-A VAGRANT LIFE IN NEW YORK-
飯沼省



 黙々と流れ作業


Paulの【Print Three】にカレンダーを納入。
やっと予約分が手配できた。

久々にBits編集部に顔を出す。
ついに美女缶が最終回を迎えた。
正直、ホッとしてる。
最初っから半年(12回)の連載だったけど
そんなね、美女がポコポコいるわけじゃないんですよ。
かなり大変だったことは確か。
後半は結構マジのタレ込みメールとかきてて
もう半年続けようか?と一瞬思ったけど
いやいや、やっぱり一回終わりでしょ。

あとは、15日発行の新年号で
杉野信也と可児ひろ海の対談をやったので
それの校正作業。
表紙+見開きカラーなので
3000字も書いたので、読み応えもあると思います。

R子に韓国料理を食べさせて
元気一杯になったところで
スタジオでカレンダーの制作を手伝わせる。
明後日までに、追加の30部を印刷所へ届けなければいけない。
正直、割りに合わないほど大変な作業です。
ごめんなさい。
夜中すぎまで、黙々と流れ作業。


2004年12月13日(月)



 プレゼント


3ヶ月ぶりくらいにKと食事。
場所は、最近オープンしたShinさんのレストラン
【BANZAI!】っていう、名前は微妙だけど
かなりハイセンスでお洒落な寿司バーです。
男2人で食事するには勿体無い。












夜、2日遅れでR子に誕生日プレゼントをもらう。
これ作ってたんだー!
手作り、ご苦労さん。
かなり悪ドラえもんくさくて、いい感じ。

2004年12月12日(日)



 バースデーパーティー


トロント初積雪!
平和だった誕生日から一夜明けて
朝起きたら、一面真っ白になってる。

ドラッグストアでNY行きの備品を買ったりして
R子と【浅草】でランチを食べる。
こんなのんびりした昼下がりは久々だ。
やっぱ雪ってのも関係あるんだろう
日中だというのに静けさがあって
それが心地いい。

夕方、Mやん宅にお呼ばれして
バースデーパーティーをやってもらった。
実は、同じ誕生日がもう一人と
数日違いの誕生日が二人いて
合計四人分を一挙に祝ってもらう。
すげ〜、こんなの初めてかも。
食べきれないほどの料理とケーキ。
終電間際までワイワイやったのに
ショーゴが飲み足りないというので
Bathurstで一杯やろう、となる。
しかし、オイラそれを裏切り
離脱してオアシスへ(笑)
スマソ。


2004年12月11日(土)



 初心表明


本日、12月10日をもちまして
31歳になりました。ははは。
歳を重ねるのを喜びと感じてるので
この歳でしか出来ないことを
来年もやっていこうと思います。

この日記は、本来自分自身の確認のためとか
足跡を書き残しておきたいという
しごく個人的な都合で始めました。
今では、色んな方々が毎日読んで下さってるので
少々書きにくいことや、角が立つこともあったりで
あえて書かないエピソードも増えてきてます。
31歳になったのを機に(?)
もう一回、初心に帰るつもりで
思ってること、感じてることを
包み隠さず記していきたいと思う次第。

長い間付き合った彼女と別れて
軽い人間不信に陥っていたオイラですが
今、ようやく信じられる人に出会ったりして
この31年間、無駄な経験は何一つ無いんだな、と
色んな意味でクリアになっていく自分を実感してます。

ま、アーティストとしてのトモレノンだから
プライベートなことは極力避けてきたところはあるけど
普段の生活、プライベートも含めた全てが合わさって
作品に昇華するわけなんで、その辺も
これからは書いていかねば、と思うわけです。

2004年12月10日(金)



 カレンダーもう少し待ってて!

カレンダーの発送が遅れてます。
すいませんっ!!

