JIGOKUNOMISOGURA

2001年08月06日(月) 8月6日なりー。

今日が6日であるということに気付きませんでした。私。
小学生の頃、6日は登校日だったので、夏休みか半分まで来ちゃったなー。
という些かの寂しさがある。蝉のうるさい夏、まっさかりでした。
太陽はがんがんの極彩色だし、緑は激烈だし、アスファルトはむんむんだし、扇風機の風はぬるくてテレビの音声は遠くて、汗のたまったコップの麦茶は甘かった。
これが私の中の、6日の印象です。

夏がねえ!(泣)。

さんざん、今年はこうやって吠えていますが、つくづくと吠えました!
夏がねえ! 私の夏はこれじゃねえ!(号泣)。

通勤焼けで、いくら顔が真っ黒でも、足は変にサンダル焼けしてても、慰め程度に入ったバーゲンでキャミソール買ってもこれは私の夏じゃないぞ!!!。
しかも顔色は今、貧血あけだ!
と、息巻いてがるるる唸っていたら、私とは別の意味で、只今夏を満喫しすぎて真っ白になっている隣人が「キミの云ってる夏は間違っている」と云いました。
そんな彼女はGペンと格闘中。
隣人の夏はまだまだ終わらず、そして熱い。


■■■よろずのことはさておいて。
遅くなってしまったけれど、またなんとリンクを貼って頂いているサイトさまが増えました(汗)。
恐るべし、ラッキーガール柳沢。
ほんともう、いい加減、学習能力が欲しいです・・・。
藪内ささこさまのサイト。「ヌードと愛情」さまです。
http://www2.tomato.ne.jp/~t_h/nl/top.html
いろっぽいサイト名に裏切られない、とても素敵なサイトさまです。ぜひぜひ。
私が、ヌードと愛情さまのファンなのですよ(汗)。私のゾロサンチェッカーは洒落ではなくて、ずっとずっとこっそりお伺いさせていただいているサイトさまなだけに、こんな棚ぼたのような展開に呆然としています。
不思議だなあ(汗)。
いまでも半ば信じられない気分。
藪内さま。こんな所で申し訳ございませんが。本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします!。
■■■


とりあえず、私。
私の今年の夏を探しに旅に出たいです。
ああ(泣)。
消極的ですが、夏は一番、好きかも知れません。よく判りませんが。
とにかく、がつんとやられるのです。
がつんと握り拳でどやされる。そんな季節なのです。
なのに、こんなにぬるいと泣くよ。私。

今日夕立がありました。
毎年、一回はあるんですが、すごく近くに雷がなる。
落ちます。
どん。と。
雷好きです。
見た目も音も、かなり好きなんですが、流石に、耳鳴りがするほど近いと身がすくむ。
仕事をしていて、雷で、初めてパソコンが落ちる。という事を経験しました。
驚いた。
ぱつんと切れて
ぽかん、とした一瞬。
どん、と空気が落ちた。
むき出しの腕が、物理的に冷めました。
とりあえず、現在、手に取った夏はこの一つ。



2001年08月04日(土) レクイエム。

こないだ、学校帰りに買ったのは本ばかりではなかったのでございます。
やっぱ、呼ばれたんだなあ、と思いますが。
ふらりと寄ったCD屋で、一枚。

だって! だって!
クラッシックって不当に安いと思いませんか!?
需要と供給と云われればそれまでなのかもしれませんが、理不尽に思いつつ、やっぱ嬉しい貧乏人。
そのかわり、売れると判っている人間のCDは異様にぼったくりますが(汗)。
それに対しても理不尽を噛みしめつつ、こういう所で採算取らないとね。と自分を慰めます。
だって、例え、有名指揮者でも大体、1500円出せば買えるフィリップス。サイトウキネンとイ・ムヂチだと倍以上取るのはやっぱり露骨でないか・・・?
ヨーヨー・マも高いしね・・・。

