妄想更新日記
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2002年04月17日(水) 昔の話

先日友人と健康の話をしていて(...老人か、俺は...)思い出したのですが...。

実は私「小児リウマチ熱」という膠原病で中学生になるまでちょこちょこと入院していたのですよ。

(この病名をどのようにつたえようかとネット検索していたら膨大に時間がかかってしまったので本編ではこの病気の件については割愛させて頂く。ちゅーか詳しい説明の乗っているHP知りませんか?調べても調べても納得出来ん!!)

今は再発に怯えながらも一応の完治(?)をみている私ですがその時は小学校もしょっちゅう休んでいて大変な病気だったんですよ。

そんで私の入院先と言うのが小児科で重度の病気のコドモばかりが入院するところで小児がんやら白血病やら(これもがんだけど...)多いのは腎臓病、糖尿病....。部屋も年齢別に別れてて「お姉ちゃん達のいる方のベットに移りたいな−もう私4年生で高学年なのに...」なんて思ってるとその部屋に移る時...それはその仲良しのお姉ちゃんが亡くなった時...。

そんな殺伐とした中で親元から離れて完全看護で入院してるコドモと言うのはどうしてもストレスをためるというか陰湿ないじめが謳歌していました。

どんなのかと言うと

学校のコから送られてきた手紙や千羽鶴を破いてすてるとか

寝てるコのパンツを引き降ろすとか

お見舞いのぬいぐるみをはさみでずたずたにするとか

嫌いな食べ物をわざと皆からかきあつめて皿にのせるとか


そんなことばかりがあって私は早く退院したい退院したいとずっと願っておりました。


そんなある日の事...


いじめの首謀格の女の子が(6年生)「ねぇねぇ...プレイルームにしまってあるお菓子を盗ってこようか?」

と言い出したのです。


この提案は「盗みを働く」と言う事よりも更に悪い意味が含まれています。

つまり「病状を悪化させる=命の危険を侵す」と言う事です。

それでも皆彼女に従いました。彼女が恐くもあったけどそれより何よりこの長い闘病生活で食事制限をされた小学生のストレスはのっぴきならないところまで来ていました。私は食事制限はありませんでしたが、それでも皆が味のないゼリーのおやつをたべてるというのに私だけ親からケーキやらせんべいやらを食べるこてゃ何となくはばかられていました。親も面会時間には気をつかって持ってこず、下まで見送りに行く時そっとチョコレート等を手渡してくれ私はそれをトイレや風呂場で隠れて食べたものです。

消灯時間をすぎて一度めの見回りが終わって看護婦が詰め所に戻った時が合図です。裸足でほふく前進で詰め所の下をくぐり抜けダッシュでプレールームの倉庫に行きます。不用心にも簡単にそこはあけられる鍵で(引っ掛け式)暗くてなんの袋か分からないままひと袋だけ盗んで部屋に戻り皆で分け合って食べました。

醤油せんべいなんかにおいが隠るので冬だと言うのに窓を全開にして食べました。次の見回りまでにくすくす笑いながら食べかすの掃除をして布団にもぐりました。


その「盗み」をするようになってからいじめは激減しました。「言い付けるなよ!」との脅しはあったものの急に漫画をかしてくれたり一緒にトランプをしたり...連帯感というのでしょうか?戦利品も必ず山分けしてくれたし何だか急に皆が仲良しになりました。看護婦は助手さんの「なんかお菓子が減ってる気がする」の声にも耳を貸さず大勢いる助手さんの中の年輩のひとのせいにしていました。私達はその事をなんとも思っていませんでした。

「よかった!」


としか。


思春期部屋(中学生部屋...なんでこう呼んだのか?今思うと返って恥ずかしい唯一の男女が別れた部屋)のおねえちゃんが「あんたたちいい加減にしなよ」と時々言ってました。首謀格の女の子を呼び出して注意してましたがその時は泣いているその子をみて「もう、やめるかな」とホッとするものの暫くするとやっぱりまた続くのです。私達はいけない事だと分かっていたけど誰も何も言えなかった。皆只お菓子が食べたかった。


