いつもの日記

2001年07月06日(金) 小クワガタ

今日は雨模様。
でもかさは持っていかないよう。
なぜ?どうせ原茶でカッパだから要らないの。いーのいーのそれでいーの。

しかし、ブレーキかけるのが遅れたし、雨でスリップして、信号待ちで止まってた車に追突。
ブレーキをかけたからほとんど止まってはいるんだけど、当たったものは当たってる。
当たってるんだから、運転手は出てくるはず。

ほら、出てきた。当然だよね。
あら?やさしそうなおばちゃんだ。これはいけるかも。
そうですよね。へっこんではいませんね。体がちょっと触れただけです。
はい。そうですね。以後気をつけますね。おばちゃんも気をつけてね。
すみませんでした。ありがとうございました。それでは。

研究室についた。ふう。
あれ、こんなところに小クワガタ?
こんな入り口のところにいたら踏み潰されるよ。

だから俺の机のどーぞ。おお、よしよし友達になろう。
おばちゃんに助けられたから、俺も君を助けとかないとバランス取れないや。

でも、そのプラスチックのクリアケース狭そうだね。
ちょっとの間の我慢だよ。外に出る時いっしょに連れて行ってやるから。
お前の好きな自然の木のある場所にね。



2001年07月05日(木) 提携商品

ローソンバイトで店の商品を見ているとこんなことに気づいた。

2つ以上の会社で提携して開発している商品が多いのだ。

キリンとカバヤの提携商品「生茶」の飴。
S&Bと白木屋の提携商品「たこわさび」チップス。
などなど商品カテゴリーの境界を越えて、おのおの会社がビジネスで結びついている。

異なったカテゴリーであるが結びついているお互いの会社は、
ライバル同士ではないので、ビジネスとしても充分成立する。

そこで私が思いついた商品に日清とカルビーの「UFOベビスター」なんていうのはどうだろう。

そうなれば、ベビスターラーメンだけでもっている「おやつカンパニー」は、
初めてライバルが登場することになるだろう。

色々考えていると面白い。



2001年07月04日(水) 松本紳助

松本紳助は島田紳助と松本人志の2人だけの深夜トーク番組だが、
これをみて紳助はやはりすごいなぁ。と思ってシマウマ。

面白いエピソードなどが豊富で、しかも感じ方や考え方が普通より別視点で、なおかつ、
視聴者が話の状況をたやすくイメージできるほど口が巧い。

番組だけをみていると、松本人志なんて全然及ばないと感じてしまう。

でも世間は「まっちゃんまっちゃん」と絶対松本人志という気がある。
(ただ俺の思い過ごしという気もあるけれども)

この原因はダウンタウンでありまっちゃんである松本人志という創造されたブランド戦略に、
みんながはまってしまっているだけではないだろうか。 
と思えてきた。

その一方で友人は言った。言ってもた。

「この番組において紳助が松本人志より面白いと思えるのは、
 ただ松本人志が先輩の紳助に遠慮しているだけじゃないのかな」

あぁそうか!確かにそのとおり!その可能性は重分にありLR。さて彼らはどこ行ったかな?

だから、そのように考えもつかなかった私はまだまだ自分は甘いなと思わされた。

このように、一つの事柄(松本人志より紳助のほうが面白いのではないか?)から、
その原因になりえる可能性の高い事柄を、多くそして瞬時に思い描くことができる能力は、
この先社会人として大変重要な要素になってくる。

その能力を高める為に、日々出会う事柄を色んな別の視点から捉えることを通して、
その能力を鍛錬していかねばならないだろう。

日常の生活の中で自分を高めてくれる物事は転がっているんだ。
せっかくだから蹴っ飛ばさないように拾い集めていきたいな。



2001年07月03日(火) エアコン

研究室のエアコンは温度を25度に設定しているのに風が生にゅるい。
原因は室外機にあった。彼は一向に動いていないのだ。
室外機が動かなくては、中の本体が動いていても冷房の意味はなさない。

それは、製作は頑張っているが、営業が全く機能していない会社である。
それは、頭では色々考えるくせに、結局体がついてこない人達である。
私達にとって室外機もバランス良く動かすことはこの世界を生きる上で重要である。
と俺は無理から生き方に結論を結び付けてしまった。

そんな風にどんな事象でもいつも人間の生き方に結びつけることが、
机上の空論であって、本体ばかり動かしているようなバランス悪い事でもあるのだろう。
「楽しく生きれたらそれでいいじゃん」
っていう友人の意見は俺の傾いた考え方には必要である。



2001年07月02日(月) 今月の給料を貰いに

私はローソンでバイトをしている。
月末は給料日。給料の授与はここでは手渡し方式である。
この渡された封筒の中に一ヶ月の労働の証が集約されている。

「はい。給料ね。ごくろうさまでした」
「ありがとうございます」

少し頭を下げ、両手で受け取る。
そして店を後にし、給料で暖かくなったフトコロを元に原チャを走らせる。

向かうところは銀行。むろん預金では無い、家賃の振込みである。
こうやって給料は使われる事も無くATMに吸いこまれていく。

 ザッザッザッザッ、ザッザッザッザッ・・・・・

「こいつよく食べるなぁ。「お腹いっぱいでもう要らんよ!」って返してくれんかね」



2001年07月01日(日) 町内会のソフトボール大会

鴨川を出た時には深夜2時ほどで、カンノ亭のなごみ庵にお世話になる。

ここは一軒家を5人ほどが共同で使っている面白い住まいである。
だから、奥の間という12畳のスペースはフリースペースで空いているので、
そこで布団をシキシキ寝る寝る。残り7名

