いつもの日記

2018年09月07日(金) ラジオ的に

すごい勢いで物事を忘れていく

たぶん2年前に両親の関係の繋がりの誰かを家に招いたのだが
えっとその方は東京で看護婦をされてたんだっけ

家族でお世話になった北海道のNさんの家は無事なのだろうか

先日起きた自身で北海道全域が停電
これで無事なわけはない

姉が気にして俺に連絡をくれたがそんなことはもう覚えていない
忘れ過ぎるのだ

本日あったことを細かに書こう

朝起きたら5時半だった。まだ眠いので二度寝した。次におきたら6時頃半になっていた。やばい遅刻。家族全員を叩き起こす。俺が起きなかったらこの人達はいつまで寝てるのだろう。幸せな奴らだ。冷凍庫から焼きおにぎりを4つ出して温める。あとはフィッシユカツとこんににゃくの煮付けを食べる。こういう時に作り置きは非常に役に立つ。娘二人は焼きおにぎりを一つしか食べないとというので俺が2個食べる。2個も要らんのに仕方ない。長女はなかなか掃除しないので怒る。次女は今日は塾の日なので忘れずに用意をさせる。昨日買った若林のナナメの夕暮れが面白い。自分の事を書いてくれてるようだ。楽しくてバスに乗っても読んで、電車に乗っても読んで、出社しても移動中に読んだ。表現も素直でいい。学がない筈だがエッセイを書き続けるとそれが力になるのだろう。朝から得意先プレゼンの準備を進める。俺は発表者ではないがやれることをやる。1分300文字は素晴らしい指針だ。だいたいそうなってる。ギリギリまでプレゼン資料を直してから次のアポのために地下鉄で移動。先日サービスインしたサービスはまだまだまだまだ改良事項が多過ぎて何から手を付ければ良いのか解らない。でも自分の感覚を信じるしかない。何より何を優先するか。今そのことに時間を割くべきか。プチ改善てもトップページのUI改善は急ぐべきなのでチケットを上げる。また戻ってプレゼン資料の再精査。なんとか仕上がったかな。あとは残務処理をして19時に退社。またも忘れていた今日は奥さんが飲み会なので、俺が晩ごはんを作らねばならないのか。まあもう何かを買おう。19時半に最寄り駅で次女を捕獲する。次女に今日の塾で習ったことを聞く。理科は川で外側の方が速い。国語では猫の話で言うことを聞かないのは集団生活しないからだそう。昨日も明太子パスタだったが、今晩もそれでいいらしい。コンビニでそれと枝豆を買う。あとは冷凍のマルゲリータをチンする。Mステを見ながら三人でご飯食べる。AKBの松井なんちゃらが復帰らしい。おつかれさん。Mステか終わったら、ぴったんこカンカンか、ロンドンハーツにするかで長女と揉める。ぴったんこカンカンはあずみそんが米倉涼子とイタリア旅行の回。ゴールデンでただの二人のデートを流すなど凄いな。TBSも凄いがこの二人で成立させるこの二人が凄い。是非結婚して欲しい。そうそう。ナナメ夕暮れは全て読めた。若林が何に反応して何を批判するか。批判しても単に必ず自分に戻ってくる。その批判が、自己肯定自己防衛するための批判であれば、意味はない。その批判は未来で自分も起こしただろう行動を自分に指摘いると考えた方が良かろう。今日もプレゼンで他人の資料を批判した。でもどうしろと言われても全ての対案はできていなかった。皆が批判した時に自分も乗っかって批判した。一番楽なやり方だ。隣の席のIちゃんが、もっとバっとこうやって、バーンてやればいいと、もっともらしいことを言うが、それは言うは易しな言い方の典型だと思う。その言い方をして楽しない方が良いよ。と注意してもいかも。彼女はあのやり方しか改善案が出せない。ただ直感的な感覚は役に立つ。さて話は逸れてしまったが、批判をせずにいきたいものだ。なぜならそれは単に自分の未来の選択肢を狭めるからだ。自分が批判し塗りつぶたところばかりでがんじがらめになって動けなくなる。しかしだただ自分は前職で何が駄目だったか。自分はすごい細かいことが気になって動けなくなった気がする。でも力もないのは事実だった。勝手に求めた理想の自分と比較して毎回ギャップを感じ凹んでいた。もう理想の自分なんてない。40だし。今日やれたことが自分でしかない。そのギャップ遊びはもういいや。最も高いところに行ってる人は高いところを目指したのではなく、後でみたら繋がっていただけと言う。ジョブズもそう言ってた。となると、今日やれたことを自信にして、次にやりたことは何かを考えるべきだ。できなかったことをうじうじ言ってもなにも進まない。それは辞めて次にやりたいことに盛り込むのだ。逆に言えば、できなかったことは、単にやりたいことにのるだけだ。でもその変換は凄い違う。さて書き始めて1時間以上が経過している。奥さんが1時半に帰ってきた。近くの知り合いの居酒屋で飲んでそのあとそこの店長とラーメン屋に行ったらオーダーを間違えて多く来たから隣の人にあげたらお礼に日本酒をくれたとのことで、にごり酒をガンとテーブルに置いた。まあちゃんと戻ってくるならいいか。この二年で二人の関係も大きく変わった。男女のもつれもあるごが、長女の受験を乗り越えたことも大きい。さてそろそろお開きにしよう。

