無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年10月02日(水) もうあのクニについて書くのはやめようかな/ドラマ『迷路荘の惨劇』/『よみきり▽もの』3巻(竹本泉)ほか

 東京行きが近づいているので、ちっとばかし食費も節約。
 ここんとこ一週間ばかり、職場の弁当400円を360円の定食に変えているのである。カロリー配分から行けば幕の内式の弁当のほうがバランスはいいのだが、40円の浮きも1年経てば馬鹿にならない。
 それでゆうにDVDが一本は買える。って、使っちゃ意味ないじゃん(-_-;)。
 実は本を買うのも控えてたんだが、いつの間にかしげが新刊を何冊も買って来ていた。おお、これで2千円くらい浮いたぞその分DVDに……。
 バーミヤンで夕食。
 しげはやっぱりエビマヨネーズ。あとホイコーローとつけ麺。
 しげ、いつになく少食。昼寝てないので(またかい)、眠いそうな。居眠り運転されないうちにさっさと帰る。


 あっくそ、今日からアニメ『スパイラル』が始まってたんだった。
 ミステリーものは一応つまんなくてもチェックしようと思ってたのに、ついうっかりビデオにゃ『歌ふ狸御殿』をセットしちまってたい。
 まあ、二回目以降見て面白ければ改めてDVDで第1話を見る楽しみができていいけど。つまんなきゃ、1回目見逃したって別にどうってことないんである。


 夕刊に「横田めぐみさん『自殺』」の文字がデカデカと踊っている。あまりにデカイので、かえってなんでそこまで、と思ってしまうのだが、これまで拉致事件を放置して来た新聞社の、自らの罪の意識を糊塗する心理がそこに働いてると考えるのは、それほど的外れではあるまい。
 北朝鮮を訪問した政府調査団が作成した調査報告書では、
 �\限犬垢諄巴徃鏗下圍疑佑般銘未掘∨椰佑斑把蠅靴燭�、5人は帰国に消極的だった。
 �∩床罎劼箸澆気鵑歪敢挫弔法嵎譟淵潺茱靴気鵝砲醗貊錣堀巴廚気譴拭廚噺譴辰拭�
 �2E弔瓩阿澆気鵑蓮崟鎖隻臓廚箸覆蝓⊆�殺した。
 �ぞ礁攘阿気鵑噺�られる遺骨を持ち帰ったが、他の人の墓は1995年の洪水で流された。
 �ベ巴彁�件の責任者の一人は死刑になった。
 などが示された。
 もちろん、被害者家族は「北朝鮮の説明は不自然で信用できない」と反発しているのだけれど、では横田さんほかの方々が生きている可能性があるかというと、冷静に考えればその可能性は低いと言わざるを得ない。
 拉致被害者が生きているのに死んでいると発表しなければならないメリットは今の北朝鮮にはないし、もし生きているとしても、全く別の顔、別の名前、別の人生を歩かされてるはずで、となればやはり家族に会えるチャンスは全くなくなったと言っていい。

 「めぐみは自殺するような子ではない」と訴えるめぐみさんの母や、他の残された家族たちの心の痛みに思いを致さないわけではないが、家族が癒される真相が提示されることはまずあるまい。それでもなお「真相」に拘る人々が、怒りに駆られ、判断力を失っていることは、哀しいことだが事実だ。
 テレビで、ご家族の方々の悲しみに沈み、怒りに震える姿を見ていると、批判的なことを口にするのが憚られるのだが、やはり、あの人たちの一部の方の激昂しているときの表情、口吻を見ていると、さも「我等の怒りは日本の怒り」と思いこんでいるような独善がまま見受けられる。そういう一つの色で日本人をくくってしまわれては困る、と考える日本人も少なくないのではないか。私だって、北朝鮮を批判的に捉えてはいるが、彼らに対しては怒ってもいないし、憎んでもいない。それは、直接の被害を受けたわけではない立場である以上、「憎む」という行為自体が過剰反応でしかない、という判断があるからである。そういった、事態を静観する態度を、さも「冷血漢」だの「人非人」だの「非国民」だのと捉えるような風潮が作られつつあるようで、私は北朝鮮の恐怖よりもそちらの方がよっぽど身近にあって怖い。
 洗脳を行っている国の人間に対して、怒りを持ったところでどうにもならないではないか。じゃあ、洗脳してる人間だけを責めればいいかというとそうとも言えない。洗脳という行為は、その術者に対してもフィードバックされ、逆洗脳という形態を取ることがしばしばだからである。
 だとしたら、彼らに対して行わなければならないのは怒りをぶつけることではなくて「治療」でしょ?
 文化相対主義で行けば、そもそも北朝鮮とも韓国とも日本は付き合えないのは解りきってる。それでもなお国交正常化を図るというのなら、彼らの洗脳を解くことから始めなけりゃしょうがない。彼らは病気なんである。病人に対応するように接しなきゃならないんである。なのに、医者が患者に対してヒステリックに怒ってちゃ、話にならないのである。

