-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 ショーゴの帰国


突然ではあるが
ショーゴが明日、日本へ帰国することになった。
それを奴の口から聞いたのが月曜日。
NYから帰って、ちょうど一週間が経った日のことだった。

トロントへ来て4ヶ月
目まぐるしくも、充実した日々の中で
きっと何かを掴んだことだろう。
「思い立ったが吉日」の言葉どおり
すぐに帰国のための航空券を手配した。
あまりにも唐突で、その現実を受け入れるまでに
オイラにはまだ時間が必要のようだ。

ショーゴは言葉で表現するのは苦手な人間だ。
だから帰国する理由というのも
本当のところオイラには理解できていない。
トロントでお世話になった人達にも
まともに挨拶していないというのだから
ショーゴの中でもきっと迷いがあるのだろう。
それが何であれ、友達なのだから明るく「頑張れよ!」と
送り出してあげるべきなんだろうけど、それが出来ない。
勿論、そういう「頑張れよ」的な気持ちはある。
しかし、
しかしなのだ。
あえてキツイ表現で
「なんだかスッキリしない、モヤモヤした帰国だな」と言ってしまった。

その言葉が的確にオイラの気持ちを代弁してはいない。
だが、心の中にある、ある部分を表現してることは確かだ。
他の誰かでも言えるセリフを言ってもしょうがない。
思った言葉をそのまま放とう。

今夜、ショーゴとR子、3人で食事をした。
「ベトナム料理が食べたい」という奴の希望だった。
とりあえず料理をオーダーしたものの
目の前が霞んで食べられない。
長い沈黙。
そしてショーゴもまた箸を置き
霞む目を覆うようにうつむいている。
最後の晩餐だというのに、お通夜のように暗い。

オイラは「スタジオに戻ろう」と言った。
この日のために用意したアイスワインで乾杯する。
このホロ苦い気分を溶かすように
50mlの小さな瓶に入ったその液体は甘く心に染み渡った。
明日、空港へ見送ることを約束して別れた。

2005年01月20日(木)



 模様替え


スタジオの模様替えをする。
荷物が増えまくって、手狭になったのと
個展に向けて作業するスペースを増やすため。

最後に模様替えしたのが2年?くらい前。
屋根裏部屋、ロフトの荷物もガンガン捨てる。
圧倒的に増えたのが、本、雑誌だ。
洋服とか、身の回りのものはガンガン捨てれるのに
本だけはダメだなぁ。

只今、朝5時。
8割がた片付いて、やっと寝れそうです。
日中は、ずっと個展のステイトメントに掛かりっきりで
かなり脳が疲れてたけど、模様替えで身体を動かしたんで
よく眠れそう。
英文、ダメだ!苦手だ!と思いつつも
今までで一番良く書けた気がする。
ボキャブラリーが少ないのは相変わらずだけど。
だんだん日本語→英語に訳すんじゃなくて
最初から英語で書き始められるようになってきたのが大きいかな。
次は喋りで人を説得できるようになりたい。
ネイティヴ並に喋るのは諦めたけど
言葉ごときで不自由な思いはしたくない。
これからも日々精進するのみです。

2005年01月19日(水)



 個展の見通し


午後、Rafiがやってきて個展のミーティングをする。
企画の内容も然ることながら
トロント→バンクーバー→オタワと廻る巡回のための
スケジューリングが主な懸案事項。
ところが、ここにきてNYで情報を得たギャラリーでの
展示の可能性が急浮上。
ならば、バンクーバー→オタワは一旦棚上げして
トロント→ニューヨークの二箇所開催に絞るのはどうか?
という方向へ傾く。

オイラとしても、出来るだけ早い段階でNYへ戻りたいし
カナダの拠点、トロントとニューヨークを制覇すれば
バンクーバー→オタワは簡単に決まるだろう、という計算も立つ。
明日の夜、もう一度ミーティングして書類をまとめ、
近日中にJCCC側と接触することにする。

夜、もうすぐ帰国するアヤヤと食事。
本当はショーゴも誘ってたんだけど、風邪気味らしくキャンセル。
タイ料理を食べつつ、NYの出来事などを話す。
R子も合流して、スタバへ移動。
アヤヤはR子が大のお気に入り。
「かわいい」を連発し、触る触る。
おまけに歩くときは腕を組む。
レズぢゃないよね?

