妄想更新日記
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2002年05月21日(火) その2

わー昨日は御免なさい!

まーそんなわけでようやく私のホットタイムネットタイムになりましたので出産バナの続きでも。(02.05.19日記を読んでない人はそこからどうぞ!)




今日ビールはいってイイ気分なので読みにくい誤字が多いかもだけどゆるして!いつもより多く誤字ってます!!




















さて、感動的な出産の経緯を語る前にまた話を妊娠中に戻します。

今度は私の身体についての話。



















私がこの病院を選んだのは、ここが何時も利用する健康診断の場所と言う事と、ここに不妊治療にも通ったので(ここでは上手くいきませんでしたが、とても感じがよかったので)先生もよく知ってるし...と家から車で30プンと言う(すいてれば15分?)
悪条件にもめげず決めました。初産は早く産まれないと言うし、そしてそれは本当だったし!!







残念ながら私の妊娠を発見してくれた先生は女の先生でこの人も嫌いじゃないけど物事はッきり言う先生で賛否両論別れるタイプ。

私は裏表やごまかしのない事が大好きなので少々きつくてもこの先生の事、結構好きでした。



さてその先生が妊娠チエックしてくれてます。身長体重脈拍貧血尿検査........



結果の出たカルテをみて一言



















.........身長152センチなのに体重○○kg?


.........身長152センチなのに体重○○kg?



















太いね!






太ってるね!!




















とか、初めての妊婦に言うものですか?




あーそうだよ、俺は太ってて、眼もはれぼったくて、鼻も上向いてて、出っ歯だよ、それがなにか?



















がーんがーんがーんがーんがーーーーーーーーーーーーん!







とショックを受けている私を尻目に彼女はナースに言いました。









     
       「この患者食事チエック」











病院によっては入院中フルコースがでるだの体重制限しないだのと結構自由な妊婦ライフの所もあるそうですが、この病院はとっても健康管理にうるさい病院で。でもそこがぐうたらな私にはぴったりだと思い決めたのですが....






ナース「一昨日の朝から今日の昼までの食事のメニューをここに記入して下さい」

私「......昨日の御飯もあやふやなんですが...」


ナース「覚えてる所だけでけっこうですよ」







....すでに忘れてしまいましたが

サラダをおひたしに変えろというのと鮭のバター焼きを塩焼きに変えろと指示が出たのを覚えてます。













私標準体重よりその頃すでに10キロも、オーバーしてまして。













妊婦はコドモの体重、羊水、血液の量などでだいたい10キロくらい太ります。















もう私は1キロも太れません!



















「産道に脂肪がついて産む時大変なんだよ」



そう言われがんばりました。



私はジュースは嫌いですが甘いコーヒー牛乳や紅茶がすきで。

インスタントラーメンもチョコレートも好きで

手作りパン屋さんのパンやケーキも好きで

何と言ってもお酒スキー


そんな私がコーヒー紅茶をブラックで飲み(5杯も6杯も飲まなきゃいいと言われた)

三食きちんとほぼ和食で

塩分控えめ高タンパク低カロリー

お菓子もラーメンもお酒もいっさい一滴も口にしないで




とつきとおか出産前夜まで頑張り通しました。





おかげで体重ほぼ変わらず出産しました!




つまり妊娠ダイエットしました。標準体重+10キロでいけたので。








私は自分が頑張ってる姿に酔いしれるタイプなので厳しくされればされるほど燃え上がるタイプ。



















たっちゃんと引かれあうわけです!









股関節もやわらかくしないといけないというので体操もしました。

自慢じゃありませんが私は運動神経鈍いので身体もカチカチ!


ドクターが「レントゲン!」と股関節のレントゲンを初期にとらされたくらいです。





そして






関節の異常かと思ったけどただ単に身体の固い人なんだね!!




と、言われました。ほっとけ!








母乳の為に乳首の手入れもしました。自分の乳首なんてまじまじ見た事もなくてさらさらとフロで洗ってたけど....




こんな小さいうにみたいな状態の間に垢がたまってるなんて思いもよりませんでした!!











もちろん呼吸法やラマーズ法もしましたよ、ひーひーふー!!














