大学の友達とカニを食べに行った。総勢9名。 僕は少し頭が痛かったのだが、もう予約してあるので、バファリンを飲んで出かけた。
カニはとりあえず美味しかった。 頭痛を忘れてしまうほど美味しかった。 逆に直ったんではないかと勘違いするほどであった。 カニの刺身を食べて、カニ鍋を食べて、カニ味噌を食べて、 さらに、ぷるんぷるんのカニの身をしゃぶしゃぶして食べた。 締めくくりのカニぞうすいも文句無し。良い。ただ良い。
そしてそのまま温泉へ。カニ→温泉 とは最高の組み合わせ。まさに極楽浄土。
露天風呂に浸かりながら、最高の気分を味わう。 う〜んいい。いい。いいね。最高。 そんな単純な語句しか浮かばないくらい、この上なく上々であった。
みんなも同じ気分だったらしく、タカイシは 「 Fuckin! A lot! 」を連発していた。
僕もそれに触発されて、 「 Much Fuckin! Very Fuckin! 熱いぜ Fuckin! のぼせるぜ Fuckin!」 と言っていたが、それ以上は誰も続かなかった。何故だろう?
そんなこんなでカニツアーは終了。チャンチャン。
と何事も波乱が無いまま終わる予定であったが、車に乗ってしばらくすると頭痛再発。 それから見る見るうちに様態が悪くなり、 「 帰るぜ Fukin!」と叫んでいた過去の栄光はどこへやら、 途中で車を止めてもらい、胃の中を泳いでいたカニカニカニを全てぶちまけたのでした。
慣れないものは食べ過ぎないようにしましょう。身分相応。
マシュマロ と聞いてその触感をイメージできる人は、日本に何人居るであろうか。
昨日、そのマシュマロを久しぶりに食べたのだが、 食べてみるとその触感はすごく不確かであって、 食べる前にその触感を少しもイメージ出来ていなかったことを改めて気付かされた。
ナタデココと聞くと、僕達はあのコリコリとした触感をイメージできて、言葉にできるのだが、 マシュマロは ふわっ というかなんというか、はっきり言って言葉で形容し難い。
マシュマロを ふわっ という言葉だけでは絶対表現できないし、 もしそれだけで片付けてしまっては、マシュマロは怒ってビルに攻め込んだりするだろう。
実際そのようなことは過去に何度もあって、 そのマシュマロの反乱を映画化したのが、かの ゴーストバスタ-ズ である。 この映画は、本当に駄作であるが、マシュマロの恐怖は充分に伝えることが出来ている。 と私は自負している。
僕達は、このような過ちを二度と繰り返さないように、 マシュマロを言葉で完全に表現できるようにならねばならない。
だが、科学技術が進歩し、ありとあらゆる有益な情報が交錯し、 私の父も家の畑で耕作している現代においても、 マシュマロを完全に描写する表現はいまだ発見されていない。
あの奥田民生でさえ「マシュマロ」を表現しようとしたが、結局は挫折した。 その経緯を歌った「マシュマロ」という曲の最後には、
♪ マシュマロは関係ない〜 本文と関係ない〜
とフレーズがあるが、民生の溢れんばかりの歯がゆさが伝わってくる。 民生の苦悩を描いたお勧めナンバーです。
そんなことで、一度みなさま久しぶりにマシュマロを食べてみて、 それを表現してみて、私宛まで贈ってください。よろしくです。
注意:マシュマロとマショマロはまったく別物です。間違えないように!