でも何気に入ったCD屋で、なんと音声復元と称して、千円フェアのデッカ。
フィリップスもたまにやりますが、これはなかなか侮れません。この千円フェア。
とんでもない掘り出しがあります。何と云っても私はこれで、フィリックス・アーヨのバッハ無伴奏ヴァイオリンパルティータを手に入れたのだ。
千円でマリナーのモーツァルトレクイエムを手に入れてしまった・・・(噎び泣き)。
この喜びッたらないです。即買いでした。
マリナーは、CDでしたが初めに聞いた演奏の印象がとんでもなくて(汗)。とんでもないバッハとヘンデルだったのですよ。あんな爆演聞いたことないってくらい、まくし立てるようなバッハで。
未だに、あれだけ激しく早い、G線上のアリアを私は聞いたことありません(笑)。
それだけに、映画「アマデウス」を観たときは衝撃でした。
講義の一環として、ビデオで観たんですが、とにかく、映画は、しっかりとした演奏が印象的で、使ってる歌手とオケがとにかく良くて吃驚していたんですが(結構、軽薄な役で出てきた、テノール歌手による魔笛のパパゲーノが凄く良くてびっくりしたさ、オープニングに使ってた28番とか、見事でした)、音楽監督を聞いて、納得というか、驚きというか、まあ、とんでもない一流どこを連れてきたなと(笑)。サー・ネヴェル・マリナーでした。
マリナーのモーツァルトには、そこで打たれました。多分、人に合っているんですね。爆演の名残なんか欠片もなかった。雄大で、華麗で、憂いの一つもない、見事なモーツァルトでした。
私が持っているモーツァルトレクイエムは、モーツァルト没後200年記念のミサで、ショルティによるものです。これはこれで最晩年のショルティによる渾身のレクイエムで、ショルティファンに云わせればいろいろきっとあるんでしょうが、80歳過ぎた高齢の身とは思えない、らしい、気骨のある演奏は、何回聞いても呆然とします。
けど、ただ、聞く、という立場なら、私はマリナーのレクイエムのが断然、お勧めです。
本当に、「聞かせる」ためのレクイエムです。おそろしく典雅で華麗。不謹慎なほどの華がありますがモーツァルトなのだからそれでいい。モーツァルトは大体、ソプラノが良かったら1/3は成功したといって良いですが、レクイエムもその例外ではないというのはつくづく凄い。
天上の音楽です。

ちなみに私の連載のタイトルはこのレクイエムから取ってます(苦笑)。
大体、英語じゃないタイトルはモーツァルトか、バッハから取ってますね(苦笑)。
「Recordare」
レコルダーレ。ドイツ語で、多分、直訳は「憶えたまえ」。レクイエム調に私が覚えていた邦訳は「憶えたまえ、慈悲深きキリストよ」。タイトル自体意味は気にしていません。曲のイメージも頭に入れてません(苦笑)。本当に何も考えずにつけたタイトルですが、。レコルダーレはソロの、一番の見せ場です。もっとも美しいソロのパート。
モツレクで一番、好きなのはやっぱりイントロイトゥス。まんま、入斉唱なんですが、このレクイエムの完成度は本当に恐ろしい。捨て曲が一つもないです。
もう、死ぬまでに一回は歌いたい。
私、死ぬまでには、絶対、一回は歌いに行く、と決めている曲がふたつありまして、ヴェートーヴェンの第九とこの、モツレクです。
その前にモツレクは生で聞きに行かねばなあ(泣)。
難曲らしくてなかなか来てくれんですよ。来てくれたら何を捨てても聞きに行くのに(泣)。

心から歌いたい歌は多いです。けど私の場合、なかなか届かない。



2001年08月03日(金) 山田風太郎追悼。

すっかり恍惚のひととなった、死に損ないだったので、思ったよりショックはなかったです。
諦めていたし、覚悟もしていた。
そういった意味では本当に、ファンに優しい爺だったと思います。

ただこの人は、生きているだけでいい。と思わせる。数少ない作家でした。
書かなくても良かった。生きてるだけで安心してました。
安心が終わったな、とそれだけを思っています。

2,3年前、知り合いと山風の話をしていて、知り合いが「え!? まだ生きてたの!?」と吃驚していた事がありました。彼女の言によると。
「みんな、もう死んだ人みたいに絶賛するから、とっくに死んでる人だと思った」。
作家としての冥利に尽きますね。生きて伝説でした。