そんなわけでむかえました出産当日。



















当時何回か「これは陣痛?」とよく行っていたのですが「違います」と病院から返されました。


でも妊娠後期ってすごいお腹が張って「これが陣痛?」っていうような断続的な痛みってあるんですよ。






でもみなさん違いますから。













独身の人に「貴方は生理が重いから出産楽そうね」なんて絶対言わないで下さい。(私言われて信じてました)



















陣痛の断続的痛みってのはほんとに「痛い」ですから!



















家は立ち会い出産で旦那もずっとついててくれました。

こんな経過だったからかなり心配してくれて....



陣痛の初期は痛くても旦那と話していられる余裕がありました。






隣では「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!ああ〜〜〜〜〜〜〜!!」




って言うまるでエロビデオの女優みたいな悶絶の声をあげてる人が居ます。








「あんなんなるんかな...」









今度はもう一つ隣の人が




いったぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っ!!





と声をあげてます。(後で聞いたら股関節はずれてたそうです)







「あの人痛がり屋さんだね、くすっ」




と旦那と笑ってました。







だんだん会話も辛くなり本を読んで気を紛らわせていたけれど、どうにもこうにも痛くて我慢が出来ずに悶絶しはじめました。











まだ7分置きだったと記憶しています。





陣痛の痛さは産道の開く痛さで、膣内がどんどん開いてくるのですが、痛くて我慢出来ない私に向かって看護婦さん
















「はい!浣腸しましょうね*」



















わ〜〜〜〜〜〜〜〜!!スカトロ!!



















出すもの出すと開きが良くなるかららしいのですが浣腸初体験の私にはつらかった。

「できるだけ我慢してね」って言われるんだけど入れた瞬間から「出そう」です。





これ「気持ちいい」っていう意見アダルトサイトにあったけど...ホント?






まーすぐに我慢出来ず出しちゃって叉悶絶







いたーい、いたーい、いたーい......(><)










旦那が一生懸命腰を摩ってくれていい気持ちなんですが.....





桃缶さんはそんなにしんどくなかったっていうんです。痛い時に力をあまり入れて痛がらなかったからでしょうね。(17日日記参照)




でも私は思いきり力が入ってました。そんでせっかく痛みがなくなる合間があるというのに途中訳分からなくなって緊張がとけないのです。














いたーい、いたーい、いた〜〜〜〜〜〜い!!(><)










旦那は心配してくれてるのにだんだん痛みで思いやりのかけらも無くなって行きます。

「あー痛い!さすって!もっと右!違う上!そこ....ああああ....いたいいたいいたいいたい〜〜〜〜〜〜〜!!もう触らないで!みず!水ちょうだい!ごくごくごく.....あああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!痛い〜〜さすってーーーーーーーー!ダメ!違う!もういい!ああ....やっぱりさすって...腰...じゃない...背中...じゃないやっぱり右...いーーーーたーーーいーーーーーー!!もういい!!」



叫ぶものだからやたら喉が乾くのにそのお茶さえもとれない。産前に

「お産の時の飲み物はストロー付きがいいよ」


と言われた訳が分かりました。痛くて水筒なんか落としそうですし、ペットボトルなんかでのめません。口の端からだらだらよだれと一緒にこぼしそうです。つばを飲み込むのもしんどかった。


そんでやたらと飲むのでトイレにいきたくなるのですが、これだけは気力で自分でいきました。旦那になんか見せられない。よく相手の親が付き添うなんて話もあるけど絶対嫌です。すでに動物状態です。




トイレにいっても少ししか出ません。






何回か助産婦さんが子宮口の開き具合を見にやって来ます。


10センチ開かないと産めないのですが





「5cm」










と...遠ッ!!













うんうんうんうんうん..........(><)














寝てもいられず座っても居られずまさにあばれまわってるとナースが木馬を出して来ました。





「これに座って揺られてると楽だよ」(ホントにそうらしいです。ちゃんと妊婦用木馬)






この年になって木馬で揺られるとは思ってもみませんでした。ちゅーか、私が木馬にのる時はSMクラブと決めてたのに!!(や、嘘です。ごめんなさい)


















しかし痛みは酷くなるばかり........











