いつもの日記

2001年10月04日(木) 9日目

7:00 起床。
即座に顔を洗って、歯を磨き、着替える。
他の3人は寝ているが気にしない。

テキストを開く。
場内のコースを思い浮かべイメージする。

ここで巻き込み確認。
ここは右に寄せる。

などできるだけ具体的に想像する。

8:00 他の3人も起きて朝御飯へ行く。

9:20 修了検定開始。僕は49号車のトップ走者となる。

10:20 検定スタート。

意外にすんなりできる自分に驚く。
しかしながら、確認を結構忘れる。

10:40 なんとか無事。終える。

12:30 修了検定の結果発表。なんと70点で合格。

あとは学科であるが、こんなものお茶の子サイサイ。余裕の満点50点で5$ゲットする。

午後からは、学科と路上。
6時前に帰ってきてよる御飯を食べる。

あぁ疲れた1日でした。

復習:ブレーキ→クラッチを忘れずに!!!



2001年10月03日(水) 8日目

無事ミキワメ通過です。

なんとかミキワメコースを終えて発着場に帰った。
余裕のない僕はぐったり疲れてしまった。
でもするだけの事はしたと思った。

そんな疲れ果てた僕に教官は言った。
「よし、明日はとりあえず修了検定やってみようか」

ミキワメ合格である。
でもまてよ。「とりあえず」ってなんだ?
これじゃあ僕はただのチャレンジャーじゃないか。

でも通過は通過であるのです。
不良と診断されるよりよっぽどましなのです。
だからプラスに考えて明日に向けてイメージを膨らますのです。

明日の事は誰にも解らないけど、ポジティブな姿勢で望むことが大切なのです。



2001年10月02日(火) 7日目

1週間目です。
きょうは朝から無線です。
独りで運転するのは少々不安だがいろいろ試し試しできて楽しかったです。
確認するなんて余裕はあまりなかったですが。

その後ATでミキワメコースを走りました。
ATは良いね。全然楽で、これならラクチンだねとばかりに結構余裕持って出来ました。
明日はいよいよミキワメです。どうなることやらね。

もしかするとみなの期待を裏切って最短で通過するかもです。
そんなこんなで1週間目。
でわまたばいばい。



2001年10月01日(月) 6日目

もうここに来て6日目になりました。
本日は無線教習のコースをぐるぐる回って回って回るぅうぅう〜〜 でした。
早い人は無線教習が2回出来るのだけれど、僕はあまり進んでないから1回だけです。
あした走る事になるでしょう。

MTならやはりポイントは半クラですね。
そう思えてきました。半クラの位置をしっかり覚える事はほんとに重要な事ですね。実感。

でもまだ満足に3速に入れてません。結構だから3速に入れるのが怖いですね。
暴走しそうで。
そして、エンストを怖がってクラッチから先に踏んでしまっています。
やはりなんでもブレーキですね。
もうちょっと頑張らねばね。

学科の方は何とか無事にこなしています。
学科試験前にとっておかなくては行けない効果試験も無事に取れました。
まぁ何とか頑張ります。でわまた。



2001年09月30日(日) 5日目

かなりやばいです。
本日は何も進みませんでした。
クランクやS字を何度もやってみたのですがなかなか満足にはいきません。

みんなに励まされつつ頑張っていくだけです。

朝は早起きして、トイレ掃除のバイトをしました。
このMDSでは普通の円は使われず、Mマネーといわれるお金が使用されています。
トイレ掃除は30分で15$(1500円)でした。
とても高いし、すがすがしくて良い気分で朝ご飯が食べれました。
まぁこんなとこ。



2001年09月29日(土) 4日目

今日はクランクとS字入って行ったのですが脱綸してパニクって最低です。
人に怪我をさせてないぶんスマップ稲垣五郎メンバーよりはマシですが。

同じ日に入校したMTの女の子にも先を越されています。
どうなるんでしょうか。ほんとに先行き不安です。

一つ分かった事は、まだまだ半クラとかがマスターしてないようです。
だから、速度が急に出たりして怖がってしまうのです。

まぁ色々本を読んでいますが、結局は実際やってみないと駄目なので。
ってな感じです。なんとかかんとか頑張ります。

時間が空いた時はこんな感じでインターネットしてるか、教本を読んでます。
小説やエッセイなんて読む余裕はあまりないです。
鞄のなかの村上春樹が泣いてます。



2001年09月28日(金) 3日目

今日は場内を2時間ばかり運転しました。

体がかなり固くなってしまって大変です。
ハンドル操作もおぼつかないです。
2速から減速し1速に入れるつもりが、4速に入れたりで大変です。
クラッチの切り方が若干早いようです。
断続クラッチする時に、足を上げすぎっぽいです。
色々言われてかなり凹んでます。
もしかして内定式に行けないのではないかと不安適中です。