昨日に引き続き、ずっと制作してるんだけど
これだけ大量だとさすがにシビレます・・・。
スタジオ内は、まるで小さな工務店のようで
流れ作業式に、セクション分けして

ここは編集部

ここは裁断部

ここは印刷部

ここは塗装部

みたいな感じになってます。
とりわけオイラは零細企業の社長のように
昼も夜も、平日も日曜も働いてます(笑)
あぁ、休みが欲しい!

なんてね。
オイラが自分でやり出したことだから
愚痴言ってもしょうがないんだよ。

月曜日には、予約注文の方々に
第一便を発送する予定です。
全部クリスマス前までに届けるつもりなんで
もう少し待っててください!


2004年12月09日(木)



 心の平和を育てること


ジョンの命日です。
もう24年にもなるんだなぁ・・・
毎年、この日が来ると
少し憂鬱な気分にさせられるんだけど
アメリカのニュースから元パンテラのギタリスト
ダイムバック・ダレルがコンサート中に
ステージに上がったファンに射殺されたという
悲報が届き、再び嫌な喪失感を味わう。

何なんですか、この世の中は?
銃だけの問題でなく
争いや、環境破壊、搾取、侵略など
やがて後世に繰り越しされていく
これらの問題を、一挙に解決する答えなんて無い。
一人の力では、どうする事もできない。
でも、一人一人が望まなければ始まらないよな。

個人レベルでは別として、
一人のアーティストという立場を利用して
オイラがやろうと思っているのは
外面的な援助、救済活動などではなく
心の平和を育てること。
2002年に開催した【Let's have a dream!】の
カタログに記載したステイトメントを久々に読み返すと

“外面的な援助、救済活動だけでなく、内面的な心の平和なくしては真の平和とは言えない。私が考える真の平和とは「一人一人が夢をもてる世界」である。すべての人々が明日に希望をもち、将来に夢を抱けるような世界が来なければ真の平和とは言えないと思うのだ。アートには言語や国境を越えて人々の心に直接訴える力がある。それゆえにアートが持つ役割は重要であると気付いたのだ・・・”

という一説がある。
アートの力で何が変えられる?と人は言うかもしれない。
確かに、変えるのは不可能だ。
アートの本質とは心に直接伝えること、
コミュニケートすることで
実際に行動に移し、実行するのはあなた自身の問題だからだ。

もちろん、発信する側は
人の目に触れるその影響力に
しっかりとした意識と責任を持たなきゃいけない。
このことも、今度のNY滞在でもう一度考えるつもり。

次にいつ【Let's have a dream!】が開催できるか分からないけど
これはライフワークだから
時間は掛かるけど、回を重ねるごとに意味を増す
イベントに育てていきたいと思っている。



2004年12月08日(水)



 日系とのバランス


恒例の、日本総領事館主催の祝賀パーティーへ出席。

今年はRafiも初招待され、奥さんのMaiと行くというので
伴侶の居ないオイラ(笑)は、青木正一さんを同伴する。
夕方、Rafiの家に集合して車で会場である
Westin Prince Hotelへ。

毎年の事ながら、ここは日本の縮図だ。
もとい、
見方を変えれば、これは凄い社交の場である。

総領事、政府高官、トヨタやソニーといった
カナダに支社を置く、名だたる日系企業の
会長、社長クラス、カナダで活躍する文化人たちと
グラスを合わせ、気軽に会話ができるのだから。
これは日本では絶対に有り得ない組み合わせだ。
あったとしても、まずオイラには出席する権利がない(笑)

どんな人物であれ、同じ海外で暮らす日本人として
ひとくくりに集めてしまえるのも、ここならでは。

つい先日、日系企業の方々がよく読む雑誌に
インタビューで取り上げてもらったお陰か、
例年になく色んな方に声を掛けてもらう。
それが2年前だったら素直に嬉しかっただろうが、
去年あたりから、少しずつ違和感を感じるようになった。

