えびたま

2009年03月31日(火) 仙石線乗るまで休もかと思ってた

踊りのお稽古へ。
お師匠さまからお悔やみの言葉をいただく。

初めてわたしが踊りの発表会に出たとき
お師匠様の大ネタである「鏡獅子」の
老女役に出さしていただいたのだけど
ばあちゃんは
午前中の小品集のわたしの出番だけを観て
トリ前くらいの時間だった「鏡獅子」は観ずに
東京に遊びに行ってしまったことを
思い出した。



2009年03月30日(月) ずっと雨

みんなの喪服を着つけるはずだった
国分寺の大叔母が昨日
緊急入院してしまい
わたしが伯母と母の着付けをすることに。

まるまると肥えて来た母の胴回りを
腰紐でしばるとき思わず「ふっ!」と気合いを
もらしたら「それはおばちゃんのときには言わないように」と
注意を受ける。

二人着付けて、自分も着物を着て
気づけば全員同じ着崩れをしてた。
ほーらごらん。

考えてみれば
亡くなった日も
火葬、通夜の日も
本葬の今日もぜんぶみぞれまじりの雨であった。

その中で、男性は額に三角の布を
女性は後ろの襟に四角い布をつけて
卒塔婆だのお供えだのを持ち、葬列を組んで
寺の境内を無言で三週。
前振り無しで参加させられた
福島の親戚代表の伯父が面食らっていた。

本葬のあと、初七日の法要までやって納骨。
この時、この辺だけの風習なのか
「兄弟餅」というのをやる。
墓所にて、二組の兄弟が背中合わせに立ち
各々手に持った餅を後ろに投げ合うのだ。
まったく意味不明。
誰かいわれを教えてほしい。
今回は父の兄弟から二人と
従姉妹の兄弟から二人。
9年前のひいおばあさんのときはわたしと弟でやった。

母に八戸まで送ってもらう。
このまま仙台に帰り
明日からまた普通の生活が続く。
実家の町での両親や本家の伯父伯母の生活には
明らかな喪失がある。
ばあちゃんが亡くなったことに
今ひとつ現実感がないのはこの辺の違いなんだろなと思う。
そこから帰ってしまうことに罪悪感をおぼえつつ
新幹線に乗り込んだ。



2009年03月29日(日) この家はどうやっても臭うよ

先週、
両親のホームセンターでの買い物に付き合った時
買ったもののラインナップ。
大量のドッグフードとキャットフード
ペットシーツ、ネコ砂
そして消臭剤。

レジの人に
「この家は、ネコやイヌをたくさん飼っていて
臭いんだな」と思われたに違いない。

明日、福島の親戚代表でやって来る伯父は
大変きれい好きなため
ままんちが大慌てでお掃除。
そのお手伝い。

いくら磨いてもどこが原因かわからぬ
ネコしょんのニオイが。
最終的には
ところかまわず消臭剤を吹き付けるしかない。



2009年03月28日(土) 彼は一瞬真顔になった

甥っ子の然たろ(1歳4ヶ月)とお風呂に入る。

わたしの胸元をみて「お」
という表情をした。
その不思議そな顔のまま
まっすぐのばして来た然の左手を
二度にわたり無言でかわすわたし。



2009年03月27日(金) お茶汲みと表計算

火葬のときに、保育園で3年受け持ってもらった
保母さんに30年ぶりくらいに再会。
うちのばあちゃんと句会でお友達だったらし。

ばあちゃんと交流のあった
ご近所の人々は
小さい頃に多分よくお会いしていると思うのだけど
向こうもわたしもお互いよくわからず。

小さな町なのだけど
火葬場に向かうときと帰りはやはり
霊柩車は道順を変える。
どこか釈然としない慣習と思う。

昨日の夕方から深夜にかけて
父と従兄弟の洋平が智慧をしぼり切って考えていた
本家での通夜の会食のテーブル配置は
仕出しのお膳が、銘々台までついていたため
水の泡に。

通夜の後、従姉妹の伸ちゃんとお香典を計算。
その脇でまた父と洋平が
本葬の段取りを話し始め。
伸ちゃん曰く、今回の合い言葉は
「yes, we can!」



2009年03月26日(木) 二戸駅のゴミ箱前にて

同じ新幹線から降りて来た女の子に
「ここは青森ですか!?」と訪ねられる。
「岩手です」と答えたら
「ありがとうございます」と言って
新幹線に戻って行った。



2009年03月25日(水) 早朝の電話

朝7時ぴったりくらいに父から電話があり
岩手のばあちゃんが亡くなったと知らせが。
細かい日程が決まったら連絡するからと
電話は切れた。

昨年末、親戚にご不幸が続いたため
すっかり葬式の段取りに詳しくなっている上司が
日程を予測。
ほぼ読み通りの連絡が午後入る。
こいうのはほとんど和尚さんの都合だそで。

金曜に火葬と通夜
三日後の月曜日に本葬。
土日がまるまる空いてしまうのだ。

土曜のために一度仙台に戻るとか
思い切って、金曜の火葬+通夜、月曜の本葬の
どちらかだけに出るというのも考えたけど
上司がいろいろと便宜を図ってくれて
急遽、まる4日休めることになった。

こういうのは、身内だからというより
出席したいという気持ちだから、と。



2009年03月24日(火) 看護師さんはお立ち台に

数年ぶりに健康診断を受ける。
転職や何やらで
3年くらいうやむやになっていた。
久々だといろいろ自信がなくなってて怖い。
食生活だのの生活習慣が
いろいろと破綻しているので
昔は気にもかけなかった血糖値だの血圧だの…

多分まあ平気そ。
血圧はかわらず低かったし。

身長を測るとき、小柄な看護師さんだったので
小さな台に昇って計測。
体重を測ったときは無言になってた。



2009年03月23日(月) やみくもに予定を立てる

この先慌ただしくなりそなので
近々に予定をつめていく。
差し当たり明後日に無国籍ミーティング決定。



2009年03月22日(日) 舌についた苔の効能というか

ばあちゃんの意識が一瞬戻ったのを目撃。

舌苔がびっしりついているから
母が何とか取ろうとしたがダメで
折よく来てくれた看護師さんが取ってくれた。
とても手際よかったけど、本人は
よほど苦しかったのか
「キミさん」と呼びかけた声に咄嗟に
「はいはいっ」と応えた。

慌ててわたしも呼びかけてみたけど
もう応えず。

わたしの帰り際はなんだか唸っていた。
きこえていたのかしら。
「じゃあね」と言ったけど
何がじゃあねだと思い、
「また来るから」と言いなおした。
ばあちゃんはまだ唸っていた。


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