無責任賛歌
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| 2003年05月15日(木) |
すっ飛ばし日記/ベストテンな本 |
仕事帰りに博多駅に回って、紀伊國屋でナケナシのお金をはたいて(おいおい)『アニメージュ』『ニュータイプ』の6月号を買う。 ……まあ、アレですよ、好例の「アニメグランプリ」ですけどね、もうこの年になって『アニメージュ』なんか読んでる私が悪いのかもしれませんけどね、映画もアニメもトシや世代は関係ない、という意見も巷にはあるようですから、今の若い人たちだってちったあアニメ見てるんじゃないかと思ってたんですけどねえ……。 掲示板に、つい、以下のように書きこみ。
> アニメグランプリは、『ガンダムSEED』だそうで。まあ、ラインナップ見てても思うのは、「俺たちが中学や高校のころはもちっと頭よかったよな」ってことだな(^_^;)。一応ご参考までにベストテンを。
> 1 機動戦士ガンダムSEED > 2 あずまんが大王 > 3 犬夜叉 > 4 テニスの王子様 > 5 スパイラル 〜推理の絆〜 > 6 シャーマンキング > 7 ONE PIECE > 8 ゲットバッカーズ 〜奪還屋〜 > 9 おねがい☆ティーチャー > 10 .hack//SIGN
> ベストテンにテレビ作品しか並ばないのは、今のアニメファンが自分の趣味に殆どカネを使わなくなったってことなのかもねえ。ああ、なさけなや(T-T)。
> ついでだから去年の私の見たアニメベストテンを挙げてみる。
> 1 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ! 戦国大合戦 > 2 プリンセスチュチュ 卵の章 > 3 ミニパト > 4 WX�掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌治� > 5 サイボーグ009 > 6 猫の恩返し > 7 ほしのこえ > 8 ジャングルはいつもハレのちグゥデラックス > 9 あずまんが大王 > 10 攻殻機動隊SAC
> 次点は「おジャ魔女どれみドッカーン!」かな。もちろん「未来さん」編だけの評価だけど。 > ……重なってるの、『あずまんが大王』しかねーな。でも若い人には私の面白がるアニメって、つまんないのかなあ。『ワンピ』や『テニプリ』よりゃ遥かにずっととてつもなく面白いものばっかりだと思うんだけどなあ。
> まあ、濃いアニメファンの中には今更『アニメージュ』なんて買うほどの価値もないと思ってる人も多いと思ってるだろうけれど、今号は富野由悠季×原恵一対談というトンデモナイものが載ってるから、立ち読みくらいはしよう。 > 原監督の「未来なんてないですよ」って言葉、切ないよなあ。
けど、1位の『ガンダムSEED』、得票数がたったの595票なんだよなあ。全国誌でたったこれだけ。やっぱり『ヤマト』『ガンダム』『エヴァ』並の「社会現象」としてのブームが存在しないと、アニメの世界ってのは日本じゃホントに細分化した、閉鎖的で小さな空間になっちゃうんだねえ。 しかし、徳間書店の雑誌だってのに、『猫の恩返し』はわずか20票で34位。 こうなってくると、ただ現象を分析するだけでなくて、今更ながらではあるが「アニメって何?」ってことを世代や生活層を越えて発信していく必要があるんじゃないかって気がしてくる。 って、そんな大それたこと、私ゃやる元気も体力もないんだが。 アニメ界にも「一人の芭蕉」が必要になってきているのではないか?