トモレノン、ヤバイ。
どんどん日系コミュニティー入りしてるぜ。

そーなんだよ、本来アウトサイドにいるから
自由奔放に好きなことがやれてたはずなのに
イベントやショーが数を重ねるにつれ
日系企業がスポンサーに付いたり、協力してもらったりで
何かとパイプが太くなってきてしまった。
なんか【安全パイ】っぽい。
自分という存在が、日系の中でどういう存在かというと。

つまり、オイラが何かのプロジェクトに名を連ねていると
「トモレノンが関わってるから大丈夫だね」とか
「なら、プロジェクトは上手くいきそうだね」とか
言葉の端々にそういうニュアンスが感じられる。
えぇ!?いつからオイラってそんな存在になったの?
直接、言葉を交わしたことのない人でも
人づてや噂で、オイラの人物像を勝手に作りあげてしまってる。
正直、こわい。

来年は現代ギャラリーでの個展もあるし
日系との関係を切るつもりはない。しかし、
重要なのはバランスだよな。
あまりに日系に傾きすぎるとヤバイ。
カナダ側のオーディエンスに向けて発信するのが弱いと
このバランスが極端に崩れてしまう。
これからは意識的に、日系以外のところへ場を広げて
活動していかねば、と強く感じる。

ダウンタウンに戻ってから
Rafiをはじめ【NO KIMONO】のスタッフを集めて
お疲れ様会をやろう、ということになった。
しかし、明日帰国する青木さんは、あまり乗り気ではない。
皆カナディアンだから、言葉も面倒くさいし、
何より食事が質素だ!というのが主な理由。
来加してからというもの、Rafiが連れていくレストランは
ハンバーガーやピザ、チキンなど
ことごとくジャンキーなものばかり(笑)
それに嫌気が差した(笑)青木さんは
昨晩、一人でオイスター・バーに食事に行ったとか。
そこが大そう気に入ったので、今夜もそこで食事したいという。

分かるなぁ〜、それ。
【もてなす】ことの基準が日本人とカナディアンでは違うから。
若い日本人だったら別だけど
青木さんみたいな、年齢も地位もある人を
ジャンキープレイスに毎晩連れていくのも、どうか?と思う。
Rafiは、「その方が楽しいでしょ?」と
サービスしているつもりらしいけど。
結局、Rafiはスタッフを引き連れて安いチャイニーズ・レストランへ。
オイラと青木さんは、オイスター・バーへと別行動になった。









グルメの青木さんは
「せっかくカナダに来たんだから、カナダらしいものを」と
次々と極上オイスターを注文。
メインは、一匹丸ごとのロブスターだ。
二人でも食べ切れないというほどの巨大なやつで
青木さんは「日本では考えられないほど安い!」と
一匹$80もするのに平然としてる。

今回、青木さんとはゆっくり話しをする機会がなかったので
ここで色んな話が聞けたのは大きな収穫だった。
青木さんがトイレから帰ってきて
「ここのトイレ、面白いよ」と言うので、行ってみると
壁にはエロい写真がずらーっと貼ってあった。
このレストランに来たお客さんらしき人々が
ケツを丸出しにして記念写真を撮っているのだ(笑)
男も女も、老若男女問わず、ケツ。である。
オーナーの趣味なんだろうか?

たらふく食べたところで、Rafi達と合流。
ケンジントンのいつものダイナーで乾杯。
DXのEliseも後からやって来て「あの日」以来の再会。
4日のファッションショーでは、オイラも大変だったが
その次に大変だったのが、このEliseだ。
Rafiが抜けた後を必死になって取りまとめた彼女。
「あんなに長時間のストレスの中で
仕事をこなしたのは初めてだったわ・・・」と
いまだに悪夢を見てるらしい。
そんな話に花が咲いて、みんなかなり飲む。
そして酔っ払う。

外は雪。
明日の青木さんのフライト、大丈夫だろうか?