●今日の良かったこと
やるべきということを全て発信した

●やりたいこと
後回しにしていたバックログをそろそろ片付ける
料理をつくる
日記を続ける
筋トレを始める
ランニングを続ける

とりあえず読みたい本は読めたなぁ。次は何読もう。それよりはカメラを回すなを観たいなあ。しかし天災が多過ぎる。多過ぎて全然気を使えない。あとこのワックスいいな。ギャツビーの良いやつ。今度からはこれが良いかも。だらだら書いてるといつまでも書けるなぁ。オチをつけて終わりたいけど、終われない。なんだろ、これはラジオみたいなノリで今後は書きたいなぁ。ラジオって遂行せずに生でそのまま流すからね。そういう意味ではラジオはブログに似ているのかな。ちがうな。ラジオはSNSの連投か。素晴らしい家庭を築けて90点は取れてる。失うものないんだけどね。この十年でもとても価値観が変わってる。LGBTなんて無かったからね。強引なものよりも多様化である。とした場合、頼られるのは、受け入れられるのは、何でも受け入れますよという広い心なんだろうなと思う。どんなこともあるがままに受け入れるそういう存在が、求心力をますのだと思う。素晴らしいことに、自分の見た目は怖くないので、相手を緊張させることはないだろう。でもクールなイメージで損もしてるだろう。マツコみたいな鶴瓶みたいなイメージは誰にも受け入れられるのだろう。でも松本人志みたいなものに近い。クールなイメージだからこそ自分の努力談を自ら語るべきなのだろう。努力談ってなんだろ。例えば、プレゼンの極意の本を買ったりだ。または、週報に、努力したことを書くのだろう。または、朝礼でそれを発表するのだろう。自分は努力していることを見せること、それが、クールなイメージを遠ざけて近くに呼び組む気はする。真面目にコツコツやることだ。当たり前だけど。天才ではないのに天才ぶってるってホンマにかっこ悪いからな。もう三時か2時間かかってしまった。チャオ。



2015年11月07日(土) 夢のゴール

スガシカオ流石。
止戈男は本名。
「戦争を止める男」という意味らしい。
どんな父親や。

きっと僕らが生きる最高のカタチは
「誰かのための自分になること」

「共生」という難しく手の付けどころか分かり難いテーマを、端的にわかり易く、スマートに表現してる。

流石。

「まぁ、あんまり難しく考えないで誰でも良いんだけど、誰かのための自分になれたら良いんじゃない」

というアドバイスを定型化しておく



2015年09月06日(日) 自由律俳句とは

wikiより
自由律俳句(じゆうりつはいく)とは、五七五の定型俳句に対し、定型に縛られずに作られる俳句を言う。季題にとらわれず、感情の自由な律動(内在律・自然律などとも言われる)を表現することに重きが置かれる。文語や「や」「かな」「けり」などの切れ字を用いず、口語で作られることが多いのも特徴である。特に短い作品については短律とも言う。定型の意識を保ったまま作られる字あまり・字足らずや句またがり、破調の句などとは区別される。また自由律俳句はあくまで定型から自由になろうとすることによって成立する俳句であり、したがって単なる一行詩がそのまま自由律俳句となるわけではない。
ということで、
「カキフライが無いなら来なかった」
「まさかジープで来るとは」
を購入。