私としては、生存している作家の中で、こんなに純粋な意味での小説家はいなかった。こんなに純粋で傲慢な才能はなかった。小説を書くための才能で、想像力でした。天才とはこういうものを云うのだと思った。100%の完膚無きエンターテイナーでした。話を面白くするための過剰なまでのサービス精神も、欠片足りとも読者に媚びを売らず完成していた。何をしても許される作家でした。
「山風だったらつまらないはずがない」
が合い言葉でした。
山風は「宝石」出身です。デビュー作を読んだとき、乱歩は山風を見つけたとき、どんな思いをしたろう、と目もくらむように思ったことがあります。
乱歩は本格の人ですが、そんな事は関係なく、叫びだしたい思いに駆られたのではないかと思った。鬼がかった、悪魔のような才能でした。

生協が筑摩文庫15%オフのときに、勢い込んで揃えた「山田風太郎明治小説全集」をぼうっと見上げています。

どれだけ長生きしたら、またあれだけの小説家が出て来てくれるだろう。



2001年08月01日(水) 終わった・・・。

脱力しています。終わりました。うう。
色んなものが重なって、かなり辛かった・・・(泣)。
やっぱ寝不足は持病の大敵です。それで月一のうやむやが来たりしたモンだから死ぬかと思いました・・・。今日とて3日目過ぎたというのに、貧血で倒れそうになった・・・。けど今日が提出日だったので死ぬ気で学校まで行きました。うう(泣)。
それにしても私、腹痛になると大体、吐くんですが(汗)。これって良くないのかなー。
うやむやの時でも、まず一回は吐くし。痛さの種類にもよるんですが、内臓に響くような痛みの時だと大体、吐き気がします。
やばいのかな・・・。心配になってきた・・・。
とりあえず、今日は寝ます(汗)。
試験中にメール下さった方、明日以降に必ず! 返信いたしますので暫くお待ち下さい。すみません本当に。

山風死去。
こんな状態の体調と頭で何も云いたくないから今日はノーコメントです。
覚悟はしていたんだけどな(泣)。



2001年07月30日(月) 耐えろ、私。

一日。レポートの提出日です。
ボードレール相手に悪戦苦闘しております。
ここ三日、色んな事に苦しみながら、ほぼ徹夜状態です。
・・・だから。
こんなところでこんなもん、書いてちゃいかんのだってば!!!(泣)。
・・・そろそろ色んなサイトさまで、新刊の先行予約とかしてらっしゃいますね・・・。
そんなどこじゃないんだってば! 私!

畜生。見てろよ。これが終わったら・・・!

トップ、更新している暇もないので一応。
次のカウンター、11111と12345の方はご申告下さったら何やいたします。
はい。

ベンヤミンのボードレール論がかなり面白くて慰められています・・・。
このままなし崩しにフランス詩人を憎んでしまいそうだ・・・。



2001年07月29日(日) だから試験勉強しなさいってば・・・。

一日にレポート提出なので学校の図書館に行く。
暑さに倦みつつ、帰りに古本屋に寄っていては意味がなし。
性懲りもなく4冊・・・。
山本夏彦『私の岩波物語』
車屋長吉『業柱抱き』
車屋の本はずっと読もうと思っていた。期待の、そして偏屈代表の平成文士(笑)。
けなしているひとを見たことがない。でも、このひとはある意味、けなせない人なのかも知れない(苦笑)。私は、初めて読む作家は大抵、随筆かエッセイから入る。『業柱抱き』はずっとどうしようか悩んでいた。いい機会。
とっとと帰って勉強せねば、と思いながら、つい目に留まったのが『「本の雑誌」傑作選』
400円だったら買っちまうだろ? なあ!? と誰にともなく言い訳しながらいそいそと懐へ。
私は「本の雑誌」ほど、慈しんでいる雑誌はないのです。これはじっくりまったり大事に読むのです。
がつがつ読んではまったく意味がないのです。ああ楽しみ。私の夏の愛しい本だ。この本バカ不良中年どもはまったくもってスバラシイ。