 ご家族の方々に怒りや憎しみを捨てろ、などとキレイゴトを言いたいわけではない。だが、「早く拉致されたあの子に会いたい」と願うご家族もいるのに、「調査が不充分な段階で面会したくはない」と、全員に一律的な行動を取らせるあたりに、私はどうしてもキナクサイものを感じないではいられないのだ。
 愛する家族と引き離されたら、「一刻も早く会いたい」という感情のほうが先に立つものではないのか? 政府批判より、北朝鮮憎しより、ともかく会わせてくれ、という気持ちの方が湧き上がって来るんじゃないのか? 私がしげを拉致されてたら、「もう少し待たねば」なんて言ってるやつが仲間うちにいたら、そいつのこと、絶対ぶん殴ってるぞ。っつーか、もともとああいう家族同士の連携自体、初めから取らないと思うけど。
 
 政府は、「家族の思いを第一に、今後の調査にあたる」と答弁している。小泉首相も同様の発言をしていたが、これがリップサービスとすら言えない姑息なゴマカシ以外のナニモノでもないことは、端から見ている者にはハッキリ分る。家族の思いを第一にしちゃったら、北朝鮮の体制そのものを批判していくしかなくなっちゃうのだ。いかにアメリカの後押しがあるとは言え、別に弱腰が改まったわけでもない日本政府が、それほど強く北朝鮮に当たれるものかどうか。
 もちろん、国内の世論のことを考えたら、そう言うしかないことも分りはする。けれど、だいたい「弱腰、弱腰」って批判してるけど、政治家がちょっと強い態度に出たら、右だろうと左だろうと、「あれはヒトラーだ」「ファシズムだ独裁だ」とクソミソに貶して骨抜きにして来たのは、やっぱりマスコミだったし、「世論」ってやつだったじゃないか。「NOと言えよ」なんてセリフ、誰がどの口で言えるってんだ。
 北朝鮮がウソをついているとすれば、横田さんの死の事実そのものではなく、死因だろう。仮に横田さんが発表通り自殺したのだとしても、そこまで彼女を追い込んだ原因はなにか。そこに「北朝鮮を憎むべき理由」を見出すことはたやすいことだ。家族の追求通りに調査を続けることは、憎しみに基づいて相手を疑うということであり、たとえ真相がわかったとしても、やはり変わらず北朝鮮を憎み続けるということでもある。いや、憎しみではない、理性的な批判だとおっしゃる方もおられようが、批判と憎しみを明確に区別できる人間なんて、そうそういるものではない。せいぜい怒りにオブラートがかかるか、屈折した形で現れるだけである。
 誰かを憎み続けることでしかアイデンティティを保てない人間の醜さは、それこそ北朝鮮や韓国を見てきて日本人はいい加減、ウンザリしてきたのではなかったかね? それと同じく、「朝鮮人を許すな」キャンペーンを、張ろうとしている連中が、実はそこいら中にウヨウヨしてるんじゃないか。彼らの矛先は、果たして政府や北朝鮮にだけ向けられるものだろうか? 気がついたら、世間の情報に疎い人間に、なにやら「非国民」的レッテルが張られようとしているのではないか。私にはそちらの方が気持ち悪くて仕方がない。
 もっとも、栗本“拉致されるのもチャンスじゃん”薫さんに、もしもそのレッテルが張られたとしたら、それは自業自得だと思うけどね。


 アニメ『ヒカルの碁』第五十一局「倉田六段」。
 おお、倉田さんの声、岩田“オラですだ”光央か。
 なんてピッタリな(^o^)。
 この声聞いたら、ほかの声優さんが考えられないなあ。ほかの声優さんは声優しゃべりが鼻につくけど、倉田さんはもともとそういうキャラだから違和感ないのである。
 日頃『ヒカ碁』を絶賛している私であるが、そのキャラクター設計に関しては必ずしも小畑さんのデザインセンスに全面的に両手を上げて賛成したいわけではない。少年マンガの派手さと、リアルなドラマ展開と、その両方を鑑みてキャラを設計することが並大抵のことでないことは解るが、例えばヒカルの髪がなんでメッシュ? という疑問は、連載当初から感じていた。マンガ連載のほうで、ヒカルがすっかりオトナな面持ちになってしまった今、あのメッシュはリアルな世界観にそぐわなくなっている。実写で誰か俳優にあの髪のまんまで演じさせたらどうなるかってことを考えてみたら、その違和感についてはご首肯いただけると思う。アキラだって、子供のころならともかく、今もあの髪型ってのはちょっとキツクないか。もっとも固定ファンが髪型の変更を許さないって事情もあるんだろうけど。
 倉田厚のデザインが秀逸だと言うのは、マンガチックでありながらあんな顔のやつが現実にもいそうだからだ(君の隣にもいないか?)。
 アニメの作画では横顔がやたら頬の線を強調しててブサイクになっていたが、「オレって天才?」と嘯く倣岸だがどこか憎めない木下恵介のようなキャラ(ルーツはどこいらにあるのかなあ。坂田三吉?)を見事に表現したキャラになってると思う。
 実は御器曽プロも私のお気に入り。ああいう顔の人もなんかそのへんにいそうなんだがなあ。妙に悪役ヅラな人。本人にはちょっと失礼なんだが。


