| 2009年04月20日(月) |
「鉄九郎ひとりライブ」を観る!! |
仕事帰りにふとメールを見たら コアな居酒屋あべひげ店主・あべさんから 「すごく面白いからおいで」と。 長唄松永流の松永鉄九郎さんの 弾き唄いのライブ。
行けてよかった!! 面白かった!! 長唄を、三味線を あんなに近くで聴いたのは初めて!! 話が面白いからとのあべさんの評は確かで まるで噺家さんのよにテンポのいい喋り口で 惹き込まれた。
踊りは習い始めてだいぶ経つけど 全然上達しなくて 邦楽が全くわかってないせいだと 三味線も習いたいなと思っていた時期があった。 また熱が甦ってしまったじゃないか。 丁度、踊りで耳馴染んでいる「道成寺」などの 有名なあたりを抜粋して演奏されていた。 うわあ習いたい!!
終了後、最終の新幹線で東京に帰ってしまうという 鉄久郎さんを囲んで、ちょっとだけ乾杯する というのに混ぜていただいた。 時々歌舞伎の舞台で弾いてらっしゃるのだそで。 これから筋書き買ったら 三味線もチェックしなくては。
前のパソコンからデータを移していたら 3年くらい前に書いてボツになった コラムの原稿をみつけた。
3回くらい書き直したあげく 予備で書いた微妙な内容の原稿を出したら そっちが採用になってしまい ものすごく不本意だったコラム。 改めて読み直したら やっぱこっちがマシだったじゃないかと思ったので この辺に載っけてみたりして。 まあ、どちらにしても 瑣末な中身だったのですが。
「略してメモコン」
メモをとる、ということに、コンプレックスがあります。 「メモ取りたい」という衝動に駆られることは割と多いのですが、 その場の流れに逆らってでも、中断してでもメモを取る!! という根性が無いわたし。 そして多分、才能も。
あちこちにメモを残す癖があるだとか、 会話の途中でもメモを取ってしまう、枕元にまでメモが…、 という人がいますが、それは一種のメモの才能と思います。 ある意味図々しく、大胆にメモの欲望に身を任せることができる。 すごく恰好よく、憎らしく、羨ましい。 「電話しながらラクガキ」すらできないわたしには、 この辺の才能がないのですきっと。
そもそもわたしは、思い付いたことを書き留めるというより、 頭の中を整理する目的で、メモする場合が多いのですが そういう「後ろ向きメモ」は、後から見てつまんないのです。 困った時に開くと、あちこちから素敵なアイディアが掘り出される (可能性のある)「前向きメモ」が書きたいのです!!
最近買った本の作者は、イラストでメモをとる性質の人で、 それを描きためて出したのが、その本でした。 この人は典型的な前向きメモ人と言えます。
前向きメモ人が生み出す言葉 「汚れてもいい服装と、汚れてもいい気持ちで集合!」 なんて素敵。
後ろ向きメモ人から出る言葉はというと 「どうせダメになるに決まってる」 実際にわたしのノートから見付けたのですが、ほら、 言葉まで後ろ向き。 ああ、前向きメモ人になりたい。 ついでに、絵心もあると完璧。
単純にウマヘタの問題もあります。 例えば、この間、本番中に書いたダメ出しメモ。 「○○さん落ち着け」 メッセージ書いてどうする。 演出の腕まで問われかねません。 まあ、こうしてネタになるので、全く無駄とは言いませんが 欲しいのは、効果的な演出の話術とかに使えるメモなのに!!