そしてラスト一冊。やまだ紫『ゆらりうすいろ』。
見つけたとき、実はちょっと迷った。けれど引力に抗えず買ってしまった。
読んでしまった。
私はこの漫画家からタイトルを二つほど失敬している。「しんきらり」と「空に落ちる」。
好きとというより、ぞくぞくと怖い漫画家。
こんなに怖いものを描くひとはいない。
買うのを悩んだのは、時期を悩んだから。私にはまだ早いと思った。
このひとの本は10代の頃に読んで好きだと思った。そのとき読んだのは『性悪猫』と『しんきらり』。20代になって『空に落ちる』を読んで、上記二冊を読み返した。
10代の頃に読んで好きだと云った自分を恥じた。
10代の小娘の分際で、好きだと云える漫画家ではなかった。怖かった。
この人は、普通の女では怖くて、とても武器に出来ないありとあらゆるものを武器にして描いている。
女であること、女の子であったこと、妻であること、子供を産んだこと。母であること。
きれいごとではすまされない、全ての部分を武器にして描いている。
女にしか、とうてい描けないものを、芯を見据えて描いている。
怖い。
10代で、この人の世界を好きだと思えたのはこの世界がまだ私にとってお伽噺だったからだ。20代で読んで、この世界がとてもではないけれどお伽噺では済まないと知った。けれどまだ架空だった。見え隠れする容赦のない世界に脅えた。
30になって読むやまだ紫はどうだろう。
そう思う。数少ない漫画家。
20代の前半に読むのだとしたら『性悪猫』『しんきらり』よりも『空に落ちる』がお勧め。
とてつもなくいい。
河出で出てましたが絶版になってます。けどやまだ紫の作品は、ちくまで全集として出ているようだからまだ読めます。興味のある方は是非。
妻であることと、母であることは、自分で望んで、そとして縁と運があれば、人生の半分以上、継続できる。だから、母であることと、妻であることを体験した人は、その立場はそんなに忘れないのではないかと思う。
けれど、女の子であれる瞬間は一瞬だ。
しかも意識せず、瞬く合間に終わっている。気がついて、振り返って、ああ、少女だったのだと思い出す。『空に落ちる』を読んだとき、まだこの感覚を覚えていられるのかとぞくりとした。
「小さいぐみ実」なんか、おそろしく秀逸。
やまだ紫は実際、二人の女の子を育てている。こんな、どんな意味でも怖い母親を持った娘は母をどう見るのだろうかと、丁度、この人の次女は私と同世代であることを知って呆然として見たが、収録作品の「コウノトリはういない」でやまだ紫は、子供の成長と共に、当たり前のように飛び出す性の質問に淡々と答える。
「ーーーーーー(前略)いたずらに利口ぶった親をしたくてそうしたのではなく女の子を持った故の怖さ故にあらかじめ白状した」
女の子を持ったことを「怖い」と思ってくれる母親を持てるなら幸福だろう。
女の子は、女の子であるという性ゆえに傷つくことがある。
初潮が来て傷つく子は傷つくだろう。
性を意識して、男の子は悪気ない悪意で女の子をからかう。
からかわれた娘を見て「痛ましい思いがする」と紫は云う。
痛ましい。と云う。
「女の子達は皆
好奇の目にさらされ
人波にもまれ
時に道具になりもし
怒ったり泣いたりを繰り返し
傷つくことで自分というものを
少しずつ取り戻す
幸福の湯船に浸ったままでは
永遠に自分をつかめないなんて」
(『空に落ちる』「コウノトリはもういない」)
解説、佐野洋子。
「生のタラコのうす皮をはぎ取られた様な気がする」
きたきたきた。と思わず、にやりとしてしまった。
やまだ紫に、真っ向から勝負を挑んだ解説。
このタイトルは女にしか付けれまい。
女にしか持てない感性で、真っ向からの直球勝負。
この本の解説は疲れたろう。
いい解説です。

「空におちる

水溜まりをのぞき込んでいるうち
頭がくらくらして
危うく空におちるところだったよ」
(序文)。



2001年07月27日(金) 「じゃ、おれはもう死んじゃうよ」

 新潮文庫、幸田文。『父・こんなこと』。「父」だけ読了。
 この本を買ったのは、嵐山光三郎の『文人悪食』(新潮文庫)のせい。
 幸田露伴の項がとても良かった。ここで、幸田文の「父」を引用している。それを読んで泣いた。
 実は初めてここで文の文章を読んだ。怖かった。

