いつもの日記

2001年12月23日(日) イブイブ

本日はイブイブです。
だから特別にこんな歌はいかがでしょうか。
歌いながら読みましょう。

♪ 真っ赤なお鼻のトカナイさんは いつもみんなの笑いもの
  でもその年のクリスマスの日 サンタのおじさんは 言いました

 「 暗い夜道はピカチュウが お前の鼻より役に立つのさ 」

  いつもナイター見てたトナカイさんは 「今宵もかよ!」と三村調でした。


これではイマイチかな。それならこんな歌はいかがでしょうか。


初めのセリフ「めっちゃ醤油しみるわ。やはりビタミン不足がイケナカッタのかな」

♪ きっと君は口内炎 グロテスクな口内炎 あぁ B2無い B6無い



2001年12月22日(土) 無し。これは無し

東京3日目は江ノ島へ行きました。
湘南海岸は、まるでハワイでした。
ちょっぴりサーフィンがしたくなりました。

富士山はとても綺麗でした。
垂れている雪が多かったので美味しそうなプリンのようでした。

3時からは長澤のいとこのカズ君の車で、三浦半島までドライブしました。
立岩のある海岸におり立ち、夕日を浴びました。

海水を手に感じようとして、岸で海から顔を出してる小さな石の上に乗ろうとしたら、
こけてしまって、左膝と右足とが海に浸かってしまいました。

ズボンと靴がびしょびしょです。
カズ君と平山と長澤に馬鹿笑いされました。
僕は「無し。これは無し」といいましたが、無しにはならないようです。

石の上にへばりついてた岩海苔が滑った原因のようでした。
こんなことにならないように皆さん気をつけましょう。

そのあと三浦半島の先にある風力発電の風車を眺めました。
真っ赤な夕日がシチュエイションを盛り上げました。
心なしか風車も頑張ってるようでした。

帰りの車の中では、「人間関係論」が白熱して疲れました。
平山は僕の話を全て拾おうとするので、大変厄介な子です。
僕の話は、基本的には流してくれないと終りません。注意してください。

晩御飯も再び長村亭で頂きました。
ほんとうに色々隅々までありがとうございました。



2001年12月21日(金) ルミネtheよしもと

しんかい+みらいシンポジウムは2日間あって、本日金曜日もございましたのです。
が、昼ほどで切り上げてスターバックスで680円のランチセットをたしなみ、東京観光へ。

私の独断と偏見で、新宿にあるルミネtheよしもとのお笑いライブを見ることにする。
ルミネtheよしもとは、5じ6じ(\1000)と7じ9じ(\4000)の2回のライブがあるのだが、
ちょっと高いですが、7じ9じを見ることにしました。男4人で。

というのは「ネタまつり」と題した本日の7じ9じは、
なかなかお目にかかれない出演者ばかりだったからです。
ココリコ ハローバイバイ 2丁拳銃 山崎邦正 ぜんじろう 130R
水玉れっぷう隊 ランディーズ ニブンノゴ! ルート33 アップダウン
というそうそうたるメンツ。

これを見ずして何を見ると言えようか。
そんなことを叫びつつ、体の津々浦々まで震えるほど笑ってしまった。

山崎邦正のネタなんて面白すぎて、笑い声を無理にでもこらえないと、
聞こえなくなってしまう。というぐらい面白かった。

という訳で、僕の視点で見た「勝手に面白かった順にランキング!」

1 山崎邦正:山崎シネマ「相撲映画としてのタイタニック」 *企画が最高。面白すぎ。
2 アップダウン:学校で小学生が演じる太陽にほえろのダイモン *ベタなんだけど巧い。
3 ルート33:普通の漫才 *ネタは忘れたけど。コンビとしてのバランスがいい。

4 130R:反対と書かれた立て札を持って板尾がずっと反対と言う。 *一番シュール
5 ランディーズ:普通の漫才 *コンビとしてのバランスがいい。テンポがいい。
6 ぜんじろう:「録画した自分のボケに突っ込む」 *意外に期待以上でした。

7 2丁拳銃:いつも通りの彼らの漫才。 *小堀(ボケ)が川谷(ツッコミ)に演じさせる。
8 ココリコ:漫才ぽいネタ *テンポが悪い。ココリコじゃないと笑えなかった。
9 ハローバイバイ:「故郷のお母さんが息子に当てた手紙」 *ネタとしてありがち

10 ニブンノゴ!:「ボディビル科というクラスに入って」 *メガネ部と同類 
11 水玉れっぷう隊:「女子高生の政党が出来る」というネタ。 *最初から好きじゃ無い。

とまぁ、こんな具合です何かの参考にしてください。
でも、やはり生は良いね。良いよ。ほんとに。



2001年12月20日(木) みらいシンポジウム

しんかいシンポジウムと、合同で開催された第5回みらいシンポジウムで発表する。
場所は経団連会館で、会場はけっこう広く六百人は入れるようなところだった。

このシンポジウムは、しんかいやみらいを所有する海洋科学技術センターの主催だが、
公的な機関を法人化する傾向にある現在の時代の流れの中で、
海洋科学技術庁→文部省→独立行政法人
と位置が移り変わっている海洋科学技術センターにとっては、
大変重要なシンポジウムとなっているようであった。