 ドラマ、『女と愛とミステリー 横溝正史生誕百年記念 「金田一耕助ファイル 迷路荘の惨劇 京都祇園祭怪奇連続殺人! 呪われた地下道に消えた悪魔の復讐か!」』。
 相変わらずサスペンスドラマのサブタイトルってのはなんでこんなに(^_^;)。
 今更テレビドラマに映画の濃厚な味わいを期待しちゃいないが(たまに出来がいいのがあるからそれでも期待しちゃうんだけどさあ)、百年記念と銘打ったわりにはそこそこの出来。別に祇園祭、事件と関係ないじゃんかよ。そういう無意味な彩りが、ドラマをかえって貧弱にしてる作品ってやたら多いんだけど、テレビの製作者はタイアップが取れるからやっちゃうんだろうな。
 原作の『迷路荘の惨劇』は、「洞窟に逃げこんだ謎の怪人の復讐」という『八つ墓村』でも使われたモチーフが再び使用されているが、実のところ、このモチーフは横溝正史オリジナルとは言いがたい。
 洞窟内でのおっかけは江戸川乱歩の『孤島の鬼』でもっと戦慄的な筆致で描かれているし、謎の怪人についても『吸血鬼』や『緑衣の鬼』(これの原作は更にイーデン・フィルポッツの『赤毛のレドメイン家』だ)を換骨奪胎したもの。乱歩作品が必ずしも本格探偵小説というよりもその怪奇性、ロマンチシズムに重点をおいているのに対し、横溝正史は材料自体はアンチリアルでも、あくまで本格ミステリとしての骨格を持たせようと腐心した。それはやはり正史の乱歩に対するストレート過ぎる対抗意識の表れだと言っていい。何しろこの『迷路荘』、初め短編として発表されたのに留まらず、正史最晩年の長編として書き直されてまでいるのだから、その執念の深さは想像するに余りある。露骨なパクリ、という点では、ヒロインの名が『吸血鬼』と同じ倭文子である点にも注目したい。乱歩に対する敬意とかオマージュとか言うより、彼のものは細部に至るまで全部奪ってやるって正史の粘着質な性格が表れてると見るのはあながち穿ち過ぎではなかろう。
 従って、本編のヒロイン、篠崎(古館)倭文子は、乱歩の小説にしばしば登場する「狙われ」型の女性である。これに映画『RAMPO』で小山田静子を好演した羽田美智子を配役したのは製作者が乱歩と正史の関係を知った上でのことかもしれないが、残念ながら今回は感情過多なセリフのせいもあってか、薄っぺらな演技に終始していた。この人の場合、もともとセリフ廻しが余り上手くないんで黙って立たせといた方がいいんである。原作ではどこか浮世離れした昔風の儚げな雰囲気の女性なんで、羽田美智子、ふっくらし過ぎじゃん、ってのにも違和感を持った。78年の浜木綿子もちょっとな〜という感じだったけど、そんな女優さん、今時はいないから仕方ないかなあ。
 それより、お糸さんが野際陽子ってのはないだろう。これはもう圧倒的に78年版の千石規子に軍配が行く。基本的にあれは「かわいいお婆ちゃん」じゃないと感じが出ないのだ。「旦那様のお手つきでございましたのよ、ほっほっほ」と屈託なく笑うキャラを月影千草に演じられちゃあねえ(^_^;)。
 金田一耕助を間に挟んで、等々力警部の中村梅雀と井川刑事の火野正平が対立しつつ捜査に当たる、という図式はちょっとした新機軸だがさほどドラマに寄与しているとは言えない。初登場シーンではなかなか雰囲気のよかった火野正平も、後半、金田一の前でごく普通の役立たず刑事になっていったのは何とももったいない使い方だった。
 それにしても中村梅雀、顔立ちにも面影があるが、何よりその声が父ちゃん、爺ちゃんとそっくりである。特にくぐもった発声するあたりなどまるで区別がつかない。耳だけで聞いてたら、一瞬、爺ちゃんが蘇えって来たかと(^o^)。
 古いファンならご承知のとおり、梅雀さんのお爺ちゃんである故・中村翫右衛門は78年版『獄門島』で了念和尚を演じている。これで梅之助さんが何か演じてくれてたら親子三代で金田一作品に出演という快挙が成し遂げられるのだが。『獄門島』リメイクして了念さんを演じてもらうというのはどうか。もっともアレの原作には等々力警部出て来ないから親子共演というわけにはいかないけど。『悪魔が来りて笛を吹く』の玉虫伯爵でもいいぞ。
 さて、で肝心要の上川隆也金田一だが、2枚目半と言ったところで、可もなく不可もなく、と言ったところ。事件の真相に気付いて「そうだったのかあ!」と叫ぶところだけ目を剥いて演技過剰だったけど、それ以外はまあ落ちついた演技ではあった。金田一の持つ東北人の朴訥さは出てるような出てないような微妙なところ。でも原作の「中肉中背、小柄で貧相」というイメージ通りの金田一を描こうって制作者、全く出て来ないね。
 ドラマそのものについては、確かに細かいところを言い出せばキリがないが、概ね原作に忠実で、『明智対二十面相』のときのような、そりゃないぜって印象はない。一応この程度でガマンしなきゃならんのかなあ。
 祇園祭のセットがチャチだとか、照明が市川崑演出を意識して影つけてもビデオ映像じゃムードでねえよとか、欠点もあるが、これくらいの制作力があるなら、シリーズ化自体に反対はしない。いい加減『犬神』ばかりじゃなくて、未映像化の『白と黒』とかやらんかな。お茶の間にキツイ題材だってのは解るけど、悪質な中傷メールが横行してるネット社会に置き換えたら面白くなるとは思うけど。でも現在金田一が生きてるとしたら、もう89歳なんだよなあ。


