| 2001年09月04日(火) |
人生において一番大切な事 vol.2 |
彼女は自分と他人を比較する事によって、今の自分と別の人生の自分を比較した。 自分と他人を比較することで容易にありもしないもう1人の自分を想像できたからだ。
実験を続けている別の道を進んだ別の人生の自分を。 とても輝いて見える違う道を選んだ自分を。 今の自分と比較していたのだ。
それでは羨ましくなって当然だし、後悔だってする。
私は彼女に、
あなたは自分の事と他人を比較しすぎている。 ありもしないもう一人の圧倒的な自分を比較してネガティブな感情を持ち込み過ぎている。 そんなことを思い続けても何も解決しないし、良くもならない。 ポジティブな考えをしないと、どんなで事も良くならず、解決には至らない。 だからされるべき事は、今のありのままの自分を最大限に肯定する事だ。
と言った。加えて私はリクルートに行く理由を説明した。
私は今の自分を最大限に肯定していてるし後悔は無い。 今の自分で納得もしている。 その今の自分がリクルートに行きたいと思っているからリクルートに行く。 この気持ちを裏切るほうが絶対に後悔する。
彼女は小さく頷いた。 私は家庭教師宅をあとにした。
−−− 人生において一番大切な事 vol.2
| 2001年09月03日(月) |
人生において一番大切な事 vol.1 |
私は家庭教師をしている。 そこのお母さんと話した。
今、彼女は40歳近く。 大学で実験中心の研究室を卒業してから、すぐに今の夫と結婚した。 実験して研究することに見切りをつけて結婚したのだ。
彼との間にできた2人の子供も小学校に行くようになれば、自分の時間が余ってくる。 パートとして結婚式の司会などをするようになった。
彼女は言った。
「自分の研究室の同期は仕事として実験などの研究することを続けている人が多いんです。 サンスターとかでまだ実験しているのよ。で、かたや私はパートの司会でしょ。 なんかさぁ、やっぱり私も実験する事を見切らないで、 続けておけば良かったなぁって今になって思うのよ。そんな同期がうらやましいし。 だからあなたも自分が研究してきた分野を続けたほうがいいと思うのよ。 今までせっかくやってきた事を捨てるのはもったいないよ。 リクルートに行くよりそうしたほうがいいんじゃない。」
彼女の理論はとても筋が通っていた。 とても共感できた。
確かにそうかもしれません。と同意した。
しかし、だからといってリクルートに行かないことは無い。 もちろん行く。
彼女の理論は納得できたが、ただ彼女は自分自身のことを他人と比較し過ぎていた。
−−− 人生において一番大切な事 vol.1
彼は私の大学からの友人である。 今の彼を形作っているものに、彼の大嘘トークとセンスの良いボキャブラトークがある。 彼は根っからの大嘘つきでこれはだれしも認めるところである。 最近ではその嘘が膨らみすぎて、彼の存在までもが嘘ではなかろうかという説が有力である。 本日はサカキダを構成する2本柱の1つのボキャブラトークに焦点を当ててみよう。
ある日のことだ。 私とフクイとサカキダは車に乗っていた。 行き先ならどこでもいい。青空だったし。 注目のサカキダは後部座席に座っていた。 私は助手席に座り、運転席で運転するフクイと話していた。 せっかく時間を費やして書いたプログラムを私が保存し忘れて困った、という話をしていた。 その話題にうしろから唐突にサカキダが最高のボキャブリで割って入るというシーンである。
私:「それでさ、バックアップを取るのを忘れていたんだよ。ほんとに最悪。」
フクイ:「そりゃ酷いな」
サカキダ:「えっ、ビーバップ?」
こんな彼であるが、世界規模においてトップ企業であるトヨタに内定を頂いている。 バックアップとビーバップハイスクールなんて少しも関係ないが、 こんな彼がトヨタから内定を頂けるとは、まったくもってこの世は解らないものである。
腰痛が直っていく気配。
接骨院のドクターに感謝。
昨晩の風は少し肌寒くもう秋が迫る予感。
学生最後の夏が今まさに終わろうとしている。
最後だからどうだということは無い。 このまま過ぎていくだけだ。
最後の夏だからこそしっとり終わって社会人の夏を迎えるべきなのだ。 そう納得したいだけだ。
