ひとりびっち・R...びーち

 

 

息つぎ - 2001年09月13日(木)

 「すぴぴ〜 すぴぴ〜」

 まったく、健康なヤツは眠りが違うよなぁ・・・と、娘の寝息を聞きながら、不愉快な半覚醒状態で寝返りを打つ。

 「きりきりきり・・・」

 おや? 珍しく歯ぎしりしてるぞ。
 乳歯の頃はうるさいぐらい歯ぎしりして、ちょっと心配してたけど、永久歯になってからはほとんどしなくなってたんだけどなぁ。

 「ん・・ぱぁ〜〜〜っ!」

 ちょ、ちょっと待て、今のは何だ?

 「ん・・ぷ・ふぁ〜〜!」

 こいつめ〜、今夜はやけにうるさいぞ。何やってんだ〜?
 やんなっちゃうなぁ・・・ふうぅ・・眠れにゃい。

 ・・・・・・・

 一夜明けて。

 「おまえ、ゆうべ歯ぎしりしてたよ〜 うるさかったよ〜」
 
 「ふ〜ん、だ」

 「いやぁ、健康なヤツって、よく眠るよね〜」

 「あったりまえじゃん、若いもん。おかーさんの不眠症なんて、つきあってらんないね〜、へへ〜ん、だ」

 「そういえば、“ん、ぱぁ〜〜〜っ!”って何だ?」

 「へ?」

 「“ん、ぷふぁ〜〜〜っ!”って、ゆうべ、寝ながらやってたんだよ」

 「そういえば・・・プールで泳ぐ夢見てた〜」

 「どぅわ〜! あれは“息つぎ”だったにょか〜〜っ!」

 大爆笑。

 もしかして、私は“息つぎ”を忘れているから寝苦しいのか??
 今夜あたり、意識して“息つぎ”をしてみよう。
 3ストロークで1ブレスで大丈夫かな?

 “息つぎ睡眠法”

 成功したら、画期的な不眠治療法として、『いきいき』とか『壮快』とか、健康雑誌に投稿できるかもしれない。(むり)

 

 

 
 

 


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10万馬力 - 2001年09月06日(木)

 自分の予定というものが一切ない生活で、曜日を確認する手段として母のお出かけがある。
 何かが憑依しているとしか思えないスケジュールで、毎日どこかに何かを習いに行く。

 その日は雨の火曜日、朗読の会がある日だった。
 中途半端な距離の、駐車場のない公民館まで、私はお抱え運転手として迎えに行った。

 母を乗せて走り出すと、少し先の急な坂道を、急ぎ足で登っていく女性の後姿が見えた。

 「ほらほら、あれが先生よ」
 
 「へぇ〜」

 「ほら、何て言ったっけ、ペタペタっていう・・・
  そうそう、ミュールよ、ミュール
  こ〜んなに(運転中だから見られないって)
  ヒールの高いの履いて、颯爽としてるのよねぇ」

 「ふぅ〜ん」

 「私とトシは変わらないのよぉ、あんなサンダルでよく歩けるわ〜」

 「だって、10万馬力だもん」

 「へ?」

 「だって、ほら、アトムでしょ?」

 朗読の会の先生は、鉄腕アトムの声優さん、清水マリさんなのだ。
 
 アトムで育った世代としては、ミュールどころか、空を飛んでいないことが不思議、というのが偽らざる心境である。
 
 
 


 

 

 


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にっちとさっち - 2001年09月01日(土)

 また岩波にやられてしまった。

 以前にも書いたことがあるけれど(2/25の「くびったけ」)、岩波文庫の中からはらりと出てくる栞に、不意を食らって脱力するのは何度目だろう。
 岩波文庫には、1冊に1枚、親切な栞が挟まってくる。
 他社の文庫も同様だと思うが、岩波の場合、表には「広辞苑」の宣伝、裏には“言葉の道草”という、「広辞苑」から抜粋した項目をアレンジした文章が印刷されている。
 誰がどういう基準で選んで抜粋するのか、そして、どういうシステムで挟み込む作業が行われているのか、一度お客様相談窓口(そういうセクションがあったとして)に尋ねてみたいぐらいだ。