 マンガ、竹本泉『よみきり▽もの』3巻(エンターブレイン/BEAM COMICS・756円)。
 読み切り作品ばっかなので、一作ごとに感想書いてたらキリがないので、一番お気に入りのやつだけ。
 『遠くの呼び声』、以前にも耳かき話描いてなかったか、竹本さん。
 けど、私も耳掻きをしてあげるのは大好きである。
 結婚して女房に何をしてやりたかったかっていうと、耳掻きをしてやることと白髪を抜いてやることと、怪談をたっぷり聞かせてやることだったんだが、しげの耳垢って液状で全くほじくりだしがい(どんな日本語じゃ)がないのである。
 誰か私に耳掻きさせてくれんか。もちろん男は御免被る。
 ……マンガの感想になってないな(^_^;)。

2001年10月02日(火) 新番組マラソン開始!/アニメ『FF:U ファイナルファンタジー:アンリミテッド』第1話「異界への旅」ほか
2000年10月02日(月) 出たものは全部食う、は貧乏人の躾か?/『名探偵は密航中』(若竹七海)


2002年10月01日(火) たかが賞金で金持ちにはなれない/アニメ『あずまんが大王』最終回/『西洋骨董洋菓子店』4巻(よしながふみ)

 今日からそろそろ衣替えかな、と思って、職場に背広を持って行ったのだが、結局全く袖を通さなかった。
 暑さにゃ弱いが、寒さには結構耐性があるので、風が随分涼しくなってはいるが、特に寒いとは感じていないのである。けど世間的には未だに半袖ってのはちょっと異常なんだろうなあ。こないだ芝居を見に行ったときも半袖だったの私としげだけだったし。私がTシャツだったのは、実際、そうでないと人いきれで暑苦しくなっちゃうからだが、しげの場合はただのドジ(しげは私と違って寒がりであるなので、救いようがないのである。……天神の屋上でも寒い思いしてたくせに、どうして長袖にしないのかなあ。

 こないだ職場の警備の当番をしたばかりだったが、同僚と交代することになったので、また居残り。今度は懐中電灯を持ってちゃんと見回り(前回は暗闇で廊下を見通すこともできず、戸締りの確認をし損なった箇所が多くて、警備会社からお叱りを受けたのである)。
 鍵の状態、以前と変わらず壊れまくり。
 業者に頼めばすぐに取り替えてもらえそうな気もするが、それともウチは予算がそんなにないのだろうか。慣れたはずなのに、前回より見回りに時間がかかる。戻ってくると上司から「今度は完璧ですか?」と聞かれるが、そんなん分るか。「さあ?」と答えると(このあたりのぞんざいな口の利き方が私の上司のオボエが悪い原因の一つだ)、「期待してるんですからね」と、やや懇願するような、でも何となく説諭のようなニュアンスも含むような口調で返される。
 ……たかが見回りに何の期待? それとも何かこれが査定の対象にでもなってるというのか?
 私は職場の連中の思考パターンが読めないことが多いが、こういう意味不明な言葉遣いをされるとウラに何かあるんじゃないかと勘繰りたくなるので精神衛生上あまりよくないのである。要するにあまりアテにならねえなあ、と思ってんだろうが、だったら視力のない私に夜の警備なんて任すなよ。イジメか?

 しげはもう、仕事の時間になっていて、迎えには来られないので、タクシーを拾いに、夜道をてくてく歩く。
 ここんとこ車での移動ばかりだったので気がつかなかったのだが、もう、草むらが秋の虫の音に変わってしまっている。……ついこないだまでツクツクボウシが鳴いてたと思ってたのになあ。
 昔は虫の音の違いも聞き分けていたのだが、もう脳細胞が随分死んじゃったのか、どの音色が蟋蟀やら松虫やら鈴虫やら轡虫やらとんとわからない。
 「ひひひひひひひひぃよ」と、甲高く笑う女のような音色を奏でてたのは何という虫だったか。