巨人はもう死んでいる。 滅亡している。
近年巨人はプロ野球史上に類を見ない程の大型補強をした。 最高に強引であって、最低に単純な手段で。 だがこの様だ。
巨人はもう死んでいる。 滅亡している。
ヤクルトに追いつけるはずが無い。 優勝なんてほぼ無理である。
バカしか本気で考えない大型補強は監督が長島茂雄だったから可能であったといえる。
長島茂雄は引退する時にこう言った。有名な言葉だ。
「巨人軍は永遠に不滅です」
そう願いたいのだろうが。
巨人はもう死んでいる。 滅亡している。
そもそも君が原因なのだが。 解っているのかね。
彼は引退する時こういうべきであったのだ。
「長島茂雄は永遠に不滅です」
それなら大きく納得である。 君なら必ず不滅です。認めます。 セコムも全力で君を守るでしょうから。
そうめん会議はその日の昼に行なわれた。 基本的にそうめん会議は昼に行なわれる。 朝や夜には行なわれない。 みんなが基本的に昼が一番集まりやすいからだ。 私達の会社からは私とナガサワが出席した。
今までのそうめんの減り具合と残っているつゆの量と8月末という時期を踏まえて私達は 「1人1束・つゆ残し」 を主張した。 そうめんの残量はピーク時の半分くらいで、つゆの残量は指2本分くらいであったが、 つゆ残しは妥当といえる選択だったと思う。 でもなにせ私達の会社の出資者であるフクイが、ちょっと南国の島に1泊2日の羽を、 伸ばしているから思いきった行動が取れない事も一因としてあった。
会議は難航を極めた。 フクイはリゾートで楽しんでいる場合ではなかったのだ。 私は立ち上がり叫んだ。 ナガサワは机を叩いた。 フクイの車が当て逃げされた事などそもそも関係無かった。 私はメガネを取った。 ナガサワは上着を脱いだ。 フクイは南国の島へ行くと言ったが、車で行ける南国の島など何処にあるというのだ。 私はストレートを放った。 ナガサワはタックルした。 しかし会議は無常にも 「1人2束・つゆ完全使いきり」 という結果をもたらした。
つゆが入っていたビンはぴったりカラになり、もちろん捨てられた。 会長のフクイのためにそのビンを持ちかえリたいと主張しても無駄だった。 私達は泣く泣くそうめん2束を胃の中にほうり込んだ。 悔しさのあまりナガサワの口から嗚咽が漏れた。 僕達はあの時の悔しさをたぶん忘れないだろうし、あの味は絶対に忘れない。
そうめんはもともとは9束あったが4束減って残り5束になった。 私達はその5束になったそうめん箱をしっかりと抱え会社に持ち帰った。
午後からのお米会議は水の量が多すぎて決裂したらしいが、我々には関係のない事だった。
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本日は院試の打ち上げがあった。
BBQの途中で原因不明で気分が悪くなり、研究室のソファーベッドで休憩することにした。
時刻は夜20時である。 私は少しだけ休憩を取るつもりであった。
が、しかし次に起きた時にはなんと早朝3時半であった。
約7時間30分の熟睡であった。ビックリした。 ピリ辛とんこつうまかっちゃんよりビックリした。 ビックリでは無くてドッキリかと思って何度も時計を確認しても正確な時刻のようだ。
なにせカメラが無いし看板が無いしヘルメットが無いからドッキリではないらしい。 もうしょうがないし世知辛いから帰るのよしてプログラミング。
| 2001年08月28日(火) |
久々の 普通に日記で 非常ベル |
茨木の贔屓屋で飲む。 メンバーはバイト仲間。 皆さんバイトへの忠誠心が旺盛で我々の店に関する参議、異議を激論していた。 それから道はいくらか逸れてなぜか非常ベルの話になり、タカハシさんが語った。 昔マンションに住んでいた時に非常ベルを押してしまってとても叱れたことがあると。
タカハシ少女は謝って非常ベルを押してしまった。 マンションじゅうにけたたましいサイレンが鳴リ響いた。 なんとか騒動が終了してからお母さんはとても怒って言った。 「ヨシコ!そんなところ押しちゃ駄目じゃない! 押しちゃ駄目って書いてあったでしょ!なんて書いてあったの!」 「'強く押す'ってボタンのところに書いてあった」とタカハシ少女は素直に答えた。