 今回はゴーガンの『ノア・ノア』の間に潜んでいた。

 ・・・・・・・ 

 にっちもさっちも

 借金で首が回らない。不況と円高のダブルパンチ。「にっちもさっちも行かない」のは、例えばそんな時。『広辞苑』によれば、「二進も三進も」と書いた。そろばんの用語から来た語で、「二進(にっち)」「三進(さっち)」は割算の九九の語。どう計算してもうまくいかない意から、金銭の融通がきかないさま、また一般に身動きがとれないさまを言う。

 ・・・・・・・

 そうだよ、その通りだよ、でも、何でお前に言われなきゃなんないんだよぅ。
 どこかで覗いてるんじゃないだろうな・・・「やんのか、こら、出て来やがれっ!」
 ってな具合である。

 でも、待てよ、もしかしたら、本の内容に合わせてセットしてるんじゃないか?
 確かにゴーガンも「にっちもさっちも」行かなくなってタヒチとパリの間を1往復半したんだ。

 でも、でも、待てよ、「くびったけ」が挟まっていたのは西田幾多郎随筆集だ。
 西田幾多郎と「くびったけ」はどう考えても無関係だよなぁ。

 ふうぅ。

 確かに、意味は知っていても語源までは知らなかった。
 巻き返しを図ろうとするときには、我と我が身の状況を正しく把握しておくことも大事だ。
 にっちとさっちの語源を覚えて、ここはひとつ、我が身を振り返って反省し・・・・・

 えぇ〜い! やっぱり余計なお世話だ〜!

 まったく、月初めからシケた話題になってしまったものだ。
 やれやれ。

 おっと、もう一つ、今思い出したのだが、変な夢を見た。

 かなり豪華な寝台列車で長い旅をしているのだが、その食堂車で、橋田寿賀子にビーフカレーをご馳走しているのだ。
 それが、めちゃくちゃ美味なカレーで、夢の中では私が調理したことになっている。
 橋田寿賀子は唸りながら食べ、私も食べているのだが、これが、もう、本当にうまい。

 夢の中では実際に食べることはないと言う人が多いが、私は食べる。(笑)
 もちろん、美味い、不味いもある。

 しかし、何で橋田寿賀子なんだろう?

 あの人は、TVなどで拝見している限りにおいて(もちろん、直接お目にかかったことなどない)、「うまいカレーを食べさせたくない人ベストテン」に入るぐらい、ご本人も書いているものも大嫌いなのだが・・・。
 
 できることなら、このカレー、元気がないというBros.の弟君にご馳走したかったなぁ・・・。
 たとえ夢でもね。
 
※橋田さん、お名前の漢字が間違っていたらごめんなさい。



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近所の穴 - 2001年08月23日(木)

 娘が物理の補習を受けに学校に行くという。

 思えば、高校の物理の成績は惨憺たるものだった。
 そもそも授業にあまり出なかったし、たまに出席しても、好きな本を隠れて読んでいただけなので、試験になったら何一つわからない。
 追試、そして追々試。
 たまたま隣りの席だった東大へ行ったSさんが、どんよりしている私を見かねて、最低ラインをクリアする箇所を昼休みに教えてくれたので、やっとこさ落第を免れたというお粗末さである。
 当然、物理の問題で娘に突っ込まれたら、「あうっ、あうっ」と、急遽アシカになったふりをしてごまかすぐらいしか手がない。
 それならば、である。
 ここは一発、超難し〜い理論でも仕入れて、ヤツを煙に巻いてやろうという作戦である。
 というわけで、図書館で借りてきたのがNHKスペシャル、『アインシュタイン・ロマン』シリーズだ。
 動機は不純だが、自主的な物理の補習である。
 これぞ母親の鑑。(おいおい、そのカガミ割れてるってば!)

 最初に見たのは光と闇の話。
 「光は粒か波か」という論争、そして次第に解明されていった粒でもあり波でもある光の性質。
 量子論、不確定性原理に対してアインシュタインが抱きつづけた疑問・・・そんな話だった。

 これは、たまたま並行して読んでいた養老孟司の『唯脳論』に、面白い記述があった。

 (光は)視覚系の脳の方から話を詰めれば粒子だが、聴覚系の脳の方から話を詰めれば波動になる。こういう話では、当方の脳がやはり二項対立を生じてしまう。だから納得しづらい。
 
 ・・・のだそうだ。
 「それって全部ヒトの脳の話でしょ?」というメスで、理論物理学をサックリ、哲学もスッパリ。
 解剖学的な見地で考察しちゃうと、アインシュタイン博士の究極の悩みも、案外簡単に読み解けてしまうらしい。
 恐るべし『唯脳論』。