 帰宅して疲れ果てていたので、すぐにぐたっと寝る。
 目覚めたのは午前1時。6時間くらいは寝てたか。
 でもおかげで、アニメ『あずまんが大王』の最終回に間に合った。これも東京じゃ先週放送ずみなんだろうな。
 原作をほとんど改変せず、しかしアニメとして見せるというのはなかなか難しいのだが、ごく普通の仕草をキチンと描いて、さすがJ.C.STAFFというところを見せてくれた。音楽がどうも違うんじゃないかって気はするが、これは主観が働いてると思うんで、はっきり失敗である、とは断定しないでおこう。
 声優は、やっぱり榊さんの浅川悠(私はこの人を『ブギーポップ・ファントム』でしか認識してない)が、落ちついた声の中に少女らしさを漂わせていて、絶品だったと思う。
 噛み猫に「撫でていのか?」と言うときの、期待と不安と嬉しさと、その微妙なニュアンスを含んだ声が静かに流れると、そのあとやっぱり噛まれちゃうんだよな、とは思いながらも、榊さんと噛み猫の関係はこれでよかったんじゃないかなあ、という気にさせる。
 2番目はやっぱりおーさか。松岡由貴が本当の大阪人かどうかは知らないが、丁度いい気の抜け方だった。この演技は特殊で、ほかの役を演じたときにはこのほんやらした味わいはまず消えてしまうだろうが、これがキャリアになってくれればいいと思う。
 みんな一緒か。多分それは現実には夢なんだけれど、ゆかり先生の「あんたたちは大丈夫だろ。知らんけど」のセリフが、その夢に根拠を与えてるんである。なんだか『夢だっていいじゃない』という川原泉のマンガを思いだしちゃったね。


 部屋がそろそろ本もビデオもDVDも置ききれなくなってきている。
 本気でエロの冒険者さんに部屋を斡旋してもらわなければならなくなりそうな気配なのだが、如何せん、先立つものが全くない(^_^;)。
 こないだ、何の気なしに「小説でも書いて、懸賞に応募しようかなあ」と呟いたら、しげの目がランランと輝き始めた。
 「金持ちになると?」
 なるか(-_-;)。
 「お前、俺に面白い小説が書けると思ってるのかよ?」
 と言うと、「別に面白くなくても、テキトーな固定ファンがつけばいいやん。やったあ、金持ち化計画やね!」と、世間を舐めきった発言をする。
 そのときはそれだけで終わったつもりだったのだが、今日になって、しげからメールが送りつけられてきた。
 ……江戸川乱歩賞と鮎川哲也賞の応募規定(・・;)。
 しげは本気だ。
 しかもこんな恥ずかしいこと、日記にも書けないでいたのに、「なんで日記に書かんの?」と責められるので仕方なく書いた。これで私を追いつめようって腹だろうが、これで私がやっぱり小説が書けなくても、仮に書いて落選しまくっても、そりゃ、私に才能がないってだけの話だから、それだけのことである。
 だいたい日記の更新もホームページ立ち上げもままならぬと言うのに、小説が書けるというのか。
 少なくとも、誇大妄想で自分に才能があると吹聴するやからと同じと思われるのも癪なんで、先に言い訳しとこう。こんな弱腰の臆病者に、マトモな小説が書けるわきゃないのである。読者諸賢も期待しないように。


 マンガ、よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』4巻(完結/新書館/WINGS COMOCS・557円)。
 上手い。
 切ない。
 けれど、明るい。
 こういうマンガが描けたら、マンガ家冥利に尽きるんじゃないだろうか。
 わずか4巻で完結するとは思いもしなかったけれど、ダラダラ続くより、このくらいの長さが丁度よかったかもしれない。
 登場人物たちの昔語りも3巻までで一通り終わり、予想通り最終巻は橘のトラウマにケリをつける展開。
 橘が九歳のころに誘拐された事件と全くそっくりの誘拐事件が頻発に起こる。
 かつての事件の犯人の現在も描かれ、事件は再び彼の犯行なのかと読者に気を持たせつつ、刑事が橘のもとにやって来て張り込みを始める。
 未だにかつての悪夢に悩まされる橘は、自分が待ち望んでいたのは、過去に決別すると言うよりは、突然の犯人の変心で、放り出されてしまった過去の「続き」を、自ら紡ぐことではなかったかと気付く。
 事件は解決する。
 変わらぬように見えた時の流れも、確実に橘たちの身の上を少しずつ変えて行く。エイジはパリに発った。千影は「私がいなくても大丈夫だから」と言って去った。
 再び、『アンティーク』は橘と小野、二人だけの店になった。
 けれど、小野は言うのだ。
 「そんなに長い年月が経ったわけじゃない。この窓から見える家並だってあの頃とちっとも変わってない。なのに……今は店に二人だけだった頃がひどく懐かしい気がするよ……」
 それは多分、彼らの中でなにかが「終わった」からだろう。
 橘とかつての誘拐犯との最後の「出会い」。
 彼らの、お互いに対する感情に名前を与えることができるだろうか。
 愛でもない。憎しみでもない。もともと彼らの間には何もなかったし、今もなにか明確なものがあるわけではない。
 けれど、彼らは確かに今でもつながっていて……そしてそれが、多分、人と人を結びつける唯一の「絆」だから。
 だから泣けるのである。
 私は愛の物語では泣かない。だが、理屈のない、「絆」の物語にはどうしても泣けてしまうのである。それは、私としげを結んでいるものでもあるのだから。

