檸檬屋新宿「明かりが消えて大爆発」

 電脳キツネ目組のNさんに「檸檬屋でへんなことすると、HPに書かれちゃうから怖いよ」
と言われる。
「大丈夫ですよ。お客様のプライバシーを暴露したりしないですから」。

 住枝さんは16:00過ぎには既に飲んでいて、機嫌が悪い。

本来お客さんで、頼まれてお手伝いに来てくれている女性を「バカ女」と言ったり、
女性従業員に文句たらたら、あげくのセクハラ言動。
4月の開店準備からずーっと休み無しで相当疲れている様子。

お客さんにお好み焼きを作れ!と命じて「材料が揃いません」と言っているのに
「俺が買ってきたのがあるはずや!探しもしないで無いと言うな!探せ!
探してあったらお前はクビだ!明日から来なくていい!」
と怒鳴る。
「材料はあるけど、古くて使えないんです」と説明すると「ゴメン、許せや」。

「じゃあ、俺がお好み焼きを焼く!見てろ!」と言ってジュージューやり始めて
私たち従業員は呆れながらも「ハイ、お肉。ハイ、焼きそば」とお手伝い。

すると突然、店内が真っ暗闇に。
「なんや!どういうことや!」と住枝さん、暗闇の中、筍の煮物の鍋に足を突っ込みながら
ブレーカーと格闘。何度やっても明かりは点かない。厨房は筍の煮汁だらけに。

管理会社に怒りの電話。「直ぐ来い!社長を呼べ!叩き起こせ!」と大騒ぎになって、
私たちには手に負えなくなる。
深夜のことで修理の人が来るのに時間がかかるのだが、
その間もひっきりなしに
「まだか!今すぐ来い!客が帰ってしまった!どうしてくれるんや!」と電話。

やっときた深夜の代行業者にも「挨拶が無い!」と怒鳴りまくる。
しかし何度も説明して管理会社ではないとわかると「ごめんな」。

そしてまた管理会社に電話。柱を何回も蹴飛ばしながら怒鳴る怒鳴る。

谷中本店に電話して「これから喧嘩や!今すぐ店を閉めて来い!」と
無茶苦茶なことを言う。
「来なければクビ!縁を切る!」と言われて、
お客さんを置いて谷中店店長らが駆けつける。なんちゅう店だ。

住枝さんが眠りこけたところで、私たちは帰る。3:00。
タクシーの中で、住枝さんがお好み焼きのへらを握り締めたところでパッと明かりが消えた
瞬間を思い出してみんなで大笑い。

こんなに大荒れは見たこと無いと谷中店店長も言っていた。やれやれ。
2002年05月01日(水)

緑の回路

 母に借りたお金で各種支払い。経済的自立は遠い。

 緑さんをめぐるやり取りから高橋玄監督に

> 真理ちゃんの意見は、なんだか宗教の信者的に思える。

と言われた。よくわからないので説明を求めたら丁寧な解説をくれた。

> 状態はどうであれスピン・アウトした人間同志に共通の視座、シンボルを与えること
> で関係性を強化するのが、組織論一般で、宗教的集団も例外ではない。
>
> クローズド・サーキットの概念は、どちらかと言えば
> 市場原理的に援用されるんだけども、今回の「緑ちゃん」のケースだと、充分にク
> ローズド・サーキット(閉じた回路)が作用している。
>
> 緑ちゃんが形成するクローズド・サーキットは確実に存在していて、そこを流れる電
> 圧が真理ちゃんであり、「M」さんであったりするはずだと思うけどね。
>
> 僕が真理ちゃんをして宗教的と評したのは、なんらかの形、または方法で「緑ちゃ
> ん」を記号化、もしくはシンボライズした結果、通常の人間関係以上に、意識を流れ
> 込ませているからだと感じるからだね。
>
> その電圧が無駄だとは言えない。
> でも、負荷はかかっている。

私は自覚して相当ぐるぐるまわっていると思う。面白いから。
「負荷がかかってる」というのはよくわからない。

> 人間の意識(殊に無意識)がどんな対象にも等質であることは残念ながら不可能なこ
> とです。

緑さんだって区別はつけている。でもそれは肩書きによる優劣より、
「昨日今日の知り合いか、よく知っている友達か」
「今すぐでなければ駄目か、後回しにできるか」
とかが大きく作用しているように見える。

> 重要なのは、そこで回路が別の回路につながるか、回路は開かれるかということで
> す。
> 回路は一度開かれれば、もう生きている限り(もしくは死んでも)果てしなく、見知
> らぬ、自分の価値とは共通が見出せない、嫌悪すべきものともつながり始めるし、快
> 適な存在とも果てしなくつながり始める。
>
> それを求めない彼女だから、真理ちゃんの「放電」を疎ましく思ったり、羨望したり
> するんじゃなかろうか。

緑さんが私を疎ましいと思っているかどうかわからない。羨望はしていないと思う。
しかし回路を開くことは多分求めていない。そう見える。
私は開かせよう、と空回りしているような気がする。

