えびたま

2013年11月22日(金) 生まれる予定だった日に出生届

大典のお母さんがミニてんをみてくれるので
いろいろ用事を済ませるために外出。
「おなかに赤ちゃんがいます」のマークを
バッグから外した。何となく寂し。

区役所行きのバスに乗ろとしたのだけど
1本目に来たバスは、通らない路線と気付かず乗車。
2、3個目のバス停で慌てて下車して次のバスを待つも
20分程来なくて、身体が冷えた。
普段なら歩けない距離ではないけど
無理しないことを念頭においておかねばと動かなかった。
どっちが体に悪いだろ。

出生届を出してる間に、児童手当と医療助成の手続き。
全部受理された後、保健課に出生報告のハガキを渡しに。
滞りなく終了。
そこから電車で移動して駅前へ。
育休中の給与保証の手続き書類のため
銀行で口座確認のハンコをもらう。

お昼ご飯までには帰りますと宣言したものの
この時点で既にお昼をまわっていたので
デパ地下で餃子を購入し、バスで帰宅。

ミニてんは留守の間、泣きもせず起きもせずだったらし。
お母さんはネコと遊んでいた。

大典はバレエのために仕事は有給休暇を取ったという。
仕事に出勤するのと同じくらいの時間に出て行った。
せっかくお母さんが来ているけど
あんまし喋ってもないんじゃないか。
タイミングが悪かったとは言え、気の毒だ。



2013年11月21日(木) 片付けは結局間に合わなかった

大典は今週末も忙しい。
名取のバレエカンパニーの発表会の仕事があり
日中の仕事の後はそちらに行って帰りは
日付が変わるくらいになってしまう。

予定通りであれば、わたしは今日が入院日だった。
そんで明日が帝王切開。
それに合わせて大典のお母さんが来てくれることになっていた。
予定より早くミニてんが生まれても
この日のためにお仕事の休みを取っていたため
予定通り来仙することに。

暇があれば大典がバス停まで迎えに行くはずだったが
件のバレエの仕事のために、お母さんはタクシーで。

産む前、ほぼこのために部屋の片付けをしてたのだけど
産んだ後では授乳だなんだで結局手につかず
コキタナイままお迎えすることになってしまった。
いろいろ無念だ。

お母さんは何かお土産を持ってきたかったそだが
何がいいかと大典に訊いたら
乳の出に甘いものがよくないからわたしが避けているとか
果物はわたしがあまり好まないとか
八方塞がりな返答をしたらし。
わたし偏屈なヤツみたいじゃないか!!



2013年11月20日(水) 連日負け続けている

オムツを替えている途中でおしっこをされ
産着やら、下にあてがっている次のオムツを
汚してしまうことを、敗北とよんでいる。
今日は3連敗。
手際はそれほど悪くなくなってきてると思うけど
何か足りないんだろか。
コツが知りたい。

ちちの張りは今朝も続いている。
横になって寝ていると、下になった方の顔半分の
むくみもひどい。
何だろう。
増えてる体重分の水分だ何だのバランスを
体全体に分配してるのだろか。

ムスコは日中よく寝ている。
夕方に覚醒し、際限なく母乳とミルクを飲み続けた。
うんちもぶりぶり。
ネコはどこか諦めたのか、前の通り自分のベッドで
同じく日中眠ってくれていた。

関係ないけど、右の太ももの側面が打撲したよに痛い。
でも打ち身も何も無く、ぶつけた覚えもない。
なんだろこれ。
妊娠中以上に出掛ける頻度が減る訳だから
脚が退化してしまうんじゃないだろか。その過程か。



2013年11月19日(火) 目が覚めるとぱんっぱんになってた

産後1週間以上経ち、
お腹は何となく小さくなっている気がするが
のびたかわがぶよんぶよんになってきた。
ここにきてむくみもヒドイ。
かつてない。
朝起きたら顔から足から、全身むくんでいた。

そして、乳房がぱんぱんに張ってた。
熱を持ってたりはしないから、
授乳すれば解消するレベルだけど
搾乳器は買っておこと思い、日中Amazonを物色した。

部屋の乾燥が結構気になって来たので
加湿器を掃除して稼働。
インフルエンザが流行っちゃう前に
早く加湿機能付きの空気清浄機を買おう。



2013年11月18日(月) そいえばまだ尿意が薄い

導尿管を抜いた後、3〜4日は尿意がないと言われたが
まだ薄い気がする。
気がつくと、膀胱がパンパンになってて
何となく痛みを感じ、トイレに行ってみると…
ということが多い。

閑話休題
自宅での育児2日目。
夕べは二度程夜中に泣いたが、
気付かず寝ていたことを大典は悔やみ
次からは自分も起こして欲しという。
わたしが授乳のために起きると、ネコがエサもらえると思って
一緒に起きてしまうので
大典にはネコをあやしてもらうのもいいかもしれない。

