無責任賛歌
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記




ホームページ |プロフィール |掲示板「トーキング・ヘッド」 |メール
|藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2003年03月11日(火) 本気のしげ/『イリヤッド 入谷堂見聞録』2巻(東周斎雅楽・魚戸おさむ)

 まだちょっと長めになるなあ。
 マジで爆走するぞ(^o^)。

 仕事、おお忙し。ぶっくたびれて帰宅するなり寝こいたので、大して書くことなし。それでも腹は減るので、ちょっとだけ起きて来てスパゲティを作って食う。これもしげに残してやったけれど、味見程度につまんだだけ。
 おいおい、ホントに痩せる気か?


 マンガ、東周斎雅楽作・魚戸おさむ画『イリヤッド 入谷堂見聞録』2巻(小学館/ビッグコミックス・530円)。
 1巻読んだときも感じたけど、コマ割りや絵柄がどうしても浦沢直樹を連想させちゃって、損してるよなあ。ストーリー展開も全く『MASTERキートン』。
 アトランティスの伝説が余りにも古過ぎることは、マジメな研究をしたくともそれができない最大の要因だと思う。なんたって紀元前1万2千年前である。「物理的にありえない」記述ですら、伝承の過程で変質していったと言えば、いくらでも説明できる。フィクションではあっても、コジツケめいた説ではなく、゜いかにもありそうな」展開を試みてほしいんだけれど、そのために作者が用意したチカラワザが「東方見聞録の原本の発見」。ちょっと苦しかないかなあ。
 アトランティスの牝牛信仰が、シュメールのイシュタル信仰に繋がり、更にはマグダラのマリアを通じてイエスの思想に影響を与えていったとするのは、もっともっと証拠がないとなあ。
 いや、やっぱり「海底に沈んだ大陸」ってのがウソであっても、アトランティス自体はあったらいいなって思うしさあ。「偽史」に惹かれる人たちの気持ちがわかるね。

2002年03月11日(月) また一人のスケープ・ゴート/『新千年記(ミレニアム)古事記伝 YAMATO』(鯨統一郎)ほか……“NEW”!
2001年03月11日(日) 多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか


2003年03月10日(月) 春天来呀、快天来……字が出ねえや/CD『烏龍歌集 chai[チャイ] 』/『虎よ、虎よ!』(アルフレッド・ベスター)

 サントリー烏龍茶のCMソングを集めたCD『烏龍歌集 chai[チャイ] 』を繰り返し聞く。
 いや、これがマジでイイんだよ。透明感があって、どこかユーモラスでもあって。
 あぐにさんから奨められて買ったやつだけど、本でも映画でも音楽でも、「これはいいよ」と奨められたものが本当に自分の趣味にピッタリ来たときには嬉しいものである。逆に、私が人にものを差し上げたときには、たいてい喜ばれてないような気がするから尚更である。最近は開き直って、「もらってもちょっと困る」ものを贈ったりもしているが(^_^;)。

CDの収録曲は以下の通り。ご存知の方も多かろうが、全て中国語バージョンである。

1. 大きな河と小さな恋 '03
2. 春一番 '94
3. 暑中お見舞い申し上げます '94
4. 微笑み返し '94
5. 結婚しようよ '93
6. ライク・ア・バージン '01
7. 上海ブギウギ[東京ブギウギ] '02
8. 鱒 '96
9. 遥かなる武夷山 '90
10. 茶林 '00
11. 太湖船 '95
12. 翠湖のほとりで '98
13. 蘇州夜曲 '99
14. 鉄腕アトム '97
15. MEMORY '91

 外字ばっかりなんで、歌詞はここに紹介できないが、どれももとの日本語に比較的忠実に訳されているようだ。「アトム」を「阿童木」って書くのは知ってたけど、これ、「原子」の意味だってことは中国の人、わかってるのかな?
 『麦畑』や『いつでも夢を』が収録されてなかったのはちょっと残念。

 記載されているのはこれだが、実はボーナストラックが3曲。シングル版の『マーとジャンのメリークリスマス 聖誕快楽 馬と姜』を特別収録している。でも、シークレット・トラックだから、記載がパンフに載ってないんだよな(^_^;)
 ということで、以下にそれを記しておく。

16.ジングル・ベル
  作曲:Jack Pierpont 訳詞者不詳
  唄:馬平・姜小青
17.もろびと こぞりて 讃美歌112番
  作曲:R.Mason  訳詞:姜小青
  唄:馬平・姜小青
18.聖しこの夜 讃美歌109番
  作曲:F.Gruber 訳詞:姜小青
  唄:馬平・姜小青

