いつもの日記

2001年10月14日(日) 明日は内定式

明日から1泊2日の内定式のため東京に行きます。

12:30「晴海グランドホテル」集合という情報を入手。

けっこう盛大にやるのだろう。
「ならばかなりテンションを上げていかねばならないな」と思う。
だがそう思うとそれがかなりプレッシャーとなり、逆にテンションが下がってしまう。

僕はそういう人間なのだ。

でも、「行ったら行ったで楽しいんだろうな」っても思う。

僕はそういう人間でもある。

なんていうのか、終わった時に
「あーあ、楽しかった。1泊2日なんて短いよ」
って思えたら最高だろうな。

それは会社次第だし、自分次第でもある。
どちら側も「やってよかった」と思える内定式になればと思う。

なんだか幾分緊張しているのかよい締めの言葉が見つからない。
けれどもこれで締めさせて頂きます。
こっちにだって都合というものは有るのですから。



2001年10月13日(土) メグライアン

実のところ昨日免許を門真の試験場で取ったのです。
でも昨日は爆笑問題の事でいっぱいでそれどころでは無かったのです。

だから今日免許獲得の事を書こうと思う。
しかしながらたいして書くことも無い。
試験は順調に解けたし絶対受かったって思ったから。

電光掲示板が数字の羅列に変わる瞬間(2:30)に僕は黙々と本を読んでいた。
「やがて哀しき外国語」という村上春樹のエッセイである。
ひとつの話がもう終わりそうなのだ。読ませてくれ。

しばらくして歓声と悲鳴が上がる。
掲示板が数字の羅列に変わったようだ。
ゆっくりと顔を上げ135番を探す。
「131、132、133、134、135と」
ほら、確かにある。
僕は当たり前のように「学科受かりました」と既に作成してたメールを友達に送る。

受かった人は1階で印紙を買う。
落ちた人はぐったり肩を落として第6教室に吸い込まれていく。

落ちた人はなぜ第6教室なのだろうか。
それは第5教室ではなぜイケナカッタのだろうか。
ふとそんなことに思いを巡らすメグライアン。

しかし、そんなことを考えてもまったく意味は無い。
ここで意味があるのははっきりと点灯した数字だけなのだ。



2001年10月12日(金) 獏笑問題の未来 BBSより

赤ヘルさんの言っておられることは充分に納得です。
確かに田中が居ないと太田は生きないということはあるでしょう。
しかし、もみじ饅頭の中身がアンコだろうがカスタードだろうが美味いものは美味いのです。
田中はそんなもみじ饅頭の中身のような気がするのです。
中身が田中だろうが、チョコだろうが美味いものは美味いのです。

他に引っかかった点として
「太田のしゃべってるところだけきいてみてください、そんなにおもしろくはないはずです」
とありました。
そうなのです。太田ってそんなに面白くないです。
確かに発想力は豊かで、見方も別角度でシュールでとてもいい感じなのです。
しかしいかんせん彼は基本的に即興型ではなく用意型の芸人なのです。

彼らはたまたまボキャブラ天国という番組の形式に芸がぴたっり合ってしまい成功を収めた。
それが「彼らは何をしても面白い」という変な勘違いを生んでしまった。

ディレクターはなにも解っていない。
司会なんて彼らができるテリトリーではないのだ。
即興のトークなんてもってのほかだ。
彼らが一番生きるのはTVではなく綿密に計画された舞台なのである。

太田は既にこれらに気づいているかもしれない。
でも彼らはワンパターンの芸を長く引っ張り過ぎた。
これから変革することなどTVもファンも許しはしないのだ。

だから太田は、このままではやばいと気づいていながらシュールなボケを言わねばならない。
だから田中は、やばいなどと少しも気づかず、意味無く声を上げて突っ込むのだ。
一日に120回と繰り返すのだ。

