの歴史はくりかえすが流れる。涙がドッとあふれ出た。
 パリに行きたくなった。パリパリパリ! パリをジイさんと歩きたい。できれば74歳くらいの、枯れたジイさん。。。ウットリ。


 昨日、コンサート会場で赤尾さんや宮古くんといった、なんだか懐かしいMUSIC LIFEな仲間たちと話していたら、レナード・コーエンの来日公演がほぼ決まっていたのにポシャッたという話を聞いてオオマイガッと仰け反った。そりゃ日本じゃ人気ないけど。。。でも。でも。75歳。最後のチャンスだったのに!

 コーエン。コーエンなら、こんなに貧乏な私でも2万円払ってもいい。ぜひぜひ見たい。

 見よ、75歳にして、この色香を→ダンス・ミー・トゥ・ジ・エンド・オブ・ラヴ

なんだかゴッドファーザー愛の世界。。。がそのままステージに、みたいな雰囲気だわ。

 コーエンは60年代から活躍するシンガー・ソングライター。NYのあの有名なチェルシー・ホテルに住んでいた。 

 世界1のプレイボーイで。世界1の詩人。

 もちろんハレルヤも→しゃっくりしたりしてるけど

 ハレルヤは、世界中でいろんな人がカバーしてる。日本でもたくさんの人がカバーしてる。信じられないくらいの名曲。

 大昔、ジュディ・コリンズと歌うスザンヌなんてのもある→全身からいやらしさが垂れ流しだわ

 若いときよりも、今の、75歳のコーエンが一番素敵だし、一番見たい。私は基本的にジジ好きだけど、コーエンはその中でも特にすばらしいジジだ。ジジ万歳と叫びたくなるジジ。

 コーエンは詩人として高い評価を得ているけれど、やっぱりパフォーマンスも素晴らしいと思う。

 ソー・ロング・マリアンヌ→こうなると音痴なんだか味なんだかも不明なのが最高

 ああ。日本は不幸だ。こんな素晴らしい本物の音楽が聴けないんだもんなぁ。

 ちなみに7月にサイモン&ガーファンクルが来日する。これも見たいが、ドーム公演のみ。ドームは入れない。耳が痛くなるから。彼らの『水曜の朝、午前3時」は今年の私のマイブームアルバムなのに!

 ああ。ジジばかり集めたジジ・フェスを開いてほしい。
コーエンがトリで、ヴァン・モリソンとかぁ、サイモンとガーファンクルもお願いしよう。それからディランにヤング師匠。。。。すげええ。前座がトム・ペティだ(鼻血)。

 などとすっかり元気な風に書いてる私。真相はヤブの中。ギュッギュッ←ヤブの中に押し込んでる音。←ていうか「やり直す」という言葉を知ったのだ。ダメだダメだと思ってばかりいたけど(そりゃ今も思ってるけど)でもダメならダメだったことをやり直そう。解からなかったと気づいたことは思い直そう、そう思った。もう許してくれない人も中にはいるかもしれないし、もう本当にダメになっちゃったこともあるかもしれないけど、でもやり直すんだ。とりあえずやり直す。いろんなことをやり直す。人はやり直せる。

 やり直すっていい言葉だ。

2009年04月14日(火)

PS:クレーン車事故、文藝春秋社のすぐ近くらしい。私がテコテコ歩いてても不思議じゃなかった場所だ。なんだかショックだ。


 のんびり落ち込んでいたら、お金も仕事もない。やばいやばい。やばいやばい。

 またスウェル・シーズンもやって来る。今度はリアム・オ・メンリィもいっしょだ。リアムの歌は祈り。涙が自然と出る。

 バイトでもすっかな。。。貧乏人は暢気に落ち込んでるなんて許されん。

 

 

2009年04月13日(月)

PS:頑張ってコンサートに行ったのにまったく面白くなくて、空気悪くて頭痛くなって不整脈も悪化して、左隣の向こう側に立ってた女性が倒れて、坐骨神経痛が悪化して、そして悲しい。ひたすら悲しい。悲しすぎて泣きながら帰ってきた。


 ↓新種・うまかない(=うまくいかない)。




 ・・・実は先週金曜日に朝さまを見には行ってた(そしてものすごく具合悪くなったし、夜は死ぬほど落ち込んで真夜中に中野中を放浪していた)



 

2009年04月12日(日)

今日は畑へ。少し復活。みなさまありがとうございます。ぺこりん。。。。ぺこりん。。。。。


2009年04月11日(土)

眠れないし、おびえてる。


2009年04月10日(金)

 眠れない。


2009年04月09日(木)

 うつ。


2009年04月08日(水)

うつ。


2009年04月07日(火)

 うつ。


2009年04月06日(月) ミーハーは素敵な合言葉♪

PPS:やさぐれ。
 あまりにやさぐれて、アイス(モナカ)食いながら中野どおりを歩いて帰ってきた。すごく具合も悪い。鬱鬱する。あたりかまわず怒鳴り散らして、機関銃を発射したい。