 ふと、この引用文を読んで、幸田文は名前を文というのだとつくづく思った。
 「父」を読んでその思いは強くなった。露伴は娘に「文」という字を与えたのだ。

 露伴はこの、二番目の娘に「文」という名を与えたことを後悔しなかっただろうか。よりにもよって業な名を、と一度でも、思いはしなかったろうか。
 文は三人兄弟の中で一番、愛されなかったという。それは端から見ても明らかな程であったという。
 おそらく、文が、どんな意味でも露伴に一番、近かったのだ。
 自分に似た子は疎ましい。けれど同じくらい愛しかったろうとも思う。
 露伴は明治の男だ。女だてらで自分に一番近い性と才能を受け継いだ娘の先を、どれだけ案じたろうか。現在でも、才能のある女の先は厳しい。
 露伴は、文に、平凡な娘でいて欲しかったのだろう。
 出来るだけ愚かな、夫と、子供と、姑の間で安住できる女でいて欲しかっただろう。
 無事に嫁ぎ、子を産み、妻となり、母となって欲しかったに違いない。
 けれど、文は妻でいられなかった。そして、疎まれた子と自嘲しつつ露伴の元に戻った。最後に残った露伴の玉は文だった。露伴に孫を残したのも、死に水を取ったのも文だった。(末期の水が喉を通っていく描写は鳥肌が立つ)。
 露伴の躯を前に文は云う。「これは他人にとってはただの「もの」だ。けれど私は娘だから、この「もの」が愛しい」
 ものすごい。
 平凡で終わるはずがないと、私は露伴に突きつけたくなる。
 文がそのまま平凡な人生を文が生きたのなら、あの世で露伴もやれやれと安心したろう。けれどこの情の強い、平凡ではあり得ない、けれどこの孝行な娘は、露伴の死後ではあっても、結果として筆取り、名をなした。
 「父」を読んで、『文人悪食』に引用されていた部分まで話が来たとき、また性懲りもなく私は泣いた。「父」は闘いの記だ。私はそう思う。どんな意味でも文は父に勝負を挑んでいる。
 父と娘の、と見た方が、きっと判りよくそれが正しい。
 露伴の誕生祝いに、文がささやかな、けれど尽くした膳を差し出す。戦後二年の話だ。露伴の美食は知られている。死の病を持った露伴は起きあがれず、膳を布団の上に置くように云う。膳の粗末さを文は恥じている。見られたくない。膳をよく見ようと露伴が膳を引く。見られたくない文がそれを押さえる。揺れて椀が溢れる。露伴が笑う。
 露伴の、最後になった誕生日の膳である。
 明治の文士が二人、そこにいる。



2001年07月25日(水) 久々に味噌蔵らしく。

きのう、久しぶりにまったり本屋に行って来ました。
買うべき本の目的はあったんですが、ちゃんと、その本も買ったんですが、買ったんですが。
駄目ですね・・・。
いろいろと目移りして、結局、5千円、飛びました。ま、いいんですが。
月の本題、1万から2万は確定出費に数えているので。
いろいろと楽しげな本を選びながら、これを読めるのはまだもちっと先になるのな、と思うと切ない。
忙しいんですよ。何げに。
(でも一冊は対談集だし、読んじゃいそーだなー)。

その本屋では、古本も置いてあったんですが、レジを済ませてさあ、帰るぞ。というときになんとなく眺めて、反射的に一冊。
『夜のくもざる』
村上春樹。単行本なので、平凡社です。
実は、ずっと買おう、買おうと思って、忘れていた本で。これはどうやら新古書だったみたいで、まま、綺麗な状態でほぼ半額だったので迷わず買いました。嬉しい。
この本は文庫で持っていたのですが、読み終わったとき、ああ、これは単行本で欲しい、と思ったので、文庫の方は人にあげてしまったんです。
文庫でもいい本ですが(表紙は文庫の方が好きです)、やっぱ保存となると単行本に分があるのですよ。
ハルキは割に読みますが、一番、出来が良いと思っているのが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』上下(新潮文庫)。一番、やられたのが『羊をめぐる冒険』上下(講談社文庫)で、一番、好きなのはこの、『夜のくもざる』です。
どうやら、ハルキという作家が、こういう作家のようです(苦笑)。
『羊』はとにかく、ラストが。
この作家に、こんなに美しいラストが書けるとは思わなかったので、ちょっとびっくりしました。
ハルキは良く、強調点付きで「完璧な」とか「完全な」とかいう表現を使うので、それが好きではないのですが、こればかりは「完全な」ラストだと思いました。続きがない。
だから『ダンスダンスダンス』を読むまで結構、かかりましたね(苦笑)。
ちなみに私は『ダンスダンスダンス』はあまり好きではないです。

