想
目次|過去|未来
村上龍のエッセイは、端々から酷い傲慢さを感じる、
それは、自分に対する、人生に対する、世界に対する傲慢さだ、
僕にはその傲慢さが、時々とても爽快に感じられる、なんというか、
悪くない、思わず自分も手を伸ばしたくなる、というか、
お近づきになりたい世界や感覚や価値観がそこにある、
だからなのか、単に影響されやすいからなのか、調子に乗ってこんなモノをここに書き連ねる始末だ、
まぁ、記憶に残したいからカンベンして欲しい、とにかく、
村上龍は小説だけでなく、映画もエッセイもお勧めだ、
どうぞよろしく、
いまの波が来るまでは、
自分の人生の底はもう過ぎたと思っていた。
「遠い昔」を思い出して、あれより下はもうないのだ、と言い聞かせていた。
大きな間違いだった。
歳を重ねるにつれ、「あれ」が霞んできたことで、
僕はまた底に入りつつある。
いつ不慮の事故で死んでもいいように、
遺書を書いておこうかと少し考えた。
文句も少し考えたけど、結局、書かないまま。
〈読中感想〉
村上春樹を読むと、とてつもない喪失感を味わうことがしばしば。
それなのに、どうして僕は彼の文章に魅かれるのだろう。
彼の文章が真実に近いからか?
それとも、まったくの幻だからか?
とにかく僕は村上春樹の世界が大好きだ。
〈読後感想〉
そうか、再生するからか。(そうか?)
僕はいつまでも僕であり続けるのだ。
| 2002年11月10日(日) |
『冷静と情熱のあいだ』 /今日は盛り沢山 |
� ̄海鬚弔韻此�誰に対しても誠実で、真実の見えない男 と、
��嘘で身を守ることを試みて失敗した可哀相な女 と、
��真実に打ちのめされ道を誤った悲しい女 と、
�だ議召棒犬�て正解だった若い女 の話だった。
それでも�,鉢△裡何佑竜�憶力が良かったのでハッピーエンド。
多分、小説の方が面白かった。でも、エンヤは良かった。
イタリアの街の風景は美しかった。
時間の大きな流れとそれに逆らう力の拮抗した街。
死ぬ前に、1度行ってみたい。
***
いちばん好きな人とは一緒にいられない。
なんて言葉は使い古されているから、別になんとも思わずにいたのだけれど。
それって、実はすごく悲しくて、切ないことだ。
と、まんまと思わされてしまった涙もろい自分。そろそろトシ。
それにしても。
自分にとってのいちばんは、本当は、誰なんだろう?
******
今日も、やるべきことをやらずに時間が過ぎていった。
結局、無駄に生きることをやめられないでいる。
無駄でも生きていたいってことか。
そんな自分を間違っているとは思わない。けれども。
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言われてみれば心配だけど、
言われるまで心配するのが適切だと気付かなかった。
どこかしら常に第三者的なものの見方の自分がいる。
周りに対してちょっと失礼。