PS:10日に靖国神社で奉納大相撲がある! 無料だ! 朝10時くらいからやってる。いや〜〜ん。横綱土俵入りは1時半くらい。入場制限がある。前で見たい。。。天気良かったら早く行って、ウニャウニャ見ようかしら。。。朝さま。。。。いや〜〜んいや〜〜〜ん。


 そうか。昨日(4月5日)はREM誕生日だった(1980年4月5日にアセンズ@ジョージア州で初ライブをやった)。29歳だ。ちゅうことは来年は30周年。すげええ。なんかやるんだろうなぁ。ヒャアアア。

 REMの名前を知ったのは1984年頃。でもまだ聴いたことなかった。その後1985年に初めて聴いて、なんだか気になっていたら、その後当時のCBSソニーの人が、れい子事務所で『ドキュメント』のサンプル盤をオレにまでポイッと気軽にくれた。そのLPレコードを聴いて、なんかすげええと思った。でも特にファンにはならなかった。

 その後1986年終わりか、1987年始め頃にいきなり「ミュージックマガジン」の編集の人から電話がかかってきて
「REMの特集をやるから書いてみないか?」と言われた。
「ぜんぜん知りませんから」と言うと、なぜだか
「知らない人に書いてほしい。みんなあれこれいいすぎるから」と言われて、何も知らない私にCDがドカンと渡されて、会社が終わった後、夜中にゲロ吐きそうになりながら書いた。炬燵のテーブルで。それが私の書いた生まれて初めてのちゃんとした音楽原稿だったんだ。ミュージックマガジンに原稿を書くのもそれが初めて。いきなり6ページ。ビックリだよね。今になると。ズブの素人にいきなり6ページも任せるって編集も度胸あったよね。

 そうなんだ。私の音楽ライター人生はほぼREMで始まった、と言って過言ではない。そして私のREMファン歴もそこから始まった。

 ハゲちん。。。。なんてこったい。でも当時はハゲちんはハゲておらず(当然)、ハゲかわいくなかった。しかも今みたくキャラも解からなかったので、なんだか闇雲に神様みたいに崇めていた。そうそう、ビートルズのファンがジョンとかを崇めるように。バカだなぁ、オレ。。。

 しかし当時の、スーパースターだったハゲちんには、中々私のようなヘボライターは会えるわけもなく、ロッキンオンとかそういうところのキラキラしたオシャレなロック・ライターさんたちがインタブーしていた。オレはいつもそれを指をくわえて眺めてて、んで、意味もなくハゲちんと交流がある、というミュージシャンに会うと「マイケル・スタイプてどんな人?」と聞いて歩いてた。健気なオレ。かわいいオレ。

 その後2001年にREMがプロモーションで来日する、と聞いたオレは、これはどうしても会いたいとワーナーさんにお願いするも、しかも媒体もデッかいところを提示していたのにも関わらず、オレ、シカトされた。すごくすごくガッカリした。腹立って発狂した(トーゼン)。同時にこれはイカンと反省した。日頃レコード会社とほどんと付き合いのしないオレ。ワーナーさんとも当然関係が薄かった。

 そこでオレの中で「チキチキREM作戦」がチ〜〜〜ンと、スタートした。オレ、絶対にハゲにインタブーしたる!と熱く熱く誓った。
 
 そっからは猛然とワーナーさんと仲良くした。宣伝担当の人たち全員と懇意になり、ワーナーさんが押すものを全部オレは応援した。宣伝の人が困ってれば、インタビューもあちこちにブッキングして、そして同時に意味もなく、ハゲちゃんニュースも宣伝の人たちに送りまくった。オレ=ハゲちゃん。。。を植えつけたんだ。。。オレ。狂ってるほどやりました、ハイ。優秀な営業マンの枠を超えて、オレ、発狂してるほどやりました。ハイ。

 そして2003年になって、チキチキ作戦はついに成功してハゲちんにインタブーすることになった。宣伝の人たちがオレのために「和田さんがインタビューしないなら、何もしませんから」とまで上司に言ってくれて、サンフランシスコにオレを送り込んでくれたんだ。すげええありがたい。

 その後、その宣伝チームの方々とは会社を辞めたりしてもずっと仲良し。今になるとこっちの方がうれしいチキチキ作戦。

 1つのバンドでこんな風にいろいろなことが起こるのは楽しい。音楽はかように私にとって人生そのもの。ミーハーはすてきな合言葉♪

 ・・・ところで夜中にCREAの編集Mちゃんからメールが。パリ・マラソンを完走したそうで、4時間何分とか。すごいいいいいい。キレイでなんだか少しビヨンセに似てるMちゃん。パリでもさぞモテモテだったろう。 
 ちなみにそのパリ・マラソンはCREAの企画ページのため。
 CREAは和田のおバカページとは関係なく(爆)すごく売れてるらしい。先月号も完売。その前のお腹痩せの号も完売。完売が続いている。
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