緑さんは個展の撤去、私はGW明けまで檸檬屋新宿で、なかなか会えない。もどかしい。
2002年04月30日(火)

絶交?,母 vs 住枝さん

 留守電にメッセージを残しても緑さんから電話が来ないので不安になる。
こうして絶交されたことが何回かあるから。

 ロンドン時代の友人Mに「何か聞いてる?」と電話。
「緑さんは『関係を切りたくない、話したい』って言ってたよ。忙しいだけじゃん?」
「緑さんは実はいろいろなことをものすごく深いところまで考えている。
深いところで考えたことを言葉にして引っ張り出すのが下手くそ。
こちらで手繰り寄せて、急がず聞いてあげるとああそういうことが言いたかったのね、と
わかる。すごく時間がかかる。怒っちゃう人もいるし、耐えられない人もいる」

というMの言葉を聞いて何かが変わった。
22日以降ずっと感じていたザワザワがすうっと消えたような。
これで緑さんと話したらまたザワザワするのだろうけれど。

 高橋玄監督とメール往復。

> 真理ちゃんは、彼女(緑さん)が人によって態度を変えないというけど、そうかなあ・・・
> そうだとしても、それは純粋だとかいえる年齢じゃないと思うね。「ブス」とか平気
> でいう子供じゃないんだから。

「緑さんは年齢を人に聞かれても答えないです。子供でもいいと私は思います。
危険だし損もするだろうけれど、『大人になれ』とは言いたくない。
多分言っても出来ないです。」

> 自立した人間ならば、相手に対して態度が変わる事はむしろ当然で、問題はそれ自体
> ではなく、それに無自覚なことだと思うね。

「無自覚に誰に対しても同じ態度で、だけど人にどう思われるかは気にする、
そして気にするポイントが人とずれまくってるところが問題なような気がします。
そこが面白いんですけど。」

> 真理ちゃんの意見は、なんだか宗教の信者的に思える。それが悪いわけじゃないけど
> ね。

「宗教の信者的?ごめんなさい、わかりません。
緑さんや玄さんを教祖様に見立てているようだってこと?ではないですよね。
『好きだから』と無批判に受け入れている?わけでもないと思います。
信仰は持たないので宗教の信者の気持ちは理解できません。」

> 君のそういうところが、無自覚な人間に「居心地のよさ」を与えてしまうんじゃない
> かな・・・

「うーん、自分のこととなるとやっぱりわからないのだろうか。
ずばりと言ってください。怖いけど、面白い。」

> 作家になるのなら、熱さと同時に冷徹な人間判断ができないといけないと僕は思いま
> すね。

「はい。そうですね。ぬるま湯の心地よさに浸っていた私ですので
人を冷徹に判断すると、返す刀で自分が凍えるのが怖いんだと思います。
でもやらなきゃ駄目ですね。」

「『まあ好き』の電話以降緑さんから連絡が来なくなりました。
絶交されたかな?その程度の間だったということなのだろうか。

去っていくのはいいのですが、『何で?』って聞いたら理由を教えて欲しいです。
去っていく方もその方がすっきりしないですかねえ?」

と書いたら緑さんから電話があった。忙しかったらしい。
個展前の超多忙な時でも電話をくれたじゃないか、と思うが、まあいい。

 母がT叔父さんを連れて初めて檸檬屋新宿に来る。宮崎学さんもいたので紹介する。

本日もイタリアンの夕べ。
洗う手間を省くために紙皿を出したら、母に
「なによこれ、いやねえ、こんなの」と言われる。

 住枝さんが来て挨拶。ソンコマージュさんの演奏を聞いて帰る。
通りまで送っていく。「大丈夫なの?発展性はあるのかしら」と母。
「この場所なら大丈夫だろう」とT叔父さん。

店に戻ると住枝さんが
「心配してたな。でもちゃんと説明したから、これ以上心配するようだったら
お前のせいや」。
「いや、私じゃなくてお店のこと心配してた」。
2002年04月29日(月)

日記更新,檸檬屋新宿

 5日分の日記をやっと更新。とりあえずすっとする。
歌手のCOCCOが「歌はうんこ」と言っていたけれど、私にとって日記はうんこだ。
元彼のお母さんじゃないけど「うんこが大事なのよ!」って感じ。
(「対決!ハエ嫁ウンコ姑」参照)

 住枝さんの友人でイタリア料理のシェフSさんの出張料理。美味しい。
スタッフの友人の女性客が多く、ソンコマージュさんのMCも少し違う。

昨日は匿名希望AさんがNさんを連れて来てくれた。私の友人では初めて。

> いつもと違う空間にドキドキしてしまいました。

という感想メール。読者の皆様も飲みに来て下さいね。
2002年04月28日(日)

檸檬屋新宿,緑道

 私の檸檬屋新宿での主な役割は「集金係」。これは適任だと思う。
元来けちでせこい方なので「細かいの無いから貸して」と言われて貸しても
ちゃんと取り立てるし、時間にはルーズだがお金はきっちりしている。

高校1年の夏から毎日お小遣い帳をつけていて、欠かしたことは無い。
昨日も仕入れの残金が4円足りないとか100円合わないとかで大騒ぎ。最後はぴったり。

しかし、電脳キツネ目組組員で銀行マンのYさんは
私のお金の数え方があまりにも遅いのを見かねて指導してくれる。
ふん、ちょっとブランクがあって最近大金を数えていないだけよ。

 「芸術家ゴッコに思える」という高橋玄監督のメールに返信をやっと書く。

「私は緑さんに人間的魅力・インパクトを感じました。玄さんも初めはそうだったでしょ?