もう痛いというより今まで説明して来た「疑似出産体験」の疲労と一緒です。もう疲れてへとへとなのに身体が休む事をさせてくれない。











エジプトの奴隷の拷問で「休み無しで働かせ続ける」っていうのがありますが、こんなにつらいものなんだと実感しました!



エジプトの奴隷の御霊に黙祷です。

















私はもう人間じゃ無くなって来ていて










「だして〜〜〜〜〜〜もうコドモ出して〜〜〜〜!薬で出して下さい!帝王切開でとりだしてくださ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!」と泣きながら哀願しました。


あの一昨日の美しい誓いなんかどこへやらです。(私の涙を返して!)















「何いってるの!律生さん!!あかちゃんも頑張ってるのにお母さんが頑張らないでどうするの!!こんな普通分娩で痛がってる人に薬なんてもってのほかです!もっと痛いんですよ!我慢できるんですか!?(正論)




「うう〜〜〜〜我慢できません〜〜〜〜〜〜〜じゃー帝王切開で麻酔して下さい。もう痛くなくなる事はできないんですかーーーーーー?」(理論破たん)












できません!!









あうーーーーーーーーーーーーーーー!!
















その時はいくら「赤ちゃんの為」なんて言われてももうどうでも良かったです。正直。「赤ちゃんなんかどーでもいいからこの痛いの何とかしてくれ!!」





....ってくらい痛かったです。もう兄ちゃんには一生言えませんが事実です。










その8〜9時間の間に何回ナースコール鳴らしたでしょう。もう全然見に来てくれませんでした。旦那には色々説明してたようです。朝も昼も痛くて食べれず旦那も飲まず食わずで見兼ねてその時だけナース(助産婦さんかな?すいませんわかってません)がついてて旦那を食事とトイレに行かせてくれていました。








そんでまたトイレにいくと、その時私は病院の浴衣に着替えさせられおむつのようなパンツ(つまり脱がなくてもホックで下部分が開閉する)にまさに紙おむつをはさんで居たのですが(破水した時に受けるため)







トイレから出てくると立っていられなくてトイレから這いずって出て来てベットにのぼれません。旦那とナースに「起きて起きて!」と即されても






「おーきーれーなーいーーーーーーーーーいたいよ〜〜〜〜〜〜〜!!」


と喚く私。










お前が痛がり屋だっちゅーの!






浴衣の前ははだけておっぱい丸見えパンツも丸見え紐1っ本が太い腹に巻き付いて頭はぼさぼさ。涙とよだれと汗まみれの身体をホコリがあるかもしれないたたきの床にごろごろ転げ回りました。








痛いよ〜〜〜〜〜〜〜!!
















そんで、何回もすでに身に来てもらってもちっとも開かなかった子宮口



















「でも子宮の膜が薄くなってますからね?もうすぐですよ!」



















その声に私はひらめいた。



















破水すれば産ませざるおえなくなるんじゃ.....
(この後に及んでこいつは一体...)







律っちゃん冴えてる!!


















うーんうーーんうーーーーーーーーん.....





























ブチッ








ジャーーーーーーーーーーーー!!


「ピンポーン」(ナースコール)







「破水しました!!」






どやどやと見にくる看護婦。













てきぱきと「おもらし」の処理をしつつ...

















「あ、9.5センチですね」













「え!分娩台にいけますか?」



































「10センチじゃないからまだです!」

































10センチくらいオマケしろ!!



















そんな訳もなくうーんうーん唸って5分くらいたってやっと分娩台に移動。



でもその頃には本当に産まれそうでした。





分娩台にのぼるのもやっとこさでのぼり


「まだ息んじゃダメですよ!」という助産婦さん。


イキむなんて体力どこにあるんだよ!って感じでした。もうぼろぼろのへとへとでした。









ところが!










直前になって私は声をあげました。いえ、正確には「声」ではありません。雄叫びです。野獣の吠える声です。







うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!






あのエロビデオの女優さんみたいな方の方がよっぽで女らしい。

でもほんとに声が湧き出てくるのです。腹のそこから空気がもれてしまうのです。






もう例の場所がめいっぱい広がって



そうですね....




う○こがアナから顔をだしてこんにちはをしてるのに寸前で止めてる感じ?


それを







「律生さん!先生がくるまで後5分くらいまって!


