今日のトロントは、めっちゃ寒かった。
スタジオの暖房だけじゃ効かず、予備のヒーターを出す。
それでもセーターを着込まないと寒いくらい。
R子をバス停まで送りつつ、またスタジオに戻って
一仕事することを考えると憂鬱になった。

明日の夜までに、個展のステイトメントを
英文で書き上げなければならない。
がんばるべ!

2005年01月18日(火)



 そろそろ

NYから戻って一週間。
これまで少しのんびりしたので
今日、月曜日を区切りにまたギアを入れていこうと思う。
が、のっけから躓く。
午前中に起きるつもりが、昼にR子の電話で起こされる。
全然ダメじゃん!

30分で身支度を整えて郵便局へ。
絵画 計3枚をNYへ発送する。
関税チェックを避けるため中身を【Framed Poster】と
記入するが、いつものことながらヒヤヒヤする。
しかし、下手に【美術品】とすると
余計な税金+税関で開封のうえ
もとの梱包をバラバラにされ
結果、破損して受け手に届くということが
過去に何度かあったので、仕方ないね。

それから期限切れの免許証の更新へ。
去年の11月から切れたままになってたんだよ。
そんで一昨日、カズさんとナイアガラのカジノへ
行った時に入館を拒否!された。
これはもう年貢の納め時と思い
やっと今日更新できました。
更新料$39。それは良いとして・・・
所要時間4時間!
掛かりすぎだっつーの!
待合所で待ってる間、日本の美術のお勉強。

それから図書館へ行って、さらにお勉強。
こっちの図書館にあるのは
【広重】、【北斎】ばっかりで資料探しに苦労する。
コピーするのも勿体ないので
デジカメでガンガン撮影した。
拡大すると文字までも結構クリアに読めるんだよ、これが。

電話にてRafiと帰還以来初のミーティング。
いよいよ個展へ向けての本格的なプロジェクトがスタートする。
過去最大級というのが、机上の話だけでも分かる。
期待の中にも不安あり。



2005年01月17日(月)



 【Motorcycle Diaries】

ちらちらと舞い落ちる雪の中
念願の映画【モーターサイクル・ダイアリーズ】を観にいく。
原語がスペイン語なので、英語字幕を読むのが面倒くさい。
R子はこれで二回目の鑑賞。

この映画は、チェ・ゲバラが革命家になるきっかけを掴んだ
南米大陸縦断のエピソードを映画化したもの。
主演のガエル・ガルシア・ベルナルは
【Y Tu Mama Tambien】を観た時に印象に残ってて
しかもカストロの伝記映画【Fidel】でもゲバラ役をやってたので
いわゆる『ゲバラ顔』なんだろう。
でも、綺麗すぎる。
オイラ的には、アントニオ・バンデラスこそが
ゲバラのハマリ役だと思ってるんだけど。

余談だけど、JMEのチャコさんが初めてオイラを見た時の
印象が【ゲバラ】だったらしい(笑)

何だか最近、【チェ・ゲバラ】ブームが再燃してます。
一回目のブームは、90何年か?にゲバラの遺体が発見された時。
三好徹さんの本とか読み漁った。
ジョンレノンも言っていた。
「あの時代、一番カッコよかったのがゲバラだった」って。
カストロに会いたい。
そういえば猪木はカストロと会談したんだよなぁ。すごい。

映画を観終わったあと、なぜか絵本の話になって
小さい頃読んだサンタクロースの絵本を思い出した。
「サンタクロースがラスベガスとか行ってさぁ・・・」と
うる憶えのストーリーを話すと、R子が
「それ知ってる!」と言うではないか。
すげぇマニアックな本だと思っていたら
結構有名なやつらしい。
しかも【スノーマン】の作家だという。

なんだか急に懐かしくなって
どうしてもその本が読みたくなった。
IndigoやChaptersといった大型書店へ探しにいくが
どこも在庫切れ。
うーん、ネットで注文するしかないか。



2005年01月16日(日)