『夜のくもざる』は、無条件で好きですね(苦笑)。
けなす人の存在も理解できますが、そんなに必死になって擁護する気もないですが、でも好き(笑)。
とにかく、読んでくれとしかいいようのない本です。
こういうの書かせたら現時点、この人の右に出る人はいませんなー。
「ホルン」とか大好きなんですよ。これは読んだとき、ものすごくよく判ると思いました。
そうなんだろうなあ、と。
ちなみに一番、やられた話は「激しい雨が降ろうとしている」です(笑)。
やっぱり読んでくれとしかいいいようのない話です。

ハルキはネーミングセンスも好きで。
まあ、50歳過ぎた人のつけるタイトルだし、相応にオヤジだなー、と思いもしますし。客観的に見てハイセンスだとは思わないんですが、私の感覚に合っている。
私の感覚で、ピンと来るタイトルを付けるので、つい、タイトルで立ち止まってしまいます。
『世界の終わり〜』なんか、タイトルである意味、完成していると思うんですがどうでしょう。
『回転木馬のデッドヒート』とか『1973年のピンボール』とか。
いいタイトルだなあ、と思います。
私は好き。

ようするに、こういう作家なんですね。



2001年07月24日(火) なくはないけれど異様な光景。

朝、職場の前にある川が干上がっていました。
思わず立ち止まってしまった・・・。
かなりびびりました。もともと水位の低い川なんですが、つい昨日、盛大な夕立の後でもあったので、インパクトが・・・。
すぐに、何か、工事でもするのかな、と思い当たったんですが、いや、やっぱ判ってても異様ですわ。すごく変な気分になりました。
それにしても、川という存在がどれだけ涼か判りますね。
流れていると涼しい川も、干上がってしまえば蒸発するばっかりなので、とにかく蒸す蒸す。格段に暑くて、外に出るのが嫌だったこと。
夕方にはちゃんと水位は戻っていましたが。やっぱほっとしますね。

あ、それと!
私、割に観光地に住んでいるんですが、ここに来て、初めて、ドラマのロケ現場というのにかち合いました!
いやあもう。嬉しい。
私くらいだったんですよ。見たことがないの。
駅前での撮影だったんですが、思わず、ワンカット、リハーサルから本番まで野次馬って来ました。
本番が上手くいかなくて、同じシーンを繰り返し4回。なんでもプロってのは大変ですね。
見てたらやっぱり上下関係というのも顕著で。
端役らしい、すごく若い役者の中でも、スタッフを無視できる立場の子、無視できない立場の子、勿論、そういう子はスタッフの中に混じっていても一番、立場が低い。けど微動だにせず、監督の言葉を聞いている。
それに監督ってもっと偉そうにしていると思ってました(笑)。
大変だな。やっぱ。この世界。
それに場所を移動する時って本当に「河岸を変える」っていうんですね。
ちょうど、私が帰るときに「河岸変えまーす!」と一斉移動を初めて、ちょっとびっくりしました。
なかなか面白いものを見てきました。
でもあれ、なんの撮影だったんだろ・・・。
N●K、朝の連続ドラマでないことは確実なんですが(笑)。
とりあえず、1m以内で佐●B作を見てきました(笑)。


全然、関係ないですが。
・・・・もうすぐですね。夏コミケ。
盛り上がっていますね。世間は。
・・・・・・・・・。
寂しくなんかないやい(泣)。
頭のどこかで声がします。さあ、冷静になれと云う声がします。
金はどうにかなっても、体力に責任が持てないと云う声が聞こえます。
・・・冷静になれ。私。



