| 2013年04月17日(水) |
人生で成功するために一番重要な気持ち |
下記はラミレスの言葉。 「自分はコーチに、どうやって相手に敬意を表するか、相手を尊敬する気持ちを持つことがいかに重要なのかを教わってきた。相手に敬意を表することは、人生で成功していくためにいちばん重要な気持ちだと思う。そこをしっかり勉強したことがいちばん大きかった」
いいこと言うねー 相手に敬意が払えてるか? 敬意が払えてないなと思った時にどのように、フォローするか? ここを気にするのだ。
| 2013年04月15日(月) |
会社を辞める日が近づいてきた |
物を片付けていると一番実感が湧いて来る。
この選択が正しかったのか誤ったのかは全てこの後の行動によって決まる。 努力ってなに?運の世界? と思ってもそれは結果を見るまでわからない。 たからこそ、結果を最大化する為に、常に真剣に考え頑張ることだ。 まずは再スタートに集中する。 その為の準備をする。
| 2013年02月27日(水) |
会議の機能とは何か? |
前々から思っていた。会議のもつ機能とはなんであるか?と。メールと電話さえあれば物事は全て完結すると自分は思っていたからだ。解らないことがあれば、電話をして聞き、更にそれを確実に確認したいのであれば電話後にメールをして、電話の内容について齟齬がないかを返信を貰う。これで完結する。勿論メールと電話が逆になってもいい。もし自分では解らないとか決められないと言われても、エスカレしてといえば、終わるし、やはりメールと電話で全ては完結する。と思っていた。だがやはり会議の持つ機能について最近ようやく解った気がする。会議の力とか言ってしまうと、感情や精神論に行きそうなので、敢えてそうは言わない。文字や声以外にあるものを使って伝えることができて、それが声や文字よりも重要なのだとも言いたくない。また、「対面に比べて電話やメールで言いたいことが半分も伝わらない。だから対面コミュニケーションが必須!」というような学術的一般論を持ち出して会議を肯定するのも嫌だ。さて引っ張ってしまったが、会議の持つ機能とは何か?それは3つある。1つ目は、出席者の意識としてちゃんと時間内に収束させたい着地させたいという気持ちにさせること。もちろん初めから撹乱させたいという人も居るがそういう人は会議に呼ばれないから気にしない。2つ目は、時間内に決めることが会議のゴールであると皆に共通認識があること。3つ目は決めた事に対して出席者全員が責任を持つ状態になれるということ。よって限られた時間内に物事を前に進めるためには会議はやはりとても有効である。だが逆に論点が絞られてない会議を闇雲に開かれると皆が疲弊する。そう言った意味ではちゃんとした準備が必要だし、その場で成功と失敗が解るということでは、会議はやはりハイリスク・ハイリターンな手段なんだろう。もちろん電話や会議に比べてということだけど。
小学一年生の上の子がノートに「すきなひと」「まあまあなひと」「きらいなひと」って表題を立て、その下に友達の名前をリスト化してた… きらいなひとの下に名前がなかったから良かったが、恐ろしいリストだ…((((;゚Д゚)))))))
「何回やっても弾けないから、もう弾きたくないの!」 「じゃあ宿題はできませんでしたって言うしかないね…」 「それは嫌なの!」 「でも練習しないと弾ける様にならないから宿題終わらないよ…」 「そんなこと解ってる!」 と言って泣き始めた。
こうなるとこちらはどうすることもできない。 放っておいて掃除でもすることにする。
暫くするとそばにやってきて 「練習したい…」 と言ってくる。 「うん解った。じゃあどこからする?」 左手で涙を拭きながら、右手で譜面を指す。 「ここから…」
色々と与えることは教育の決め手ではない。 自分で決めさせることが教育だと思う。 親は制約条件や選択肢を伝えて決定するのは子供自身。 親の意向は親のエゴだ。親は客観的な事実のみを伝える。 進路を選択する時もおもちゃを買う時も。
| 2010年08月29日(日) |
書きたいから書いてみるそれが素直な気持ち |
現実から逃げたくて非常階段を上へ上へと登っていく けれども屋上への扉は固く閉まっている 素晴らしい景色や知らない女の子に出会えるのはドラマの中だけ だからってさっと踵を返して現実に戻る勇気はなく扉の前に寝ころんで目を閉じる
交差点と会議室とスタジアムの喧騒は聞こえてこない クレバーな人間や感情を露わにする人間の喧騒だ 微かに聞こえてくるのはエレベーターが動く機械音だけ 過去に全く別の場所で産まれた僕はなんで東京のこんな場所で独りぼっちなんだ
どういういきさつで どんな理由で なぜこんなところに迷い込んでしまったんだ 何がしたいのか?これで良いのか悪いのか?それが解らない A定食かB定食かコンビニか それすらも解らない
こんなことをいくら考えても答えは出ないってことはとうに解ってる こんな考えは封印してさっさとやるべきことをやった方が良い事も解ってる まずは抱えていることを一生懸命やれば誰も僕を責めない事も解ってる
しかしこんな気持ちも含めて自分自身でこれが素直な気持ち 強い自分も弱い自分もどちらも内なる声を発している これはポエムでありリリックか?それとも戯言か? 君にとっては戯言でも僕にとっての事実 カンボジアでは草むらにまだ地雷が埋まってるんだ
国防の事を考えないと基地問題は解決しない。
基地減少とした場合、有事時の米軍と自衛隊の連携がどう変わるかを考えないといけない。
基地が要らないということは、自分の身は自分で守るという覚悟ができているということ。 どこから攻められようが誰にも「助けてよ。どうにかしてよ」と言いませんということ。
