卒業旅行として高石、福井、杉口、佐藤、僕の5名でグアムに行って来ました。
2日間すべてレンタカーで動きました。とても楽でしたし、意外に安くあがりました。 僕達はホテルやビーチで栄えている所を離れて、自然が多いローカルな所を回りました。 日本軍に勝ってアメリカ軍が上陸した浜がある平和記念公園をさらっと見ました。 南下して高度を上げて、山の展望台から広大な海と空とココス島を見渡しました。 サザンコンフォート牧場の人が飼っている色々な動物(カメレオンやプーマなど) を見学してから、タロフォフォの滝と横井カブに行きました。 終戦を知らずに終戦後28年間も隠れていた横井少佐の歴史に触れました。
その後夕方になったのでサザンコンフォート牧場へ行きサンセットライドをしました。 これは日沈くらいの時に馬で山に登り周遊してから、山の頂きで日没を眺めるというもの。 グアムの高い山から夕日で染まった雲と空ときらきら輝く海の眺めは久々の感動でした。 しかし、このサンセットライドはとても怖い。 練習はほとんど無いのに、初っ端から自分が馬を走らせねばならないからである。 馬の動きが激しいから、体が激しく上下動して何度も落ちそうになった。死ぬかと思った。 サンセットライドから帰ってくると、その牧場の人がBBQに誘ってくれて、 ビールを飲んで、鳥を食べて、豚を食べました。野菜は一つも無かったです。
牧場からの帰りにローカルな祭りに参加して、夜店でやってたサイコロの賭けをやったり、 地元のバンドグループが歌うようなステージの前で踊ったりしました。 一緒に踊っていたのは地元のおばさんとおじさんで、若い人は他には居ませんでした。 充実の初日でしたが、ホテルに帰る途中で頭が痛くなり、気分が悪くなって吐きました。
苦しんで吐いている僕を見て「最近このオチばっかりや」と佐藤君が笑って言いました。
この日記を読んでくれている皆さんへ
僕は今日3月9日(土)の関空22時発のANAでグアムに行ってきます。
帰国予定は3月12日(火)の早朝に関空着です。
ですので12日まで日記は更新できませんのであしからず。
当然BBSもレスできませんのであしからず。
でわ行ってきます。
留守の日本をよろしくお願いします。
2002年3月8日 HP移転
僕のHP暦のなかでもこの日はかなり劇的な出来事だろう。 それはロッテから中日に移籍する落合を思わせるほどの移転なのである。
そんなわけでこのHPもまだまだ暫くは続いて行きそうです。 意外にこのまま死ぬまで続くかもしれません。
4月から社会人になっても続くのでしょう。 結婚して子供ができても続けたいですね。 出馬して政治家になったとしても続けても良いでしょう。 アメリカを非難しすぎてCIAに命を狙われても続けるべきでしょう。
今はそんな心意気です。 トータス松本は、「お金より 見た目より 車より 心意気!」 と「いい女」という曲で歌っていましたが、その通りだなって思います。 世間で決められた価値に頼るのではなく、心意気を絶やさず自分の価値を高めたいです。
このHPに対して僕はそんな心意気なので、2ヶ月日記が更新されないような事があれば、 ジョン・F・ケネディが殺されたようにCIAによって殺されたと思ってください。
そんな死に方も悪くない?いや、そんなんじゃ死ねない。
今日本日ようやく修士論文を提出する事が出来ました。 長い長い戦いも終わりを告げました。
ギリギリまで鈴木敏夫教授の推敲が加わり、英文の論文要旨を1対1で添削指導でした。 ご多忙の中わざわざ私1人のために時間を裂いてご指導・ご鞭撻くださった、 鈴木敏夫教授に感謝の意を示します。
研究を進めるにあたり、戸田保幸助教授の指摘は的確で、何度も研究の手助けとなりました。 大変ありがたいアドバイスでした。ありがとうございました。
4年の時から面倒を見ていただいた竹見哲也助手は、この1年間はアメリカにおられたので、 じかに会って研究を進める事はできませんでしたが、メールというかたちにしろ、 最後までしっかり研究の指導をしていただきました。ほんとうにありがとうございました。
研究室内においては、何度も助けていただいたM2の森脇嘉一君に非常に感謝致します。 また解析方法など細部に渡りアドバイスをくれたM1の平山修君に心から感謝致します。 M2の福井君、杉口君、柴田君、栗岡君、M1の長澤君、加守田君、真田君、福井君、 B4の中面君、岩下君、田中君、井上君、有藤君、佐々木さん、D3のエルワンディさん、 いろいろ何かとお世話になりました。有難うございました。
| 2002年03月06日(水) |