まてねーーーーーよ!!(怒)















私は必死でう○こ...じゃない、あかちゃんが出てくるのを押さえようとしました。金魚みたいにぱくぱく酸素をすってたら


「過呼吸になります!」

と酸素マスクをされました。




(これがあの『酸素マスク!』)とか思いつつ「こんなの吸ってたら苦しい!!」と払い除けると



「でも過呼吸になるからね?(にっこり)」

とぐいぐい当てられました。いてて....。



はぁはぁはぁ...あなたもこの後う○こにいきたくなったらぜひ限界で顔のぞかせてるぐらいの寸前で自分の力で止めてみて下さい。5分間。












そんで先生の足音が聞こえ










「律生さん!良く頑張ったね!今、会陰(例の部分を鋏できるのです。術後処置しやすいように)を切開するから.......ああああああ!ダメだよーーーーー!」
















「あーーーーーーーーーーーーーーー」










びりびりびりびり........




































ほぎゃーほぎゃーほっぎゃ〜〜〜〜〜〜!!





































..............「産まれちゃいましたね」


...............「はい」



















「律生さん!おめでとうございます!元気な男の子ですよーーーー!!」





「はぁ...どうも...」(ぐったり........)












助産婦さんは産湯の用意やらでばたばた.....
















ああ......終わった......(放心状態)




















旦那が「おめでとう!」といいます。





「あ、ありがと」(無表情)



















こんなにへとっへとにくたばってる状態で旦那と涙を流しあったり握手したり先制にお礼をいったりできるものなのだろうか?




私はその日は言えませんでした。



















「さ!じゃ、律生さん!さっさと胎盤だして縫っちゃおうか*」








「え...まだあるんですか?」


















その後ぎゅうぎゅう胎盤を腹部押し出されて摘出。いてーいてー


そりゃ出産にくらべたら何てこと無いけど痛いよ。
見せてくれたよ。レバーみたいだった。生臭かった。生理の時に出る固まりのでっかいやつみたい。







そんで「びりびりの私のアソコ」をちくちく縫われました。


これ...ちゃんと戻るンかな....(戻ります。体操がいるけど)










何で産後もこんな痛い思いしないといけないの?早くやすませて....



と思ったら




「はい!おかあさんの初乳飲みましょうねー」


と言って赤ん坊を連れた助産婦さんが私の胸をぐいぐいもんで乳首にうっすら黄色い汁がでたら







「ほれ!」



と息子の口をあてがいました。ぎこちないのに一所懸命吸ってる息子は可愛かった。



やっと「可愛い」って思えた。












やっと「野獣」から「人間」に戻れたよ。










やっと「おかあさん」になれたみたい。






















ここの病院は産後病室に移る前に冷たくて甘いアイスティーを飲ませてくれます。



















甘いアイスティーは約一年ぶり。




サイコーに美味しいアイスティーでした。




一生忘れられない。







2002年05月20日(月) 裏切り

朝おきたら兄ちゃんの眼がぱんぱんに腫れてて
チビはわきの下にできものが出来てて
それでも応急処置をして学校と保育園にいかせ
私はそのひ「0の日」の交通当番で黄色い旗持って横断歩道に立ってて(ほかの地域ではこういう事はしませんか?)
遅刻して勤務を後に長くしてもらい
そのあと急いで病院に診察券をだしにいくと友達も外科で受信してて
予約の時間まで皆でケーキ食べて
診察すんだらその子の家で寿司とビールをごちそうになって帰って来ました。


あー...どうして私はこう毎日「なにもない」日が少ないのか?チビとにいちゃんはたいした事無くてそれぞれ薬を貰って帰って来ました。


現在10:30です。今帰って来たばかりです。コドモは一足先に旦那に連れ帰ってもらいました。帰る直前でにいちゃんケッタの鍵なくすし!



そんな訳で眠いので今日はダメです。あしたにでも続きを!!





2002年05月19日(日) お待ちかね?