私はどんどん病状もよくなり退院までもう少しだった。

その子の検査結果はいっこうに良くならなかった。

朝血液をとりに6:00頃看護婦が来る。
夢うつつの私達の腕から血液を取る。

私はその頃から低血圧で8:00の朝食まで起きて来れなかった。

その子は慣れた詰め所にふらりとはいって血沈検査を見る。


....もう私達はコドモながら沈澱検査の良好範囲が分かるくらいにはなっていた。


時々その子は朝泣いている。私は寝たフリをしている。

「朝御飯いらない」という。

私に八つ当たりでつねってくる。

私の検査結果は良好だ。


皆お互い検査の事にはふれない。

突然次の日に個室に行く子がいても

お見舞いのお母さんが血液パックを買えなくて自分の血をあげていてガリガリになっても

髪の毛がどんどん抜けていっても


ひとりだけ味のあるおやつを始める子が居ても

外泊の回数を増やしていいと言う許可がおりる子がいても

「次の検査が楽しみだね」という無邪気なおかあさんが見舞いに来ても


私達はなんにも言わない。







「売店の方がもっと美味しいの売ってるよね」


その子が言い出した。


皆どう言う意味かすぐ分かって息を飲んだ。

5年生の男の子が「でも地下には死体置き場があるって言うぞ」といった。

そんなの嘘だよ、あったとしても売店は一階だからいいじゃんとその子は言った。


「こわいよ...」と二年生の子がいった。

あんたはいいよとその子は答えた。

「俺いかねー!」と男の子が言った。初めていった。

前に彼は私に「なーお前こういう事していいとおもっトル?」と聞いてきた。私は「ううん」と言った。
彼は「じゃーなんでやるんだ!」と怒った。

私は黙った。

彼も黙った。



......暫くしてその子は「じゃあ私と律生ちゃんでいくわ」といい彼を「かっこわるい」「いくじなし」「おんなーみたいお化けがこわいんだー」と馬鹿にした。

馬鹿にされても彼はすっきりしていたし私は彼がうらやましかった。のどまで「私も嫌だ」と言いたかった。

でも言えなかった。






その日の夜私達はエレベーターの前に居た。

「急に誰か開けて出てきたらこわいよ」
「大丈夫だって!」

そういいつつ私達は2回くらい部屋に戻ったり行ったリをくり返した。

「エレベーターがこんな夜に動いてるの誰かに見られたらおこられるよ!」
「誰もみてないよ」
「ガードマンさんは?」
「いないんじゃない?」
「乗れても降りた時とか戻った時に見つかったらどうするの?」


彼女も不安そうで、でも必死だった。

私はやっぱりこわいと部屋に戻った。

すごい怒ってその子が来た。



つねられたりしたけど負けなかった。もう嫌だと思った。


そしたらその男の子が

「皆で行こう!そんでもうおしまいにしよう!」と言った。


皆そうしようと決めた。















真っ暗なエレベーター...



















ガ−ーーーーーーーーーーーーーー























点滅する数字




















チン!












ガ−ーーーーーーーーーーーーーー















本当に幸いに誰もいなかった。



















コーヒー牛乳は冷蔵庫に鍵がかかっててだめだった。



相当ドキドキしてたので奥のお菓子も捜せなかった。



















私達は目の前のあんぱんを一つずつ持って




















エレベーターのボタンをおした





















がーーーーーーーーーーーーーーー




















がーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





















チン





















皆で眼をつむった。





















そっと開けた




















誰もいない





















無我夢中で部屋まで走った。



















そっと部屋のドアを閉めると皆で笑いが込み上げてきた。















くくくく





へへへへ....




うふふふ............































