目次過去未来


2003年09月11日(木)  無常というルールは普遍なんですかね。

世の中なんて、常に自己矛盾を抱えているモノですよね。

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無常。
生まれたものはいつか死に、
造られたものはいつか壊れる。
その「いつか」が、僕らには結構重要だったりするわけで。

一昨年には本当にたくさんの人が亡くなった。
友人とメールでやりとりしながらも、
テレビの画面からいつまでも目が離せなかった。
遠い場所の話。

今年、自分の誕生日の翌日に、
父の同僚の娘さんが病気で亡くなった。
少しだけ顔見知りの彼女は、僕の1つ年下。
本当に近い、それでも少しだけ遠い話。

どちらも、人が持って生まれた期限を否が応にも知らしめるような。
そういう漠然とした意味では、とても自分と近いところの問題なのだけれど、
人の死というものが、僕にとってはまだどうしても身近ではない。
亡くなった人は、手の届かないところに行ってしまって、
手が届かないところにあるものには、興味を持つのが難しい僕。
多分、本当に大事なものをまだ「死」によって奪われていないから。
運命は今のところ僕を甘やかしているけれど、
そのうちどこか深いところへ僕を突き落とす心積もりなのかもしれない。



今はこの世に存在しない沢山の人のために、そして、
今しばらくこの世に存在し続ける全ての人のために、
平和を祈ります。


2003年09月10日(水)  幸せってなんだっけ

ポン酢しょうゆを手にした明石家さんまが浮かんだ人は、
おそらく成人しているでしょう。


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いつからか、自分はずいぶんと現実的に生きている、と想う。
以前の、よくわからない精神世界に生きていた頃はなんだったのか。
あれが青春だったのか。
それとも病気だったのか。
もうごめんだ、という気がする一方で、
なんだか惜しいものを失くしたような気もする。

いつの瞬間も、本当にかけがえのないもので。



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酔っている。

少なくとも世間様の64倍くらい酒に強い人間のように思われているが、
実はそんなことはない。

何を隠そう、いま、缶のチューハイでくらくらしている。
別にチューハイを10缶も空けたわけじゃない。
1缶だ。
1缶で十分すぎるほどだ。

もちろん、人様の前に出ればこれくらい水と同じ。

おそらく、こういう人間がアルコール依存症になるのだろう。
そんなようなことを教わったことがある気がする。

酒を殺して飲むということ。とてもよくわかる。
アルコールがアルコールでないような感覚。
アルコールだと思わなければ何杯だっていけちゃうよ〜ん、という感じ。
一種の自己暗示なのかもしれない。

考えてみると、酒が特別好きなわけじゃない。
独りでいるときにはほとんど飲まない。

そもそも、アルコールに惹かれて酒を飲むわけじゃない。
酒の持つ何か、と言うとわかりにくいが、
それの象徴しているもの、とでも言えばよいだろうか。
酒が何を象徴しているのかを自分の口から語ることは避けるが
(それはほとんど恥を曝け出すようなものだから)、
酒に限らず、「〜の象徴するもの」には、かなり魅力を覚える方らしい。

結局、そんな人間なのでござるよ、拙者は。
(何度も言うが、酔っている。)


2003年09月09日(火)  負けている/夜のできごと2つ。/マキアヴェリ

たぶん、もっと、見なければならないものがあるはず。
もっと、知らなければならないことがあるはず。
逢わなければならない人がいるはず。

なのに、こんなところで立ち止まって、
ここで満足している振りをして、
もしかしたら本当に満足しきって。

明日には、全てが無くなるかも知れないのに。
自分からいつのまにか抜け落ちてしまった危機感。

人を見て、羨んでばかりいる。
そんな自分を、どこかから眺めている冷たい自分。
冷めている、わけではない。ただ、どこか熱くなれない。
何に向かうにも、どこかしら諦めたような、そんな冷たさ。
捨てなければいけないのはこれなのだろうと、気づいてはいても。
冷えた身体を抱きしめるだけの余裕も、まだ捨てきれずにいるから。

勇気も力も知恵も努力も、みんなみんなどこかに預けたまま、
それでもまだどこかにゆけると信じられるだけの、自分が残っている。


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勢いに任せると今でもこんなことになるらしい。


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月と火星が重なりそうだった。
平面で考えると大したことない気がするが、
立体的に、月が手前で金星が向こうにあると考えると、
スケールのでかさにちょっと戸惑う。

バイクでの帰り道、道の先にちょうど月が見えたりする。
こういう時、E.T.の自転車のように、
このまま走っていけば月まで行ける・・・という錯覚に襲われる。
下手をしたら田んぼに突っ込みかねないが。

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タイトルに魅かれて、BS2で映画を見た。
『ぼくが天使になった日』
面白い映画だったし、メッセージ的にも好み。
ああいう類のわかりやすさが世の中には必要だと思う。

それにしても、主演の男の子アレックス・D.リンツが可愛かった。
あれじゃぁ、女の子でも十分通じる。
99年の映画らしいから、まだ中学生くらいなのかもしれない。
俳優を続けていれば、きっといい役者になっているだろう。
楽しみだなぁ。


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マキアヴェリが思わぬ反響を呼んでいる。
もしかしたら同一人物なのかもしれないが、
「マキアヴェリ」+何か、をキーワードにYahooから何人かの方がご来場。
有益な情報がないどころか、トップに飛ばされてしまっては
そのキーワードがどこに出てくるのかすらわからないまま
徒労感だけ抱えてお帰りになったことだろう。
大変申し訳ない。発端は単なる聞き間違いなのに。


2003年09月08日(月)  まだまだ続くよ お祝いは

日記のせいなのか、はたまた「お蔭」と言うべきなのか、
友人たちからの誕生日おめでとうメールが続いている。
ありがたいことでござる。(←これは清水義範の『大剣豪』のせい。)

生まれてからだいぶ経っているが、
未だに「年を重ねること=何かが前に進むこと」だと思える。
何が前に進むのかはわからない。もちろんいいことばかりではないだろう。
それでも、自分が刻々と変化しながら生きているということに感謝できる。
そんな自分は悪くない。
だから、みなさん本当にありがとう。


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年齢と決断。

子どもの頃は、
大人になるにつれて選択肢がどんどん増えて、
それでもズバッと決断できて、
そういうのが大人だとなんとなく想っていた気がする。

実際には、
選択肢だけは一時期、無闇に増えたくせに
よく見るとその大部分がダミーだったと気づいて大慌て。
しかも、子どもの頃は可能性と呼ぶことができたものも
今ではちょっと、もてあまし気味な部分があったりして。
だんだん開かれていくように見えた未来が、
今では少しずつ遠ざかっていくような。

それでも今、目の前に新たに現れた選択肢を、
本物と信じて疑わず、選び取りたいと願う自分がいる。

それも、安易な逃げ道のひとつなのかもしれない。
誰かが言っていたように、結論を先延ばしにしているだけなのかも。
分岐点を増やして、余計ややこしくさせるだけなのかもしれない。


ここはひとつ、冷静にならなければ。


2003年09月07日(日)  結局

なんだかんだ言っても、自分は幸せだということ。

誕生日を祝ってくれる家族、友人たち。



そして、今の自分自身には、それ以上は何もないということ。
これが自分だといえるものが。
これが夢だといえるものが。

ま、そんなもの、なくったって生きていけるさ。
しばらくは。


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