おこんばんわー*

いやー昨日は飲んだな。深夜2:00まで!友達の家で。保育園の時の同級生ばかり(にいちゃんのね)なので子供達も夜更かししてて気付くと、ちゃんと皆でフロに入って眠っていました。そんで深夜に車で連れ帰り昼まで皆で爆睡。にいちゃんはそのまま学校の友達とチビとわたしらは一週間の買い物に。なんかハードだったようなゴロゴロしてたような。

その飲み会では「会長という役職になれるにはそれなりの力がいるはずだ。だがもっとも必要なのはなにか?そして役職の定義」みたいな、こむずかしい話を馬鹿馬鹿しくはなしていました。酔っ払いは訳分からない生き物です。

まーその話は後日。わーい*ネタが一杯で困るね!

にいちゃんの友達が家に土曜日来ていてその話もあるのですが...


ところで17日日記は熱くてすいません。あちあちーーーーー!

こっそりロムってる日記がいくつかあり(たぶんここで話ても大して共感を呼ばないであろうジャンルだし。)その中とかそうでない中にもいくつかの日記の中で自分の書いた日記に「文句言う」奴らについてのしのごののが書いてあって大層むかついたので、しかし本人は考え込んでるだけとかほかってるだけで怒ってないのですが、(みなさん大人ですので)こっちのほうが辛抱たまらず


「おめーの事だよ!お前みたいなやつが一等むかつくんだよ、聞いてるのか、コラ!!」


....って感じで「アタイはこういう考えじゃい!言いにくるなら言って来てみろウルァ〜!」とほぼ読んでないだろうが万が一でも読んでるかもしれない相手に

正座して聞かンかい!


って勢いで暑苦しく語りだしてみましたが、これ後から読み返してみると




アタイの日記読んでくれる人がいなくて寂しいの、くっすん。お願いだれかかまって!!


としか読めなくてすっごいそれ不本意なんですがこういうのは言い訳すればする程ドツボにはまり、それは現在のあたしがそういう状況と言えるのだが
とっても言い訳したくなりましたが、ここはグッとこらえてですね...




次ぎいくぞ〜〜〜〜〜〜〜!!わりゃぁ〜〜〜〜〜〜!!



ってな勢いで
桃缶様リクエストの「出産日記」です。
この方は私の日記を最初から読破して下さっていたツワモノでした。「暇」なんじゃなくて「根気」があるんですよ。そーでないと私の文章を読める人はいません。今度「これ書いたっけ?」という事があったらお伺いをたてに参りたいと思います。えへ*なにしろ、まわりくどく、長ったらしいですからね。当初は改行もしてないし、かなり辛かった事だろうと思います。感謝感謝*うれしかったです!(包容)ありがと〜〜〜〜〜!!(ぶっちゅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!)



















さて、ここからお話モード




出産話しです。





えー産前ぎりぎりまで働くつもりがあっけなく6ヶ月くらいで「切迫早産」の診断書がおりて自宅で金はないけど暇はある悠々自適な生活を送っていました。7年近く勤めた保育園をこんな形で辞めるのは忍びなかったですが温かい保母と父母に見送られ退職しました。今でも年賀状とかやりとりがあり私のホーム的な存在の園です。


姑くはのんびりゆったり暮らしていたものの予定日近くになるとやたらとブルーになってきました。


私は長男の嫁で家はとっても下町。結婚した当初鍵を開けてると「律生チャーン」といきなり玄関をチャイムも鳴らさず玄関口に入って来たり、「**作ったでもっていくわ」とお惣菜をもってきたりされて閉口しました。私は県営住宅の四階に住んでいてそんな密接な接触もなかった生活で。


道を歩いていれば「どこいくの」「ちょっと買い物へ」といえば「何買うの」「コンビニにコーヒー買いに」といえば「うちはコーヒーなんか家では飲まん。珈琲屋(喫茶店といえ)で充分だが」とかえんえんと続く。

どこ行こうが何しようが勝手だろ!と何度毒を吐いた事か。


もともとそういう地域柄と言うのをさしおいても実は私がこんなふうに構われているのは理由があります。

かつひさ家は代々ここにずっと住んでいて近所とは顔なじみ。旦那もじーちゃんもここの小学校を出て中学校をでて...周りもほとんど代わり映えのしないメンバーでずっと暮らしてる土地柄。おせっかいでも温かく、旦那がじーちゃんに叱られて家を追い出されるとそのままお隣の家に逃げ込んでほとぼりがさめるまで休憩するなんてザラ。

