| 2002年08月04日(日) |
私に甲斐性なんか存在しない(笑)。 |
でもやっぱりこの交換日記は我々だけの自己満足だと思うよ、つのぽんや(笑)。 きっと傍で見ている人は、どうしてこいつらこんな穿った読み方をわざわざするんだときっとけげんだと思う(笑)。 でもいいのさ。わしらが楽しければ。
でもそろそろ控えたほうがいいかねえ?(笑)。
ちなみに私も、もっともジャンプらしい作品は『ドラゴンボール』だと思う(笑)。
| 2002年08月01日(木) |
あっちゅーまに8月。 |
困りましたな。 いや、具体的に何が困っているのかは複雑なんですが。 とりあえず、これから一週間、残業が続きます(笑)。 今年は猛暑なんでしょうか。どうなんでしょうか。
でも8月はどんなに暑くても嫌いな月ではないです。 猛々しくて、濃厚で、余韻が寂しい月だと思います。 夏だなー。
……。 駄目やん。そんな楽しい提議出したら。
一日考えていました。昔取った杵柄が騒ぎ出す。 つい、「どうして『ONE PIECE』が「週間少年ジャンプ」で連載されているか、作者がこの作品発表媒体を選んだか」という論証で、うっかり当時の「週間少年ジャンプ」という少年誌の位置付けと、作者がもっともこの雑誌を読んでいたときの連載マンガと、もっとも影響を受けているであろう漫画家としての鳥山明、そして漫画としての『ドラゴンボール』とその比較、とかに流れてしまいます…。 『ドラゴンボール』にとっての悟空、『ONE PIECE』にとってのルフィ、とかな。 どうして『ONE PIECE』はジャンプだったのか、当時のサンデーと、マガジンの作品傾向、漫画雑誌的立場と対象読者。 (…楽しい)。
週間連載として、この漫画は未熟だと思っているのですね。週間連載として、確実にこなさなければらない1話分としての起承転結があまりにも未熟だから、週間連載としての『ONE PIECE』に私は評価が辛くなる。だからそれを器にして論じる価値を感じないわけです。けれど媒体としての意義、を考えるのは楽しいな(笑)。 何故、週間連載でなければならなかったのか、という視点より、 結果としての週間連載である『ONE PIECE』、あるいは、 週間連載であることの影響としての『ONE PIECE』を考えるのは楽しい。 実質的な内容よりも、社会的立場から、作者の手を離れた『ONE PIECE』の方が確かに興味はある。 (同人界なんて、もっとも作者から手の離れた場所ではあるけどさ)。
私はつのぽんのヒカ碁の作品論が読みたいよ(笑)。 あの「業」を解き明かして欲しい(苦笑)。 素人には、碁っていうのは、実力の限界が判らないわけで。 作者も、それは素人が理解できることではないからあえて触れていない。触れてはいけない事なのかも知れない。だから読者には、漠然とした、どうしても届かない絶望の余韻だけが読んでいる最中、頭の片隅にだけ響くでしょう。 今年もプロになれなかった名瀬とか、搭矢名人の同期の和谷の師匠とか。 「個」を持たない。けれど捨てるわけでもないキャラクターの位置付けとかね。 (あの短期の読みきり群は至って見事でした)。 それぞれの「段」で、それぞれの立場で、それぞれの位置で、ヒカルに対している、あるいは待っているキャラの意味と伏線とか。 (ほったゆみは本当に美しい伏線が張れる人だと思う)。 なんせ、この漫画には無駄なキャラと無駄なエピソードが殆どない。 この漫画はあっという解明が出来そうで楽しいのだ。やってくれよ(笑)。
(結局、交換日記になってしまった…)。
| 2002年07月30日(火) |
初老の男性が『詩歌のまちぶせ』を……。 |
それはいい図だ。いい図だね…。