 おっと、話がそれてしまった。
 『唯脳論』については、また別に書くとして、アインシュタインに戻ろう。

 次に見たのは、「悪魔の方程式」とタイトルのついていた、アインシュタイン方程式の話だった。

 超難しい内容の方程式らしいが、ものすご〜く省略すると、“時空の歪み=物質のエネルギー”という式で、世界のしくみを一行にまとめちゃったということらしい。

 この方程式から「膨張宇宙論」が導かれたのだそうだ。いわゆる「ビッグバン」である。
 「この宇宙は約150億年前に起こった大爆発から、徐々に膨張し続けている」という説は、様々な観測データによって信憑性を裏付けられつつある。
 観測機器の性能がどんどん良くなったので、人間は、超新星やブラックホールまで見つけてしまったのだ。

 さて、そこで何が問題になるかっていうと、膨張しているということは、理論上、そもそものはじまりの点(はじまりの特異点)があるってことになる。
 じゃあ、はじまりのはじまりはどうだったの? はじまりの点は誰が作ったの? なんにもない、ってどういうこと?
 などなど、子どもの頃に誰でも一度は考えて、大人に尋ねると「早く寝なさい!」って言われるような疑問を、科学者が真剣に考えなくちゃいけなくなったということで、それはまた「神様」の問題と「科学」の問題が、同じテーブルの上に乗ったということでもあるらしい。

 さあ大変。

 ・・・って、神学者でも理論物理学者でもなく、ハッブル宇宙研究所に勤務しているわけでもないと、実は何一つ大変にならないのがこの世の不思議だ。

 用を足して、使おうと思ったトイレットペーパーが芯だけだった。
 ふーむ、ペーパーのそもそものはじまりには芯があったのかぁ・・・これは大問題だ。
 確かに、これは差し迫って、さあ大変、である。

 と、下ネタに流れるのをぐいっと止めて、今日の本題。
 というか、このビデオで一番感銘を受けた(単にウケたとも言う)くだりを少々。

 このビデオで紹介されていた、ビッグバン理論とそっくりな伝説を語り継いでいるアフリカのドゴン族の話である。
 ドゴン族は、天文学が発達する遥か以前に、土星に輪があることや、木星に衛星があることを知っていたという。
 なぜ知っていたのかは謎だそうだ。
 インタビュアーがいろいろ長老に尋ねる場面があった。

 「宇宙にはブラックホールと言って、いったん入ったら2度と出てこられないような穴があるそうなんですが・・・」

 「うんうん、近所にもそんな穴がある。天にあってもおかしくはない」

 をを! これを叡智と呼ばずして何と呼ぼう。
 ドロ長老、流石だ。

 というわけで、学習のまとめ。
 
 「近所の穴」に気をつけろ!

 ・・・・・・・

 こうして、「お母さんのための物理の補習−第1講」は有意義(?)かつ、めでたく終了した。
 明日より、第2講、E=mc(cには二乗がついてるぢょ)の公式について勉強するらしい。
 (やめとけ〜!by びー子)  
  



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気になる過去形 - 2001年08月20日(月)

 たとえば、コンビニで肉まんと冷たいウーロン茶を買ったとき。
 
 「袋、ご一緒でよろしかったですか?」

 ・・・へ? まだ袋に入れてないのに、過去形?

 たとえば、レストランの入り口で、テーブルに案内されるとき。

 「お食事でよろしかったですか」

 ・・・む! まだ何も食べてないのに過去形?

 この過去形を使った問いかけは、昨年、京都ですごく気になった言い回しだった。
 関西弁とか、イントネーションの違いは別に気にならないけれど、この妙な過去形だけは、どうしても引っ掛かってしまう。
 京都の言葉なのかな? と思って、引っ越した当初、兵庫に住んでいる知人に尋ねてみたら、そのあたりでも使われているとのこと。
 首都圏では聞いたことがなかったので、はじめのうちはいちいち気になっていたが、たぶん関西弁の一種なのだろうと、いいかげんに納得して、そのうち慣れてしまった。