 この訳詞と歌の両方を手がけた姜小青(ジャン・シャオチン)という方、中国の「古筝(こそう)」の奏者でもあるようだ(有名な人なんだろうけれど、私は知りませんでした。すみません)。

 http://member.nifty.ne.jp/avocado/Jiang/

 こういう美しい歌声を聞いていると、なんだかその演奏も聞いてみたくなるンだよなあ。福岡にも今度演奏に来られるみたいだけれど、ただでさえ出物が多いときに、とても舞台だのコンサートだのに行ってられやしないんである。
 ああ、天からお金が降ってこないものか。

 
 アニメ『名探偵コナン』を見たあと(もう感想は書かん)、やきメシを作って食う。仕事帰りのしげに残してあげてたが、ちょっとしか食べなかった。本気でダイエットする気なのか?


アルフレッド・ベスター(中田耕治・訳)『虎よ、虎よ!』(ハヤカワ文庫・714円)。
 はい、私ゃ金輪際、「SFファン」だなんて言いません。今回が初読だよ。m(__;)m。あぐにさんに触発された形で、未読のSFを読んで見ようと思ったんだけれど、こんな中高生のときに読んどかなきゃならないものを、今まで放っておいたんだものなあ……(T∇T)。これから「お前、こんなんも読んでなかったのか」という本がちょくちょく出てくるかと思いますが、あまり責めないで下さい。
 言い訳になるけど、ヘタに「SF入門」の類のやつ読んでるとさあ、もう、こんなのスジもオチも知ってるからなかなか改めて読む気になれないんだよね。
 でも、今回きちんと読んでみて、やっぱり作品ってものはちゃんとハナから読んでおかないとダメだと思った。当たり前だけど。
 後発のいろんな作品に影響を与えたってことは、今読むと古臭く感じるんじゃないかと思ってたけど、そんなことはない。やはりオリジナルにはオリジナルの迫力がある。というか、今これを読めて、かえってよかったんじゃないか。もう、日本のSFマンガ、アニメ、もちろん外国のSF作品のエッセンスがオリジナルである本作に原石の輝きを持って凝縮されてるのが、「後発」の作品をある程度見て来てるからこそ、見えてくる。
 それに、ガリバー・フォイルの粗暴な人格、中学生の時だったら結構嫌いになってた可能性がある。でも、今はこの復讐の一念に凝り固まった彼の「幼さ」が慕しくも見えるのだ。自らのアイデンティティが崩壊した果てに彼が帰りついた場所は……ってこのラスト、今でも充分新鮮だよなあ。
 それはそれとして、中田耕治の訳、読みにくいぞ。いくら原音主義だからって、木星の惑星・「イオ」を「アイオ」なんて書くなよ。

2002年03月10日(日) 象さんパンツの波紋/アニメ『サイボーグ009』第21話「英雄の条件」ほか……“NEW”!
2001年03月10日(土) きのこを手に入れました/アニメ『青山剛昌短編集』


2003年03月09日(日) 誰が痩せるって?/映画『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』/DVD『Manie-Manie 迷宮物語』ほか

 しげがダイエットを始めた。
 ちょっと前から、食事を勧めてもあまり食べようとしなかったが、公演に向けて動きをスリムにしたいらしい。意志の弱いしげにそんな奇跡が可能なものか分らないが、生暖かく見守ってあげましょ。

 今日もちょっとだけ雨。
 気乗りのしないしげを引っ張って、天神東宝へ。

 昼飯をまず食べようと、こないだできたばかりの麻婆豆腐の店に入ろうとしたら、もう潰れている。作ったばかりの会員カードの意味がなかったな。

 映画『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』。
 公開二日目だけれど、最終回であるせいか、そんなに混んではいない。
 親子連れ以外にもカップルや若いにーちゃんどうしとか、ご老人がお一人でとか、「なんで『ドラえもん』に?」と疑問に思う人たちも今日は目立つ。
 もちろん我々夫婦も端から見ればヘンなカップルだろう。

 まずは『PA-Pa-pa ザ☆ムービー パーマン』。
 これがもう、原作をツギハギしたシロモノで、その、つまんないことと言ったら。声優が昔のままなんだけれど、1号の三輪勝恵や2号の大竹宏はともかく、さすがにパー子の増山江威子の声、衰えが目立っている。新キャストは魔土災炎を池田秀一が演じてるけど、これも全然ミスキャスト。いかにも添えもの映画って感じなのが悲しいなあ。