交換日記を書きたいけど激しく眠いのと貧血なので私も週末にでも…。 メールで遣り取りする内容でもない気がするけど、早い話、一晩、腰を据えて語り明かしたら終る話なんだな…。 でも楽しい。あの頃は良かったね。この距離が恨めしい。
けどネットがなかった時代は、みんな、こういうのを手紙で本気でやりとりしてたんだよな〜。 手紙で論じ合い、喧嘩してたんだよな〜。
は〜。 (エラリー・クイーンが、若干17歳の投稿作品の作者に送った手紙を思い出している)。
| 2002年07月28日(日) |
休日が30時間であったならば。 |
宮部みゆき『鳩笛草』、光文社。 うまいうまい。 実に端正な中編集。ほれぼれしますね。 『火車』後、『理由』前。 ある時期から抜けたんだな、というレベルの高さ。 特に表題作のむらのなさ。引きの上手さ。 まあ、これが『理由』後だったらいろいろ複雑なんですが。 (現時点、私の宮部ベストは『理由』です。あの長編の何が凄いって、あれが実験作であることだ)。 この安定したレベルの高さが、宮部の低迷を助けているような気がしなくもないので。 (『模倣犯』は読んでいません。文庫待ち。宮部が『理由』を越えたら絶対につのぽんが教えてくれるはずだから。つのぽんにそう言ったら『模倣犯』をある書評家が「『理由』以降の低迷作品(だが高レベル)」と言っていたそうで、納得して笑った)。 宮部が化ける日を私はじりじりと待ちかねているのです。 安定した宮部の底力。というのも、実に魅力的なもんなんですが。
| 2002年07月27日(土) |
冷静になれと頭はいう。 |
しんかん…。 今回は、ひとさまのスペースだし、そんな図々しい……。 夏コミ新刊情報を見ていたら羨ましくなってきて(苦笑)。 自分でびっくりしました。 いいなー。出したいなー。 でもこう言っている限りは出ないだろうなー(笑)。
して。 滅多に出ませんが、出ないこともないです。うちでも。 台所と女の敵。 ゴキ。 滅多に出ませんが。出るときは出ます。(泣)。 私が食器をシンクに置いたときに、ぼとっと落ちてきました。 悲鳴はあげませんでした。 ちょっと硬直しました。 そしておもむろに、食器洗い洗剤をシンク中にぶちまけました。 そして弱った瞬間を見計らって、水道水を最大で流してさらばゴッキー。 我ながら冷静な処置。と満足でしたが、気が付けば、3/2以上入っていた容器の中身がほぼ、空になっていました。 ……ごめん。地球。
いえ・・・もう・・・本当に悪い癖で・・・。
し・・・しんかんがだしたいなー・・・とか。
・・・・・・えへ。・・・えへへ?(汗)。
『1973年のピンボール』村上春樹。講談社文庫。 初期の春樹には奇妙な凄みがあると思います。
| 2002年07月25日(木) |
貰ったもん勝ちvvv |
かつてない素早さで、JIRさんの暑中お見舞いゲットしました〜vvv
うれしい〜〜〜vvv。
涼しい空間を提供できない身として、他力本願で地味なサイトに華が舞い込む。 朝から上機嫌でございますvvv。
これを見て涼しくなりましょう。そして別の場所をたぎらせましょう(笑)。 (だって夏はエ●というではないですか)。
このなにげな生足が溜まらん…。この生足が…。 JIRさんのサンジの生足を見ると、これをいつも抱えているハラマキが心底憎くなります。 今回も抱えてるし…。 てめえ。その足ただだと思うなよ。
| 2002年07月24日(水) |
もだえ苦しむゾロサン中毒者。 |
とりあえず柳沢にはゾロサンを与えておけ。
欲求不満がー、欲求不満がー、欲求不満がーーー!!!。 さすがに最近、ゾロサンサイトを行き尽くした観がありまして。 いまもう、最高に私はゾロサンに飢えています。しかも小説。しかも長編。 誰かいいゾロサンサイトかサークルご存知の方は教えてください(切実)。 読みたいー。読みたいー。ゾロサンー(泣)。 ラブラブがいいです! ひとつハッピーエンドで!