 帰還ラッシュ


昨晩はR子とショーゴ、3人で韓国鍋を食べ
そのままオアシスに宿泊。
「なんだか小奇麗になったね」と言われる。
うるさい、NYでは好きで汚い格好をしてたんじゃない!
その反動で、今日は少しお洒落してみたくなったのは確かだが。

NYで撮り溜めた写真2000枚以上をショーゴがCDに焼いてくれたのでそれをマッタリ見ながら注釈をいれていく。
それからオイラはNYの日記を書く。
R子はせっせと宿題に精を出す。
一見すると机に向かって勉強家っぽいが
お互い気が散って、やっぱり無駄話大会となる。
つっても、平和問題についてや養子問題についてなどけっこうマジ話っぽい内容。こういうので熱くなるR子は可愛いが、面構えは不敵だ。

明けて翌朝、
まだ【お疲れ休日】中なので、トロントの友達にも
直接「帰ってきたよ」と電話もしていない。
よって、掛かってくる電話も一切取らず。
もうちょっと待ってよ、明日にはギア入れるからさ(笑)

そうは言いつつも、一応お世話になってるBitsのカズさんのところへ顔をだす。
そしていつも通り長いミーティングになった。

その後、Markhamの【BEGUILING】に寄って
カレンダーの在庫を引き取る。
今回は6部ほどしか売れなかったが
あの値段($25)からしたら「よく売れた(オーナー)」方だそうだ。
中でも熱心にオイラの事を聞いてきたお客さんがいたそうで
「ポストカードとか出さないか?」とオーナーからオファーを受ける。
続いて、来年にブックフェアを開催予定だから
その時期に間に合うように、何か本や、ポスター、グッズを作って
出品するように勧められる。
そのフェアには、日本からカリスマ【水野純子】や
天才【日野日出志】を呼ぶそうで、ちょっと興味をそそられる。
マネージャーのクリスって奴も出てきて
その話の輪に入ると、「もしかしてTokyo Dollをオーナガイズしてた?」
と聞かれ、YESと答えると「探してたんだよ〜!」とハグされる。
ああやって日本からガンガン アーティストを呼んだり
一体誰がやってるんだ!?と思っていたらしい。
そこで日本人アーティストの招聘について
色々とアドバイスを求められ、帰るに帰れなくなる。
う〜ん、ツライ。
後で資料を郵送するように頼んで、その場を去る(笑)

オアシスに戻ってR子とパスタを作って食べた。
NYでは一度もパスタを食べられなかったので
軽い禁断症状に似た【パスタ欲】を満たす。
それから映画【Motorcycle Diaries】を観に行こうとしたが
あいにく夕方の回ではR子が授業に遅刻してしまうので、見送り。
仕方なくブラブラと街へ出ることにした。

まず漫画喫茶【Mitz】へ行って
KABAちゃんが出たと言う【なるほどザワールド】を借りる。
それからHMVにて【上原ひろみ】の1st、【Love Actually】DVDを購入。
みさきちゃんの働いてるコーヒーショップへ行って
タダでコーヒーをもらう。
R子はホイップクリームたっぷりの甘いヤツを注文したら
余りにもホイップが大盛りで、洪水、テーブルが酷いことに。
それを「何やってんだよぉ」と言っていたオイラも
コーヒーの蓋が開いてて、思いっきりこぼす。
ズボンびしょ濡れ。
俺ら2人、何やってんでしょう?
激しく迷惑者でした。

R子を駅で見送って、自宅に帰るとサエコがちょうど帰宅。
そう、ヤツもNYからの帰還です。
それから数十分後、隣人のアツシも2ヶ月の旅から帰還。
なんだよ、帰還ラッシュだな今夜は。
タイ料理をデリバリーでとって、食い終わったころ
今度は漫才師ノブ・モーリーが現れる。
太宰治の【走れメロス】を読んで、メッチャ笑ったという。
それを身振り手振りで解説を受け、オイラもメッチャ笑う。
何だかおかしいぜ、今夜のアパートのテンションは。

2005年01月12日(水)



 帰還


ただいま。
ニューヨークより帰ってきました。

ハァ〜、っと溜息が出そうなくらい目まぐるしい日々で
ショーのBlog【A VAGRANT LIFE】を読んでてくれた人なら分かると思うけど、様々な出会いと体験があった旅でした。これから徐々に展覧会や本の形にまとめて発表していきたいと思う。

