首筋 - 2002年04月18日(木) 昨夜のキリンカップ・サッカー。 何が一番気になったかといえば、西澤の首筋だろう。 サッカーファンならご存知だろうと思うが、西澤選手、ユニフォームの衿を立てて着るのがトレードマークだったのだ。 しかし、今回の日本代表のユニフォームは衿がない。 代表選考を間近に控えて、かなり気合いの入ったプレーも見せていたと思うが、衿のない西澤選手は、隙間風でも吹いているかのような風情で、どこか物足りない感じがしてしまうのだった。 個人的に、男の人の年齢が一番ハッキリ顕れるのは首筋だと思っている。 何故なら、私に「男の歳は首」ということを教えてくれた人物がいるからである。 そして、そいつがさっきやってきた。 私と同じように、寝る前にコーヒーを飲みながらサッカーの話で盛りあがれるヤツである。 今夜も、メキシコの田舎のサッカー事情やら、今回カメルーンがキャンプをする中津江村の話で盛りあがっていた。 メキシコの出張先でプレゼントされたという「メキシコ代表」の緑色のユニフォームをパジャマがわりに着て、ちょっと自慢・・という顔をしているヤツは、中学生の時とあまり変っていないように見えるけれど、コーヒーを飲むために傾けた首筋は、まぎれもなくオヤヂの貌を呈している。 メキシコ代表のユニフォームも「衿なし」だったのだ。 弟よ、お互いもう首筋は曝せない歳になったってことだね。 ... 音 - 2002年04月15日(月) ありとあらゆる機能が断線した状態から、ゆるゆると時間をかけて(たぶん別の新たなルートで)何かが繋がっていく手応えを感じる今日この頃。 しかし、壊れちゃったものは壊れちゃってるわけで、修復は容易ではない。 中でも、サウンド系は最も復旧の遅れているパートである。 ・・・これは何かの機械ではなくて、私の脳ミソの中身の話なのだが・・・ 以前はよく音楽を聴いた。 でも、今はまだ「無音」の状態が一番楽なのだ。 そういう状態だから、パソコンの音がある日突然消えてなくなっても、まったく不便は感じなかった。 そして、沈黙のパソになってから、忘れてしまうほど時間が過ぎていった。 積極的にトラブルを解消しようという気がなかったのである。 しかし、ついさっき、パソコンデスクの下で、私は見つけてしまった。 メドゥーサの髪の毛のようにねろねろと絡まっているコード類の中に、一人淋しく、ぷら〜ん、と下がっているジャックと目が合ってしまったのだ。 そのジャックは、当然、スピーカーのもので、パソの裏にある3つの穴のうち、どれかに差し込めばOK、即座に問題解決だ。 とりあえず、手近な穴に入れてみる。 ガガガガガ ふーむ、音がしてるな。 試しに、娘のところに送られてきたMP3のファイルを開いてみる。 ・・・・・だんまり。 を? ハズレだったか。 やっぱり、電源を落としてやった方がいいかな? 違う穴にジャックインして起動。 じゃぁぁぁ〜〜〜〜〜ん♪(起動音) 今度はアタリだ。 ・・・というわけで、本日、私の脳より一足早く、パソの音が復旧した。 私のアタマもこういうふうに簡単に繋がらないものかなぁ。 三つ編みの先っちょを鼻の穴に入れてみると、あら不思議〜♪ ってなわけにはいかないか。 ... 130万個の餃子 - 2002年04月14日(日) 10年前に住んでいた隣町の歯医者さんに行ってきた。 駅にして1駅しか離れていないので、この1年の間にも何回か車で通りかかったりはしているものの、駅前を歩いたりするのは久しぶりだった。 歯医者さんには、当たり前のことだが、同じ先生と同じ助手の人がいた。 最初に撮影したレントゲン写真には、今は亡き凶悪なオヤシラズも写っていた。 何となく不思議な気分になる。 この10年、何をしていたんだろう、私は。 たぶん、引越しは7回。 