そんな下町情緒溢れる家に暮らしてた旦那ですが旦那が小学校3年弟が幼稚園の年長の時におかあさんが亡くなりました。

本人達はさほど意識もしていないのですがこの土地柄で「母親が居なくて男で一人で一生懸命子育てしてるえらいじーちゃんとひねくれもせず立派に育ってる息子(旦那)たち」という図式はとっても色濃く、なにかと心配してくれ手伝ってくれ、本人質も「母親が居ないからって言われるような事はするな」と頑張って生活していたそうです。


それはそれで素晴らしくて、それはそれでいいのですが、もー結婚していい大人になってるんだからとってもほっといてほしい気持ち。

結婚してからもすごく値踏みされてる感じで嫌でした。共働きもどれだけ色々言われた事でしょう。

親戚に至っても皆同様で親戚一同が本当に旦那達を可愛がってるのがわかります。「やっと結婚できたね」「コドモできてよかったね」と「普通」の生活を諸手をあげて喜んでるのが分かります。


「コドモを早く作れ」


このプレッシャーも並み大抵ではなかったです。不妊治療っぽい事に結婚前から着手したのもそれもあるし、結婚してからはまだ一年もたってないのにず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと言われました。付き合いが長かったからってのもあるけど「こうなる事が眼に見えていたから」先送りにしてたのに...案の定。

実は正直もう少し「新婚」を楽しみたかった。でも外圧に負けてしまったって感じです。治療しつつの妊娠でホッとしたのが一番ですが「もう少し心の準備が出来てから欲しかった」ってのが一番で正直「ばんざーーーーーーい」とならなかったのはにいちゃんには一生内緒です。

「つくらされた」って感じだったんだモン。「作りたくてつくった」にしたいよ!命なのに...なんで?と自分の心の弱さを嘆きました。今でも胸がぎゅっとします。
(不妊治療中の方すいません。あと帝王切開の方も読まない方がいいかもです。御気分を害されましたか?以下それでも自分の思った通り正直に書き連ねて行きます。嫌な気分になられた方はどうぞ御退室ください)



つくるだけでもこれだけ大騒ぎの周りと親戚。正直私の実家は母の病気で親戚中からのけもの状態だったのでこんな暑苦しい状況がうっとおしくてたまりません。


妊娠中も働いてる事を散々出勤の度に色々言われ疲れて帰宅する時はわざわざ近所の人に会わないよう遠回りをしてこっそり帰ったりしたものです。

すでにちょっと気持ち的にノイローゼっぽかったのになんと私は「過期産」だったのです。「過期産」とは「出産予定日」より出産がおくれる事で一般的には二週間すぎるとコドモも母体もよくないので「帝王切開」でだしてしまいます。


その頃には予定日1週間前から我が家の電話は毎5〜6件は普通に「まだ産まれないの?」と電話のかかってくる状態でした。

かけてくる方は「一回」「2回」のつもりでも色んな人がかけてくれば受ける方は結構な量で。

私は知り合いや友人も多くてその子たちからもかかってきてて彼等には親戚のような意図はないと分かってるのに「お願い!もうかけてこないで!!」って感じでした。となりに住んでいるじーちゃんも毎日ニ回はコールです。


わかってるんです。皆が心配してくれて皆が待っててくれてる事。これって幸せなことなんですよね、ありがたいことなんですよね。


でも初めての出産で一番不安なのはこの私です!!


それなのに


「大丈夫なの?」「お医者さんにちゃんときいたの?」(当たり前だ)「病院変えたら?」(今さら!)「お産で昔は死んだ人もいるでね」(...。)


.....いい加減にして!!と怒鳴りたくなるのにこらえて対応して一番自分が不安なのに「大丈夫です」と言うむなしさって!それを追い討ちかけてこられるって!!