3週間ぶりの我が家に帰宅して、R子に再会。
話したいことは山積みだけど、まずは「綺麗になりたい!」と思って
丸3週間着続けてボロボロになった洋服を脱いでシャワーに突入。
洋服はもはや皮膚の一部と化していたし
バックパックには穴が空き、靴は切れ、かかとは極限まで磨り減っていた。
その間、まったく洗濯しなかったわけじゃないし
シャワーも毎日浴びれていたけど、やっぱり仮の住まい。
我が家で浴びるシャワーほど気持ちいいものはない。

さて、どれから手を付けるか・・・。



2005年01月11日(火)



 I'm in New York!

Hey guys,

Sorry I can't write in Japanese.
Currently, I'm staying at the Chelsea Hotel! WOW!
Check Shogo's Blog everyday.
You can see my days and what I do.



Life is hard you know but

there is something to hold on

there is somewhere you must go

there is someone who wait for you

I'll come back home soon...


Happy new year everybody

Love & Peace,

tomolennon

2004年12月27日(月)



 其の4『N.Y.2日目』

携帯電話についている目覚まし時計で起きる。
ボクは本当に寝起きがワルイ。目覚ましを止めて2度寝モード。すぐにtomolennonに叩き起こされた。
危ない危ない。シーツとフトンをたたんで、シャワーをお借りする。
準備を整えたボク等は、百々さんに送ってもらって駅まで行く。
駅に着く直前、tomolennonが何やらゴミ収集のオッサンに話しかけている。
見ると片方タイヤのとれた買い物用カートをゲットしている。マシンを手に入れ彼はご機嫌だ。
画材が相当重いのであろう。昨晩スーパーでカートを拝借したのを思い出した。