ローソンなどの小売店内には従業員専用口がある。 これはお客さんは出入りしないが、従業員が出入りし業務を行うための勝手口である。
その専用口には、たいていミラーがついている。 そして、どの店でもほぼそれはマジックミラーである。
お客さんは、それがマジックミラーだと解ってはいるのだろうけど、 (解っていないのかもしれないが) それで頭のセットを整えたり、ポーズをキメたりする。
僕はマジックミラーの中でたまたまそういう場合に遭遇するのだが、 そういうふうにセットしているのは、たいてい男である。
僕は、彼らが扉の前に居るから扉を開けることは出来ず、 彼らが満足してそこを立ち去るまでは、セットする彼らに付き合わねばならない。
それが嫌だからといって、レジ裏の方から店内に行くのは、負けてるようで気に食わない。 だから僕は、どこの馬の骨かも解らない男のセットに付き合わなければならないのである。
こんな風にして、とても大好きな朝の時間を、 無差別に侵害されている僕の気持ちを解っていただけたでしょうか。
可愛らしい女子高生ならまだしも、川村隆一と同点決勝でプレーオフになるぐらいの、 ナルシストで気色の悪い男なんて、心底かんべんなのである。
ということなので、お店のマジックミラーではセットを整えないで下さい。 日本全国のコンビニバイトを代表して、僕からのお願いでした。
| 2001年12月10日(月) |
ナイアガラの滝がライバル視するぐらいの汗 |
最近かなりの運動不足である。
だから最近僕は、研究室から大学の生協へ何かを買いに行く時は、走るようにしている。
この一文でチンタラのジョギングを想像している人は、そんなものふっしょくして欲しい。 僕の走りはそんな生半可なものじゃない。
走り屋のボスが、大きな手で僕の頭を撫でて、 「ボウズいい走りしてるじゃねぇか。おい!てめえらっ!少しはコイツを見習えよ!」
って言われるくらいマジである。相当マジである。 研究室から生協、生協から研究室、と走った後には、 ナイアガラの滝がライバル視するぐらいの汗が出てる。
研究室の友達はそんなナイアガラをみて、お茶をコーヒーを紅茶を、すするのである。
もし君が、大学で激走している人を見かけた場合、それは僕だと思ってくれて間違いない。
この近代化の波が押し寄せる現代の大学で、 普段着でスリッパで、バカみたいに走っている奴なんて何処に居るというのだ。 それは僕以外にありえない。
だから君がそのような人を見かけた場合、
「とりあえず頑張れよ!」 とか 「日記つまんねーぞ!」 とか 「4人兄弟の3番目!」 とか 「今日って何曜日?」 とか
なんでもいいから声はかけれるはずだから、声をかけるようにしましょう。
でも、断っておきますが、僕はその呼びかけにはたぶん答えないでしょう。
もし答えてしまって、ペースが落ちて、タイムが落ちて、走り屋のボスに呼び出される。 って事になっても、貴方は責任とれないでしょうしね。
| 2001年12月09日(日) |
マルチャン昔ながらの塩ラーメン 1食343kcal |
今日も朝は ローソン。昼から 学校 といういつものコース。
いつもと違うのは、奨学金の返還の手続きと授業料を銀行に納めるくらいです。 研究室に行く途中で、大学の生協に寄ると、在庫一掃セールと題して、 在庫で残ってるCDが半額。マルチャン昔ながらの塩ラーメンのカップラーメンが50円。 で売っていましたので、とりあえずそのカップラーメンを買いましてそれを昼食としました。
そこで意外に驚いたのが、このカップラーメンのカロリーの低さです。 それは油で揚げていないノンフライ麺であるので、1食当り343kcalとなっているのです。 甘い菓子パンがたった1つでも400cal前後しますから、それと比較しても充分に低いです。
この豊食の時代でありながら、ダイエットブームが根底で沸沸と脈を打ってる現在において、 食品メーカーも色々と考えてるんですね。感心。
という訳で、目下ダイエット中です。いつも腕立てしてます。 腕立て中におなかを見ながらすると腹筋も鍛えられます。 腕立てしかしてませんが、本日は 30回×5セット=150回 しました。
こんな普通の日記でも良いかなって思って書いてきましたが、読者は許してくれるかな。
フクイが、「最近、日記手抜いてない?」 と釘をさしてきますが、
「絶対に手は抜いてない。でも、すこし自分を抑えようとしている」 と答えています。
僕は日記を書く事は、とても意味のあることだと信じて疑いませんでしたが、 24歳の誕生日くらいから、この日記の意味の有る無しを考えるようになってきています。 やはり人は変化する生き物なんだなって実感してます。
「明日は巧く書けるかな。明日は巧く話せるかな。明日はいい日になるかな。」 その日が良い日であればあるほど、そのように思って心配になりますが、 どれだけ心配になっても、 その日の太陽は沈み、眠気は襲ってきて、新しい太陽が首をもたげて、 誰も知らない明日が始まっていくのです。
| 2001年12月08日(土) |
案内板すら見えてないオッサン達 |
この寒い時期になると、朝のローソンでは温かいコーヒーなどがとても良く売れる。
飲み物を買う客の7割が、温かいコーヒーやお茶を買っていく。 だから、こちらはこまめに補充しないとやっていけないから大変である。