2004年12月07日(火)



 NYへ行きます


決めました!
オイラ、年末からNYへ行きます。

ビザの延長の関係で、どのみち一度国外へ出て
再入国しなきゃいけない状態だったので
本当は日本へ帰国しようと思ったんだけど
航空券めっちゃ高いし、しかも席がキャンセル待ち
だったので諦めました。

そこでニューヨーク。
同じくビザの切り替えが必要なショーゴを連れて
無期限(?)、帰りの日にちを決めずに行くことにした。

目的はひとつ

【原点回帰】です。

オイラの画家としての原点は
97年に滞在したバンクーバーでの路上活動だったと思うのね。
毎日、路上で絵を描いて
声を掛けてきた人に売る。
それが初めて経験した (絵でお金を得る=プロ)
プロとしての第一歩だったからさ。

だから今回のニューヨークは
往復のバスチケット以外は、一切お金を持っていかない。
昼と夜、そこで描いた絵を売り
そのお金で飯を食い、泊まる宿を探す。
売れなかったら野宿(笑)

道連れであるショーゴは
それをドキュメンタリーとして文章に残す。
発表する場所は、これから交渉なんだけど
とりあえずWEBで先に発表していくかもしんない。

2004年を振り返って、今年は停滞してたなぁ・・・と思うし
トロントではだいぶ知名度だけで食ってるところがあるから
ここらで一発、誰も知らない場所で
生きるか、死ぬかの環境に身を置いてチャレンジしたくなった。

それに、俺の絵のテーマは「都市生活の中」にあるから
世界一といわれるこの大都市に身を置き
そこで生きる人々をじっくり描いてみたいという気持ちがある。
自分の作品を追求するうえで、避けては通れないというか
もう一度、正面からそのテーマに向き合いたいしね。

「なんで、俺はこれを描くんだろう?」とか

「俺は、一体何を描きたいんだろう?」というね。

数年後、NYに移る計画があるにせよ、
これがその第一歩となる気がする。

どうなることか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし


2004年12月06日(月)



 突然、ナイアガラの滝へ













悪夢のような昨夜のショーから一夜明け
【FRUiTS】の発行人 青木正一さんの
サイン会&レクチャーに顔を出す。
Rafiから「昨日はありがとう」と何度も言われる。
もう、いいっつーの。
それよか、寝不足で顔がヤバイことになってるよ。
会場のEdward Day Galleryはカナディアンの若者で一杯。
へぇ〜、こんなに人気だとは、正直びっくり。
日本人はオイラと、COCOONのヒロミさん
通訳のダイスケさんくらい。

何故か最前列の席がリザーブされてて
ヒロミさんと一緒にレクチャーを聞く。
【FRUiTS】は、今から5〜10年くらい前に絶頂期だった
いわゆる「原宿ファッション」を記録したスナップショット集。
青木さんは、当時のカルチャーやファッション遍歴を目撃してきた
まさに生き字引のような存在。
ヒロミさんと
「あ〜、あったね、そういうの」、と
懐かしさ半分、恥ずかしさ半分で聞き入る。

レクチャーが終わって、寿司やビールが振舞われた。
そこで、何の気なしに「ナイアガラも行けたら良かったのに」と
ヒロミさんに言ったら

「え!?ナイアガラって近いの?」

「今から行ける?」

「絶対行きたい!」

えぇー!
今からですか!?
タクシーで幾ら掛かっても、行く!と言い張るので
夜、食事の予定だったシンさんに
ダメ元で、ナイアガラに連れて行ってくれるように頼む。

「しょーがねぇーなぁ」

と、渋々引き受けてくれたシンさん。これから
ドレイクホテルに迎えにきてくれることになった。
昨日のショーで疲労困憊だったヒロミさんは、
これで一転、超元気に変身。
午後4時過ぎ、シンさんの車でナイアガラへ出発!
ハイウェイは渋滞だし、もう明るいうちに
滝を見るのは無理だ。

