世間は盆だ。 だから東京には人は少ない。
人の少ない電車はいいな。 人通りも少なくていいな。 お店も込んでなくていいな。
世間は盆だ。 人が少なくていいな。
人少ないなぁ。
はぁ、世間は盆かぁ。
交友関係が広い人は、それだけ魅力のある人だ。 そういう魅力のある人に会って話すと、自分もこの人と良い交友関係でいたいと思う。
「相手は僕のことをどう思っているのだろうか」 魅力の無い人間はそのように不安に思う。 自分の魅力に自信が無いからだ。
人間の魅力は、その人がやってきた結果に依存するのではなく、 生まれ育った環境で培った人間性に最も依存するような気がする。
そうでなければ既に先天的に運命のように決まっているのだろう。
これは考えても仕方ないことさ。次に行こう。次に。
| 2002年08月09日(金) |
共通認識なんて妄想かもしれない |
僕はとても自分を主張したがる。 他人にもっと詳しく自分のことを認めて欲しいのだろう。 それだけ自分の存在が不安っていうことだろう。
でも、不安だからといって自分だけ一方的に主張し、 他人を認めるという努めを怠れば、他人も自分を認めてくれないものかもしれない。
だれだって不安なのだ。たぶん。
ある1人の他人が自分の存在を認めるというのは、単なる一個人の見解だろうけど、 それだけで救われる気がする。
そりゃあ認めて欲しい人に、認められるのが最高でこのうえないことは間違いない。
でも、自分が認めて欲しいと思っていた人が、 自分のまったくの勘違い、間違い、と気づいたりすると、 それは無意味、不毛となるのであろうか。
そんなことを考えると、何が正解か解らなくなる。 この現実世界はとってもかっちりした有か無か、ゼロかイチか、の世界かと思っていたら、 掴むところも、寄りかかるところも何も無い、全て電気を消した闇の世界だったということだろうか。
手探りで進んで何かに触れたにしろ、それが何かが解らないそんな世界のような気がする。 「これはAだ」と信じて進むしか道は無い。
認識が、初めて存在を産み、世界を創る。 世界は目の前のあるのでは無く、僕達の心の中に存在している。
そして僕の世界では地球上に63億人が存在するから、63億人の種類の世界がある。 ただ僕の世界に限って言えばの話だが。
村上春樹の長編が9月に刊行するらしい。楽しみだ。
昨日まで抱えていた問題が何とか無事終了したのだが、何故か気が重い。 現在の自分自身の力に不満なのだと思う。 自分は理想でどんなものを描いていたのだろうか。 はっきりとは解らないが。 巧くいってないことは確かだ。
最近ストレスを感じてきた。 朝起きてから暫く壁にもたれてぼぉーとした。 でも、会社には行かねばならない。 水でシャワーで歯磨きで、体の汗と弱気な自分を洗い流して、さて行きましょう。
目が覚めるといつも土曜の朝だったらいいな。
なんだか盆に実家に帰れそうもない。そんな感じ。
海が広がり、町がジオラマ。 直接は見えないけど、この空の下で、多くの命が動いている。
パイロットってこういう風景を当たり前に見れるようになって何を考えるだろう。 いままで考えてなかったことに気づけたりするんだろうか。
いやいや単なるこなす仕事。 スチュワーデスは配給係。
そんな現実だと夢が無いな。
やめよう。よそう。
実は、空には多くの夢がある。 何故って? ぐっすり眠れるから。
「命は短いんだから他人のために時間を費やさなくていい。自分のためだけに費やせばいい」 と彼女は言った。
それは聞いた時、僕は最もな意見だと思い、「そうだね」と同意した。
白い雲の上で再びその言葉を思い出し、頭をまっさらにして改めてその事を考えてみた。
彼女のような言葉を発する人は、いつも自分の道に自問自答している人だと思う。 思慮深い人だからこのような言葉を発するのだと思う。
しかし、このように考えるのは、単に思慮深いだけではなく、 食べていける事が不自由無く可能になった日本人であるということが原因にあるだろう。 そして、どこまで自分のために費やしても結局のところ満足が得られないから、 何度も言葉に出るのだろう。
本当に真剣にやるところまでやり切らないと、いつまでたっても満足は解消されない。 いや、どこまでやろうとも永遠に解消されないものかもしれない。
これは一般論では結論が出ないと思う。だから僕はこう思う。 自分の納得するようにすればいい。 自分が経験して得たものが一番の指標になる。 本や他人から受けるものなんて所詮は薄い。
でも、何も考えずに好き勝手やれば良いわけじゃない。 思い悩んで、色んな事をやれば、自分だけの指南書ができるはずだ。
僕はその時、村上春樹の1973年のピンボールを読んでいた。 「考えて5年生きる方より、何も考えずに5千年生きるほうがよっぽど楽だ」 と鼠が言っていた。
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