思いあまってじーちゃんに手紙をかきました。「もうその話はしないでください。産気づいたら一番に知らせます。だから暫くいろいろ言わないで下さい。不安でまわりから押しつぶされそうです。」と。


「せんが細かい」って言われましたけどね、後に。それでもとにかく黙ってくれました。


とうとう予定日13日過ぎました。明日でいよいよ決断せねばなりません。帝王切開か普通分娩か。


母体もコドモも正常。胎盤も古くなって行くはずですが、機能は衰えておらず羊水も澄んでいてまだきれいなまま。....迷う所です。


しかし私はその日の検診でドクターにお願いしました。お年を召したベテランの男の先生で淡々としててもかなり面白い先生で優しくてちゃんと説明して下さってこの人がいるからここに通っているって感じの信頼度100%の先生。

だからいいました。




「実は嫁ぎ先の状況がこういう風で周りにも申し訳ないし、そう思う自分がもう精神的に追い詰められてて耐えられない、自然分娩はあきらめます。もう帝王切開でお願いします」と。






ドクターは「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん.....」と唸ってましたが

「そうですねもう明日で14日ですし...わかりました。明日もう一度来て頂いて陣痛の気配がなければ帝王切開にしましょう」


とおっしゃって頂き私はもう晴れ晴れとした心のつかえがとれたような気持ちでじーちゃんに報告して(じーちゃんは眉をしかめつつも納得してくれましたが)ドキドキしながら寝床に入りました。


ベットの中で明日かっ捌かれる自分のお腹とコドモを思うと自分の心の弱さやこの嫁ぎ先の状況への不満がイッキに吹き出してべっとでシクシク暫く泣いていました。




















.......トゥルルルルルルルルルル.......



















電話?













誰?こんな時間に...今深夜1:30だよ?



















「あーもしもし、かつひささんのお宅ですか私**病院産婦人科の**と申しますが律生さんいらっしゃいますか?」



















夜分にすいませんと謝りながら彼はいいました。








「律生さんやっぱり明日の帝王切開ね、やめようよ?

だって胎盤も元気で羊水も澄んでて赤ちゃんも貴方も元気なんだよ?どこにも帝王切開しなきゃならない理由なんかないよ。
今までずーーーーーーーーーーーーっとカルテみて悩んでたけど電話しました。やっぱり命なんだから。赤ちゃんは「出たい」ときに「出たい」んだから。事情で帝王切開にならざる負えない人も居て大丈夫な事だけど母体もコドモも「負担」がない訳じゃない。
周りの人がどうこう言ったっていいじゃないですか、そんなに負担なら私が貴方の家に電話して差し上げます。医師としてしっかり貴方の状況を伝えてあげます。だからちょっとまってくださいよ。
たった一人の命の話ですよ?あとちょっとで絶対産まれると私は確信してます。
貴方も赤ちゃんも「ベスト」な状態でぎりぎりまで普通分娩をめざしましょう!もし、ちょっとでも危なくなったら私が責任持って帝王切開にしますから。あかちゃんが「出たい」っていう自然の声を待ちましょう?皆で一緒にぎりぎりまでがんばってみましょうよ。だから律生さんがんばろうよ!?ね?」



電話の途中から大泣きしました。先生に言われた一言一言が染み通る感じで大切な事を見失おうとしてた自分のおろかさや自分の本当の出産に対する気持ちが見えて来たり「親切心」から言ってくれてるからと何も言えないで苦しんでたりあくまでも「イイ嫁で」「認められたい」とそういう事ばかりにこだわっていた事や「つくらされて」とすごく不快な気持ちでいた自分が今まさに「産ませる」事を理由もなく自ら選択しようとしていたのかとか...

とにかく「赤ちゃんを産む」という作業に真摯でなかった自分とそんな私の事を夜中の1:30まで考えてくれて一生懸命熱弁してくれるこの年老いた先生の事がもうたまらなく有り難くて「唯一の味方」って感じで。


もう鼻水ずるずるさせながら「そうします、お願いします」と言って電話を切りやっと本当に安眠できました。すごくひさしぶりのきもちがしました。


次の日旦那とじーちゃんに、てん末を話すと「その方がいいよね」と言ってくれやっと全員が意見の一致を心から出来たと言う感じで病院に向かい、くすぐったい感じでその先生の検診をうけ、

「まだまだ胎盤も羊水も良好です。貴方の身体は元気があって赤ちゃんに居心地がいいんでしょうねぇ、しんぱいしないでくださいね、陣痛が来ても慌てなくていいですからね。一緒に頑張りましょう」



と検診を終えて家族中が腹をすえ直しゆったりと構えることができました。




















しかし..その日の夜中










やっときました!陣痛が!!




















続く。(笑)


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