百々さんと別れ、電車に乗り50thあたりまで下る。
今日ボクは朝から気が重たかった。
なぜなら、宿の決まっていないボク等は今日、百々さんのバンドが演奏する場所、
KITANO HOTELに宿を提供して下さいと、交渉しに行こうとしていたからだ。
前から言っているが、ボクは交渉事が大の苦手なのだ。
tomolennonは、「アポ取ってくるだけでイイから」っとさらっと言うが、そう簡単には行かない。
セントラルパークでしばし交渉の練習。ヘタな劇団員よりボクの方がよっぽど練習しているのではないかと思う程がんばった。
しかし、思う様には喋れない。どう見ても怪しいヤツにしか見えん。
自分でそう思うのだから他人から見たらもっと怪しいに違いない。
それからボク等は別れ、tomolennonは絵を描きに、ボクはアポを取りにそれぞれの場所へ向かった。
KITANO HOTELまでの道のりは長かった。その間、ボクは繰り返し繰り返し練習をした。
そして、KITANO HOTEL前。
怖かった。マジで。不得意な事だけにこれで失敗したらどの面さげて帰ればイイのか?
そんな事を考えながら30分経過。しかし、いつまで考えていてもラチがあかんと突入。
しかし、案の定フガフガ状態で、「まず一度、お電話をいただけますか?」と
とっても落ち着いた口調で言われ、とぼとぼと帰る。
tomolennonはずっと絵を描いていた。
あった事を話すが、もうテンパってるのと、何の約にも立てない自己嫌悪にやられてボロボロな感じだった。
そんなボクを見た彼は、こう言った。
「プリント(絵)1枚売れたからメシ行こ。」
彼の顔を見れないまま、「ウン」と答えるのが精一杯だった。
ボクはもう一度電話をかけてみる事にした。 すると副支配人の方に話を通してくれるとの事。
どのくらいかして電話を受ける。副支配人様!!ボク等の未来はこのお方にかかっている。
電話を代わるべきか迷ったが、“自分でなんとかしなければ”と要らぬ責任感が自分の中にあった。
のっけから相手ペースで話が進んで行く。マズイ。どんどんヤバイ方向に向いている。
最終的に、やはりタダでの宿泊はどうしても出来ないと言われ、電話を切る形になった。
電話でのやり取りをtomolennonに告げる。やはり電話を代わるべきだった。
もう、どうしようもなくヘコむ。
「とりあえず、軽くどっか行こう」
tomolennonはどこまでも気丈だ。
手持ちのお金と相談しながら、夕食前に何か軽くつまめる所を探す。あちこち歩き回って、ダンキンドーナツへ。
睡眠不足と極度の緊張と全て徒歩で移動をしている事からくる疲労。
コーヒーとドーナツを購入し、Ata-Ruへ行くまでの間そこで休む事となった。
しばらく2人とも黙っていた。ふと顔を上げた時、tomolennonはボクにこう言った。
「なぁ、誰にでも失敗する事はあってさ、だからと言ってそれで止まっていたら、次に進めないんだよ。
 例えば、今日やるべき事が3つあったとして、最初の1つで躓くとする。でもそれでいちいち落ち込んでたら、
 やらなきゃいけない後の2つも出来なくなる。結局、丸1日なにも出来なかったってなっちゃうんだ。
 せっかく動いた事が全部無駄になっちゃうんだよ。それって、すごくもったいないよ。そう思わないか?」
グッときた。目から鱗とはこの事だ。いつまでもヘコんでる場合じゃない。
ボクは、持っていたフリーペーパー“週刊NY生活”のニューヨーク生活プレス社に電話をかけた。
そして、話をする事5分あまり。記事を書かせてもらえる事になり、写真とともに、メールで送る事を約束し電話を切った。
その後、Ata-Ruへ移動し、ボク等は「ハイ、いらっしゃい。」とサトウさんに笑顔で迎えられた。
マリアさんを始め、アルバイトの方々も同じ様に迎えてくれた。やっぱり人の笑顔はスゴク嬉しいモノだ。
さて、今日のメニューは『チキン照焼き丼』キョーレツに旨い。今日もおいしいゴハンをいただきました。
ゴハンをいただいて今日はその上、インターネットまで使わせてもらってホントAta-Ru様様でした。
さっきまでのヘコみ具合はどこえやら、ボクはすっかり元気になった。
Ata-Ruを出て向かった先は、KITANO HOTEL。tomolennonの表情が厳しくなっていくのがわかった。
中へ入り、副支配人の小島さんを呼んでもらう。
このKITANO HOTEL内で汚い格好でいるのはどこを見てもボク等だけ。完璧に浮いていた。
小島さんはボクの予想を反して、スラリとした若い方だった。そして小島さんを目の前に緊張していた。
tomolennonが交渉を始める。なかなか首を立てに振ってくれなかったが、
話が進むにつれ実際に絵を見てくれる事になり奥の茶室へと案内される。
実際に絵を見終わった後、やはりHotelとしては、何かと交換して宿泊費をタダにすると言う訳にはいかないと言われる。
ガッカリうなだれていると、なんとそこに足長おじさんが登場!tomolennonが描いたグランドセントラル駅の絵をご購入。
そしてボク等に部屋を用意してくれた。すごい。
「あっ、足長おじさーん!!」ボクは心の中で叫んだ。tomolennonとハイタッチ&ガッチリ握手。


つい3秒前まで、完全に今日の宿はグランドセントラルだと思っていたのに、この好転っぷりはハンパじゃない。
スゴイぞトモレノン!エライぞトモレノン!グランドセントラル万歳!これからはtomolennon先生と呼ばせていただきマス。
かなり調子のヨイ事を頭の中で思いながら、延々ニタニタしていた。
チラッと横を向くと、tomolennon先生もニタニタしておられた。
部屋の用意が出来たと言う事で、キーを貰って部屋の中に入る。荷物を置くとすぐにバーへ行った。
小島さんはそこでボク等の為に飲みモノを用意してくれた。ゴチになります。
tomolennonは絵の準備、ボクは写真を撮ったり物書きをしたりしていた。
演奏が始まり、絵を描きはじめるtomolennonを横に、ガンガン写真を撮って行く。
カメラマンでもいけるんじゃない?と思いながら、Dodo Toru Trioの演奏に耳を傾ける。
いつ聞いても、やっぱり百々さんのピアノはすごく奇麗だ。
2ndセットで百々さんは、tomolennonを紹介。一気に注目を集める。
ライブが終わってからと言うもの、色んな人がとっかえひっかえ見に来てスゴイ事になっていた。