アルバイトを含めると10本の指では足りない種類の仕事をしてきたと思う。 同じ場所に、同じ人がいて、少しだけ年を取って、同じ仕事をしている。 そんな当たり前のことが、私には夢を見ているように感じられるのだった。 帰りがけ、駅前にある小さなデパートに寄った。 10年前、小学校に入ったばかりの娘を連れて、よく買い物にきた場所だ。 このデパートには地下の売り場がないので、1階に食料品売り場がある。 少しレイアウトが変っていたが、見違えるような変化はない。 エスカレーターの横にある餃子屋さんのブースでは、見覚えのあるお兄さんが(お兄さんというより若干おじさんに近くなってはいたが)、相変わらず黙々と餃子を包んでいた。 ますます不思議な気分になる。 私が東奔西走してジタバタしたあげく、ぶっ倒れたり寝込んだりしている間に、餃子はいくつ包まれたんだろう? かなり少なめに見積もって、1日500個×週5日勤務としよう。 他に、肉まんやシュウマイも作っていたはずだからね。 1週間に2500、1年で13万、10年で130万・・・。 130万個の餃子が、時間の流れに沿って1列に並んだところを想像すると、かなりすごい。 列の後ろの方は豆粒のようになり、米粒のようになり、それでも続いていているように見えるのだろうか。 もちろん、そのお兄さんだって、10年の間にはいろいろあっただろう。 結婚してお父さんになったかもしれないし、宝くじを当ててマンションを買ったかもしれない。 もしかしたら、黙々と餃子を包んでいるのは仮の姿で、実は社交ダンス界のスーパースターだった、とか、長期休暇にはアマゾンに行っちゃう探検家だったりするかもしれない。 でも、今は10年前と同じように餃子を包んでいるお兄さんがそこにいて、私はその姿を見ている。 逆に、お兄さんが私のことを覚えていたりすると、どんなことを思うのだろうか。 しばらく見ないうちに、この人ずいぶん老けたな〜。 でも、10年たってフラリと現れるなんて、ちょっと怪しい人だよね。 主婦って感じでもないし・・・もしかしたら某国の工作員かもしれないよな。 それとも、夜逃げ屋とか?? くわばら、くわばら、何が起こるかわからないのが世の中だからね〜。 こっちに来たら注意しよう。 な〜んて、ね。 なんでもない日常の一コマにこそ、不思議がいっぱいなのである。 ... 痛み - 2002年04月11日(木) あああ・・・ ううう・・・ いいい・・・いった〜〜〜い! というわけで、びっちサボリのバチが当たったのか、現在、歯痛の真っ只中。 痛み止めのタブレットを嚥み下しながら、ダライ・ラマ猊下の言葉を思い出す。 「自分の頭と心と体、それぞれが別のことを言っていたら、体の言うことを信じなさい」 痛みは、一番はっきりと聞える体の声だ。 こんな大声になるまで、聞えないふりをしていた私がバカモノだった。 ・・・って、いつも思うのだが、同じ事を繰り返している。 たとえば、筋力に対して体重が多くなると、腰やら膝やらがそっと愚痴をこぼしはじめる。 これは、体のつぶやき。 でも、心はもっと美味しいものを求めるし、頭はそれに合わせて上手な言い訳を用意する。 つぶやきが悲鳴に変る頃に慌てても、大抵は後の祭だ。 自分の体というのは、一番身近な「自然」だから、一番手っ取り早い自然破壊をしているともいえる。 超肥満体の野性のゾウとか、拒食症に悩む野性のヌーなどは、たぶん存在しないだろう。 まったくもって、人間の頭と心、いわゆる意識ってヤツは厄介なものだ。 そして養老先生に言わせれば、その意識ってヤツも「脳のはたらき」という体の一部なのだから、ますますややこしい。 ま、とりあえず、ややこしいことは痛くなくなってから考えることにして、保険証を枕元に置いて、今日のところはさっさと寝ようっと。 ... “お” - 2002年03月11日(月) びーち家のとある夜。 