 だもんで、本編の『ドラえもん』、あまり期待しないで見てたのだが、これがここ数年の不振がウソのような傑作。脚本がありきたりでも、作画と演出で見せられるって好例じゃなかろうか。渡辺歩監督、万歳!である。
 1998年の『帰ってきたドラえもん』以来、「大長編よりも併映の短編の方が完成度が高い」とはよく言われていたものの、なぜか5年経っても6年経っても、渡辺監督の長編への抜擢はなく、もしかしたら芝山努監督、渡辺監督と仲が悪いのだろうか、とまで勘繰っていた。
 芝山監督ももう還暦を越えている。当然、後継者を育成していかねばならない時期に来ているはずだ。今回の本編の作画監督担当は、そのための布石ではなかろうか。そして、渡辺監督の本領が、作画と演出の両方を担当してこそだということは、今回「演出のみ」の『パーマン』がダメダメだったことからも判明していることだろう。
 来年はぜひ渡辺監督に作画だけでなく、演出まで担当してもらいたい。
 今回の成功の理由はいろいろ挙げられようが、原作の『台風のフー子』をベースにして、藤子・F・不二雄の世界観を逸脱しないように留意したこと、ディテールの作画に特に気を配ったことの効果が大きいと思われる。
 どこでもドアを通りぬけた瞬間に、気圧が変化したんじゃないかと感じさせるような風の表現、のび太の風に細かくなびく前髪、しずかちゃんの「この子には確かに骨格と筋肉がある!」と実感できる微妙な仕草、キャラクターの心情に合わせて変化するアングル、ここまで細部に拘った『ドラえもん』は劇場版シリーズの中でも初めてだろう。
 特筆したいのは、悪霊ウランダーに憑依されたスネ夫の悪辣非道な演技。狂気を孕んでいることが如実に伝わってくる歪んだ目と口、その作画も圧倒的なのだが、その兇悪さを弥増しているのが肝付兼太さん一世一代の名演技!
 悪役に回ったとは言っても、やっぱりスネ夫はスネ夫なんで、怖くなりすぎないように、ところどころギャグを入れてはいるのが、それでも小さなお子さんにはちょっとトラウマになってしまいそうなほど。
 まあ、『風の村』の描写ががなんだかどこかで見たことあるような気がするのはご愛嬌(^_^;)。

 ところが、映画館を出て、「今日のはよくなかった?」としげに聞いたら、もう吐き捨てるように「つまんない」のヒトコト。
 「藤本さんの原作の味わい、守ってると思うけど?」と言っても、「これまでの映画の使い回しばかりじゃん」。
 更には、
 「のび太、なんであんなにすぐにフー子に感情移入するの? なにかそういう出来事でもあった?」
 「雪山で遭難して助けられるってパターン、どれだけ繰り返されてきたと思うの?」
 「マフーガを倒すのに逆向きに回ればいいって、どういうリクツ? 何の『逆回り』なの?」
 ……まあ、そのあたりは昨日もマンガを読んで、脚本のヘタなとこだなあ、思ったところだ。スネ夫がウランダーに乗り移られるためには、スネ夫がフー子に執着してなきゃならないんで、そのためにフー子の卵を最初に発見したのはスネ夫ということにした。けれどそのせいで、のび太とフー子の繋がりが薄れてしまっているのである。ジャイアンに襲われたのをフー子に助けられた程度じゃねえ。
 「逆回り云々」の説明も、画面見てるとフー子は自分の作った渦の中心にマフーガを飲みこんでるから、何の関係もないし。でもそういう設定の甘さ以上に、画面の緊張感はあったと思うんだけれどもなあ。
 筋が多少いい加減でも、「映画のウソ」として許してほしかったんだけど。


 帰りにベスト電器のLIMBに寄って、注文しておいたDVD『マイケル・ジャクソン ヒストリー・オン・フィルム』と『迷宮物語』を入手。あと、あぐにさんから奨められてたCD『chai』を注文しようとしたら、店頭にあったので、これも購入。
 『マイケル〜』はなんでこんなのを? と思われるかもしれないが、収録されてる『リベリアン・ガール』ってやつに、ダン・エイクロイドがちょっとだけ出ているのである。バイクに乗って現れて、みんなが「マイケルが来たのか?」と思って振り返ったら、エイクロイドだったというギャグ。
 こんなんでもしげは大喜びなのである。それで『ドラえもん』を貶したりするなよ(-_-;)。