外側と内側の相互作用 |
髪を切りに行きました。
JR茨木駅のすぐ近くにあるSTA'Zというお店です。
店長は女の人で、ラップ調の音楽が鳴ってていて、いい感じです。
へそをだしている美容師さんもいます。
僕の担当の人は男の人で、色々な話をしました。
彼は、一度見習の時期に美容師の仕事を辞めて、それから工場で働いて、 その後再び美容師の仕事に戻って来た、と言っていました。
歳はもう30歳くらいで、親から「結婚はまだなの?」とよく留守電に入っているそうです。
僕は、「結婚なんてまだまだ後でもいいですよ」と応援めいたことを言いました。
本日のカット料は、ホットペッパーのクーポンを使用して30%OFFです。
髪を軽くしてもらいましたが、気持ちまで軽くなったようです。ポジティブシンキング。
9時に起きる。 いつもより遅め。
ぐずぐずしてから、したくして走る。 いつもは30分のところを25分で終える。
なにも気にしないでその辺にある服を来て大学へ行く。 途中で朝ご飯となるカレーうどんとヨーグルトを買う。
大学ではパソコンの前でヌボォーとしながらインターネットと朝ご飯。 MSNのニュースなひとことやニュースセレクトを読む。
「ブッシュあほや。アメリカぼけや」って独り言。
「最近おとなしいですね?どうしたんですか?」 と今日も別の後輩から言われる。
後輩達は素直だ。
| 2002年03月04日(月) |
用意されていない素の心の中 |
卒業まで1ヶ月を切る。 人生最後になるであろう学生時代が1ヶ月弱となる。
3・3はひな祭りだったけど、今日は普通の日。 武富士の放火の犯人も見つかった。 他人事だが良かった良かった。 悪はかならず裁かれなければならない。 そう思う。
まだ寒いが近頃はもう花粉の季節。 5年前から始まった花粉症は今年も猛威を振るう。 そのため集中力が無くなる。 ティッシュが無くなる。 やる気が無くなる。 良いこと無い。
論文をまとめるのがおっくうだ。もう嫌だ。 マイナスはマイナスをよんでしまうな。実感。
音楽でも聴いてリラックスしてから始めましょうかね。 でも、「リラックスする音楽って何だろう?」って結局悩んでしまう。
こんな時は一日中風呂に入って歯磨きしたいな。 優雅にラジオでも聴きながら。
ソルトレイクオリンピックが、 それとなく始まり、それとなく進行し、それとなく終った。
なんでソルトレイクが盛り上がらなかったのか、 それとなく解った気がした。
先日、本屋で最近文庫化された「神の子どもたちはみな踊る(村上春樹)」を見つけた。
僕にとっては待望の文庫化であった。 よく「待望の2ndアルバム」とかいうキャッチコピーを見かけても、 「誰も待望なんてしていないよ」って思ってしまうのだが、 僕にとってはこの文庫化は本当に「待望」であった。
それで僕は自分の過去に「待望」ということをしたことがあったかと考えてみた。
遠足や旅行やなにかの大会は自分の事であるから、誰しも「待望」するかもしれない。 でも、他人事の場合は所詮は他人事なのでそこまで「待望」したりするものではないと思う。 だから「待望の2ndアルバム」とかいうフレーズは、「嘘っぽい」と思ってしまう。
僕は昔からこう考えているから、今まで他人事を全然「待望」した覚えが無いのだろう。 もちろん、ドラクエ3をスリするほど「待望」していないし、 チューブのベストアルバム・TUBESTも「待望」していない。
このような状況の元、人生で初めての「待望」を 「神の子どもたちはみな踊る(村上春樹)の文庫化」によって果たすのである。
「この単行本が出てからようやく彼のファンになった。 単行本を買うほどのお金を使うのがもったいない。」 というのが、ただ僕が「待望」した理由であるかもしれない。 そんな下らない理由であるかもしれないが「待望」ということにはかわりは無い。
大学のサーバーが休憩(停電)していたので更新できませんでした。 だから一気に3日分をアップしようと思っているのだが、 4月から就職する身にとっては更新が不定期になりそうな感じがする。
だからこの際3月から不定期にしてもいいのだが。 そない書くことも無いし。実は結構あるけど書く気が無いし。花を入れる花瓶も無いし。
そして結局は、こんないい加減な感じで3月のスタートを切ろうと思う。 ある女の子から「もっとラクに生きたら?」って言われたし。 「それもそうかな」って思うには思うし。うみうし。意味なし。
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