素敵な演出家の演出ノートは、やっぱり素敵に違いない。 その前に磨くことがもっと他にあるとは思いますが、差し当たり…。
| 2009年04月18日(土) |
10年前、わたしたちは |
10歳くらい若い年代の人たちの お芝居を観にいく。 会場で偶然、骨太女優・かなえさんに会った。 昔手伝ってもらったことのある子が 出ているのだそで。
お芝居よりも 10年くらい前 付き合いのあった、10歳くらい上の人たちに どう見られてたのかとかを 考えてしまった。
その当時、自分たちの芝居を「どうですか?」 ときいても 「ウン、上手だったよ」くらいの 感想しかもらえず それはやっぱし社交辞令というか 他に言うことなくて言ってるんだろな と思ってたのだけど今 自分が、そのくらいの年齢差の人たちのを観ると 「ああ、若いなあ」というのが先にたち しかも自分の若かった頃を鑑み 人に言われることをどう受け止めてたかとか思い出し 「どうですか?」ときかれても 「ウン、頑張ってたね」とかしか応えられず しかもそれはやはり社交辞令だったりするのだな。
そして、10年前の自分たちの芝居も思い出し ああ、もうあの頃には戻らなくていい。と思った。 これは面白い。 若干マゾヒスティックだけれど 他にもあれば観に行こと思う。
| 2009年04月17日(金) |
いつだか人に眠り魔人と言ったのを取り消す |
いいとも起き。
映画に行こかとも思ったけれど 何か天気もよくないし だらだらと眠ったり起きたりを繰り返し 結局どこへも行かず。 まさに無為。
| 2009年04月16日(木) |
先月休暇は忌引きだけだった |
久々に木曜日が半ドンに。
なんでもできるうと思い 街中をうろうろする。
rare of the loopというお店に ずっと行ってみたかったので 行ってみた。 monkey majikのMaynardがよく行くお店らし。
そこの新作Tシャツがとてもかわいくて しかし普段わたしが買うのよりも 数段高くて うぬぬと迷っていたら 横にあったカットソーもすげえかわいくて 店員さんもいろいろサイズだの他の服だの みせてくれて 思わず両方買ってしまう。 カットソーはメンズしかなかったので 大典へのプレゼントに、と自分に言い訳。 あまり大典は着ない感じだ… 似合いますよに。
| 2009年04月15日(水) |
召集メールと誘われメール |
かわいい吉田さんから 映画でも観に行かないか?との お誘いメール。 早速「うひょう!!」とお返事。
無国籍のミーティングの日付を決めるメールも 同時にみんなに送信。
以後、無数のやりとりを 劇団員&吉田さんと行う。 うっかり取り違えて送信してないか心配。
今月から一人新人さんが入ったので 出勤時間に早番・遅番ができた。 今週は遅番だったのだけど 昨日、うっかり早番で出勤。
今日から正しく遅番で出たら その時間の電車は、いつもの時間の電車よりも めちゃくちゃ混んでいて 嫌になる。
混んでいるのは仙台駅までの仙石線。 そこから東北本線上りに乗り換える。
早番の時間の仙石線に乗り 遅番に間に合う電車が出るまで 仙台駅で時間をつぶすのも アリかと思うが それをできる能力が自分のカラダに無いことも 知っている。
| 2009年04月13日(月) |
広いテーブルがいいからベローチェへ |
tripod森くんとミーティング。 暑かったのか半そでの森くん。 毎回夜遅くなってごめんよ。
1984年くらいに作られた ソ連の映画。 今まで日本の公開はされてなかったという。 それは何故。と思ったのだけど 理由を応えてくれるところはどこにもなく。 公式サイトとか見に行ったけどなかった。
ある町のかつての市長が亡くなり その遺体が、何度も掘り返される事件が起こる。 犯人が捕まるが、それはかつて その市長により父も母も失ってしまった女だった。
大半はその女性の回想。 すべてを法廷で話し終え、その後は 残された元市長の息子家族の話になる。
当時、映画の検閲が厳しかったから この作品はテレビドラマとして撮られたという。 そいう社会背景がないと よくわからない映画かもと思う。 とにかくいろんなところにいろんなメタファーが。 一人の独裁者への痛烈な批判で 「国は関係なく、末端の一市長が 勝手にやってた独裁」として描かれている。 けどきっと小事は大事。
単純に考えると、その辺が今まで公開されなかった 理由になるんだろけど ソ連崩壊してもう何年にもなるのに何故。というのは 解消されない。 このフィルムのたどってきたストーリーが知りたい。
| 2009年04月11日(土) |
CD-Rは1枚だけ足りなかった |
2ヶ月ほど経ってしまったけど 無国籍の大反省会in鶏料理の居酒屋。
当日に慌てて舞台写真を焼いたのだけど CD-Rが1枚足りず。 いや本当は 1枚どころか、劇団外の人たちの分しか焼けず 劇団員はまたこれから。 そして足りないまま 買い足す時間もなく、待ち合わせのお店へ。
無国籍の稽古場ブログにも写真があるが かわいい吉田さんにバナナをあーんされて 食べた。(というか飲み込んだ) わたしはきっと吉田さんにあーんされたら 大抵のものは食べられる(飲み込む)のだと思う。
既に次の公演についてもみしみしと 動き始めている。 今日参加した方々の多くが、この先また 関わっていただくことになるはず。 無国籍は今、意識改革から始めて ちゃんと自分でボタンがとめられる子になりたいと 思っている次第。 何卒お見捨てなく、ご指導ご鞭撻のほどを よろしくお願いいたします。
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