WOWOWで『シベリア超特急』ナイト。 水野晴郎が「このシーンはなんとかという映画のどのシーンにオマージュを捧げたっていちいち解説するんだけど、それぞれのシーンがドラマに絡むわけじゃなくて無意味に点在するもんだから、更にヘンな映像になっちゃうんだなあと実感。知識だけじゃ映画は作れねえって見本じゃないか。
2002年05月15日(水) 目出物雄三ってキャラが某マンガにいたね/『まんが アベノ橋魔法☆商店街』(鶴田謙二)/『ガウガウわー太』3巻(梅川和実)ほか 2001年05月15日(火) 本を売るならBOOKOFF/『BLOOD THE LAST VAMPIRE 2000』(玉置勉強)
| 2003年05月14日(水) |
すっ飛ばし日記/モテる男の心中 |
『國文学』6月号、有島武郎特集。 劇作家兼俳優の斎藤憐が有島武郎について語っている。 夏目漱石の死が明治時代の死であったように、有島の心中は大正時代の死であった、というのがその論調。その論法自体、否定はしないが、有島一人に象徴させて語るのも少々乱暴だな、とは思う。でも、コトバってやつは乱暴なくらいじゃないと面白くないもんな。収まりのいい言葉はあまり心に残らないのである。 してみると、昭和の死を象徴する作家は、三島由紀夫でも川端康成でもなく、やっぱり手塚治虫しかいないよな、とつくづく思う。 ブンガクの素養は私には殆どないので、ほかの記事を読んでも初めて知ることばかり。有島武郎がこんなにもてまくっていたとはなあ。結婚後も外国に「心の恋人」がいたりするのである。小説読む限りじゃ、融通の利かないマジメ人間、という印象しかなかったんだが。 ……と考えながら、ふと、この人、どんな小説書いてたっけ? と思ったら、その中身を全く忘れてることに気がついた。つーか、『或る女』なんか読んだこともないぞ。 あわてて、一応読んだことのあるはずの『一房の葡萄』『かたわ者』『ぼくの帽子の物語』などを読み返してみる。……ホントに忘れてるわ、中身(^_^;)。 『一房の葡萄』なんて、子供の泥棒の話だったんだなあ。昭和40年代くらいまでの少年小説や少年マンガにはよく出てたよなあ、泥棒少年。貧乏ゆえに盗みはするけど、回りの愛情のおかげで罪を悔いて更生するってパターンね。この小説がそのパターンの原典かと思ったけれど、別に主人公、貧乏っていうほどの貧乏じゃないよなあ(本人はそのつもりだけど、戦後の大衆の貧乏は、大正時代とは比べものにならない)。キリスト者としての「許し」を描くことの方が主眼にあったと見るべきか。 『かたわ者』は自分の傷碍を売りものに金を稼いでいた盲人と足萎えが、奇跡の力で傷碍が直るんだけれど、生活の業を失って途方にくれるという話。 今だったら発表するだけで大問題になりそうな題材だけれど、一面の真実はあるよなあ。間違ってもこういう小説を「差別的だ」と難癖つけて絶版になどしないように。 『ぼくの帽子の物語』は有島版『夢十夜』。子供がどこかに行った帽子を探す話。夢の話だから何のことだかわけがわかんないんだけど、それがナンセンスで面白いのである。
カネが全くないので、昼飯抜き。 夜は、買い置きのスパゲティを食うが、これまでしげがたかりに来る。自分は中華丼買ってるくせになあ、私を餓死させるつもりか。って実はどうせピンハネされると思って余計に作っといたんだけど。
『バイオグラフィー・サタデーナイトライブ』後編。 最近のSNLレギュラーは、映画に主演でもしてくれない限り、誰が誰やらもう全然わからない。それでもクリス・カッタンなど、有望な新人を未だに輩出し続けているようだ(主演映画『コーキー・ロマーノ』はテロ事件の煽りをくらってコケちゃったらしいが)。 あちらのコメディは主演が日本でよっぽど有名でない限り、ビデオ発売でしか公開されないなんてことも多いから、こういう番組をチェックしておかないと、おもしろいやつを見逃しかねないのである。
2002年05月14日(火) 2001年アニメグランプリ/『ななか6/17』7巻(八神健)ほか 2001年05月14日(月) 今日の実験……失敗/今週の少年ジャンプ『ヒカルの碁』
| 2003年05月13日(火) |
すっ飛ばし日記/リズムな男の死 |