 DVD『Manie-Manie 迷宮物語』。
 眉村卓原作、りんたろう・川尻善昭・大友克洋の三人の監督によるオムニバス映画。角川アニメの中じゃ、これが一番好きだったんで購入。もっとも好きなのはりんたろう監督の『ラビリンス・ラビリントス』だけなんだけれど。りんたろうの、と言うより、福島敦子さんのその独特のキャラデザイン、作画技術の高さに圧倒されたのだ。ある意味、実験アニメの部類に入るのかもしれないけれど、これはりんたろう版『千と千尋の神隠し』(『アリス』ネタだし)。でもって、『千と千尋』の千倍面白い。
 ジムノペディも、この映画で「いい曲だなあ」って認識しました(^o^)。 

2002年03月09日(土) 肉ウドンにすればよかったのか?/『南高裏生徒会』(日下部拓海)/『だめんず・うぉ〜か〜』3巻(倉田真由美) …“NEW”!
2001年03月09日(金) ふうふのしんしつ/『掌の中の小鳥』(加納朋子)ほか


2003年03月08日(土) 急ぐぞ急ぐぞ/舞台『黄金の壷』/『ドラえもん のび太とふしぎ風使い』(藤子・F・不二雄・岸間信明・岡田康則)

 いい加減、ひと月遅れ日記に憤慨されてる方もいらっしゃるでしようから、本気で爆走します。物足りない人はそう言って下さい。日によっては加筆するかも(^_^;)。

 下村美里嬢(塩浦美鳩から改名)の所属する「うずめ劇場」の公演を見に、しげと連れ立って北九州まで。
 ホントは昼に行く予定だったのだが、しげが寝こいていたので夜の部になったのである。
 でも、方向オンチのしげのこと、道に迷っちゃマズいと明るいうちから出発した。したらばやっぱりしげ、道に迷うし(ーー;)。地図見てたじゃん。真っ直ぐ行く道でどうして脇道に入るかね。こうも期待通りのドジをやらかしてくれると、そのうち本気でマンガの主人公にしてやるぞ。
 雨も降りだして、ちょっと気分は憂鬱。

 舞台『黄金の壷』。
 会場は廃校になった旧陣山中学校の体育館。
 のわりには美術がなかなか凝っている。舞台転換を、上に張り巡らしたシーツの上げ下げで表現するアイデアは秀逸で、地方劇団のレベルを越えている。でも、下村さんには悪いけど、役者がみんなシロウトでもうどうにもねえ。
 演出兼出演者のペーター・ゲスナー氏、芝居自体は悪くないんだが、やはり日本語がカタコトなので、「地面に」が「人面に」に聞こえるあたりがネック。デビルマンか。
 原作はE・T・A・ホフマンの同名小説。岩波文庫で読めるが、ストーリーは驚くほど原作に忠実。だから面白いことは面白いんだけれど、舞台をドレスデンから北九州に変更したのはちょっとねえ。いや、向こうの衣装を用意できるほどの予算がないってのは分る。けど日本ものに翻案すればなんとかなるものでもないのだ。祇園祭の夜をきっかけに、主人公がアトランティスと混交するって、そういう祭りじゃないだろう、あれは(^_^;)。
 人物の名も日本風に改変。
 主人公アンゼルムスが安西さんで、謎の男リントホルストが竜胆さん。語路合せだな。
 アトランティス自体も、今は随分手垢のついた存在になっちゃったけど、ホフマンの時代にはまだまだ神秘性が備わっていたのだろうなあ。
 あと、「黒猫」と言ってどう見ても「熊」のぬいぐるみを出すのはやめよう(^_^;)。

 芝居がハネて、下村嬢と少し話す。
 下村嬢、私のかぶっている帽子を見て、「ノッポさんだ」と笑う。浅見光彦にはやっぱり見えんかな(ホントは親父の真似である)。また福岡においでよ、と会話して辞去。


 マンガ、藤子・F・不二雄原作・岸間信明シナリオ・岡田康則まんが『映画ドラえもん第24作 完全コミック化総集編 ドラえもん のび太とふしぎ風使い』(小学館・500円)。
 映画を見る前に、とりあえず筋を抑えとくために購入。予告編を見て、作画が異常によかったんで、数年ぶりに劇場版を見に行く気になったんだけれど、期待外れに終わらないよう、筋のダメダメな部分は予め知っておこうということね。
 ……まあ、予想通りでした(^_^;)。つまんないとまでは言わないけど、さすがに24作も続くと、過去の作品の焼き直しになっちゃうのは仕方ないのかなあ。

2002年03月08日(金) ○○○○が長いのね♪/『笑うクスリ指』(唐沢俊一)/『ぶたぶたの休日』(矢崎在美)ほか …“NEW”!
2001年03月08日(木) ゴジラ対バラゴン。……地味だ(-_-;)/『Heaven』2巻(佐々木倫子)ほか