 そして半月ほど前、娘と2人でケンタッキーフライドチキンのドライブ・スルーを利用したときのこと。

 「ご注文は****でよろしかったですか?」

 むみゅう? このフレーズは・・・! 懐かしき京都の響きではないか。
 かねてから、この過去形についてひそかに語ってきた私たちは、思わず顔を見合わせた。

 「聞いた?」
 「うん」
 「過去形!」
 「だったよね」
 「あの子、関西出身なのかな?」
 「そうかもね」
 
 な〜んてことがあって数日前、今度も娘と2人、ケンタに入ったときのこと。
 カウンターで注文を受けてくれたアルバイトさんは、娘の知り合いだった。

 「以上でよろしかったですか?」

 びっくり。

 「ねぇ、今、“かった”って言ったよね」
 「でも、あの子、中学の同級生だから、生粋の関東人だよ」
 「そ、そうなの?」
 「ケンタのマニュアルが過去形を採用したってことかな?」
 「まさか・・・」

 というわけで一昨日、都内在住・在勤の若い女性のUさんに、この過去形のことを聞いてみた。
 すると、Uさんはその過去形は当たり前のことと認識されているという。

 びっくり。

 私が方言の一種として認知していた過去形は、もしかして“ら抜き言葉”のような、新しい日本語なのだろうか。
 若い人の間では、すでに“標準語”として用いられ、徐々に定着しているのだろうか。
 私は“正しい日本語”とか“日本語の乱れ”とかにこだわるタイプではないので、世につれ人につれて言葉が変わるなら、それはそれでいいのだけれど、だとすれば、この過去形の用法については、なんとなく誕生に立ち会っている気分になる。

 そして、この現象を見るかぎり、流行の先端は西にあり、という仮説が立てられるかもしれない。
 私の経験から類推すると、謎の過去形は、明らかに西から東へと勢力を拡大してきている。

 もしかして、はじめに“ら”を抜いたのも、千年の古都、京都のワカモノだったのか??
 先日、新聞で見かけたのだが、五木寛之が日本の都市について書いた著作の広告に、「京都は前衛都市」というような見出しがついていた記憶がある。

 日本語の研究をされている皆さ〜ん、もしかしたら、これで一つ論文が書けるかもしれませんよ〜。
 まだ誰も書いていなかったら、早いもの勝ちですよ〜!

 なんちゃって、それほど騒ぐようなことじゃない。
 でも・・・、ちょっと気になる過去形なんだよなぁ。



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もれなくついてくる - 2001年08月15日(水)


 「いやあ、本当に森島の動きがいいですね〜」 

 「こぼれダマのところに必ずいますからね〜」

 「もれなくついてくる」

 今日のサッカー、オーストラリア戦で、先取点で見事なアシストをした森島のことである。
 いや、ホントにいい選手だと思う。

 先取点を取り、蒸し暑さで動きの悪いオーストラリアを見て、余裕の中継となった、セルジオ越後さん+松木安太郎+実況アナウンサーの会話。

 3人のうちの誰が言ったかは定かじゃないが、「もれなくついてくる」に大ウケしてしまった。

 私はサッカーの解説者ではセルジオ越後さんが一番好きだ。
 ユーモアがあって、知りたいことを知りたいタイミングで的確にコメントしてくれるからだ。
 
 CMの入らないNHKのBSの方がいいかと思ったが、セルジオさんでTV朝日を選んで正解だった。

 「もれなくついてくる」

 ささやかだけど約束されたしあわせ・・・なんてステキな言葉だろう!(笑)



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そしてエビになる - 2001年08月07日(火)

 ぴしっ・・ばきっ・・ぐきっ!

 脊髄の何番目だかに不吉な音が・・・。

 あう。

 これって、まさか・・・ぎっくり腰?

 う〜んと若い時に一度やったことがあるんだけど、いいかげんに放っておいたら治ってしまったので、それっきりになっている。

 娘に付き合った日曜日のデパートがやっぱり無理だったのか。
 それとも“北斗の拳”で、連打を頑張っちゃったのがいけなかったのか。
 帰り道、あちこちで骨がばらばらになりそうな感じがしてたもんなぁ。

 原因は明白。
 筋力の低下+過積載。

 なんとなく身体が重い感じはしていたんだけど、思った以上に筋肉が落ち、体重が増えていたらしい。

 やっぱり、実家の「さあ食え、やれ食え、これも食え」攻撃に屈してはいけなかったのか。

 お〜い、覆水さ〜ん、お盆に帰ってきてよぉ〜  ょぉ〜  ょぉ〜

 むなしく響くこだまを聴きながら、そっとエビのように丸まっている。



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