しげがいつの間にかパソコンを新しくしている。 こないだから「パソコンが故障したよう、ネットにつながらないよう」と泣いていたのだが、業を煮やして思いきって買っちゃったらしい。小金溜めこんでやがったな、こいつ。 でも新しいのを接続したのに、またぞろこいつがネットにつながらない。仕方がないので、しげは今、私のパソコンを使っているのである。 こういうとき、私は何の手伝いも出来ないのでひたすら無力感を感じるのみである。やっぱりもちっとパソコンの基礎知識くらいは入れとかないといけないよなあ。
翻訳家の井上一夫氏が、昨12日、肝硬変のため死去。享年80。 訃報はいずれもイアン・フレミング『OO7』シリーズやエド・マクベイン『87分署』シリーズの翻訳家として紹介しているが、その遺作が何だったか、書かれているものを見かけない。作家や役者についてし、そういった記述は詳しいが、翻訳家については配慮が行き届いていないように思える。 記録を調べてみると、その翻訳をほぼ一手に引き受けていた『87分署』シリーズは、1997年の『ノクターン』を最後に、山本博氏にバトンタッチされている。このころから体調を崩されたのだろうか、この時点で既に74歳だから仕方ないとは言えるのだが。 翻訳小説を読んで、「この訳者の文章はうまい!」と唸さらせるような経験は滅多にない。もともと文法体系の違う言語を訳すのだから、ある程度は不自然な面が残るのは仕方がないにしても、意味不明の文章を羅列されてはたまらない。以前も書いたことのある井上勇氏の訳などは最悪であった。 私が「この人の訳なら」と信頼できたのは、清水俊二氏や長島良三氏など数少ない。それは誤訳が少ないという基準での判断ではなく、「日本語としてこなれているか」「文にリズムがあるか」という点にあった。そしてそれは井上氏の訳にも強く感じたことである。ともかく井上氏の文章は美しかった。
一例を挙げる。 ジェイムズ・ハドリー・チェイス『ミス・ブランディッシの蘭』(創元推理文庫)の冒頭部分(ついでだけど、このタイトルの訳も省略が利いている。本来は『ミス・ブランディッシに蘭は捧げず』。ちなみに映画化された時のタイトルは『黒い骰子』(1948)、『傷だらけの挽歌』(1971)である。)
> ことの起こりは夏の朝、七月のある朝のことだった。朝日はもやの間から、早くも顔を出していて、舗道にじっとり置いた露は、すでにかすかな湯気を立てている。町の空気は、すえたようにそよとも動かない。激しい暑さ、日照り続きの青空、なまぬるい誇りっぽい風――まったく七月というのは、やりきれん月だ。 > 眠りこんだサム爺さんをパッカードに残して、ベイリーはミニーの食堂に入っていった。ベイリーは機嫌が悪かった。まえの晩に深酒をしたあげくのこの暑さでは、気分は少しもよくならない。舌はざらざらするし、目はごろごろする。 > はいってみると、食堂には客はひとりもいなかった。まだ早いし、女が床掃除をすませたばかりのところだった。掃きよせたごみをまたいではいると、ぷんとくる料理と汗の匂いに、ちょっと鼻の頭にしわをよせる。 > カウンターに寄りかかっていた金髪の女が、ピアノの鍵盤みたいな歯を見せて、にっと笑った。そばに行くまで、そいつは映画女優みたいなしなを作って待っている。そのうちに、熱がさめてしまったのか、くせの強い黄色の髪のカールをたたいて伸ばしながら、薄いドレスをすかして大きな胸をベイリーのほうにふり立てる。 > 「眠れなかったんでしょう?」女はいった。「まったく、すごい暑さね……」 > ベイリーは女に苦い顔をしてみせると、スコッチ・ウィスキーを注文した。女はカウンターの上にびんをぱたんと置くと、グラスを押してよこした。 > 「坊や、うまくやったんでしょう?」女は軽口をたたいた。「きのうの晩、無理しちゃったんでしょう? 顔を見れば、わかるわよ」 > ベイリーはぴんとグラスをとると、テーブルへ移って尻をすえた。じっとおもしろそうに見つめている金髪を見かえす。 > 「何かすることがあるんだろう。おれのことはほっといてくれ」
「ことの起こりは(7音)夏の朝(5音)、七月の(5音)ある朝の(5音)ことだった(5音)。朝日はもやの(7音)間から(5音)、早くも顔を(7音)出していて(5音)、舗道にじっとり(7音)置いた露は(6音)、すでにかすかな(7音)湯気を立てている(8音)。」 七五調を基調に、音を漸層的に重ねながら畳みかけるようなリズムを作り出していることがおわかりいただけようか。 これがもともとの日本語ではなく、翻訳文なのだから恐れ入る。部分的には意訳も行われているのではないか。