2003年03月07日(金) 亡霊ふたたびみたびよた……/映画『Jam Films』/『魔法遣いに大切なこと』2巻(山田典枝・よしづきくみち)ほか

 ちょっと前にですね、「北九州博覧祭」というのがあったんですよ。
 まあ万博のすっげえミニサイズなヤツなんですけど、そのメインキャラクターだったのが松本零士のマンガのキャラクターたち。松本さん、北九州は小倉の出身だから。CMじゃ野沢雅子さんや池田昌子さんが久しぶりに鉄郎、メーテルの声を担当して宣伝にひと役買ってたんですが、まあ、これが以前日記にも書いたことだけれどおおコケ。
 もっと以前に、長崎ハウステンボスの「アニメワールド」って、「ワールドってほど広くないじゃん、小さな建物の中にガキ向けのアニメ造りの解説部屋があるだけのもので」って感じのミニシアターで「ここでしか見られない」松本アニメの新作が上映されてたこともあったけれど、ハウステンボスも倒産しちゃっいましたよねえ。
 松本零士ブームが起きていたのは80年代真っ只中。端緒はもちろん『宇宙戦艦ヤマト』なんだけれど、「松本アニメ」としての人気の中心は『銀河鉄道999』。けれどこの劇場アニメ、コスト減のために普通のセルより小さいセルを使ったりしていて、作画的には荒れが目立っていて、コアなアニメファンの評価はかなり低かった。今でも思い出すけれど、当時私がいた大学の推理研の先輩が、『さよなら』のセルがまたもやミニサイズと聞いて、「ふざけんなよ、りんたろう!」と激怒していた。
 で、『さよなら』の出来がもう蛇足以外の何物でもなかったから、これで松本アニメのファンがスゥッと引いていった。そのあとも松本アニメは『わが青春のアルカディア』(石原裕次郎の遺作(^o^))とか作られたけれど、もう誰も見向きもしない。それでも松本さんは「次は『エメラルダス』だ!」と怪気炎を上げたけれど、もうスポンサーがつかなかった(近年ビデオシリーズにはなったけどやっぱり作画はメタメタ)。
 それ以来、ちょこちょこと松本アニメは作られているけれども、「原作の新作」が描かれることは殆どなく、たいていは旧作の焼き直し。しかも人気が出ずに打ちきりに合うものばかり。『銀河鉄道999』も『宇宙戦艦ヤマト』も(『ヤマト』などは前作が未完のままなのに時代をすっ飛ばした新作を描くというファンを舐めたマネを晒している)、掲載紙が潰れたあと、本人は描き下ろしで新作を描くとか言っときながら、そのまま音沙汰なし。

 もはや、昔からの松本ファンで「怒る」を通りこして、松本零士が何をしようと「無視」するようになってる人も多いのではないか。
 私などは作画レベルが低かろうが『999』のラストでメーテルと鉄郎のキスに涙した身だから(-_-;)、まだ未練があって、松本さんが新作の企画をぶち上げるたびに「頼むからもうやめてくれ、アンタの才能はとうの昔に尽きてるよ」と泣き叫びたい心境に駆られていたのである。

 ……ってところにもってきて、このニュースである。 
 「BSフジで、10月から松本零士の書き下ろしによる新作アニメ『銀河鉄道物』を放送する」
 ……劇場版でプロローグだけ描いた『エターナルストーリー』の続きはどうなったんだよ。今度は『銀河鉄道999』の世界から25年が経過してはいるものの、鉄郎やメーテルは殆ど登場せず、全く新しいキャラクターとストーリーを展開させるんだと。あまりにも旧キャラのリメイクが多すぎたんで、ちっとは反省して「新作を」と考えたのかもしれないけれど、でもやっぱし「焼き直し」なんだよな。
 松本零士のコメントがまたねえ、「『999』の中で描き切ってない部分があり、それをフィーチャーしたい」だってよ。同じこと『さよなら』ん時にも言ってたろうがよ。ボケたか松本零士。いや、「この『銀河鉄道物語』は、これまでの私の作品の中で、最もスケールの大きなものとなりますので、楽しみにして下さい」なんてことまで言ってるから、確実に誇大妄想に陥っちゃってるんである。もう老人はそっとしといてあげて、食い物にするのはやめてくれよBSフジ(ToT)。