やっぱこの日記のタイトルが悪かったのかな…。 この中毒っぷりは我ながらやばい。このままでは私が味噌蔵に閉じ込められて活字抜きならぬ「ゾロサン」抜きの治療をされてしまう。 その場合、刺激が強くないようにちょっとずつ、うずまきとか緑とかを与えられるんだろうか…。 (説明しよう。椎名誠の『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』は、極度の活字中毒である「めぐろこおじ」を味噌蔵に閉じ込め、活字抜きの治療を施すと言う、まれに見る戦慄小説の傑作である)。
だから私がサイトの日記のタイトル「地獄の味噌蔵にしたよー」とTぽんに報告したとき、彼女から「だったら読めないじゃん」という実に冷静な突っ込みが来た。(これはゾロサンに限らず)。 味噌蔵に閉じ込められるから。
そのときは、隣人と、味噌蔵に閉じ込められて、何も読むものがなかったら、壁にえんえんとゾロサン大河小説を自分で書くな、と笑いあいましたがそろそろ冗談ではない。 (ちなみにまだ書いていないときです)。
そのとき、どうせ書くなら、同人のありとあらゆるパターンの踏襲を書き尽くす、という話になりまして(笑)。 とりあえず、病気ネタやって、記憶喪失やって、入れ替えをやって、死にネタやって、サナトリウムものやって、不治の病ものやって、パラレルなら学園ものやって、実は生き別れの兄弟ネタやって、といろいろ話し合い、その中で、これだけはしない、と言ったネタがありました。
それは宇宙が舞台のSF。
なぜならやっていることが変わらないから。 やっぱりやることといったら宇宙海賊で、ルフィは宇宙海賊王を目指していて、ゾロは宇宙一の剣士を目指していて、ナミは横暴な宇宙勢力のひとつに迫害されている植民地星の住人だったりで、そしてサンジは宇宙レストランの副料理長なんかしていて、やっぱりゼフに恩義があるのだ。 その恩義が、海賊船に襲われて爆発寸前で逃げ込んだ、一人分の脱出用コックピットにゼフと閉じ込められたりして、ゼフは空気が足りないのをサンジにずっと黙ってて結局、壊疽を起して足が駄目になって、どうしておまえがそんなことするんだ、と泣くサンジに、 「宇宙は広くて残酷だなあ」とゼフが言ったりするのだ。
隣人「やってること変わんないね」 柳沢「うん。だから宇宙物はタブーなんだよ」
バックが海か星かの違いしかない。
でも、そろそろ出てきてもいい頃かな。宇宙海賊ワンピース。ちょっとよぎったキャプテンハーロックの名前は置いといて。
隣人とはこんなバカ話ばかりしておりました。
いや…でも、真面目にゾロサン長編サイトは募集中…。
| 2002年07月22日(月) |
比較論文は苦手です(笑)。 |
週間連載。新聞連載であるという意義も苦手です。 それは結果であると思うから。 ゼミで卒論対象が北杜夫の『くぷくぷの冒険』で、どうしてこれだけのページ数がかかったのか、ということを言っている生徒がいたけど、単に編集者の指定がそのページ数だったんだろうと思ってしまう(笑)。まずに週間連載として発表する形の効果、と考えるよりも生活として考えてしまう。 漱石は通俗小説を書いていると思っていただろうし。 小説は新聞に「ついてくる」読み物だったと考えているだろうと思うんですね。 きちんと調べて考証したらまったく別の考えが出てくるだろうけど。
訳判んなくてすみません(笑)。 訳、一名との交換日記です(笑)。 ですから読まないで下さい…。
比較研究はかなり興味があったのにしなかった、したかったなあ。 機会がなかったから研究方法を学ばなかった。 だからすぐに出来ない。 これが一番悔しいな。
私は好きなキャラが作品の中核に近い位置にいる訳ですけど、「ワンピファン」「サンジファン」の自分というのはかなり距離があって別物ですね。 ワンピを読むときサンジは「もの」だと思って読んでいる。作品を読むときに介入はさせないし。出来ない。サンジは物語を動かす軸を持っていないから。 そういった意味で、あの作品で物語を動かすことが出来るのは主人公だけであるはずだし、そうであるべきなのに、その立場が中途半端であることにずっと怒りがあるわけです。 主人公としての権限を、もっと無責任に貪欲に与えていいものだろうと。
だから私はかなりの位置で作者論が絡むわけですが、尾田栄一郎、という存在感がなければなしえない世界であるわけだし。 けれどヒカ碁には作者が存在しない。それは作品の形としてとても正しいと思うわけですね。読んでいるときにほったゆみのことを考えない。それは伏線がとてもうまいという事にもなるんだけど。 だからすごく純粋な作品論が書けるんじゃないだろうか、と思って羨ましいわけです(笑)。 それこそ何故、本因坊秀策でなければならなかったのかとか(笑)。
いやあ。こんな事はメールで書け? ごもっとも…。
『井伏鱒二対談集』新潮社。解説、安岡章太郎。 コミックショックで100円。対談相手もさすが、豪華だったので読み始めたら止まらない(笑)。 仲が良くて遠慮のない同士の対談はいいですね。 河上徹太郎との「もう死のう、井伏」「うん、死ぬか(笑)」 とか。 枯れきってていい感じの対談集でしたが、開高が一人で若くて元気で無法でおかしい。 開高が若造ですよ。
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