これだけでは納得いかない方のために、もう一例。 パット・マガーの『探偵を探せ!』(創元推理文庫)の冒頭である(ちなみに、本作の原タイトルは“Catch me if you can”。最近も同じタイトルが映画に使われたねえ)。これは、『蘭』ほどに七五調に拘ってはいないが、別の意味で短い音の組み合わせが単なる情景描写以上の効果を生み出している。
> 九月末のその夜、魚網荘の二階正面の寝室を窓からのぞいたら、胸打たれるような家庭的な光景が目に映っただろう。暖炉にちょろちょろ燃える薪の薄明かりで、旧式な四柱式大寝台に横たわっているフィリップ・ウェザビーと、そばの小さな揺り椅子に腰をおろしているその妻の姿が見えたに違いない。よくよく見れば、フィリップの頬が紅潮して息苦しそうなところから彼が病気だということはわかったろう。それにしても、見る人間が男だったら、チクリと羨望の念を禁じえない――その女の心配そうなまなざし、ときどき夫の額に汗ばんで垂れかかる髪をかき上げてやるやさしい手つき、「眠るのよフィル、眠りなさい」と呟く彼女の胸の底から出る歌うような調子がうらやましくなるのだ。
擬音の使い方もうまいが、単語の選定も自然。元の単語は分らないないけれども、「まなざし」「かき上げてやる」「やさしい手つき」という言葉を、「視線」「かき上げる」「手の動き」などと置き換えてみれば、効果の違いは歴然だろう。語り手の「うらやましくなる」感覚がより読者に伝わるのがどちらか。 翻訳ってのはこうじゃないとね。
最後に、代表作、『OO7』シリーズの第一作、『カジノ・ロワイヤル』(創元推理文庫)の冒頭をご紹介。
> 午前三時、カジノの匂いと煙と汗は吐き気がするくらいだ。やがて、はげしい賭けからくる――食欲と不安と神経の緊張のあかみたいなものがたまってできた、魂のただれのようなものに耐えられなくなり、五感が目をさましてそれに反発する。 > ジェームズ・ボンドは、急に自分が疲れているのに気がついた。ボンドはいつも、心身の限界を心得ていて、それによって行動しているのだった。そのおかげで、うっかり気をぬいたり、勘が鈍くなったりするような、へまの種になるようなことからまぬかれていられるのだった。
40年も昔の訳文だけれど、なんとみずみずしいことか。 でも、ちょっとだけ気になるのは、創元版のボンドの名前の表記は「ジェームズ」なのに、ハヤカワ版の時は「ジェイムズ」と、なぜか書き分けられていること。もしかして有名な話なのかもしれないが、寡聞にして私はその理由を知らない。それぞれの出版社の意向に沿ったためかもしれないけれど、同じ訳者で表記が違うというのは何となく収まりの悪いことである。今回の訃報に関してもそこまで突っ込んで書かれているものはなかった。 『ミステリマガジン』で追悼特集でも組まれれば書かれるかもしれないけれど、こういうちょっとしたことでも、気にかけてくれる人がいてほしいものなんだけれど。
うちの中にゴミ袋が溜まり始めている。出るたびに捨てにいけばいいのだが、私もしげもすぐに忘れてしまうのである。いや、私の場合は単なるど忘れであるが、しげは、「ゴミ捨てられない病」なのである。 「だって、人に見られたら、『あいつ。ゴミ捨ててやがるぜ』って思われるし」 思わん思わん。仮に思ったとしても、それがどうだというのか。 これも視線恐怖症の一種なんだろうな。 ……でも、このたまってるゴミ、ホントにどうしましょ。
久しぶりにナマでアニメ『キノの旅』を見る。もう五話まで進んでるのか。話は線路の上の三人の男、働かなくてもいい国、多数決の国、どれも原作では皮肉の利いている話で、これを組み合わせたのはなかなか慧眼。 録画し損なってた分は、鍋屋さんにダビングしてもらっているのだけれど、なかなか見る機会がない。リアルタイムで見るやつを優先させると、どうしても録画分が後回しになってしまうのである。鍋屋さん、申し訳ない。