 アメリカ・ロサンゼルスで1981年に起きたいわゆる「ロス銃撃事件」。もう20年以上も経ったかと思うと信じられないくらい過去なんだが、三浦和義被告の無罪が確定する見込みだとか。
 三浦さんが本当に事件の真犯人であったかどうかについては私は興味がない。当時、『週刊文春』の「疑惑の銃弾」シリーズを読んだとき(再録本でだけど)、恐らくはSFファンの誰もが感じただろう「これって、筒井康隆の『俺に関する噂』じゃん」という感想を持った。
 事件当時、知り合いに「あの報道はないよなあ」と言ったら、「じゃあお前は三浦が犯人じゃないって言うのかよ」とトンチンカンなことを言われて、まさしく「ニュースが価値を決定してるんだなあ」と怖い思いに駆られたものであった。松本サリン事件の冤罪事件もそうだったが、マスコミも大衆も、自分の望む真実に近い報道を求めてるだけなんで、実は「真実の報道」なんてものはハナからないがしろにしているのである。
 この国のマスメディアが始末に悪いのは、彼らが語り大衆が需要している「報道」もまた「物語」であり「虚構」に過ぎないのに、それがあたかも「真実」であるかのように錯覚している点である。「情報」が嘘に過ぎないことを自覚してるヨソの国との情報戦に負けちゃうのは仕方がないんだよなあ。
 文芸春秋の雨宮秀樹社長室長は、「残念の一語に尽きるが、『三浦事件』が『なかった』ことを意味していない。殴打事件で三浦被告の懲役6年が最高裁で確定していることを忘れてはならない。人権に配慮しつつ闇に隠れた犯罪を明るみに出す役割を今後とも続けていきたい」と発言。
 ……悪いけど、その「闇に隠れた」って部分が「予断」なんだよな。正義派を気取る人ってさあ、不正が横行して何の告発もされてないのをやたら憤るけどねえ、その背景にある心理って、たいてい「自分らだけ美味しい思いしやがって」って浅ましい根性に過ぎないんだよねえ。社×党の辻元某が(^o^)不正を追及する立場を標榜しといて、自分もやっぱりセコいちょろまかししてたのでもわかるでしょうに。みんな「バレなきゃ何やってもいい」と本音では思ってるくせに、「上手くやった」ヤツをやっかむってのはあまりにみっともなくないか。
 最初に書いた通り、私は三浦さんが本当に誰かを雇って奥さんを殺したのかどうか、その真実に興味はない。「真実はいつも一つ!」と思いこんでる連中に対して嫌気がさしてるだけなのである。


 終日、雨ふり。
 今日も晩飯はマクドナルドのドライブスルーで、てりたまバーガー。おぜぜがないのでしげのオゴリである。
 「なにがすいいと?」と聞かれたので、「昨日と同じでいいよ」と言ったら、「てりたま」は買ってくれたが飲み物は付けてくれなかった。昨日は「QOO」もおごってくれたのに、オゴリが続くと段々とそのオゴリ度が低くなっていくのである。
 経済的な妻なことである(←もちろんホメ言葉ではナイ)。


 公開終了が本日の映画『Jam Films』。
 なんだかズルズルと見るのを引き伸ばしてたのは、時間が合えばしげと一緒に見に行こうと思ってたからなんだが、結局しげは全然興味を示さなかった。
 買っといた前売券がもったいないので、そぼふる雨の中、天神の外れのKBCシネマまで。前にも書いたが、ここ、ミニシアターと言えば聞こえはいいが場末の名画座みたいな雰囲気で、ちょっとうら悲しい気分になっちゃうのでちょっとばかし行きにくいのである。

 オムニバス映画には二種類ある。
 一つは一人の監督がいくつかの短編を映像化するもので、和田誠の『怖がる人々』や石井輝男の『ゲンセンカン主人』『ねじ式』などがこのパターン。オムニバスと呼んでる人は多いけれど、厳密には連作短編集的な色彩が強く、「乗合自動車」としてのオムニバスとはちょっとニュアンスが違う。けれど映画としては一人の監督が統一感を持って映像化するから、秀作、傑作も生まれてくる。
 もう一つは、複数の監督がそれぞれ短編を監督する場合で、これは洋画のオムニバス映画に多いパターン。『世にも怪奇な物語』とか『トワイライト・ゾーン』とかね。日本映画でも『明日を作る人々』や『嘘』、『バカヤロー!』などの例があるけれど、洋画に比べると全然少ない。監督の作家性に拘る日本人は、このパターンを嫌うのかもしれない。だって、どうしても他人のものと比較されちゃうからねえ。で、実際に殆どの場合、中に数本は駄作が混じっちゃうのだ。
 アニメの『ロボットカーニバル』なんて、単品で見たらそれぞれがそれなりに見られる作品だったんだけれど、ズラリと八本も並べたもんだから、どうしてもマオラムド監督の『CLOUD』と北久保弘之監督の『明治からくり文明奇譚』の日本が傑出して見えた。

