私はオヤスミ5秒の人間だが、最近は3秒ではないかと思い始めている。 一般の人はこの2秒の差を別に大差は無いって思うだろう。 しかし、世の中そんなに甘くない。
5年前にオリンピック委員会で寝つきの速さを争うグーグーがオリンピック公式競技になった。 この競技にグーグーという名前を初めにつけたのは、日本のあの彼である。 名前は忘れてしまったからここでは省略する。
オリンピックに出場するには3秒というレベルが一応のボーダーとなる。 一般の人からすると、この3秒というラインは神業である。 それはアルマゲドンで隕石の軌道を変えるよりはるかに厳しいものだと容易に想像がつく。 たかがブルースウィルスである。 されどエネオスである。
そういう訳で私は夏季日本グーグー選手権にノミネートされる事になる。 これが事実上のオリンピック選考会であることは他の選手の意気込みからも計らい知れる。 私の隣の隣の席には前回のオリンピックにおいてダントツで優勝した野比のび太が居る。
やはり彼は凄い。 オーラすら感じられる。 手にはもちろん彼のマイ枕がある。
私はちょっとは食い下がったが結局今年もダントツで野比のび太が優勝してしまった。 ちょっとがっかりだが気持ちを切り替えてこれからがスタートと思ってがんばる事にした。
悩んでも仕方ない事をいつまでも引きずっても意味はない。 引きずって意味のあるものなどグラウンド整備のトンボ以外にあるわけないのだ。
| 2001年09月13日(木) |
さて、これからどうしましょうか |
何故だか何にもあまりやる気が起きない。 対米同時多発テロのせいだろうか。
生きてる意味が解らなくなる。 日記を更新することなんて本当に意味がない。
不幸でもないのに不幸と感じている自分が嫌だな。
ふぅ。さて、これからどうしましょうか。
自爆テロの事件を思う。 これは中東の問題が原因としてあるようだ。 そこにはパレスチナ人の人権問題がある。 だから「パレスチナ人が悪」という一方的な見方はできない。
経済がああだこうだとか言う前に取り組まねばならない問題が世界にはある。 僕達がこんなに平和でのほほんと暮らしている時にパレスチナ人は自爆テロの計画をする。 自分の命を投げ打ってでもやらねばならぬことが彼らにはあるのだ。 パレスチナ人としてのプライド。 そして、イスラエルに虐げられているパレスチナ人の辛さがそこにはある。 僕達では到底想像もしえないほど重く暗く。
こんな事態が起こっていようと僕達の生活はいつも通りに過ぎていく。
学校は何も変わらず時間割通りに授業を進行していく。 TVはそろそろ大丈夫だろうと頃合いを計りバライティ番組を流す。 コンビニの客は店員の袋づめが遅いと怒って文句を言う。 僕達はAランチより100円高いBランチにするかどうかでかなり頭を悩ませる。
この世界の不平等さを嘆く傍ら、平和である自分達の運の良さに胸を撫で下ろす。
形容しがたい。 どんな言葉でもこの悲劇さ重大さを伝えることはできない。 音のある映像ですらも本当に起こっている真実の1/100も伝えられないだろう。
戦争という文字が突然浮かび上がってくる。 この事件が起きる前と起きた後では戦争という言葉の意味が本当に変わっている。 まさに非現実と現実くらいのひらきがある。
あの場に居合わせた人達やハイジャックされた人達の事を考える。 お悔やみ申し上げますとニュースは伝えるけど全然足りない。 彼らだってそのことは解ってはいるだろうけどそれぐらいしか言う言葉が無い。
ニュースをくいるように見ていたけど知らぬ間に寝てしまった。
朝起きるとテレビがついていた。 蛍光灯もついていた。 ミニモニが凄く笑顔で新曲を歌っていた。
久々に麻雀をした。 私は最初の半荘を取り、次の半荘も取った。 点数は+76に達していた。 俺以外は当然マイナスである。
何はともあれ第3回戦開始。 しかしながら、開始そうそう3連続で振り込む。 点数は1万を切った。 親満なら当然飛んでしまう。 ここから俺は踏ん張った。 そしてなんとか2万5千まで戻した。
このままもう終了していいやと思っていると。 カモダやヒラヤマがチョイチョイ上がる。 そして際目付けはナガサワのツモり四暗刻でゲームセット。
最後のゲームは順位点の−5も含めて−25。 結局+51という結果になる。 4人の中では当然トップ。 順当です。
充分に満足したが時は午前0:30。 明日はローソン。 起きれるのかな。 チャンチャン。
TVでテニスの試合を見た。 準決勝でヒンギスとセリーナ・ウイリアムズは激突した。
セリーナ・ウイリアムズのパワーの前にヒンギスはたじたじ。 ヒンギスはファーストサーブをネットに引っ掛けて失敗が続く。
ボールボーイはそのたびに縦横無尽にコートを駈けた。 速かった。 速すぎてビックリした。 忍者と思うくらいだった。