朝起きると昨日7名だった生存者も3名に減っている。
カノ、ミネ、IR嬢が脱走したらしい。

仕方なく残った私とツヨシとカツノは町内会のソフトボール大会に参加する。
人数が足りなくては助けねば仕方あるまい。

空は藍より青く、雲は洗いたてのシャツより白く、とても暑かった。
俺は8番キャッチャー。部外者だからなすがまま。
ツヨシは7番ピッチャ−であったため、実は部外者だけでバッテリーを組んでしまう。

これが効をそうしたのか、なんとなんとすいちょうけん。優勝してしまう。

ツヨシはこの日だけで3勝をあげ、ハーラ−トップに躍り出たそうだ。

久々にソフトするとカンが鈍ってて下手さを思い知らされる。
はじめの2打席はボールの30cmほど下を空振りし連続三振である。

しかし徐々に慣れてきて4打席目はセンターオーバーを打てたのでした。
たまたまだろうけど。



2001年06月30日(土) 内定者飲み会 in 河原町

昨日に続き飲み会に参加する。場所は河原町。店は地球屋。
メンバーはリクルート関西内定者20名+リクルートの子会社内定者4名+
リクルート関東内定者2名(黒岩殿・勝野嬢)である。

関東でも恐れられるモンスターである勝野嬢はここでも爆発していた。
俺も彼女の勢いに押され何度も一気させられ、メガネが落ちるほど叩かれた。
しかしながら彼女もさすがに人間である。限界を超え座席に彼女は吐いていた。

俺達はこれ以上この店にも他の客にも迷惑をかけるのはイケナイと思い、店を出た。

河原町なら次に行く場所は鴨川である。ビールやおつまみ等を買って外で2次会。
鴨川は、風が心地よく自然を感じれる素晴らしい場所である。

橋を横切る人の波と、川べりにカップルが等間隔にきちっと座っているその対比が、
動と静、現代文化と古来の日本、を表しているようである。
日本において街中でもっとも日本を感じれるスポットかもしれない。そう感じる。

酒を飲みすぎたせいで私は頭が痛くなり、もう寝るしかなくなっていた。
でも鴨川は大丈夫である。緩やかに坂になった川べりがよいベットになる。
心地よい風と鴨川は現実の私を洗い流し、夢の中へ引き込んでいった。

いつもの黒のトートバックを枕にして。



2001年06月29日(金) リクルート内定者の懇親会

本日はリクルートの内定者の懇親会で梅田のビルに出没す。

まずはクリエイティブテストで頭がとろけるチーズになるまで考える。

だって「次の語句から感じた事、思ったことを書け」っていったって、
問題がアバウト過ぎてわかんないよ。

それらの語句とは、バリアフリー、iモード、イチローなどそうそうたるメンバー。
ちなみに俺の答えは(iモードの場合)
「イメージしやすくシンプルなネーミングが素晴らしい。みんなiモード」
こんな事しか書く事ない。このセンスじゃやりたい製作はできないかもね。

その後懇親会。
採用でお世話になった人事の安田さんにも会えて、最高に楽しい飲み会だった。
でも何が楽しかったの?って言われたら思い当たるネタはあまりないでけど。
もとろん2次会にも行きまする。BARで濃い話をしてしまったよ。

ほんとに楽しく変な奴らが集まったものだ。
内定者の井上玲子嬢は実は俺と同じ茨木住まいで、JRで一緒に帰ったのでした。



2001年06月28日(木) 更新できてませんが、、、

「日記が更新できてませんがどうかなされた?」
って俺は釘をさされた。だって時間がナイモノネダリ。やっぱり釘って痛いね。



2001年06月27日(水) 上山の九州出兵

上山(元我研究室)が仕事で当分の間九州に行くことになったとさ。
それを祝ってあいなってか解らんが、千中(千里中央)で飲みましたとさ。

彼はあいも変わらずでしたが、久々に皆でワイワイガヤガヤで楽しかったなぁ。
榊田君はずーとしんどそうで寝てたけど。

その後カオラケに行ったが、みんな脇見も振らず頑張り過ぎだね。
ほんとに結局朝3時までやったじゃない。
でも榊田君はずっと寝てたけど、唯一起きた時には注文をとってくれてご苦労様。

結局彼の可憐なる歌声は聞けなかったけど、
23〜25歳の男だけで良く頑張ったなって今更思う。

あぁ18歳だった大学入学当時は遥かかなた。
あと9ヶ月でようやく船出です。
おとう、おかあ、ありがとう!
そしてまわりのみんな何かと色々ありがとう!


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