こんな最高のオチに私は心底参ってしまった。 だから今回の日記のオチが無いのはカンベンして欲しい。 こんな逸話の最高のオチの前ではどんなオチでも野暮になるからだ。
その後のカラオケではサワッチのチュ!夏パーティはとりあえず最高だった。 もちろん嶋田君の歌声は素晴らしかった。 とてもほんとに久々に楽しかった。あぁ〜よかった。
彼女はサンドイッチを2つと生茶と焼きプリンを買った。 僕はそれらを丁寧に一品ずつバーコードスキャナーに通した。
レジを打ちながら横目で彼女を眺めた。 背は高くなくカジュアルな格好の彼女は、どこかしら僕を弾きつける魅力を秘めていた。 彼女は髪が長く少し背の低い女友達と一緒だった。 2人はそれほど見た目は変わらないが、背の高い彼女のほうが僕は気に入った。
「合計4点で777円です」
僕は商品を全て袋に詰めてレジを打ち終わり、合計金額を言った。
「きゃー、見て見て777!」
お気に入りの彼女は背の低い友達を叩いて言った。
「今日絶対なんかいいことあるわ」
気に入った彼女はほんとに無邪気に喜んだ。 そんな彼女を一層僕は気に入った。 みんなが嫌がるレシートを彼女は大切にきっちり受け取って「ありがとう」と言った。 そして、そのレシートを眺めながら店を出ていった。
そんな彼女を去った後を見ながら、自分まで幸せな気分になってしまった僕は、 しばらくの間ポワ〜ンとしていた。
いかんいかん。仕事をせねば。 と思い直した時に、商品が詰められた袋がしっかりとカウンターに居座っている事に気づいた。
僕はすぐにその袋を取って店を飛び出した。 気に入った彼女が777のレシートを気にし過ぎて、買った商品を忘れて行ったのだ。 100mほど走って彼女に追いついた。
「すっすみませんが。わっ忘れてますよ」
僕は息をきらしながら言った。
「あっ、すみません。ありがとうございます」
彼女はくいっと頭を下げて申し訳なさそうに言った。
「でも、さっそくいいことあったわ」
最後のセリフを彼女がどういう意味で言ったのか今でも解らない。 でも解らなくていいんだ。勝手にうぬぼれてしまうのは僕の悪い癖だから。
| 2001年08月26日(日) |
小説5 日本指相撲協会 |
今日は休日だから茨木の私の家の近くに支部がある日本指相撲協会に訪問する。
知らない人には断っておくが、指相撲とは自分の親指と相手の親指を戦わせる遊びである。 日本指相撲協会は発足より今年で55年を迎えてますますいよいよ盛んである。 本部を東京渋谷に構えて、全国各地に300支部、会員も100万人はいるらしい。 なぜこの協会が発足したのかは現在でも専門家の間でも議論になっている。 今のところ戦後の復興のための競争心を駈りたてるために、 日本政府が政策の一貫として発足させたというのが通説となっている。
しかし、ついこの前テレビの討論番組で誰かが 「指相撲はアメリカが日本の外への圧力を内に逸らす為に持ち込んだのです。 我々日本人はGHQの作戦にただはまっているに過ぎない」 と言っていた。 私は、ほう。そうかもしれんな。と感心してしまった。
ともあれ、ガラス張りで5階建ての茨木支部にお邪魔する。 私が1Fの受付のお姉さんに支部長の中山さんと会う事になっているんだと説明していると、 わざわざ中山氏がじきじきに1Fまで出てきてくれた。 「どうもはじめましてシバヤマです」 「こちらこそ支部長の中山です」 そして、がっちり握手。
のハズであったが、 その握手の瞬間に中山氏は、僕の親指を、自分の親指と人指し指の間にきっちり挟み、 したたかに数を数えた。当然早口で。 「・・・じゅう」 という中山氏の言葉を聞いて私はようやく現実に引き戻された。 「シバヤマ君甘いよ」と中山氏は言った。 「いかなる時でも気を抜いちゃいかん。この世はいつも戦場なんだ」 やはり支部長ほどになられるお方だ。 映画のタイタニック以来久しぶりに感動した。 素直にこの男をかっこいいと思った。 私はその場で即決で弟子入りした。 指がササクレで痛いことなど忘れていた。 痛みなどデカプリオと一緒に深海に沈んでしまっていたからだ。
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