ナイアガラの一つ手前のExitで降りて
車は政府が管轄する農場の施設らしき建物に入っていく。
実は、ここでシンさんは、政府から依頼されて
マッシュルームが生育する過程を撮影しているそうだ。
特別に見せてくれるというので中に入る。
マッシュルームの周りには、カメラなど撮影機材がずらり。
で、別室には最新式のコンピュータが配備され
刻一刻と成長する芽をオートで撮影し続けている。
それにしても、政府の建物の鍵をもらい
24時間自由に出入りできるシンさんって・・・。

そんな寄り道をしつつ、ナイアガラの滝へ到着。
すっかり陽は沈み、綺麗にライトアップされている。
しぶきが凄くて、落ち際へいくとビショ濡れになった。
とんでもなく寒かったので、適当に写真を撮って
滝が見える近くのレストランで夕食を食べた。














真っ直ぐ帰るかと思いきや、車はカジノへ直行(笑)
シンさんの目的は滝ではなかったのだ!
カジノ素人のオイラとヒロミさんに
ブラックジャックの手ほどき。
おまけにヒロミさんに数百ドルをポンと渡し、
「これでやってみろ」って。
遊ぶ時も豪快だわ、この人。

杉野信也(写真家)
可児ひろ海(デザイナー)
トモレノン(自称アーティスト)
怪しげな3人の日本人がブラックジャックに熱中。
すると、どこかのツアーガイドらしき女の子が
「あの、トモレノンさんですか?」って寄ってきた。
まじっすか!?なんでナイアガラでバレんの?
恐ろしや、日系ネットワーク。

結局、ヒロミさんが数十ドルの儲けで一人勝ち。
帰り道の車内でも、かなり上機嫌でした。
明日の便で帰国するヒロミさん
憂鬱だったトロント滞在も
これで少しは良い想い出になったかな?と。



2004年12月05日(日)



 【NO KIMONO】ファッションショー...


「胸騒ぎがする・・・」とは、どういう状態か
はっきりと認識することができた。

今日、【Tokyo Doll2-NO KIMONO-】は
初日のオープニング・ファッションショーを迎える。
前夜にRafiとデザイナー達との間で起こった確執。
それは、一昼一夜で解決できるものではなかった。

【JazzEx】が一段落ついたショーゴを連れて
ちょっと早めに手伝いに行こうと思っていた、その時
Rafiから一本の電話があった。

「Everything is messed up...(全てが滅茶苦茶になった)
I will commit sucide if...(もう自殺してしまいたい)」

慌ててDXに駆けつけた時、そこにRafiの姿は無かった。
冷静を装いつつも、視点が定まらない。
どこだ、あいつは!?
フロントデスクには「もう戻らない」と伝言を残してるらしかった。
リハーサルが始まっているはずの会場は
未だに設営準備に手こずっており
DXの責任者Eliseは、頬を硬直させながら対応に追われてる。
「Rafiは!?」と聞くと
さっきから携帯が繋がらないと言う。

ダメもとで掛けてみる。
・・・・
出た。
「今どこにいる?えっ、屋上!?」

休日のこの日、エレベーターは警備員に頼まないと
使わせてもらえない。
非常階段を使って78階へ走る。

いた!

床にへたり込み、こっちを見上げている。
何がどうなってんだ!?
時間を掛けてゆっくりと訳を聞くべきだと思ったが
今、こうしてる場合じゃない。
とにかくショーを開催する方向へ動かさないと
本当にキャンセルになって、
莫大な損害になって、
信用も何もかも失って、
本当に自殺しなきゃいけなくなるじゃん!
この日のセットだけでも数百万掛かってるんだぜ

とにかくRafiを地階へ下ろし
すぐさまデザイナー達に事情を確認する。
彼らに用意されるはずだったランチも
届く見通しが無いらしかったので
3人を連れて外に食事に出る。
食事をしてる場合じゃないのは分かってる。
でも、今彼らの意思を確認しなければ
そもそもショーの開催は無いのだ。