部屋のほかの3人はどうでしょうか聞いてみましょう。
山崎さんは無免でバリバリ運転してたヤンキーなのだったので、まじで上手いです。
岡村君は以前に仮免まで自動車学校に行ってたらしく、これまたかなり上手いです。
服部君はバイトでAT車を運転してたらしく、はたまた結構上手いです。

彼らはすでにクランクやS字に入っているらしいです。
僕だけまだ右左折です。
あぁ、かなり憂鬱な3日目。



2001年09月27日(木) 2日目

私の宿泊場所は「あかね」というところだった。そして4人部屋であった。

他の3人を紹介しよう。
まず最年長25歳の山崎。今までかなりの修羅場を潜り抜けてきたらしい。建設現場監督。
次に22歳の岡村。神戸の美容院をブッチぎっての参戦。勝手に辞めたらしい。
最後に21歳の服部。ただ一人地元の島根人。仕事はイベントスタッフ。

こんな9月の時期だから学生なんていない。
みんなだいたい働いている。
それかプータローである。

車のシュミレーションを2時間こなした後、いきなり場内を乗りました。
ローに入れました。
セカンドに入れました。
エンストしました。
でも「けっこう巧いねぇ」と誉められました。
ちょっと嬉しかった。

しかし冷静に後になって考えると誰にでもそう言って自信をつけさせているだけなんだろうな。
って思いました。冷静な自分ってなんだか嫌だな。



2001年09月26日(水) 自動車免許取得合宿 初日

ひかり177号に9時に乗る。
指定席なので切符を見ると「14号車・17番B席」と書かれている。

禁煙車である14号車の後部出入り口から乗り、自分の席を探す。
B席は通路を挟み3シート側の中央であるらしい。
2シート側でない事を悔やむ。

「19、18、17」
と17番を探し当てたところで、B席を見る。
A席とC席にはスーツを着たサラリーマンがすでに座っていた。
Aは日経新聞を読み、上着を窓際のフックにかけている。
Cも産経新聞を読んで、靴を脱ぎ足を鞄の上に置きかなりリラックスしている。

「ちょっとすみません」と一声かけ、B席に座る。
ふぅと一息ついたところで、何かしら妙な圧迫感があることに気付く。

そうなのだ。
AもCも大胆不敵に両方の肘掛を使って本を読んでいたのだ。
そのため僕の肘掛は見るも無残に消滅していた。

じわじわと怒りが込み上げる。
でもこの怒りはぶつけようがなかった。
AとCのどちらの方から片方の肘掛を奪っていいか解らなかったからだ。
また自分が両方から肘掛を奪うという考えはちょっと大胆すぎた。

僕はぴったりと両肘をわき腹につけて肘掛が取れるチャンスをじっと待っていた。。
そうするしかなった。
ひかりはそんな僕の状況とはお構いなしに新神戸駅を過ぎていった。



2001年09月25日(火) そうめん会議の後日 vol.7 エピローグ

それから数日ほどで私の昇進が決まった。
むろん決め手はマチャアキ秘伝のつゆだろう。

その祝いの酒の席で、会長のフクイは両手を前に広げて私に教え諭すように言った。
「あの影は人間1人1人が持っている心の闇の部分だ。どうすることもできない。」
「はぁ、そうかもしれませんね」
と私は小さく頷き普通に答えた。

「私達いち個人が到底適うものではないし、挑んでもイケナイ事柄だ。解るかね。」
「はい、なんとなく。会長のおっしゃる通り、確かにあれはそういうたぐいのものですよね。」
と私は心持ちプラスに自然に同意した。


実のところあの時私は見ていたのだ。

あの影がそうめん1束をさらっていく時に見せたの左肘の傷跡を。
それはたぶん全治3ヶ月ほどであったが、最近ようやく直ったであろう傷跡を。

その傷はもちろんナガサワのものだった。
私はもちろん知っていた。
しかし言わなくていいことは、もちろん言わなくていいのだ。
訓練中だし、もちろん昇進も決まったことだし。

                      ---- そうめん会議の後日 終わり


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