 で、『Jam Films』は後者のパターンなんだけれど、やっぱりそれぞれの作品がお互いの足を引っ張りあってるんだよなあ。タイトルはジャムセッションの謂なんだろうけれど、やっぱいきなりだから音が合ってないよってなもんで。
 全体的なレベルが低い中でマシなのが何本かあるって感じなのがちょっとねえ……。
 � �the messenger』(監督・北村龍平/主演・魚谷佳苗)
 廃墟のビルを訪れる黒いコートの女。彼女の首には刺青が。それは「メッセンジャー」の印。待っていたギャングの男に、彼女が告げた言葉は……。
 オチはまたもや恥ずかしげもなくビアスの『アウル・クリーク』。パクリとまでは言わないでおいてやる。ちょっとだけ工夫があったからね。でも無意味な工夫だったけど。雰囲気だけ作ったってねえ、アイデアが貧困だとかえって一人よがりにしか見えないのよ。
 �◆悗韻鷆漫戞粉篤帖�篠原哲雄/主演・山崎まさよし・篠原涼子)
 買い物帰りに他人にぶつかられた売れないミュージシャンのあきお。そこで取り違えられた紙袋の中には、けん玉が入っていた。そして、そのけん玉の中には更に……。
 なんか映画にしなきゃならんような話じゃないなあ。オチの意外性も全くないし。せめて篠原涼子が脱いでくれてたら(^o^)。
 ��『コールドスリープ』(監督・飯田譲治/主演・大沢たかお・角田ともみ)
 フジオがコールドスリープから目覚めると、そこは木造の校舎の中。彼の周りを走り回っているのは奇矯な格好をした馬鹿たち。そこへ現れた一人の美女は、彼らがもともと人類移住計画のために地球から20光年離れた惑星に送られてきたクルーだと説明するが……。
 飯田譲治、才能もないのにSF撮るな。「こういう馬鹿なオチじゃあるまいな」と思ったらその通りだったよ(-_-;)。小学生並のオチである。おかげで筒井康隆の特別出演も白々しい。せめて角田ともみが脱いでくれていたら(寸前までは行くけど)。
 �ぁ�Pandora 〜Hong Kong Leg』(監督・望月六郎/吉本多香美・麿赤児)
 足の水虫に悩む眉子。彼女は秘伝の薬を求めてある街の裏路地へ。妖しい男の奨める「秘密の治療法」とは……。
 足フェチにはたまらない一本だろうな。吉本多香美、全く脱がないけれど、アノ時のスラリと伸びた足と、声と表情は最高だ(まあ、えっち)。ギャグとスケベが融合してる点は、七本中一番面白いし、なにより「映画」になっている。でも欲を言えばもちっとだけ色気のある女優さんに演じてほしかったかな。
 �ァ�HIJIKI』(監督・堤幸彦/佐々木蔵之介)。
 マンションの一室、ライフルを持った男が、女と妊婦、少女の三人を人質にして立てこもっている。窓の外からは男に懇願する母親の声が聞こえてくる。テーブルの上にはなぜか山盛りのヒジキ。やがて女はヒジキに関する物語を語り始める……。
 最低の一本。ただひたすらにつまらない。11分が長いことといったら。字幕のギャグも失笑を買うだけ。堤幸彦、一から出直せ。
 �Α�JUSTICE』(監督・行定勲/主演・妻夫木聡)
 英語の授業中、東条が、校庭をぼんやり眺めているうちに、ハードル走をしている女子の「ある法則」に気がつく。彼女たちの履いている赤、青、緑のブルマには実は本人たちも知らない秘密が……(^o^)。
 惜しいなあ。これが半分の長さだったら、超傑作になっていたのに。こういう一発ギャグ的なネタは短く、キレよく行かなきゃ。
 �А�ARITA』(監督・岩井俊ニ/主演・広末涼子)
 丸っこく、羽が生えていて、一見、子供のイタズラがきにしか見えない不思議な生き物、「ARITA」。主人公の女の子には、目に触れる全ての紙の上に、その「ARITA」が見える。でも、友だちのノートにはARITAがいないことを知って、女の子は思う。「ARITA」って何?、彼女はついに、ARITAのいる紙に火をつけてみるが……。
 設定は面白い。「ARITA」のデザインがいかにもラクガキっぽいのも雰囲気出してるし。
 初め、女の子のナレーションだけで、その姿を見せない演出も気が利いている。でも、映画としては、そのままずっと、女の子の顔を見せないままで通した方が絶対によかった。どうせ出すなら、なぜ脱がさん(脱がねーって)。
 それと、ラストのセリフはシメとしてはあれしかない感じではあっても蛇足。でもほかの作品に比べると、これがずっとずっとマシな出来なんだよなあ。