まぁそれはよしとして、僕のローソンでは、温かい飲み物が欲しいお客さんのために、 「↓温かいコーヒーなどはコチラ!↓」 と、ホットドリンクヒーターの上にデカデカと書かれた案内板を置いている。
しかし、多くのオッサン達はそれすらも見つけれずに、 「兄ちゃん。この店にはあったかいコーヒーは無いんかい?」 とか言ってくる。
なんで、オッサン達はこんなに周りが見えてないんだろう。 そして、最近この傾向が特にひどいような気がする。 気がするだけかもしれませんが。
僕は24歳だ。
ローソンで同じバイトのウエタニさんは25歳だ。
ウエタニさんは、ちょっと聞いてよと感じで僕に、言う
「私なんてもう25歳よ。四捨五入したら30歳よ」
「へぇそうですかぁ。でも、ただ四捨五入しなかったらいいんですよ。 四捨五入しなかったら25歳のままですよ。」
こんな面白くない返事をされて、ウエタニさんは朝からストレスがたまっていることだろう。 と思うのだが、僕の口は何故かこう言ってしまうのだ。
| 2001年12月06日(木) |
30歳までにやらねばならない事 |
「べつにまだ学生だし、全然大した事無いよ」
「ううん。そんなことないよ。大学院なんてなかなか簡単に行けないでしょ。 そして、ほとんど両親の協力無しで、独力で生活してるんでしょ。凄いよ。 それに、こんなホームページだって作っちゃうんだから、やっぱり凄いよ。 ちょっと見直しちゃったわ」
「そうかなぁ。やってる奴はもっとしっかりやってるよ。俺なんて全然駄目だよ。 大学院の研究にしろ、自分の生活にしろ、ホームページにしろね。上には上がいるよ」
「何言ってるのよ。私にしたらシバヤマ君のやってる事ってとってもとっても凄いのよ。 私なんてパソコンも触らないから、ホームページの事なんて全然わからないし、 研究って言われても全く想像もできないし、 だから、シバヤマ君はもっととっても誇ってもいいと思うよ」
「ふーん。そんなもんかなぁ。 まぁでも、自分ではまだまだの俺だけど、30歳までにやらねばならない事があるんだ。」
「えっ、それはなに?なになに?」
「29歳の誕生日」
| 2001年12月05日(水) |
Kind of Sunday という名前の由来 〜後編〜 |
さて昨日の続きであるが、
「of の O に意味はあるのでしょうか?」
というもっともな質問を受けて僕はどう返答するかを説明しよう。 まずこれらを説明する前に、名前というものを根本から考えねばならない。
名前とは、 「性」 と 「名」 からなっている。
「性」 とは、家族全員が持っているもので、基本的には自分自身に全く関係は無い。 一方で 「名」 は、自分に与えられた名そのものであって、自分自身だということができる。
故に 「性」 = 「家族」 「名」 = 「自分」 という事ができる。
その 「性」 と 「名」 がくっついて、僕達の 「名前」 は出来ているのであるが、 その 「性」 と 「名」 をつなげているものは何であろうか。
それは 「血」である。それは「家族」 と 「自分」 をつなげている。
即ち、「血」は、「性」 と 「名」 をつなげている。
僕の O型の血 は K と S をつなげているのだ。
| 2001年12月04日(火) |
Kind of Sunday という名前の由来 〜前編〜 |
読者から 「 Kind of Sunday の由来は何ですか? 」というメールを頂く。 というような事は一度も無い。そんなメールは一度も無い。ありゃあせん。 でもこの質問に答えよう。それが今回の日記の主題。
僕はどんな事にでも理屈をつけたいタチだから、 単純に響きの良さや、安直なパクリとかは避けて名前をつけたつもりだ。 一番根本にあるのは、自分のイニシャルの K.S. で、それにちなんだというのが本音である。
名前をつけるにあたり K.S. で色々と考えた。
King Space や Kotti Sotti や Kyoto Shiga や Kinki Smap などなど そうそうたる候補が上がったが、ミスチルのアルバム「 Kind of Love 」 から少し拝借し「 Kind of Sunday 」と決まった。
僕のHPを見てくれている人は大体それは解っているらしく、 「どうせ桜井さんの Kind of Love のから取ったんでしょ。返しなさいよ。返してよ」 なんてメールを送ってくるが、そういうメールは開かない事にしているから問題は無い。
うっかり開いてしまって、今流行りのウィルスに感染してしまっては、 ニッチもサッチーも逮捕させられてしまう。
メールを開かない場合は問題は無いが、もっと理論的に詰めてくる奴はこんな質問をしてくる。
「Kind の K と、Sunday の S は解ったんですが、of の O に意味はあるのですか?」
この質問は本当にもっともである。慌てふためかねばならないくらいもっともである。
しかしながら、僕は、こんな質問にも答えられるほど充分な理屈を持っている。
少しあせっているように見せかけましたが、実は全て演技なんです。 だって冷静に対応するより少し焦ったほうが、ウケがいいからね。 〜前編〜 終わり
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