2001年10月01日(月) 貴公子の死/ドラマ『仮面ライダーアギトスペシャル』/『終着駅殺人事件』ほか
2000年10月01日(日) スランプと○○○の穴と香取慎吾と/映画『マルコヴィッチの穴』


2002年09月30日(月) 今時の格闘オタク/アニメ『天地無用! GXP』第1話/『Heaven?』4巻(佐々木倫子)ほか

 岡田斗司夫さんの「オタク日記」、8月13日の項に、「私は格闘技オタクはキライだ」の記述がありビクッとする。
 アウトドアだのスポーツだなどと、そんなもんこの世にあるの? とばかりに、世間から隔絶し、ひたすらウチに篭るオタク(オイ)にとって、唯一共感を覚える体育系が格闘技、特にプロレスである事は論を待たない(そうか?)。
 もう我々の世代は『タイガーマスク』でプロレスに対する思いを擦りこまれちゃってるからねえ。40代、50代の男で、かつてアントニオ猪木のファンでなかった人間を探すほうが難しいのではないか。更には現実にタイガーマスクが登場し、ライバルのブラックタイガーやら(やたら弱かったが)、果てはウルトラマンだのウルトラセブンだの、獣神ライガーだの、いったい白いマットの上はジャングルなのかデパートの屋上の特設ステージなのかと、見紛うほどになっていたとき、当時の我々は、生きてるうちにこんな面白いものが見られるとは思ってもみなかったとむせび泣いたものだった。
 ああいうふざけた楽しさが岡田さんにはわかんないのかなあ、と思ってよく読んでみると、どうも岡田さんが毛嫌いしている「格闘技オタク」と言うのは、私のようなプロレスを「イロモノ」として楽しんでいるのとはどうやら違っているようなのである。どうやらプロレスを本気の勝負と思いこんでる連中を指しているようなのである。……今時いたのか、そんな連中。
 少なくとも、私が出会ってきた友人たちで、ジャイアント馬場やアントニオ猪木が本気で強いと思ってたやつは一人もいなかった(ガタイはでかいからそれなりには強いだろうが、少なくとも「地上最強」ではない)。
 プロレスの「強さ」は「演出」なんであり、だからこそ猪木の異種格闘技戦シリーズも楽しんで見ることができたのだ(モハメド・アリ戦は演出に失敗してたからつまんなかったけどね)。
 プロレスがつまんなくなっていったのは初代タイガーマスクが「本物指向」を打ち出してマスクを脱いだころからだったと思うが、度重なるプロレス団体の内紛、分裂がファンの興を削いでいったことは間違いないことだと思う。全日と新日に別れていたころは、それでもいつかはもう一度、馬場と猪木の再戦が見られるとファンは期待していたものだったが、その期待が薄れたころから新日は別の「抗争」を演出しようとして、それに失敗した。いくら弟子が師匠に反旗を翻そうが、それが「脱退して自分たちだけでやります」じゃあ、そりゃ露骨に戦うのを引き伸ばしているだけじゃん、としか言えなかった。戦えば結果が出ちゃうじゃないか、というハラだったのかもしれないが、引き伸ばすにしても限界というものがあるのである。結局、長州はどうなったんだ。もう私ゃプロレスからすっかり離れちゃったから、今の消息も知らないのである。確か初代タイガーは去年の参院選で落選してたと思うが。
 プロレスラーたちは、結局、自分たちが何を見せればよいかを勘違いしていたのである。
 プロレスオタクたちがアホになっていったというのも分らないではない。
 どう見てもつまんないものを面白いと思いこむためには、やはり自らを騙していくしかしょうがないのである。シューキョーにハマるのと同様に、もう他人の価値観を拒絶し、視野狭窄に自ら陥らねば、あんな知性のカケラもないただの肉玉のぶつかり合いに燃えられるはずもないのだ。結果、プロレスファンたちは「プロレスファンにあらざるものは人にあらず」みたいな唯我独尊主義を標榜することになる。
 でもなあ、オタクって結局、みんなこういう傾向があるんだよなあ。去年の「ゴジラ誉め殺し」も全くこれだし。私だって昔から「薬師丸ひろ子が出てれば名作」「原田知世に駄作なし」「加藤夏希が出るだけで映画」とアホは散々やってきているのだ。こーゆーのってシューキョーなんだから、強制さえされなければ「勝手にやってなさい」で、別に怒る必要もないことだ。岡田さんが格闘技オタクをそこまで毛嫌いするからには、何かよっぽどイヤな目に合わされたんではなかろうか、という気がしてならない。
 あるいは『フロン』に登場する岡田さんの周囲の女性たちの発言を読んだり、歌舞伎ファンについて岡田さんが書かれたものを読んでも思ったことだが、岡田さんの回りって、バカがやたら多くないか。人生相談みたいなことやり始めると、バカが本気で集まってくるんである(だいたい他人に人生相談しようなんてやからはバカか極悪人かのどっちかだ)。仕事の上でのこととは言え、バカバリヤーを作りすぎるのもあまりよくないと思うんだけどなあ。