彼らも、このショーの為に
莫大な予算と、時間と、プライドを掛けて乗り込んできている。
中途半端なショーに出るくらいならキャンセルした方が
まだ傷が浅くて済むという意見も分かる。
COCOONのヒロミさんに至っては
ショーで使用する楽曲とPVが入ったImacを
当スタッフに誤って削除されてしまうという
絶対にあってはならないミスに打ちひしがれていた。
だから「お願いだから出てください」と頼むのでなく、
現状の、どことどこを改善、クリアすれば可能になるかを
必死に探り出す。

状況は把握した。
DXに戻ってすぐ、Rafiを外に連れ出してこう言った

「ショーをやらせる!そのかわり
「ここから、俺に総指揮を取らせてくれ。」

当日になって監督が変わる。
我ながら大胆な事をしたと、後になって思ったが
もうそれ以外に道がなかった。
当然、スタッフ達は困惑する。
一部の顔見知りのスタッフを除いては
初めて見る、このアジア人の小男は何者だ!?と思ったろう。

新聞やTVなど、メディアの報道陣が集まりだしたので
そこはRafiに一手に引き受けてもらう。
オイラはバックステージに突入し、
ヘア・メイク、モデル、音響、照明、会場スタッフ全てに
今、何をやるべきか、次に何をやるのかを指示。
この時間になるまで、全てが曖昧に進んでおり
スタッフの混乱も相当なものだった。
「これをやって!」と言ったところで
すんなりと聞き入れてくれる訳じゃない。
烈火のごとく、質問や苦情が噴出する。
それら一切を受け付けず、
完全にオイラの指示を一方通行で押し付ける。

「Just do it !(とにかく、言われたことをやれ!)

何度もその言葉を怒号した。
単純に見積もっても、予定の開場時間には間に合わない。
Eliseに、開場時間を延ばすことを打診。
かなり厳しい。

合わせて、デザイナーの登場順も変更する。
当初のプログラムを破棄して組み替えなければ
絶対に間に合わないからだ。
この判断はタフだった。
重複するモデルがいるため
順番が変わると、ヘアもメイクも着替えもやり直しなのだ。
しかし、それしか選択肢は無い。
どんなに苦情や問題が発生しようと
ショーがキャンセルになる以上に最悪なことはない。
ショーを開催する、ただそれだけに集中するのだ。

それから一時間が経過し、
やっとリハーサルが開始できる状態が整った。
一番手はCOCOON。
ヒロミさんに相当無理にお願いして準備を急いでもらった。
失われた音源は戻ってこず、
急遽調達したものでショーに望むというハンデ。
音楽が流れ、本番さながらにモデルが登場したと思ったら
突然、音楽が止まり、マイクテストが始まった。
唖然とするヒロミさん。
表情は、ハッキリ言ってキレている。

それまでも、各セクションのスタッフは
てんでバラバラな動きをしていたが
この音響のミス、というか自分勝手な行動に
オイラもマジ切れ寸前。
そいつを呼び出すも、トイレに行ったとかで
全然戻ってこない。
見つけた瞬間、胸ぐらを掴んでぶっ飛ばす勢いだった。
「お前ら、一人の命が、人生が架かってるんだぞ!」
周りのスタッフに慌てて止められた。

リハの時間は極少。
各セクションが協力し、本番と同じものをやらなければ
リハーサルの意味は無い。
本当に、頼むから理解してくれ、という感じ。

リハが続いてる間、一番問題がある三田くんを説得する。
この時点では、まだ彼の答えはNO。
和紙で繊細に作られた洋服は
モデルに着せるのに一人45分もかかる。
ヘア、メイクのチェンジを考えると
これから準備を始めてプログラムの時間に
ステージに登場するのは到底不可能だ。

そこで出た苦肉の策は、
本番のショーと切り離して「特別出展」という形にすること。
5人のデザイナーのショーが終わった一時間後に
別枠で三田くんのショーだけをやる。
それしかないと、とにかく説得を続ける。