これを目指して本屋に行った訳ではないが良い本に出会えた気がする。 ちょっと嬉しい。早速読むためにカフェに入り、空いた席を探す。
「じじいとお姉さんの間にある二席」
こんな感じか。



2015年08月12日(水) 本日より夏休み

今日から日曜まで5連休の夏休み。
5時に起床して昨晩用意した荷物の最終チェックをして奥さんの実家へと帰省するために子供の準備の尻を叩きつつ東京駅に向けて家を出る。
指定席はとっていないので自由席に並ぶわけだが盆でもこの朝の時間なら出発30分前にでも行くと余裕で座れる。車内で食べる朝ご飯やお土産の調達もあるし、出発の10分前には電車は来ることを考えると差分のバッファの20分などは一瞬で無くなる。
とにかく東京駅の始発はとても自由席には便利な訳なのである。あとは偶数番号の車両を選ぶとか、座席に電源がある列車を確認しておくとか、混むことを考えできるだけ車両の中央を選ぶとか(混みだすと車両の端は人が立つのと、ドアの開閉が多くて安定しない)、あと幾つか細かい点はあるが、その辺のポイントを抑えておけば、有意義な時間を過ごすことができるのである。と言いつつ、ほとんどの時間を寝て過ごしてしまった訳だが、同じ金額を払うならば、最高効果をだしたいよねと。同じ金額を払ってトイレの前に立って自由席に座ってトイレ行く人達に煩わしいと思われながらストレスを溜める夏季休暇のスタートなど全くもって相容れないのである。
ということを、まだ20代前半の独り身だった時に二、三度立って帰った時に感じてからは、どんなに盆や正月の自由席だとしても、必ず座っているのである。
本当に細かく新幹線の運賃を分解してみると、決められた時間で体を出発点から到着点までを運ぶ輸送料以外にも、リクライニング料、電源料、荷物棚料、座席料、テーブル料、景色料、温度調節料(カーテンやエアコンの風向き)、電光掲示板のニュース料、上着掛けホック料、座席前の荷物入料、肘掛料が、運賃には含まれているのである。これらを使えない状態で乗り込むことは非常に損をしている、他面から見ると、自由席で座る奴らの分まで、わざわざ払っているという、耐え難い事実にたどり着くのである。
しかしながら新幹線の移動はやはり良い。頭の中を何時間もすすいでいるイメージ。同じとこに留まらない方が、やはり何かと良い。たぶん。



2015年08月10日(月) スクラップアンドビルド

第何回目かの最新の芥川賞受賞作である
最後のシーンがとても印象的だ
旅立ちの電車から積乱雲とセスナを見る
僕達は昼でも夜でもない白い地獄で闘い続けるしかないのだ



2014年08月30日(土) 歌は歌った瞬間から聞いた人のもの

「歌は歌った瞬間から聞いた人のもの」
秦基博が変わるきっかけになったライブハウスオーナーの言葉。

歌は自分のものだと歌ってた人からすれば、天と地がひっくり返るような、価値観の変化だろう。

ただここに気づけて秦基博は独りよがりの歌をやめる。

これは全てのことに共通しますね。



2014年04月24日(木) 女のいない男たち まえがき 村上春樹

ちょっとした時間潰しで本屋に入る

出入口の真正面の一番良い場所にそれはポジショニングされ、そして他に山積みされている本達と比べても、既に凹んで谷を作っている

それだけ売れていることが一瞬で解る

基本的に村上春樹は持っているし全て読んできた。そして、今回は9年振りの短編集であり、原作に読者からクレームがつき修正しと、そんなに大きくは無いが静かに物事が起きて沈みここまで来たのだという感じはある。