 猫のしっぽや耳をはさみで切断し首を絞めて殺し、その画像をインターネット上で公開して動物愛護法違反の罪に問われた松原潤被告の初公判が、福岡地裁で開かれ、検察側は懲役6ヵ月を求刑した。
 あ、この事件、地元のことだったんだ。こーゆー世間から隔絶してウチに閉じこもったような(今日はこればっかや)人間が犯罪を起こすってのはいかにも都会的に見えるけれど、実際には村八分された人間のストレスの発露だったりするので、福岡もまだまだイナカだなあ、と思うんである。
 「会社で上司の期待に応えられないことなどから、自分を責めるようになり、動物虐待の書き込みで気を晴らすようになった。拾ってきて洗った猫に浴槽でふんをされ『裏切られた』と思って虐待した」のが動機だってさ。
 ……なんだかなあ、人間に裏切られたってんなら、まだ話も分らなくはないけれど、猫かい(-_-;)。人付き合いがヘタで、猫だけがお友達。赤木リツコか。「猫が死んだの」って一緒に暮らしてたらあいつも猫殺してそうだよな。
 なんか、落ちるとこまで落ちるっつーか、人間、駄目になっていくと、ここまで来るかってなもんだけれど、腑に落ちないのはそれをネットで公開したって神経だよなあ。いったいこいつはその虐待画像を公開することで世間からどんな反応があるか、なんの想像もしてなかったのだろうか。
 私のこの日記だって、職場のストレスのうさばらし的傾向が全くないとは言えないのだが、どっちかっていうと、私の意見に共感を持ってもらうよりも、「こんなバカなやつがいる」と読む人にが笑ってくれること、怒ってくれること(^o^)を目的としている。過激なことを書いてるようには見えても(私は全然そう思ってないのだが、人にはそう見えるらしい)、公的な人間に対する批判はしても、私的な人間に対する中傷はあくまで匿名に留めている。職場の連中への悪口が匿名なのはそのためだ。逆に、劇団の連中への悪口は、彼らが役者である以上はあくまで公人としての批判の範疇のもの。だから「芸名」を出してるんである。
 私ですら、この程度の判断力はある。さて、この猫虐待男に何の判断力があったというのか。これはもう精神鑑定の領域なんじゃないかと思うが、いつもなら弁護士が精神鑑定の要求をしたとかいう記事が載るもんだけれど、今回、そういう請求をしたような形跡がないね。つまり、弁護士も多分、こいつを牢屋にぶち込みたいんである。ウチで猫飼ってたりしてる可能性も大だな(^o^)。
 でもネットを散策してりゃ分ることだが、ネット上での極悪なサイトはこんなものではない。この事件だけが突出して報道されるってのは、やっぱり世の中、猫だのハムスターだの、人間以外のものでないと癒されない人間が増えてるんだろうなあ。言っちゃなんだが、「犯人を許すな」キャンペーンを張った連中のメンタリティも、この犯人とたいして変わんないのである。同族嫌悪ってやつだね。


 つくづく私はマジメな人間というのがキライらしい(^_^;)。
 いやね、またぞろ会議がウダウダと長引いちゃったんだけどね、まあ、「実効性のない正論」(キレイゴトとも言う)喋くるやつ多くってさあ。
 もちろん「正論」であるからには、一応理屈は通ってるんであって、反論するのは難しい。本気で相手を説き伏せようと思ったら、もう人格攻撃をするしかないんだが、それやっちゃうと別の意味で業務が滞っちゃうからやれない。
 結局、できもしない「正論」が罷り通っちゃって、仕事はわやくちゃになっちゃうんだが、もうこれに対抗する手段は「手抜き」しかないのである。ヘタにがんばってがんばって仕事しあげちゃうと、「あ、この予算でこれだけのことができちゃうんだ」とクライアントにも勘違いされる。歩合で働くアニメーターみたいじゃんか(-_-;)。
 問題は「手抜きがバレないように手を抜くにはどうしたらいいか」ということだが、ある意味やっぱりこれには徒党を組むしかないとこがあるんだよな。身の回りをうまく固めないと、完璧に孤立しちゃうからねえ。
 とりあえずは『三国志』を読みなおすか(^o^)。

 ともかく、会議が長引いたせいで、今日もまたしげを駐車場に30分以上も待たせてしまった。お詫びにしげに寿司を奢る。寿司屋についてはこないだぴんでんさんから「『すし大臣』ばかり行ってんじゃないよ」と言われていたので安い安い「しーじゃっく」。同じ三千円で食っても、二人で10皿以上、差が出るのだから、確かに普通はしょっちゅう「すし大臣」には行かないよな。
 しげは「ぴんでんさんはお金持ちなのに、どうして?」と疑問を口にするが、私ゃぴんでんさんがお金持ちかどうか知らないって(^_^;)。それに金持ちだって節約はするがな。
 それより、それだけ飲み食いしといて自分以外の人間は金持ちに違いないって思いこみ、他人から見たらすっげー癇に障ると思うんだけど。