一方では、ヘアメイクを担当している化粧品【MAC】は
契約が7時までだから、それ以降は残れないと言い出した。
そして、数人のモデルも三田くんの時間までは無理だと言う。
せっかく三田くんを説得してるのに
モデルも、ヘアメイクも居なければ元も子もない

これ以上、遅らせられないという
ギリギリまで押して、ついに開場。
あっと言う間に300〜400人の観客で埋まる。
Rafiの挨拶、来賓である日本総領事のスピーチが始まった。
その舞台裏では、本当に壮絶なバトルが繰り広げられていた。

三田くんは、まだ首を縦に振っていない。
オイラは、とにかく追加のギャラを払うから
スタッフ、モデルに残るよう説得。
そっちが決まんないとYesって言うわけないよな。
念のため、今から召集可能なヘアメイク・アーティストを
調べるようスタッフに要請。
それでまたDX側と大揉め。
うるせーよ、オイラの言うこと聞け!
完全に悪者だ。

オープニングアクトに続いて
COCOONのショーが始まった。
音楽と照明が打ち合わせ通りになってることを
確認して、すぐさまバックステージへ戻る。

大勢のスタッフを一挙に動かすことにも限界がきた。
EliseとShandraに直属で付いてもらい
指示が下までいき渡るよう、トランシーバーを使用させる。

COCOONのモデルが、そのまま三田くんのモデルになる。
終わったばかりのモデルを捕まえて
ヘアメイク修正の手筈を整える。

問題だったヘアメイクが、残業で一人残ってくれることになった。
モデルも、両親に電話で謝罪をして、残ることを了承してもらう。
あとは三田くんだ。
ヒロミさん、シュウコウくんと3人掛りで説得。

「よし、わかった」

キター!
そこから水門が開いたように
一気に物事が流れ出す。











急げ、急げ、時間が無い!
登場予定10時を15分過ぎた時、やっとスタンバイ。
シュウコウくんの墨絵パフォーマンスが始まる。
つづいて、坂本龍一&テイ・トウワによる
今回の為に用意した曲が流れはじめ
ステージにモデルが登場。
一際大きい観客のどよめき。










この瞬間、オイラの役目は終わった・・・。

Eliseをはじめ、スタッフがきて
代わる代わる抱きしめあう。
「本当にみんな頑張ったね。ありがとう。」
泣いてる子もいる。
終わって戻ってきたシュウコウくん、三田くんとも抱き合う。
最後の最後、本当によく決断してくれた。

怒涛の一日が終わろうとしている。
深夜1時を廻って、最後の観客を送り出したあと
ロビーでRafiと2人きりになった。
オイラは複雑な思いだった。
去年の【Tokyo Doll】を境に
オイラは「もうキュレーションはやらない!」という
Back to the artist宣言をした。
それによって、今回はRafi一人のオーガナイズで
【NO KIMONO】が開催されたのだ。
時々、手伝っていたとは言え、完全にRafiのイベント。
丸1年かけて、大変な苦労をしてこの日を迎え、
本来なら、奴の晴れ舞台になるはずだった。

今回の失敗には幾つもの複線があった。
オイラはそれに気付きつつも、楽観視していた。
Rafiのオーガナイズだし、横から口出しちゃマズイな、とか
まぁ何とかなるだろう、くらいの気持ちで。
今思えば、もっと真摯に受け止め
アドバイスを与えられたんじゃないか?と思う。
ある意味、Rafiを見殺しにしてしまった張本人はオイラだ。
終わってから言い出してもしょうがないけど。

Rafiは何度も「ありがとう」と頭を下げたけど、
とんでもない。今日オイラがやったことは
お前が1年間費やしてきた時間と熱意に比べたら何でもない。
ただオイラは、失敗するならするで、
少しでも責任を分かち合いたかっただけだ。
お前だけに責任を取らせる訳にはいかないって。
俺たち、今までもそうだったじゃん!?
頑張ろうぜ、また。



2004年12月04日(土)
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