そのうち日本の皆々は気づく「こいつらたいして面白くない」と。
それから彼らはマイナーな芸人の道へ進む。

そして3年が過ぎる。

当然太田はお笑い番組のディレクター的な位置を獲得し、テリ−伊藤と対立する。
そのかたわらエッセイなどの本を出版する。結構売れる。

当然田中はMrチンの後釜となりチビッコにTVゲームを紹介する。

たぶんこんな感じが爆笑問題の未来だろう。
おおかれすくなかれ。



2001年10月11日(木) 最終日

最後の朝。
まるで小猫が行き先を迷うように僕の心は困惑していた。

涙の跡。
外は雨。
それは全てを流す時間的存在だった。

お陰で僕は踏ん切りがつき、ようやく靴紐をしっかり結べるようになった。
加えて前にも歩けるようになった。

僕達は家へ帰ってまたそれぞれの道を歩いて行くんだ。
ここは終点でも発着点でもゴールでも無く、ただの交差点だった。

この交差点では巻き込み確認も方向指示器も必要なかった。
ぶつかるならぶつかればいい。
譲りたいなら手を横に流して笑顔をすればよいのだ。

僕は再び1人の道を歩き始めた。
仲良くなった彼等と再び何処かの交差点で会う事を約束して。

僕の背中で新しい出会い達が歓喜と悲観の声をあげていた。



2001年10月10日(水) 15日目

今日は卒検のミキワメです。
でもアフガニスタンの住民は空爆でヒヤヒヤキワキワで大変です。

まずは場内で必死に縦列駐車です。
でも実はヤクルト優勝です。僕の言ったとおりです。

バックしてたら脱輪です。
でもクランクをバックで行くなんて山崎さんには脱帽です。

でもなんとかミキワメは良好で合格です。
だから明日はガムバリマス。
誰が何と言おうとガムバリマス。

もしもラディンが横断歩道を渡ってたら、一旦停止せずに徐行して通り過ぎてやるんです。
彼がビックリする表情が目に浮かびます。
彼が怒っている表情をルームミラーで確認してから、指示器を出して車を元に戻すんです。

「ラディンが横断歩道を通行していた場合一旦停止しなけらばならない」
という問題は絶対にXです。
もしも間違って○としたら仮免取り消しです。

「しかし、ラディンと言えども人間ですので注意して走行することが必要なのです。
でも一旦停止は絶対に必要無いです。
ここは太文字ぷらすアンダーラインです。
ピンクの蛍光ペンならなおさらです。」

と学科の授業では教官の2人が2人とも同じ事を言っていた。

だからわざわざ僕はボンジュールという売店でピンクの蛍光ペンを買いました。
別に必要はなかったのだが、仮免取り消しになんてどうしてもなりたくなかったからだ。



2001年10月09日(火) 14日目

雨が降る。
フェンダーミラーもルームミラーも見えにくい。
ワイパーは正確無比で同じ動作を繰り返す。

歩行者はやはり少ない。
でも時折見かける。
傘をさして買い物へ。
はたまた家路へ急ぐ。

僕は教官の横田を助手席に載せてドライブ。
彼は行き先しか言わない。
次はコスモ石油の前の路肩に止めるという司令だそうだ。

とても静かな車内。
ワイパーはシャコシャコと一定のリズムを刻む。
車が横を過ぎて風がフュンという音を僕の耳に届かせる。
水溜まりにいけばバシャバシャとタイヤと雨水が合唱する。

あまりに静かすぎて横田が寝たのではないかと思って、横田の顔を見る。
でも彼は絶対に寝ていない。
彼は細いつぶらな瞳で前方から目を離さない。
彼は僕が見た事にも気にせず平静を保っている。
いや、ただ僕が見た事に気づいてなかったのかもしれない。

すぐに視線を前方に向け、スピードメーターを気にしながらドライブを続ける。
ワイパーと風とタイヤと雨水も音を出し続ける。
とても静かで楽しいランダムな協奏曲をかなでながら。

だから僕は雨の日のドライブが好きだ。

間違っても「雨の日は歩行者が少ないから」という理由ではない。
ただ彼らの演奏に耳を澄ませたいだけなんだ。



2001年10月08日(月) 13日目

首尾よし。問題なし。以上。

風邪をひきました。
ほんとにほんとに大変です。
鼻がずるずるいってます。
あぁしんどい。
のど飴を食べ過ぎました。
2本を消化しました。



2001年10月07日(日) 12日目

今日は本当に忙しい日でした。9:25〜18:00まで休みなしです。
空いてた時間は昼食と3時の休憩ぐらいでした。

学科は眠くて大変です。
今日は1度ならずも2度までも教官に起こされました。

路上の方は順調に行ってます。
あまりもう問題は無いですね。
縦列駐車も方向変換も幅寄せもばっちりです。
詰めるところはあとは周囲への注意でしょうかね。

まぁ頑張ります。以上。



2001年10月06日(土) 11日目

2段階はほんとに忙しい。

ず〜と車を乗りっぱなし、授業を受けっぱなしです。

あぁでもこの生活とももうすぐでおさらばさ。
良かったのやら悲しいのやら。そんな感じです。でわ。



2001年10月05日(金) 10日目

今日は路上でどんどん左折右折しました。
学科もバリバリ忙しいです。
ほんとにほんとに。
あぁでも夜ははじめての打ちっぱなしに行きました。
最初は横や屋根に当たってたけど、どんどんコツを掴んできて飛ばしまくりました。
たぶん300ヤードはとばしたね。
150ヤードしかない目印を超えて、ネットを超えて場外に行ってたからね。
そんな感じでやりすぎでかなりマメができて痛かったです。
おやすみなさい。でわさらば。


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