 帰宅して、風呂に入りながら、神坂一『スレイヤーズすぺしゃる20 ミッション・ポシブル』(富士見書房/富士見ファンタジア文庫・546円)を読む。
 疲れていたのか、ウトウトして、風呂場の床に本をポトンと落としてしまう。
 慌てて水を切り、タオルで拭き上げたが、なんだか微妙なふやけ具合だ。
 風呂場で本読むのやめようかなあ、眠たくなるし、ホントに寝ちゃうし、のぼせたり風邪引いたり、あまり体にいいことないんである。
 でもやっぱり、時間が勿体ない気がしちゃうんだよなあ。メシ食ってる時間、どこかに出かけるまでの時間、電車に乗ってるときも歩いてるときも、その間に本が読めたらどれだけ時間がおトクか、なんてことをついつい考えてしまうのだ。さすがに外を歩きながら本を読んでいると電柱にぶつかるのでたまにしかやらないが。
 けれどこの本、ちょっとふやけたからって、また500円ちょっと出して買い直したいほどじゃないしなあ。ううむ、どうしたものか。

 ……と、中身の感想、なんにも書かなかったけど、『スレイヤーズ』はただもう『スレイヤーズ』だから(^o^)。
 あ、なぜか今回、ナーガが登場しませんでした。もういい加減で時間をワープさせてアメリアと会わせてやれって思ってんの、私だけじゃないと思うがなあ。
 

 マンガ、山田典枝原作・よしづきくみち作画『魔法遣いに大切なこと』2巻(完結/角川書店/ドラゴンコミックス・779円)。
 ……20年前だったら、確実にこういう純真無垢で汚れが無くって前向きでピュアでイノセントなマンガにハマってたに違いないなあ。……って、今に至るもついこんなのを買ってしまうというのは、まだ私の中にそういうものの「残滓」があるってことなんだね。
 なんつーか、『ほしのこえ』に感動してしまう自分の中の自分を恥ずかしいと思いながら、それを捨て切ることもできないで、何とか理屈をコネ回して誉める手段はないものかと模索するような往生際の悪さと言うか何と言うか。結局、「ああそうだよ、オレ、こういうのが好きなんだよ、悪いか、クソ」と開き直っちゃうしかないんだが(^_^;)。
 でもまあ、主人公のユメみたいなヤツって、現実にいたら確かに鬱陶しいだけなんだよな。

 魔法遣いに偏見を持っているタクシーの運転手がいる。ユメたちが魔法遣いだとわかると、「オレは魔法遣いに騙されたことがある」と怒って、乗車拒否をする。ユメは「魔法遣いのごどを全部悪いやづみだいな偏見持づんでねぇ!!」と反駁。その運ちゃんのために、長距離移動したがっている心の客を探してやる。ところがその客はタクシー強盗。運ちゃんは刺されて全治2ヶ月の重症を負う。
 ユメはショックを受け、失踪する……。

 あー、物語の展開上の「ご都合主義」を私はあまり咎めないんですけれどもね、こういう「設定そのもののいい加減さ」には白けちゃいますね。
 あの、魔法遣いに人の心が読めるのなら、「長距離移動したがってる」気持ちだけがわかって、そいつの「強盗してやろう」って気持ちがわからないのって、おかしくないか? まあ、ユメの魔法自体が未熟だからってことなんだろうけれど、じゃあ、熟練の魔法遣いなら、犯罪のし放題ってことじゃない?
 魔法が現実社会で認められてるって設定にあちこち「ほころび」があるのが、どうにもこのマンガにノレなかった一番の原因なんだよなあ。
 アニメも一回見て、その「ピュアなアニメ作ってますよ」って姿勢にアタマ抱えちゃって続き見る気起きなかったし。やっぱり魔法ものはコメディーにしなきゃねえ。

2002年03月07日(木) ヤァ〜クソクしたジィ〜カンだけがカァ〜ラダをすり抜けるゥ〜♪/『ヒカルの碁』16巻(ほったゆみ・小畑健)ほか
2001年03月07日(水) 優しい妻ごっこ/『てきぱきワーキン▽ラブ』6巻(竹本泉)ほか



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ|昨日の日記|明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)