(略)

> うーん、最終発言といいながら続けてしまったね。

そうさせてしまうところが緑さんのすごいところなんじゃないかと思っています。
私は『仮面をはがしてみたい、なんかとてつもないものを持っているのではないか。
そこに触れたい』と思ってつきあっていたのかなあ。緑さんとまた話し合いたいです。」

 今日の檸檬屋新宿はキツネ目組の人達がいっぱい来た。
宮崎学さんも来て楽しそうにお話している。私は聞き耳を立てながら働く。

 ソンコマージュさんの演奏前に住枝さんが何回も
「携帯をマナーモードにして下さい!演奏中になったらぶち殺すぞ!」
と注意を促す。しかし、MC中に「もしもし!」と電話に出る住枝さん。もう…。

 キツネ目組のN君が「日記の緑道はすっごく面白いです。小説みたい」と言ってくれる。
嬉しい。このところ更新が遅れているが、頑張らなくっちゃ。
2002年04月27日(土)

株主総会,アーティストカフェ,檸檬屋,緑道

 辞めた会社の株主総会。昨年は日にちを間違えて、今年が初参加。
5,675,000,000円の損失で無配へのお詫びで役員が頭を下げているところへ着く。

注目の新規事業、温浴施設について「ターゲットは25歳から35歳の女性」と説明があると
「ここにいる株主のほとんどが高齢者ですよ!」会場拍手。

選任された役員の中に所有株式数0という人がいて
「そんなことでいいんですか!」会場拍手。

他いろいろな質問、意見が出て2時間弱で終了。
会場の外で労働組合の委員長に会う。「質問しなかったじゃないか」と言われる。
「今年デヴューなんで、どんなものかと思って。来年はやりますよ」
「今何やってんの?」
「飲み屋のネエチャンです。お店に来て下さい」
「どんな店だよ」
「どんなって言われても」
「料理は?」
「出ます」
「何料理?」
「何料理だろう?」
って全然宣伝になってない。

 同期Mさんと東京ドームホテル42階の「アーティストカフェ」。
同期Mさんは私が会社を辞めた時の部署で同じ仕事をしている。
上司やメンバーが変わっているから状況は違うが、仕事の話。

先日私の会社マリバールの決算の時紹介してくれた、税理士の弟さんの話。

緑さんの話。Mさんの叔母さんはアーティストだが本当は作品を売りたくないと言って、
ごく近い人にしか売らないらしい。そういうのもありだと思う。

 檸檬屋オープン2日目。

世界的フォルクローレギター奏者のソンコマージュ氏がお祝いに演奏してくれる。
演奏中におしゃべりをしているお客さんを住枝さんが怒鳴って追い出す。
そのくせ「あいつ…」とか、ボソボソ言ってみんなに「一番うるさい」と言われる住枝さん。

 本日は緑さんの個展の最終日。もう1回見たかった。

22日の日記を読んだ静岡のたがたさんからメール。

> 読みました。二人とも仲良くしかも若くて良いねえ。互いに自己を確立しながら
> 何かに向かって突き進んでいる証拠だよ。
> 小生から二人に願いがある。この先、十年以上先き、人生の途中で同時に立ち止
> まりそして来し過去、無論この時のこのテーマをも振り返って語り合ってもらい
> たい。たった一度しかない、人生とは、その時間とは、自分とは、その進化生長
> とは等など。なーんだこんな事だったのかと簡単に答えが出ると思いますよ。そ
> れまでトム&ジェりー状態で♪仲良く喧嘩しな!!♪って感じかな。
> 徒然に思うがままに勝手に解釈して書きましたが失礼の断は平にご容赦を。  
> 真理さんも緑さんもポジティブが似合います。元気に活躍して下さい。

有難い。仲良く喧嘩しようっと。
2002年04月26日(金)

檸檬屋新宿オープン

 オープニングということでパーティー衣装持参で意気込んでいたが
そんなことやってる場合ではなくTシャツ、ジーパン、すっぴんで働く。

住枝さんが挨拶したりするのだろうかと思ったが、
いつもの檸檬屋のようにだらだらと始まり、
住枝さんの「おい!お前!こっちへ来い!お前は向こうへ行け!」やら
放送禁止用語の絶叫やらで終わる。

住枝さんが言うには「この店は俺が1番、従業員が2番、3番目がお客だ。楽しくやろう」。
2002年04月25日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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