想
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| 2007年02月19日(月) |
『バルタザールの遍歴』 |
会社でお世話になっている先輩から、佐藤亜紀『バルタザールの遍歴』を借りて読んでいた。
金曜日の夕方に借りて月曜の夜に読了。私としては頑張って読んだ方だ。
何しろ最近の新潮文庫と違って、1ページあたりの字数が多い時期の文庫だから。
持ち主の先輩は歴史モノとか時代モノとかの話の流れから
この本を貸してくれたわけだが、(ちょうど読み終わったところだったそうだ、)
個人的には世界観の整ったファンタジーとして読ませてもらった。
主人公「たち」、つまりメルヒオールとバルタザールの何気ない対話が、心地よく、自然と馴染んでくる。
そして、ところどころに散りばめられている、主人公たちの洗練された哲学。
完全に外国文学の翻訳を読んでいるようなつもりで読み終えた。
時間のある方にはぜひお勧めしたい。
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これまでよりもだいたい1時間ほど早起きしている毎日。
早く働き始める分だけ早く仕事が終わるので、
単に1日が長いということもあるが、それに輪をかけて、夜寝るまでの時間が長く感じられる。
精神的な余裕が出てきたことで、時間的な余裕も出てきた。
この時間を有効に使わなければ、と思うわけだが。
何をしようか。
| 2007年02月15日(木) |
新人としての日常・3日目 |
火曜に働き始めて、今日で3日目。
初日はもう何がなんだかわからなくて、
とにかくびくびくしていた。
世話をしてくれる人がとてもいい人そうで、助かった。
昨日は、ぐったりして、朝から食欲がなくて、
家を出たくないという気持ちを押し殺して、
したがって朝食を食べる気が起きずしかし何も食べないわけにも行かず、
軽い吐き気を抱えて家を出た。
それでも、時間は経っていく。
そして、時間が経てば慣れていくのが生き物の習性だ。
今日は、食欲はそれほど湧かないながらも
なんとか自分を盛り上げて家を出て、
昼はローソンで買ったおにぎりを湯島天神で食べるくらいの精神的余裕ができた。
家に帰る頃にはかなりの空腹で、
おなかが減るのは元気な証拠だと、心から思う。
朝が早いからそれに慣れるまでは少し苦労するだろうが、
この職場で何とかやっていけたらいいと考えている。
まぁ、少なくともあと何ヶ月かは。
| 2007年02月11日(日) |
偶然の発掘作業/予想外の検索結果で申し訳ない気持ち |
恐ろしく古い日記が発掘された。
ファイル 「携帯メモより.txt」
2005年1月30日
家族計画というもの。
たとえばあたしの生まれなかった兄、あるいは育たなかった兄が生まれて、すくすくと育っていま生きていたとしたら、あたしはこの世に生まれなかったのかもしれない。そんなことを思うと、我が家の家族計画について聞くのは、質問したそばから自分が消えていくような不思議な気持ちだ。タイムスリップして過去の自分や自分の親を殺してしまったSFの主人公のような気持ち。
『トニー滝谷』を観た。
孤独を見せつけるような終わり方になっていた。こんなに胸の痛むような、取り残されたような印象の強い物語ではなかったのだけれど。
坂本龍一の音楽のせいもあるのだろう。
夜。本屋についふらっと寄ってしまった。
言葉がなだれてきて、押しつぶされている感じ。閉じこめられている感じ。身動き取れない。おかしいな、体を束縛するような物質的な要素はほとんど持ち合わせていない言葉に身動き取れなくされるなんて。それは、行動が思考に基づいてるから、思考が言語に基づいてるから。やっぱりここに戻るんだな。大分水嶺にもどる。メーリングリスト。それに続く村上春樹。ぐるぐる回ることば。立ち読みの三谷幸喜。書く才能、話す才能、考える才能。中島義道、鬼界先生の新書、鬼界先生のウィトゲンシュタインの本に名前の載ってる筑波の面々(論理学のおじいちゃん、きびしいおっさん)。スプートニクの恋人、何があたしの中の引き金を引いたのかわからないけど、スイッチが入りっぱなしになってしまった。
おもしろい小説が読みたいと思うけど、今はファンタジーや恋愛小説ではなくて、嘘なのにリアルな、そういう世界にどっぷり浸かってたい。村上春樹とシンクロしてしまった。違う。村上春樹の小説世界とリンクしてしまった。
吐いても吐いても吐き尽くせない言葉の群れ、頭から追い出さずにはいられないような気持ちでケータイの文字(なんて言うんだろこれ、キー?ボタン?スイッチではない)を打つ。埋まっていく画面。生み出される言葉。
あたしはあたしの頭の中の言葉を全部とっておきたい。でもそんなことはできない。ほとんどがあっと言う間に失われてしまう。
たくさんの言葉を取り込む。頭の中で無数の言葉がぐるぐるまわる。あふれかえることばたち。
いくつかを手に取ることはできるし、たまには考えるために立ち止まることもできるけど、それは本当に一部でしかない。とるにたりない数でしかない。でも、自分の中に必ず何かが蓄積されているというほんの少しの希望のようなものを持っている。期待でなく、希望。
ことばをうみだす多くのひとたち。この中に埋もれたいわけじゃない。時には共感する。非常に強く共感する。素直に共感させられる。いつもメッセージを伝えられていたい。自分の目から自分の脳へ伝えるのが快感情。
これってすごい非科学的?