CSヒストリー・チャンネルで『バイオグラフィー・サタデーナイトライブ』前編。「バイオグラフィー」シリーズが個人ではなく番組を特集するのは珍しいが、それだけSNLがアメリカの文化に定着しているということなのだろう。 これまでいったい何十人、何百人の人間がこの番組に関わったかは分らないが、その全員にインタビューすることは1時間番組前後編ではとてもムリである。ジョン・ベルーシの初公開のカメリハなど貴重な映像もあったが、勢い、どこか説明不足で隔靴掻痒、という印象になってしまうことは否めない。 それでもチェヴィー・チェイスの結婚による降板劇について、プロデューサーのローン・マイケルズが「今でも彼とは変わらない友達さ」と屈託なく語っているのに対して、当のチェイスが沈鬱な表情で「やはり、何かが変わったよ」と呟いていたのには胸を打たれた。 しげの好きなダン・エイクロイドはインタビューなし。過去の映像がちょっと流れただけなのは残念だった。
2002年05月13日(月) アッパレパソコン大合戦/『アニメージュ』6月号ほか 2001年05月13日(日) 愛の嵐/DVD『BLOOD THE LAST VAMPIRE』コンプリートボックス
| 2003年05月12日(月) |
すっ飛ばし日記/帰らない男 |
仕事が長引いて帰宅が12時。 こうなるとさすがに書くことがない。つーか、もう今日じゃないじゃん。 ……と思ったら、なぜかしげが家にいる。布団に横になったまま、こちらを見もしないで拗ねるように声をかけてくる。 「今まで何しよったと?」 「仕事だよ。お前こそ今日は仕事は?」 「休んだ」 「なんで?」 「知らん。なんか行きたくなくなったと」 普通なら、こういう時、私はしげを叱るのだが、やめた。私の帰りが遅いんで、気にかかって仕事に行けなくなったのだろう。 この程度のことで心鬱になってしまうのも困りものだが、克服するのはしげが自分自身でやらないといけないことである。それに昔と違って、一日休んだからと言って、次の日からもう職場に行けない、と泣きじゃくることはさすがにもうないだろう。いつまでも心が成長しないように見えて、ホントに少しずつではあるが、しげもオトナになってきているのである。
で、風呂に入って寝た。
2002年05月12日(日) 懐かしき人々の狂乱 2001年05月12日(土) 今日までそして明日から/『私はスポック』(レナード・ニモイ)
| 2003年05月11日(日) |
すっ飛ばし日記/ギャグで怖がる女 |
アニメ『鉄腕アトム』第6話『アトラス登場』。 原作のデザインを生かした感じのアトラス。製作者はインディアンのラム博士ではなくて、天馬博士に変更。支配者と被支配者の構図は残されているものの、ラム博士の悲痛な叫びがアニメで聞かれなかったのはやっぱり寂しい。 人間の少年の記憶を移植、という設定はアトムの誕生に関しても生かされるのだろうか。 昼間寝て、夕方起きる。夕べもぐっすり眠ってるはずなのに、それでも昼間眠くなるのはやはりからだのバイオリズムが狂ってるんだろうか。
夕方、地上波で『高田純次のミステリーツアー』というのをやってるのを偶然見る。高田純次が作家に扮して、ミステリを書くための取材をしに山田まりやらと一緒に岡山を回るというもの。 途中、『ぼっけえきょうてえ』(あれは怖いというより切ない小説でした)の岩井志麻子が実体験の怪談を語るなどの企画もあり。なんでも子供のころ、箪笥から足が生えていたのを目撃して、数年後、お爺ちゃんが死んだ時に「この足だ!」と気付いたのだとか。 「それってギャグじゃん」と私なんかは思うのだが、しげはこれだけでも怖いらしい。「テレビ消しぃ!」と悲鳴を上げる。首とか手ならともかく、足で怖がるってのは、いくらなんでも怖がりすぎじゃないのか。最初怖がろうとしてた山田まりやですら「怖くなかった」と言ってたのになあ。
マンガ、秋本治『ミスタークリス』5巻。 コンスタントに新作が描かれるようになってめでたい。オビに「バイバイ」とかあるんで最終回かと騙されてしまったよ。 こっちのほうもアニメ化してくれないかな。声優は神谷明で(おいおい)。
2002年05月11日(土) つんでぶで……謎の言葉(^o^)/DVD『日本誕生』ほか 2001年05月11日(金) ちょっと愚痴を言いたい夜/『荒野の出前持ち』(石川賢)
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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