リビングの隅に簡易的にベビーベッドをつくり
ムスコはそこに寝かせている。
病院があまりにも別世界だったため
日常が戻って来たーという感じで、うっかりすると
ムスコの存在を忘れて家事に没頭してたりする。
あと、ネコが狂ったよに甘えて来る。
ネコを触る手…、ムスコを触る手…。うう…。



2013年11月17日(日) ネコが騒ぐ時が止まった部屋

退院て、Dr.に何時に出ていいよとか言われて
ホテルのチェックアウトみたく出るのかと思ってた。
午前中退院で、手続きが済めばいつ帰ってもいいそで。

実は大典、朝からバレエの方の稽古があったが
全日休んでくれたらし。
いつでも出られると連絡とってみると
部屋に掃除機をかけるから12時くらいでいい?と。
そんなの帰ってから一緒にやるからと10時くらいにお願い。

大典が持って来た赤ちゃんの洋服に
ムスコを着替えさせて、ナースステーションにご挨拶して
晴れて退院。
本当にお世話になりました。
低体重というほどではないが、小さく生まれたムスコを
みなさんで褒めて伸ばしてくれた気がする。
実際、体重は産直後の重さになっていた。
新生児は一時的に体重が減るもので
退院までに生まれたときの体重に戻るのは稀だそだ。

1週間ぶりの外気だ。
思わず「シャバだシャバだ」とつぶやいていた。
ムスコは初めての外気だ。
入院している間に急に寒くなり、初雪も降ったという噂を
きいていたが、いい天気で気持ちよかった。

自宅でもミルク付加のため、哺乳瓶やら
追加のオムツやら、必要なものを買うため西松屋を経由して
自宅に到着。

部屋は、見た目はキレイなのだけど
つまり大典もいる時間が短かったからで
洗いカゴに残った食器も、炊飯器の中身も先週日曜日のままだった。
そして床にはネコの毛が踊る。

ネコが干渉しない場所にムスコの居場所を決め
お洗濯とお掃除スタート。
時々泣くのをきいては授乳やらオムツ替え。
気がつくと、ムスコの洋服に早くもネコの毛がついている。
コドモ嫌いとおもっていたネコは、
意外と平気で赤ん坊に近寄って来る。
ちょっかいは出さないが、踏ん付けかねない。
気をつけなければ。
あまり神経質に育てたくないが、何か起こるのも怖い。
とりあえず、ガチでぶつかることのないよに、しばらくは目が離せない。



2013年11月16日(土) ムスコの便が大人になってきた

出てるか出てないかわからん母乳だったが
ここにきてはっきりした数字が出て来た。
付加するミルクもそんなに多くない。
場合によっては、今回は付加なしということも。
飲む量がコンスタントに増やせているので
出すうんちの色の変遷が、教科書通りというか
見事だった。
「ご飯ですよ」みたいな濃い緑色から、
めかぶのみじん切りみたいな、鮮やかな緑色。
今日はもう黄色いのが出ている。

昨日の診察で、わたしの方は
帝王切開の傷を閉じていたホチキスの針もとってもらった。
痛みは多少あるが、お薬もまだあるし
母子ともにかなり順調だと思う。

実習の学生さんは昨日までで
お別れに、というか、多分実習の仕上げに
退院後の生活についてまとめた手作りの冊子をもらった。

授乳室通い以外はさしたる用事もなく
何となくのんびりした1日。
夕方、職場のパートさんがお見舞いに来てくれた。
うちのムスコの名前が何になるのかで、盛り上がってるそだ。

大典はフラスコのトライアウト楽日。
さすがに今日は面会は無理らし。
かわりにというか、退院のときにムスコをクルマに乗せるため
ベビーシートを、フラスコ育休中の生田さんから
もらってくれたそだ。
ちゃくちゃく。ちゃくちゃく。



2013年11月15日(金) 小さなノートに詰められた言葉に

昨日の夕方、大典から
午前中面会できるかとメールが。
10-BOXの二代目工房長ヤマキさんから
あるモノを預かったという。

実は、ヤマキさんにムスコの名付け親をお願いしていた。
7月にお会いしたときにお願いしたので
まだ性別もわからないころ。
「男でも女でもいい名前でお願いします」と頼んでいた。

名前は親が付けるべきかもしれないが
何というか、わたしらでは「念」のよなものが
弱い気がしていた。
わたしの趣味に偏っちゃったりすると、歌舞伎関連とか…
特に勘三郎さん関連とか…
悪いことではないかもしれないけど、何かそれは違う気が。
ならば誰か名付け親が…と思った時、
ヤマキさんしかいないと、大典とも一致した。
今一番尊敬できる人だから。

ヤマキさんご本人に恐る恐る相談したところ、
「その子の人生のタイトルを考えるんだね?」と。
そう!!そいう感じ!!
だからわたしの趣味に影響されるのは違うの!!