ごく個人的なことをさらりと普遍化しているのか、それとも普遍の現象や感情を具体的に示しているだけなのか。小説というものの基本は後者なのだろうけれど、村上春樹を読んでいると、全く逆であるかのように錯覚してしまう。
スプートニクの恋人を流して立ち読みしていたら、ヒロインが、愛している人のともだちの服が体にぴったりな話がでてきて、これは絶対トニー滝谷のあの話と繋がりがあるに違いないと確信したり、なんか膨大な言葉に囲まれて、洋服の間で泣いたトニー滝谷の女の子みたいに泣きそうになったりした。
2005年2月1日
夢の話。
なんて字を書くかいろいろ迷った末、(砂で)深いという字を書いていたつもりだったのに、海いいねぇ、というようなことを言われて、結局海にしてしまった。
どういう流れか忘れたけど、海だって山の上にあるんだよ。とか言っていた。あってるけど。
妙に黒人がたくさん出てくる夢だった。
今回の夢も卒業っぽい場面だった。式の後に冷やし中華のようなものを食べていたら夢が終わった。
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1月30日のことは、いまでもぼんやり覚えている。
亀有のTSUTAYAで立ち読みしてたら、
なんかすごいどうしようもない気分になって、書架の間をうろうろしながらひたすら携帯に文字を打ち込んだっけ。
2月1日のことは、どんな夢だったかとか、もうさっぱり覚えていない。
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「金をかけずに 遊ぶ」で検索して、ここにたどり着いた人がいる。
全然記憶になくて読み返してみたら、
何年も前の、以下のような日記だった。
↓↓↓
勉強の一環で「メディア」と何度も入力しなければならなかったが、
気づくとたまに「メシア」と打っていたりして、
科学の先端から反対側の端へと突き飛ばされたような感じになる。
文化のジェットコースター。金をかけずに遊ぶ。
↑↑↑
自分では、なんか変な表現で気に入っているのだが、
検索してきた人はこういうものを求めていたわけではないと思う。
なんだか申し訳ない気持ち。
でも、「金をかけずに 遊ぶ」って・・・。すごい検索の仕方。
なんかいい遊び方が見つかったならいいけど。
| 2007年02月09日(金) |
さしあたって最後の、暇な平日を満喫しなければならないというのに |
結論から言うと、13時間寝た。
頭蓋の下で脳みその収まりが悪い。
いつもより頭が揺れている気がする。
孫悟空の身体的な痛みがちょっとわかる。締め付けられているかんじ。
今日は昇太と花緑の二人会に行ってくる。
でもとりあえず仕事は決まった。
来週からは、
昼間にジーンズで地元をうろついていて「こいつは何をしてるんだろうか」「仕事はないんだろうか」というような目で遠慮がちに見られることもなくなるに違いない。
3つのうち、2つは断らなきゃいけない。
当たり前のことだけど、それを当然のこととして割り切るのが難しくて、胃が痛んだ。
仕事は決まったものの、派遣という仕事のカタチは自分に向いていないのではないかと思う今日この頃。