部屋へ戻り、ボクは週刊NY生活に送る記事の作成に取りかかった。
少ししてtomolennonがどこからか帰って来た。
「ほれっ。」
缶ビールだった。乾杯をしてゴクリ。味が違う。
今日の色んな事が混ざり合って、なんと言うか、凄く深みのあるビールだった。
それからtomolennonはTVを見ながら横になると、そのまま眠ってしまった。
TVを消し、静まり返った部屋の中、ボクはひたすら彼にとって最高の文章を考えた。

2004年12月25日(土)



 其の3『N.Y.1日目』

朝7時過ぎに目覚める。tomolennonはすでに起きていて眼孔鋭く流れる景色を見ていた。
マンハッタンを目前にボクはワクワクしていた。
“こうなりゃ夕べ、ナイアガラでインスペクターに質問攻めにされオロオロした事も
前に座っていたブサイクなカップルがイチャイチャしていて苛ついた事も全て忘れてやる。
だから、早く着いてくれ!”ってなモンだ。
ところが、そんな願いとは裏腹にバスは朝の大渋滞の中へ入って行った。
ぐるり360度、バスバスバス。どっか知らないところに連れてかれて強制労働させられるんじゃないか?
と思う程、たくさんの人がN.Y.へ向かっていた。
「ほら、あれエンパイア」
tomolennonが指をさした。
「おおっ!」
基本的に田舎モンなので、ちょっとした事でもスグにアガってしまう。
10年前に上京した時のドキドキ感に似ていた。
4年前に来た時も、同じ気持ちを抱いた事を思い出した。
バスが到着し、荷物を受け取ると朝食を取り、それから外へ出てタバコに火をつけた。
「さて、どうするか?」
このどうするか?はこれからではなく、今夜の宿をどうするか?だ。
インフォメーションセンターで地図をもらい、その後、図書館へ。
tomolennonは、
「オレ、この辺で描けるトコ探して、もう絵を描きはじめるよ」
と言う。しかし、5分も経たないウチに
「この辺、描きたいトコないなぁ」
ボヤいている。
それから10分ほど歩き、やってきましたNEW YORK PUBLIC LIBRARY !!
建物を見たとたん
「おっ、コレ描くわ」
ヨカッタヨカッタ。
開館時間となりボクは3Fへ駆け上がり自分のパソコンを出した。
が、ない。LANケーブルがない。。。
とりあえず、貸し出しがあるかどうかを聞いてみる事にした。
答は、NO。
じゃあ、今日だけかしてよ。と言うもNO。
頼むよ、無いと困るんだよ。それでもNO。
仕方が無いのでここに併設されているデスクトップを使用する。
調べモノを済ませて外へ出てくると、ハンパなく寒い。
そんな中、tomolennonは絵を描いている。さすがは、道産子だと感心した。