私は彼の虜になった。 彼しか見えていなかった。
ヒンギスとセリーナ・ウイリアムズが打ったボールは私の右耳から入り左耳から出ていった。 それとも左耳から入り右耳から出ていった。 そのどちらかだった。 それが繰り返されていった。
ただ1人ボールボーイだけが私の頭の中を駆け巡っていた。
試合はセリーナ・ウイリアムズのワンサイドゲーム色を呈してきた。 それと同時に私が虜になったボールボーイはあろうことか勢いというものが霞んできた。 試合のはじめの頃よりダッシュが幾分鈍いのである。
彼は疲れていたのかもしれない。 しかし、そんなことに関係無く私はがっかりした。
私はそれから暫く試合を眺めたあとTVを消した。 もうボールボーイですらも私の両耳間を出たり入ったりしていることに、私は気づいたからだ。
村上春樹にくびったけ。 夢中なのである。 目が無いのである。 とるもの手につかないのである。
それはさて置き、今私は彼が書いた「TVピープル(文集文庫)」という短編を読んでいる。 初版は1993年だが書かれた時は1990年頃。 約11年経っている。 11年前というと私は14歳である。 即ち中学2年である。
あの頃はたぶんだが、私は橋立中学校の2年生だっただろう。 休みの日は私の家から自転車で30分ほどかかるフクの家でよく遊んでいた時だ。 ダイチャンやクロチンやカツヒサンやモリテも居たのだ。 そのフクの部屋の事を思い出すと、なぜかラビットの Thank you my girl を思い出す。 音楽をあまり聴かない私としては情景と歌がいっしょに思い出される事は本当に珍しい。
ところでラビットは今頃何をしているんだろう。
ここで Thank you my girl の歌詞抜粋 −−− 勝手だね 男は澄ました顔で 違う扉を覗きたがるけど 最後に帰る場所はひとつだけ 安らかな君のぬくもり −−− 彼らにとってドラマのタイアップやスマッシュヒットは違う扉だったのだろうか。
50%ノンフィクションの自分の小説を今更読み返してみるとかなり恥ずかしかった。 題材となる元ネタも、稚拙な文章も、全然面白くないギャグも、すべて恥ずかしかった。 今日から少し自粛していこうと思う。 調子に乗って書いた文章は後で読み返してみると大抵恥ずかしいくお粗末である。 弱気になっている理由は解らないが、その方が恥ずかしい文章を書かないので良しとしよう。 その分つまらなくなってしまうかもしれないけど仕方ない。 今は自分をまもりたい時期なんだろう。 そう思うようにしている。
| 2001年09月06日(木) |
究極の手打ちうどん「紅葉鍋茶屋」 |
どういうわけか後輩のじゅんちゃんが究極の手打ちうどん「紅葉鍋茶屋」を知っていた。 だから勢い余って夜にそこのうどんを食べに行く。 この店は知る人ぞ知るというより、ほとんど誰も知らないうどんのお店である。 雑誌に取り上げられたことも無いのではと思う。 だが店に入ると壁には有名人のサインや写真がいっぱいで、本当に隠れた穴場だと解る。
まず、男7人で注目のだし巻きを食べる。 だし巻きはかなり大きいがとても柔らかくて、だしもたっぷりで本当においしかった。 残っただし巻きが取り合いになったのは言うまでもあるまい。
だし巻きを食べ終えるとメインのうどんに突入する。 うどんはとりあえず熱かった。 美味しいよりまず先に熱かった。 次に量が多かった。 確かに歯ごたえはよかったが期待しすぎたせいか「まぁこれくらいだろう」って思ってしまった。 だし巻きが予想以上においしかったせいで、うどんまで過剰な期待が及んだ事も原因だろう。 またも学んでしまった。 予想以上の期待は必要無いっていう事を。
帰りの車の中から外を見ながら梅田の「はがくれ」のうどんを是非とも今食べたいと思った。 お腹がいっぱいなのに、なんですぐに食べたいって思うんだろうって疑問になった。 意外に納得してないからかな。 自分の気持ちなのに理解できないことばかり思ってしまう。 それが人間なのでしょうけど。
| 2001年09月05日(水) |
人生において一番大切な事 vol.3 |
今1人になって考えるとあの時は言えなかったが、更に付け加えることがある。
今のありのままの自分を最大限に肯定する事が甘えになっては必ずイケナイ。 だから今のありのままの自分を最大限に肯定することとは別に必要な物がある。 それは自分の姿より皮一枚分大きいプライドだと私は思う。
自分の姿より皮一枚分大きいプライドを絶やさず 現時点のありのままの自分を最大限に肯定する事
これが人生において一番大切な事だと今は思う。
−−− 人生において一番大切な事 終わり
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