2001年07月22日(日) かくも長き怠惰なる一日。

この3連休。ひたすら寝て過ごした私。
一体、幾つだ・・・。

けど20日は、Hさまにチケットを頂いていたのでインテまでイベントに行って来ました。
イベントの規模は小さいだろうな、ともともと踏んでいたので、昼に行けばいいかと、のんぴり支度。買い物が目的ではなくて、HとまとSりのさんに会うのが目的だったため、イベントとは思えないような鞄でインテまで行って来ました(笑)。
イベントは想像通りに小さくて、30分もあれば回っておしまいだったのですが、相変わらずHさまは素敵だし、Sりのさんは愛くるしいし、Hさまのお友達も素敵な人だしで、イベントの目的が、人に会いに行くってなんて、贅沢なんだろうと。
しかし、帰るときにはしっかり、普通に遊びに行く用の鞄にみっしり詰め込まれた本の存在は置いておいておいて下さい。・・・・・ふふ。
(私の本能が本を買えと、ゾロサンを買えと訴えているのだ。・・・・ということにしといて下さい。けどオンリーで買い損ねた、すごく好きなサークルさんの本がゲットできて幸せでしたー。拾い買った本たちなのに、外れがないって凄いですな。本当にゾロサンは旬なんだと思い知ります)。
そして帰りはなんと、Sりのさんに我が侭云って、お茶して貰ってしまったし♪
ずっとずっとお茶したかったのです!
いっつもゆっくり出来ないのは、イベントだと余裕のない私のせいなんですけれど(泣)。
Sりのさんはとてもとても素敵な人で、本当に大好きな作家さんで、そしていっつも丁寧に構って下さって。いっつも狼狽えてしまう方なのです。
ちなみに私の、好きなゾロサン文章書きさんトップスリーのお一人です(笑)。
さあ、私の浮かれっぷりをご覧じろ(笑)。
ちなみにお茶して下さったメンツのお一人も、トップスリーのお一人であるHさま。
4人でぞろぞろヒル●ンホテルのデザートバイキングを荒らしてきました(笑)。
しっかし、流石、一流ホテルの名は伊達ではないですわ。
名だたるヒルト●のデザートバイキングの豪華さに、普段、慎ましい家計の私はすっかり圧倒されました(笑)。貪るように食ってきた・・・。欠食児童なんす。温かい目で見てやって下さい(汗)。
思い出しても視線が遠ざかります・・・・。また行きてえー。
年々私はケーキ系が好きなんだけど、食べれなくなってきてまして。ケーキよりタルト、タルトよりパイ、それよりアフタヌーンティは、スコーンが一番、嬉しい人間です(ちゃんと! 塩味の利いたスコーン)。
しかし如何せん量が入らないので、バイキングは損するんですが(いっつもケーキよりコーヒーで元取ってる。意味なし)。
サンドイッチ美味しいし(あんなシンプルなサンドイッチであれだけ旨いって・・・)、プリンは美味しいし、フルーツコンポートは豪華だし、あああ、絶対また行く。
特にHさまおすすめのクリームブリュレがこんなんバイキングに出して良いのか、と一口、食べた瞬間、唸ってしまったほど美味しかった。
お腹が空いていたらしいHさまの意見で、なし崩しに夕食にまで雪崩れ込んだのですが、頼んだピザも美味しかったし、なんといってもナシゴレン!
アジア飯、ほんっと目がないんですわ。旨かった・・・。帰ってからも引きずりました。やっぱり暑いときは辛いものだ。アジア飯行きてー。(如何せん、隣人があまり好きではないからのー)。
でもやっぱり一番は、皆さんをぎょっとさせた、私のコーヒー、5杯お代わりかも知れない(笑)。
カフェイン中毒なんす。コーヒーないと生きていけん。いいホテルはコーヒーが例外なく美味しいから好きさ。しかもお代わり自由だし。
お茶が好きなんです。紅茶も日本茶もよく飲みます。ちなみに緑茶を愛しておりますー。

4人の中では私が最年少なので(苦笑)。
例外なく、まったりと甘やかされてきました(苦笑)。
いかんわー。どうしてみなさん、こんなに素敵なのか。
お三方。私の得体の知れないマシンガントークに付き合わせました(汗)。
最大の被害者はSりのさんだなー。
なんせ、帰りの電車までご一緒したので・・・。
にこにこ私の話を聞いて下さる。本当に愛らしいのです。
しかも、駅について、降りる直前に、サイト10000オーバーと、連載終了記念で、プレゼントまで頂いてしまった・・・。本当に、どうしてああいう時に渡して下さるかなー。おかげで禄にお礼もしていません(汗)。
家に帰って、わくわくと包みを開けて、思わず呆然としてしまいましたよー(汗)。
もう、真面目に、女に走っちゃおっかなー、と思った瞬間でした。
(問題発言、しかも私が云うと洒落にならない)
大事に大事に使わせていただきますね。
本当にもう・・・。ありがとうございます。
夏ですからね。夏ですからね。
お互い、ごはんは食べて、頑張りましょうね!

充実していたのはこの一日だけで。後は見事に怠惰に過ごしました・・・。
ある意味、究極の幸せでした。
(駄目人間)。
・・・・・・明日からまた一週間が始まるのか・・・・・(泣)。


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