ボケッとしていても仕方が無いので、先日トロントでやったジャズイベントに出演してもらった
百々 徹さんに電話をかけてみる事にした。
「どーも、お久しぶりですー!」ボクの声はやたらでかかった。
いま考えてみれば、今夜、泊めてちょうだい!と下心丸出しだった。
百々さんに「とりあえず、またかけ直します」と言われ電話を切った。
…。手持無沙汰になったボクはtomolennonのアイディアで、彼のプリント(絵)の売り子になった。
「どーですかお客さーん」と心の中だけはいっぱしの売り子なんだけど、やはりどうも苦手なんですボク。
勇気を出して声をかけてみるが、ハタからみたらバッチリ挙動不審者なだけに、ササーッと逃げられてしまう。
そんな時、百々さんから電話をいただく。
“ヨッシャー、宿ゲット!”と思っていたら、予想に反してNG。ズーンと重くなる。
3時を過ぎ、かなり寒くなってきて、指の先なんて全然感覚がなくなった頃、ボク等はGrand central駅へ移動する事を決意。
てくてく歩いて行く。駅の中は、相当あったかかった。寝てもイイですか?と思わず聞いてみたくなる程だ。
彼は、警察の人から許可をもらい、場所を決めて構内を描き始めた。
気を抜くと、いまにも寝てしまいそうだったので、日記を書き始めた。
だけど今夜の宿が決まってないのにそんな事をしてるもんだからtomolennonに注意されてしまった。
「あっ、そっか。」とカバンとダラーショップの袋を抱えて、その場を離れる。
先週末にメールを打った新聞社の人達に電話だ。そう思い、意を決してかけてみるがつながらない。
どうにもならん。と半分あきらめモードに突入。最後にもう一回百々さんにかけてみる。留守電。残念。
メッセージを一応残して、彼のもとへ戻った。
結果を発表します。とボクが言うよりも早く、彼は口を開いた。
「ゴメーン、客のがしたぁ!」
よくよく聞いてみると、色々と話をする中で値段の交渉までこぎつけたが、時間の関係で惜しくも売れなかった。との事。
そりゃ、しょうがない。
オナカの減ったボク等は、ゴハンのスポンサーになってくれるところを探しに外に出た。
人間、食べなければ生きては行けません。
そこで、道ですれ違う日本人に片っ端から声をかけ、ラーメン屋さんを教えて下さいと聞いた。
何人目かのグループに声をかけるとたまたまtomolennonの知り合いの子だった。
「おー、なにやってんのぉ?」的な会話がかわされ、連絡先をばっちりもらって別れた。
さて、当たって碎けろ精神で、1件目NG。2件目OK。うそーっ!?
tomolennonの交渉力の強さには感服します。
絵を一枚選んでもらって、10回分のゴハンをゲット。スゴイ。スゴすぎる。
で、その2件目のお店というのは、151East 43rd St.(Lexington Ave.とThird Ave.の間)にある、
Ata-Ruと言うジャパニーズレストラン。
まずは記念写真って事で、大将のサトウさんとマネージャーのマリアさんに入ってもらってtomolennonとパチリ。

サトウさんもマリアさんも他のアルバイトの人達もすごい気さくで、なんと言うかチャキチャキな感じがイイ。
Ata-Ruは丼ものが売りっということで、今日のメニューは『マーボー丼』いやっほーい!
ありがとうございます。今日から早速いただきます。
食にありつけた嬉しさに思わずアガる。食べる。ウマイッ!!!!!

たまらん。ボクはサトウさんマリアさんそしてtomolennonに感謝した。
それからボクのケイタイに百々さんから電話があった。
「今晩だけなら泊まってもイイですよ」
マジっすか?ボク等かなりついてるよね。
ゴハンを食べ終わり、百々さんが今夜出演されるという“Cleopatra Cafe”に向かう。
Ata-Ruが、151East 43rd St. で、Cleopatraが、92-93Broadway…。
腰が抜けるほど遠い。しかし、行かねばならぬ何処へでも。
「ごちそうさまでしたー!明日から宜しくお願いしまッス!」
それから、凍えるように寒いN.Y.の夜道を重い荷物を引きずりながらボク等は百々さんの元へ。
途中で休憩を入れたり、スーパーでカートをかっぱらって、それで荷物を運んだりし、2時間チョットの散歩道は終わった。
そのまま、Cleopatra に入ってしまうと百々さんに迷惑をさらにかけてしまうので、となりのカフェで、
1ドルコーヒーを買って、百々さんの終わりを待つ。
深夜1時すぎに、百々さんは他のジャズメン2人とともにやって来た。
うーん、いつ見ても百々さんは知的でカッコイイ。そんな知的な百々さんは、チーズケーキを上品に食べた。
話の中で、百々さんは最近、知り合いの方から車を頂いたそうだ。なんともウラヤマシイ。
5人の男は、百々さんカーに乗り込んだ。途中2人のジャズメンを送り、車はボク等を乗せてさらに進んだ。
百々さん宅に到着すると、預かって来たビデオとCD-Rを渡す。
百々さんは家に来たゲスト全員の写真をポラロイドで撮影されているらしく、
せっかくなんでボク等も撮っていただいてそこにメッセージを書き込んだ。
それからズズッと緑茶をいただき3時すぎまでおしゃべりをする。
フトンを用意していただいて、ながーい一1日は終わった。


2004年12月24日(金)
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