僕は、「昨年みらいに乗ったから発表でもしておくか」
という軽い気持ちであったが、少し考えを改めさせられた。

この大変有意義のあるみらい観測を存続させるためには、研究成果の報告は無くてはならない。
研究の報告は観測のかなり重要な評価基準になるからである。
そんな事を考えさせられ、米山さんや勝俣さんに、ご指摘やアドバイスを頂いて、
更に研究を詰めていこうと思ったのでした。


夜は長澤の親戚宅である長村家にお邪魔した。
おっちゃんもおばちゃんもとても良い人で、
夜ご飯も寝床も色々と世話をしてくださって非常に感謝感激でした。 終わり。



2001年12月19日(水) 2002年において僕達がすべき事 vol.4

そういう訳で僕は今リサイクルに凝っていて、着なくなった服を再利用している。
でも、間違えないでほしいのだが、着なくなった服を誰かに上げたり、
フリマで売ったりしてる訳じゃない。

ただ、着なくなった服を再び着ているのだ。
押入れの中で、冬眠している服達をわざわざ引っ張り出して、着るのだ。 

昨日は、赤い綿のブーツカットパンツに、
腕の青ライン3本が目印の白ジャージで合わせてみました。

研究室のみんなが「おっ!?」という顔をするので、とてもいい気分です。
ちょっとウキウキします。ウキウキしすぎて猿になりそうです。
もちろんなりませんが。

それらの服は時代にあってないかもしれないけど、
その事を承知で着るのは全く問題ないようです。

しかし、本日はかなり引かれました。
というのは、ケミカルウォッシュのスリムジーンズ(短め)を掃いていったからです。
やはりこれは狙いすぎてて、誰も何も言いませんでした。突っ込みゼロです。

まさに兵糧攻めです。絶えられません。

まぁでも、気を取り直して明日もいこうと思ってます。
明日は当然、ユーイングのバッシュです。
頑張ってきます。でわ。        終わり



2001年12月18日(火) 2002年において僕達がすべき事 vol.3

なんでか解りませんが、3回目になってしまいました。
♪なんでなんでナンデ?(鈴木蘭々)←視聴できます。
耳を澄ましてください。蘭々の心の叫びが聞こえます。ほらね。いかがですか。

vol.1、2とも全然面白くも無い内容で、見返しても嫌なんですが、
質が悪くても見て見ぬフリをしてやらないと、毎日なんて書けないんです。

だから、今日の日記がたまたま面白くなかったからといって、見るのを止めたり、
お気に入りから削除したり、デスクトップにある僕のHPへのショートカットを消したり、
定期購読販売してるバックナンバーを買うのをやめたり、しないでください。

vol.1、2で大まかに現在の環境問題について言及してきたつもりだが、
各国がアレコレ言う前に、自分達一人一人が環境問題にとりくまねばならないと思う。
僕達はマジでビックリするぐらい躍起になって取り組まねばならないと思う。
ほんとにやばく真剣に。とりあえずここらで真剣に。無理から無理かも真剣に。ね。

こういう各個人の認識・行動が大切であるという考えは、結構根付いてきていて、
今の小学校教育では環境問題について教えているところがほとんどである。

環境問題に熱心な小学校では、使い捨ててしまう割り箸を再利用して、
割り箸鉄砲や、本立てや、鉄棒や、黄な粉餅を作ったりして食べている。

黄な粉餅はデザートとして取り扱ってますので、食事の後のお楽しみです。

そこでだ。最近僕も個人で環境問題に取り組んでいる。
個人ができる事は少ないが、一番とっつき易いところではリサイクルだろう。
ところが、しかしだ。ジャイアンが開くのはリサイタルだろう。


****************
あき缶 と ペットボトル
リサイクル と リサイタル
オーストラリア と オーストリア
間違わずに分別しましょう
****************

という標語をどっかで見かけたかもしれませんが、
たぶんそれは「かも」ですので、Maybeですので気にせず行こう。



2001年12月17日(月) 2002年において僕達がすべき事 vol.2

前回の話のつづきになるが、世界中が協力して、
環境問題に取り組んでいくのと歩調を合わせるように、
国単位でも環境問題に取り組む動きが目立ち始めた。

太陽電池や風力発電が注目を浴び、火力発電はのけ者にされた。

「すごいぞ。火力発電。すごいなぁ。火力発電」

と言っていた人達も、手の平を返すように太陽と風力に肩入れし、火力をけなして、
どんどんと火力発電は収縮していった。

そのような状況の元で、
遠いところからわざわざ僕の処までやって来てくれた火力発電1号機は、

「教えてください。僕達はこれからどうしたらいいですか?どうなるんでしょうか?」

と、息も絶え絶え叫んでいたが、僕は、

 「時代の流れです。致し方ありますまい。」

と言って、天狗で一緒にジントニックを17杯飲まなくてはいけなかった。


僕はとても火力は好きなのだが、このご時世で、この時代の流れからいって、
火力を肯定してしまうのはあまりにもバツが悪すぎた。
僕にできることなど、火力が好きなジントニックに付き合うくらいなのだ。