でも僕は今回この本は買わないでおこうと思っている。1Q84も多崎つくるも、結局熱中して読めなかったからだ。そして、その結果から村上春樹は、自分の中で過去の人になってしまい、期待すら抱かなくなったのだ。1Q84で疑い、多崎で確信したということだった。

自分としてはそんな心構えだったし、時間もあるし、時間潰しのために、立ち読むかと思って、まえがきを読んでみた。ちょっとは読めるシロモノになってるかな。いっちよ読んでやるかなと。帯のキャッチを読んで、相変わらずな感じだなぁと上から目線で。そして他の本や雑誌と全く同じようにある意味乱暴に手をとってページを巡り、目次をさらさらと見る。

まずはまえがきからかと。
そしたら、のっけから春樹100%である。まだ何も始まっていないまえがきで、もう完全にワールドである。ディズニーランドのスペースワールドで一気に暗闇に連れてかれて気づいた時には出口に出てると。そんな感じなのである。

そして思ったんですね。これは過去のものではないと。そうなると春樹は落ちてなくて、自分が勝手に求めすぎたのだと。あり得なく勝ちようのない倍率を自分がヤクザのごと吹っかけていたんだと。

そう感じて、本を閉じて、山に返した。でも僕は買わない。この短編は時間が空いた時には本当に丁度いいからだ。いい時に使えるようにカードは温存するのである



2014年03月24日(月) 地味な女二人組

どきどきすることも減ったなぁ。
何故かふとそう思いながら、帰宅電車に乗り、空いてる席に座る。

会社帰りの二十代前半の女子二人連れが、自分の目の前に立つ。

ブサイクではないけど、太っても痩せてもないけど、花がなく、パッとしない感じ。

そして社会人二年目という感じでコートに着られてる感。

そんな女二人が、男のタイプについて話し始めた。
別に聞くつもりもないけど聞こえてくる。
しっかりしているとか、生活力があるとか、自分の力で生きれるとか、言ってることは間違ってはないけど、なんかパッとしない。

やっぱり要は何を言うかじゃなくて、誰が言ってるか、なんだよね。
結局のところ。



2014年03月22日(土) 川崎大師

時間を浪費してるので、はてブとFacebookのアプリを削除する

これでかなりの時間を稼げるはずだ
稼いだ時間で何するか?
やはり最も旬な英語でしょ

それはそうと今日は川崎大師へ厄除けへ
年明けからついてないのでリズム変えてこうと

しかし天気がいい
雲一つないし
境内の屋台でたこ焼きとゲソ焼きと鳥皮餃子と串焼きを買って昼ごはん

瓶ビール入れのプラスチックケースを足にしたテーブルを囲むバラック感

日差しは気持ちいいし、横のテーブルではおっさん達がワンカップ飲んでるし、子供達は猿回しを見に行ってるし、とにかく最高だな。



2014年03月16日(日) 理想的な休日午後

今日は本当いい天気だ。
冬物コートはお留守番でジャケットを羽織る。

緑の山手線にのり目黒で降車。
日差しは暖かくもう春の気配。
駅から目黒市民センターまでの道すがら。

目黒新橋から目黒川を望む。
桜はまだ咲いてないが咲くと華やかな景色が想像できる。
今日はいい一日になりそうな気分だ。

長女の出番までにまだ時間があるから外に出る。
会場前の喫茶店で次女がソフトクリームを食べる。自分はコーヒー。

長女はいい演奏ができるだろうか。
そんなことを思いながら飲むコーヒーは美味しいなと思った。
次女の口のまわりはソフトクリームでベタベタ。
それをテッシュでふく。
もうちょっと綺麗に食べろよと言いつつ。

でも子供なんてそんなもんだ。
そんなこと解ってるし、綺麗に食べられても、逆に困るんだ。
ほんとにいい午後だ。


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