国民1人1人の個人は国防のことまで考えずに意見を言う。 それを前提に政治はしなくちゃならない。 顧客一人一人の声をただ鵜呑みにして商品を作っても売れないのに似ている。
危険だから基地反対。とはいえ商業の為に基地賛成。 という図式のメディアが多いが、日本として国防をどう考えるかがまず先。 というか、それを抜きに語りだすから話がまとまらないのだ。
北朝鮮の動きもあるこの緊迫した現在状況も加味し何をどう選択するか。 これまでの歴史と現在と未来を見据えて決断しなくちゃならない。 局地的で内的な情報だけで結論などでない。
「最悪の事を考えておかないと、最悪の事が起きる」 報道2001で言った石破さんの言葉です。
彼は野党だが国をどうやって守るかを考えた発言をしている。 こういうことを考えてる人が今与党に居ないのが問題なのかもしれない。
しかし、この言葉はいい言葉です。どこかで使えるかな。
雪が降るということで20時15分出発のバスはいつになく混んでいた。
出発の5分前に乗り込めばいつもは座れるはずなのだが今日は全く座れず、 入口から少し入ったくらいのところで立つ羽目となった。
でも、まだ続々と客が乗り込んで来たので、運転手はその度に、 「もう少し中ほどまでお詰め下さい」 とマイクで訴えた。
僕は少しづつ押されて丁度バスの中央位まで来たところで出発の時刻となった。 でも、まだ乗り込んでくる客もいて、運転手は同じように訴えた。
その時、僕の前に立っていた50歳位の中肉中背のサラリーマンなおっさんが、 「もうこれ以上詰めれないから、閉めちゃえよ!」 と運転手に向かって言った。
それに対し運転手も誰も何も言わなかった。 それから静かに扉が閉まってバスが走りだした。
暫くして、前の方の横並びに席に座っている子供が 「自分乗る時に言われたら嫌なのに何で言うんだろうね」 と横に座るお母さんに話しかけている声が聞こえた。 お母さんの声は何も聞こえなかった。
そのおっさんは終点まで行かず次のバス停で降りた。 同時に乗客全員の肩が1cmほど降りた。 お母さんは子供の頭を撫でた。 雨は雪に変わり窓ガラスを撫でた。
| 2009年12月26日(土) |
1歳4か月の次女のこと |
1歳4か月の次女と2人で休日の留守番。 僕は次女の面倒をみながら掃除もしなくてはならない。
次女はまだ「パパ」「ママ」「ワンワン」位しか話せないが、「ハイ!」と言ったり頷いたり首を横に振ったりと意志は伝えられる位の幼さ。ただ行動に至ってはワンパクというより本当に悪ガキなのである。
例えば、 冷凍庫から食材をどんどんリビングに運んできたり、 トイレの便器の水で遊んでたり、 携帯の液晶をかんで映らなくしたり(交換対応しました)、 ほんとに考えられない位の悪ガキなのだ。
だからおとなしいうちに掃除をやってしまう必要がある。なのでリビングでテーブルつきの椅子に座らせビスケットと牛乳を与えておとなしくさせることにする。ワンパクのみならず食欲も旺盛なので牛乳も何杯も入れてやらねばならない。500ml位は普通に一気に飲む。
おとなしく食べ始めたので、今のうちに廊下、お風呂場、トイレ、寝室と掃除機をかけていって、ようやく最後の子供部屋が終わったという頃に、廊下をトトトと歩く音がした。
そこでやばい!と気付く。 牛乳パックをテーブルに置きっ放しにしてしまってた… ひっくり返されているに違いない…
リビングに直行すると、予想通り牛乳はテーブルに溢れていた。 ただ牛乳パックはしっかり立ったままで、コップから若干溢れた程度であった。
胸を撫で下ろしていると次女がリビングに戻ってきた。 手にはハンドタオルがあった。 「これで拭こうと思ったの?」と聞くと、「うん」と頷いた。
1歳4ヶ月でも自分で考えるんだなあ… という成長を感じれたエピソード。
菅野は友人席に座っていた。
披露宴はどこにでもある流れでスピーチがありクイズ大会があり御色直しがあった。 菅野は佐恵子の幸せそうな横顔を見て複雑な気分になっていた。 幸せな他人をみればいやがおうに自分の幸せを問わなくてはならないからだ。
「でも佐恵子は本当に幸せになれるのだろうか本当に彼で問題ないのだろうか?」 菅野は自らを考えるのを避けるために佐恵子の結婚について客観的に考えてみようとした。 確かに彼女も彼にも欠点はあるが、それが致命的なものに繋がらないような気もした。 即ち、どこにでもある欠点なのだ。 そう考えていて、そんなことを考えてる自分に対し、更に嫌な気分になった。
式の最後に、佐恵子は両親に対して手紙を読んだ。 内容はありきたりだったが佐恵子も両親も泣いていた。そして菅野も泣いていた。
その後、普通なら新郎側の父親にマイクが渡される流れだが、 そのマイクは佐恵子の父親に渡された。
予想してない流れに佐恵子は驚いたが、新郎も佐恵子の父も驚いていなかった。 2人は知っていたのだ。
佐恵子の父が会場係の者に合図を出すとスクリーンに映像が流れ始めた。
これまで佐恵子を撮ってきたビデオカメラを編集したものだった。 出産したての佐恵子を両手に抱えていたところからはじまり、お風呂に入れたりお箸の持ち方を教えたり運動会で親子競技でがんばったり勉強を教えたりという映像だった。
映像が終わり佐恵子の父は新郎に言った。 「自分なりに佐恵子をここまでしてきたつもりです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」 そして頭を下げた。
菅野は私もこうやって育てられたんだろうなと思っていた。 そして田舎の父親の顔を思いだした。 そしてその顔が語り出した。 「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ」
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