それから1週間後、僕は朝刊で 「火力発電1号機閉鎖」 を知った。

僕は、かじっていた食パンをテーブルに落として、突っ伏して泣いてしまった。
子供の頃泣いたように「えんえん」と。

「お父さん。どうしたの?何か悲しいことでもあったの?ねえ、どうしたの?」

4歳になったばかりの娘の声が耳元で聞こえた。

「大丈夫だよ。ただね、お父さんの大切なお友達の火が消えたんだ。でも、消えただけだよ」

右に座っていた妻も涙を浮かべていた。



2001年12月16日(日) 2002年において僕達がすべき事 vol.1

2002年 人類は山田かつて無いほど科学技術を発展させ、如何なる事でも可能にした。
しかしここへきて人類は、環境問題という非常に重大な事柄に直面することになった。

「このままただ自分達の好き勝手に発展ばかりを続けていっては、地球がもちはしない」
と、専門家達は口々に叫ぶようになり、ある専門家はサジさえ投げていた。
また、ある専門家がフォークを投げて、そのフォークが、
ゴルバチョフの頭に刺さってしまったという話は有名である。

そのような専門家の勢いに押されるごとく、人類は、環境問題を考える第一歩として、
地域を代表する国々がまとまって会議を行うようになっていった。

日本で行われたCO2の排出削減を考えた京都会議は有名である。
会議では主題がかなり2転3転し、最後に往年のジャニーズグループ「忍者」が登場して、
 バク転 をした時には、各国の皆さん何がなんだか解らなくなっていたが、
結局は、CO2において
 CO2→C+O2
を確立することで決着は着いた。

別のところで、
「その化学反応で出て来た炭素Cはどうするのか?」
という議論が白熱していたが、炭素獲得アミダクジ において、
炭火焼肉で有名な「牛角」が、まんまと当りを引き当てていた。

「炭火焼肉でん」の社長はかなり悔しがっていたが、
焼畑に使用したがっていたニジェール共和国の人たちも、唇を噛み締めていた。
焼畑が砂漠化をかなり促進している事に、彼らはまだ解っていないようだ。
僕は、彼らがこの会議にくる資格があったのだろうかと、ただ疑問系であった。 



2001年12月15日(土) やんややんや

リクルートの忘年会が済むやいなや、ボクシング部の忘年会です。

かなりハードですが、これくらいしないと年は忘れられそうもないので、仕方ありません。

例年どおり、練習してから、忘年会です。しゃぶしゃぶです。
狂牛病と世間は騒いでいようとも、美味しいものが安くで食べられるなら、
皆様あまり気にはしないようです。

僕達が食べていた店では、この寒い夜にも関わらず、
並んで待っている客がわんさか居るほどでした。

食べ放題、飲み放題でしたが、僕はほとんど飲まずに食べてました。
もともと多くはお酒が飲めないたちなので、致し方ありません。

先輩の近藤さんが、僕と同期のマネージャーの仲川さんと結婚することになったそうで、
忘年会に二人で現れて、みんなにやんややんやと言われてました。

僕にとってこれは、ボクシング部での最後の忘年会で、少し感慨深い気もしました。
来年には違う仲間達と年を忘れるのでしょう。同じように楽しめたらよいものです。
明日のことすら判らないけど、そう願っていたのでした。12月もこれで半分終わりです。



2001年12月14日(金) 砂山以上 恋人未満

週末は色々とありましたので、今更ですが3日分をUPします。

書きたいことは山ほどあるのですが、時間が丘ほどもなく、
まさに海岸の砂浜で子供達が作った砂山ぐらいしか余裕は無いので、
砂山ぐらいしか書くことは出来ません。

僕達はいつも等速で移動しつづけるベルトコンベア-の上にいて、
アレコレもがいてるだけなんです。

14日の金曜日はリクルートの忘年会でした。
参加者は20人ほどで、4つの鍋を用意して、
水炊き、ちゃんこ、キムチ、トムヤンクン、の4種類の鍋をしました。
全ての鍋がそれなりに、かなり美味しかったです。

それに加えて、各自で購入した千円ほどの物を持ち寄って、プレゼント交換をしました。
これは本当に素晴らしい企画で、最高に楽しかったです。

「猪木カレンダー」や、「雅子さま赤ちゃんおめでとう写真集(CD付き)」や
「道路用白線引きラッカー」をプレゼントにするなんてなんて、とてもセコイです。

そんな事で忘年会はかなり盛り上がりました。砂山以上は盛り上がりました。

この会を準備してくれた皆様への感謝の言葉で、今日の日記を終らせて頂きます。

「ありがとう。そして、これからも宜しく」


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