大典が預かって来たのは、
小さなポケットサイズのノートである。
その中に、わたしの苗字と、大典の名前、わたしの名前
そこから想像されるイメージ、言葉、散文があり
最終的に2つ、名前の候補が書いてあった。

嬉しい。嬉しいけど選べない。
出生届は二週間以内だし、も少し悩むことに。
大典とわたしと、その間に生まれたコドモと
家族としてまるごと祝福されている気がする。
とてもありがたい。

日曜日の退院予定で、そのための診察があり
母子ともに問題なく、退院OKとなった。
もうすぐおうちに帰れる。



2013年11月14日(木) 沐浴に腰痛の不安

夜中の授乳室通いも慣れて来た。
母乳も出てるのか出てないのかわからなかったが
わずかながら出ているらし。
授乳の前後にムスコの体重を計ってその差を出すのだ。
足りない分はミルクを付加。
今は量的には殆どミルクに頼っている状態。

今日も仕事と芝居の合間に大典来る。
昨日頼んだ洗濯物は、夕べ浴室乾燥して持って来てくれた。
丁度沐浴のレクチャーを受けるところだったので
「ダンナさんも一緒に」ということになり
二人ともぴんくのエプロンを着けられ授乳室の奥へ。
顔を清浄綿で拭き、両耳を指で塞いで湯船へ。
頭を洗ったあたりで、中腰の姿勢が辛くギブアップ。
大典と交代してもらった。

こないだぎっくり腰やったばかりでだいじょぶかと思ったが
後で聞いたら、浴槽の底に肘をついていたのだそだ。
なるほど。

沐浴終了後、授乳の時間になってしまい
大典は母子以外立ち入り禁止の授乳室の裏口から強制退去に。
(入るときは誰もいなかったので特別に表から)
そのまま帰ってしまったので
後でメールすると、「自分はラッキーだ」と返事が。
たまたま沐浴練習のときに立ち合えて、という意味だと思うが
入院してからつくづく思うのだけど、
大典がケナゲで泣けて来る。
こないだ頼んだノートPCも、埃だらけにしてたディスプレイを
キレイに拭いてくれてた。

そいえばこの後
ムスコが、妊婦さん向けの母親学級にゲスト出演した。
赤ちゃん貸して欲しと授乳室に駆け込んで来た看護師さんがいて
たまたま授乳が終わったところだったので
連れてってもらうことに。
わたしも見た説明のパワーポイントだと思う、
最後に新生児の写真が数枚出るヤツの後に、本物の新生児を見てもらう
ということらし。
他の子よりも小さくて、より新生児らしいムスコは
大好評だったそな。



2013年11月13日(水) 帝王切開の傷をまだ自分で見ていない

夕べから深夜の授乳室通いが始まった。
ミルクを付加する都合上、昼間から3時間ごとに通うのだけど
夜中もだから、お互いさまとは言え、周りに気を遣う。
お向かいのベッドの人は、赤ちゃんが別な病室にいるらしく
搾乳して届けているようだ。
会うにもわざわざ面会に行かなくてはいけないよなので
同じ病室で、他のベッドから赤ちゃんの声がきこえるのは
複雑だろなと思ったり。

昨日に続き、実習中の学生さんがついて
何か細々とやってくれる。楽ちん。
背中の麻酔の管が取れ、晴れて今日から入浴可に。
産科の中のシャワー室が空いているかも
学生さんが見て来てくれた。
入浴中、ムスコはナースステーションで預かってもらえる。

仕事と芝居の仕込みの合間に、大典が来る。
面会時間は3時からだが、家族は時間外でも
病室以外の場所でなら面会可とのことで
食堂で、昨日菊田さんにいただいた彦いちのあんみつを食いつつ。
忙しいとは思うけど…
入浴したときに、帝王切開の傷の上に巻いてあった腹帯を
初めて見たのだけど、血まみれで
でもそれは術後つけてたやつとは1回取り替えてたものだったから
最初の腹帯(きっともっとべったり血がついてる)と、
替えがなくなった産褥ショーツを洗って欲しと
お願いした。

大典は今週末に、三角フラスコさんの大阪公演前の
仙台トライアウト(試演会)を控えている。
昨日は仕事は休んだよだが、今日明日は仕事もしてから
小屋入りだそだ。
その上わたしの入院。ネコの世話。

コドモは、両親の「ここぞ!!」というタイミングをみて
生まれて来ると言う。
とすると
12日早く生まれたのは何か意味があってのことなのか
単に間が悪い子なだけなのか。


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