母はパソコンの前に、子は勉強机の前にそれぞれ座っている。 そう、ついこの間まで、テスト週間だったのだ。 「おかーさん、フォルクスワーゲンの企業城下町(?)ってどこ?」 「はぁ?」 そんな、碁の日記を書いているところに、いきなり地理の問題を聞かれても・・・。 「ブルクがつくらしいんだけどさぁ」 「んなこと言っても、ドイツってブルクだらけじゃん」 「検索、検索〜!」 「ほい、ほ〜い、ぐっぐる、ぐっぐる〜(注1)」 フォルクスワーゲン+本社所在地=ウォルフスブルク 「で〜た〜よ〜♪」 ふーむ、ネットって便利。 テスト勉強のスタイルも変ったもんだ。 「ところで今回、物理はどうなのさ」 「楽勝、楽勝、ジュール(注2)さえ押さえておけばいいんだよね〜」 「ジュールかぁ、なんとなくおフランスっぽい響きだね」 「ジュジュヌ〜ル、ジュジュヌ〜ル、ゆ〜め〜♪(注3)」 「そういえばさぁ、“お”がつくのってフランスだけか?」 「そ、そういえば、おイギリスともおイタリアとも言わないね〜」 「おドイツ・・・もないねぇ」 「おオランダ・・・言いにく〜い」 「ふーむ、やっぱり、フランスだけ特別ってことなのか?」 「っていうか、日本人の偏見?」 「おデンマーク」(これ、字面じゃ笑えないので、ぜひ口に出して言ってみてください) ・・・爆笑。 「そ、それ、うまそう」 「ダシは昆布ってか?」 「冬場のセブンイレブンに入ったときの匂いが漂っちゃうね〜」 ・・・・・・・ こんなテスト勉強で、どんな結果になったのかは・・・怖いから聞かないでおこうっと。 ・・・・・・・ (注1) え〜、私はずっと検索サイト Google のことを「ぐっぐる」と読んでいたのでした。 そして、これは「ゴーグル」と読むんだということを、つい最近、この話を某Yさんに話していた時に知ったのでした。 すっごくショックでした。(笑) ちなみに、gif はあいかわらず「ギフ」って読んでたりします。 この先、どんな勘違い、読み違いが発覚するのか、恐ろしくて夜も眠れません。(ウソです) (注2) ジュール【joule】(イギリスの物理学者ジュールの名に因む) 仕事・エネルギーの単位。国際単位系の組立単位。1ジュールは1ニュートンの力が物体に作用して、1メートルだけ動かす間にその力がなす仕事。1ジュールは1千万エルグで、約0.239カロリー。記号J 〔広辞苑より〕 (注3) 「ジュジュヌール」とは、娘が小学生の時に、最もフランス語らしい言葉として使用していた単語。 しかし、それには何の根拠もなく、彼女と友人のRちゃんのイメージからできた造語で、たぶんフランス語にはない言葉だと思われる。 ... 啓蟄 - 2002年03月06日(水) もっそり、のそのそ・・・ いやはや、長い長い冬だったなぁ。 今日は啓蟄、冬の間眠っていた生き物が動き始めるという日だそうで、はい。 何となく、出てきたばかりの虫のキモチがわかるような今日この頃。 ... 如月雑感 - 2002年02月28日(木) 1年ぶりに復帰した「碁」に夢中になり、はじめたばかりの空手の型を練習しているうちに、短い2月はあっというまに過ぎてしまった。 で、とりあえず今月のまとめ。(笑) ・・・・・・・1周年 この「ひとりびっち」を書き始めて1年が過ぎた。 去年の今ごろはへんてこりんな夢の話ばかり書いているけれど、最近本当に夢を見なくなった。 近々で記憶に残っているのは、メガネをかけた少年がガードレールに腰掛け、何か食べている夢だ。 彼は丼の中からメガネを箸でつまむと口に運ぼうとしている。 「ねぇ、それ、メガネだよ」と声をかけたところで目が覚めた。 へんてこりんに変りはないけど、毒気のない夢は平和である。 1年が過ぎて、私の健康状態はかなり回復している。 ・・・・・・・罵声 ある日のこと、終バスの座席に座って発車を待っていた。 すぐ後ろに座ったおばさん(推定年齢50代半ば)が、おもむろに携帯電話をかけて話しはじめた。 「あ、○○ちゃん? さっきはごめんなさいね〜」 以下、まるで自宅の居間で長電話しているような会話がはじまった。 「うっせ〜なぁ〜」 私を挟んで前の座席に座った青年が、かなり大声でひとりごとを言う。 おばさんの話は続行。 「車内での携帯電話のご使用は・・・」 運転手がすかさず厳しい口調でアナウンスをする。 おばさん、構わず続行。 「うるさいよっっ!」 青年、怒鳴る。 おばさん、めげない。 「いいかげんにしたらどうだっっ!」 おばさんの並びに座った年配の男性も怒鳴る。 ここに至って、おばさん、やっと会話を切り上げる。 「あ、○○ちゃん、ごめんね〜、今バスの中だから・・・後でまたね・・・うん、うん、ホントにごめんなさいね〜」 そして電話を切ると「どうもすみませんでした」と言った。 当たり前といえば当たり前のヒトコマなのだが、私が驚いたのは男性陣の容赦ない罵声だった。 若い女の子が「え〜っ、うっそ〜、まじで〜♪」なんて、あたりはばからず携帯を使っている場面にはよく遭遇するが、男性陣が今回のように素早い総攻撃をかけるのは見たことがない。 せいぜいイヤな顔をしたり、舌打ちする程度で、よほど目に余る事態にならない限り罵声を浴びせることは稀である。 確かに、おばさんの傍若無人さには凄いものがある。 車内でその年代のグループをみかけたら、できるだけ側に寄りたくないと思う。 しかし、若くないご婦人はここまで罵られるのか、と思うと、かなり若くない身としては、ちょっと考えさせられるものがあった。 ま、若かろうと年とっていようと、公共のマナーは守りましょう、ってことですな。 ・・・・・・・ひとつのモノ メダル、メダルと騒ぐ不愉快なマスコミと、「見た目の評価」の揉め事と、アメリカの愛国心が目立ったオリンピックも終わりに近づいた朝のこと。 呉清源九段のインタビュー番組を見ていた。 中国に生まれ、「囲碁の天才」と北京で評判になった呉九段は、1928年に14歳で来日して1984年に現役を引退されるまで、戦前、戦中、戦後と囲碁の世界のトップを走りつづけ、不敗神話に彩られた棋士だ。 中国人ということで差別されたり、戦時中、帰国か帰化か決断を迫られ、日本に帰化したときには、故国中国で「裏切り者」と呼ばれて賞金まで懸けられる扱いを受けたり・・・。 そんな並々ならぬ苦労をされながらも、「新布石」を編みだして、命がけの勝負とも言われる「打ち込み十番碁」で当時の一流棋士をことごとく退け、「昭和の棋聖」と称された。 そして、引退された今でも、日々囲碁の研究は続けられているという。 「あなたにとって囲碁は何ですか?」 番組の最後、こういうインタビューにはつきものの質問に対して、呉九段はこう答えられた。 「ひとつのモノ、ですな」 「何でもそうです。政治や哲学もひとつのモノですが、うまく使えば世の中のためになる」 淡々と答えられたその口調には、何の含みもなかった。 こういう場合によく聞く答えは「人生」とか「すべて」だろう。 「ひとつのモノ」という言葉を聞いたのは初めてのような気がする。 「囲碁が国際親善に役に立てば、それはとてもうれしいですね」 と、言葉を続けられた呉九段のお顔は、どこからともなく神々しい光が差しているような笑顔だった。 選手本人の地道な努力や精進の日々とは離れた場所で、「○○人生を賭けて」とか、「この瞬間にすべてを賭けます!」という言葉だけが乱舞していたオリンピック中継にうんざりしていた時だけに、呉九段の言葉は清々しく胸を打つひとことだったと思う。 ...
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