「あんた達何やってるの!!」



















             ひっ




















電気が付いた




















「ごめんなさい私が皆と探検ごっこしたいって誘いました!!」















その子だった。


























結局「深夜徘徊」はとがめられたものの「盗み」はばれなかった。





私達は次の日あんパンを食べた。











今思えばモニターとかなかったのか?とか思う...が実はガードマンも本当にいたのかどうかの記憶も怪しい。辺りになにもない所にぽつんとたってる小さな駅の地下道をぬけてすぐの病院...。その頃はセキュリティもあまかったのか?
















その後私は退院し

注意してくれたお姉さんは薬剤師になり

男の子はどうしたかわからず


その子は一回退院したのにまた入院した。



















私はあれから結構はっきりものが言えるようになった気がする。



2002年04月16日(火) 納豆と坊主

納豆御飯食べながら打ってます。一日一パック実行中です。貧血なおせ!

に一ちゃんの坊主は朝落ち込みつつ登校したんですが(ワックスは気休め程度にしかなりませんでした。帰ったら機嫌よくてほっとしました。

彼曰く学校で帽子を取る前に「俺今日頭切ってきたか切ってきて無いか?」とクイズをだし「切ってきた!」という友だちに「ブブー!頭切ってません!髪切りました!」と返答「そんなん引っかけ問題じゃーン」と友だちを笑いに引きずり込んで難を逃れたようです。おまけに何時も早食いの「さかきばらさん」という女の子(最強らしい)を給食で負かして「ハゲ坊主」とからかわれても負けない位置を今日は意地で確立したようです。

なかなか逞しいなー..こういうタイプじゃ無かったのに...小さい頃...。めそめそグジグジしてて...

昨日にいちゃんの学童の友だちが7:00になっても帰って無いと電話がかかってきて...

にいちゃんとTくんと二年生のKくんと三人で帰るのですが二人があまりにもちっとも帰らないので「先に帰るよ」と帰ったらしい。その二人は結局遅くまで公園であそんでいて皆にこっぴどく叱られたのですが...。


そういう誘惑にも絶対ついていかないし....しっかりした息子です。

今日はネタがあったのですがちょっとメールがたまってるので休憩〜またねん。


2002年04月15日(月) ぼうず

息子の髪の毛がのびて来たので私が散髪しました。チビはちょっと虎刈りっぽいけど結構上手くできたので「やって」というにいちゃんの髪に挑戦したら上手く行かず「スキ刈るでもいい?」というとOKがでたのですっかり坊主でもいいのかと思って坊主にしたら鏡見て



「こんなのはいやだ〜!ハゲ坊主はいやなんだわ〜〜〜〜〜!!


というので「はげじゃないじゃん!」といくら慰めても聞きません。

涙ぽろぽろながして「大ショック!」って感じ。

もともと坊主はいやでずっと美容院にいってたけどチビの姿をみていいとおもったのかと安易に考えていかんかった。ちゃんと確認すれば...ちゅーか前髪だけでものばしてれば...。


ちびまるこちゃんのお母さんか私は....。



「明日ハゲ坊主って言われる....」となきながら寝ていきました。

チビに「今日はおにいちゃん一人で寝かせてくれる?」といつも二人できゃっきゃっとねるのですがうちひしがれて寝ていきました...。



にいちゃんのお気に入りのぬいぐるみを貸してもらい(大きなあらいぐま)それを抱きかかえながらチビが

「....おかあちゃん...俺この髪型でいいよ。だってすっきりしたもん」

とフォローをいれてました。ありがとう...。


自分でも切ってる時は夢中でそろえる事ばかりに終止して「はっ」と気付いてなんでこの髪型にしたのかわかりません。


そりゃーいやだわなーもう3年生だし...。



これからずっと美容院に行こうと決めた母です。


ああん...かーちゃんも落ち込んじゃったよ...くすん。にいちゃんが虐められたらどうしよう...。


そんな訳で今にいちゃんははちまきをして寝ています前髪をあげてハードワックスで明日頑張ってみます...ううーん...。あと3cm欲しかったな...。


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