 帰宅して、疲労が溜まっていたのでとりあえず寝る。
 早寝して、朝早く起きてパソコンやった方が時間が使えるのである。
 と思ってたのに、7時に寝たのに10時過ぎには目が覚めてしまった。丁度こうたろう君から電話がかかってきたので、東京行きについて打ち合わせ。
 ヨナさん御夫妻とあぐさんとも連絡が取れたので、今回の東京行きは小ぢんまりと妖しい店で歓談することになりそうである(^o^)。


 うまく起動しなかったしげのパソコン、どうやら直ったみたいである。
 しげのが動かない間、私のを使ってたのだが、私のは不必要なソフトが放置されたままで起動は遅いわ、デフラグはろくにかけてないわで、使いにくいこと夥しい。いや、私がメンテの仕方をしょっちゅう忘れてるからなんだけど。
 しげ、あまりに腹が立ったのか、私のパソコンをいろいろいじくって環境を随分よくしてくれたらしい。「らしい」というのは未だに起動が遅いからなんだけど(^_^;)。
 でも、久しく行かなくなっちゃったニフティの映画フォーラムなんかを消されたのはちょっと寂しかった。確かに書きこみはしてないけれど、覗くのはキライじゃなかったんだけどなあ。


 アニメ『天地無用! GXP』第1話「雨のち霧、時々不幸」。
 東京じゃもう放映が終わってるってのに、福岡じゃ今日から新番。しかも2時半からの深夜放映。全く福岡の放送局はアニメを冷遇してくれてることではある。でも『はれときどきぶた』『エクセル▽サーガ』のワタナベシンイチ監督の新作シリーズである。これを見ないでいられようかってなもんだ。
 『天地無用!』の旧シリーズとは世界が同じなだけで、主役も登場人物も重なってはいない。主役の山田西南(せいな)が柾木天地の後輩であるつながりがあるくらいのものだ。本編にも、魎呼が空飛んでる姿がチラッと映るだけ。
 その点、天地シリーズに新参のナベシン監督、自由にのびのびと脚色できている感じ。
 もともと『うる星やつら』的な世界観で人気を博した『天地』シリーズだったが、今回の主役、西南が、なぜか不幸を呼びこむ運命で、しかも結構スケベってところが、諸星あたるに近づいている。っつーか家族から見捨てられてるとこまで同じなんで、これはナベシン監督の確信犯だろう。パクるんなら堂々とパくれ! というポリシーだろうか。いやもう、盗作ギリギリのセンだなあ。
 でも品行方正で面白味に欠けた天地よりこっちの方が絶対面白いやな。つーかその運の悪さはあたる以上。自分の身の周りの人間まで不幸にしまくる。
 家にいると、家が営む店の客がいなくなる、携帯電話をかけている人のそばにを通るといきなり圏外。友人に会うと一人は田んぼに落っこち、一人はトラックに泥をはねられる。ここまで徹底してやってくれるからギャグが生きる。でもナベシンギャグとしてはまだセーブしてる方だな。『はれぶた』や『エクセル』は既に「暴走」してたからねえ(^_^;)。
 西南は、柾木家の親戚筋にあたる柾木霧恋(まさき・きりこ)にほのかな憧れを抱いてはいるが、霧恋はそんな西南の気持ちに気付いてもいない。つくづく不幸が身に染みついているのだ。
 さて、そんな西南がある日偶然、GP(ギャラクシーポリス)の雨音(あまね)・カウナックに出会い、「キミさぁ、GPに入らない?」と誘われたことから新しい騒動が。
 二人のヒロインの間で揺れるって設定は旧シリーズから踏襲してるらしい、っつーか、これもやっぱり『うる星』なんだよなあ。雨音がラムで霧恋がしのぶか。この定番キャラクターをどれだけ暴走させてくれるかが今後の見所だろうけれど、東京人はもう結末まで知ってんだよなあ。やっぱりそれがちょっと悔しいぞ。


 マンガ、横溝正史原作・秋乃茉莉作画『傘の中の女』(秋田書店/サスペリアミステリー11月号付録)。
 私は未だかつてこんなに妖しい金田一耕助を見たことがない(^_^;)。
 秋乃さんのマンガは好きだけどさあ、『リトルショップ・オブ・ホラーズ』のD伯爵と同じ顔で金田一耕助を描かんでほしい。イメージあまりに違いすぎるよ。それから原作は『金田一耕助の冒険』からのセレクトだけど、マンガ化に一番向かない作品を選んだ感覚が解らない。これ、絵で書くとトリックが一発でバレちゃうので(クリスティーの某有名小説からトリックをパクってるが、これの映像化作品も失敗作だった)、そもそもこんなトリックを犯人が考えたこと自体、不自然極まりないのである。
 まあ、いろんな作家さんに金田一を描いてもらうのはいいけれど、やっぱり原作選びと、作画担当者選びにはもちっと慎重に行ってほしいよ。でも少女マンガ誌じゃまずムリかなあ。


 マンガ、佐々木倫子『Heaven?』4巻(小学館/BIG SPIRITS COMICS SPECIAL・950円)。
 唐沢俊一さんが日記で激賞されていたが、1〜3巻とそう極端にレベルが上がったとも思わないなあ。前から面白かったし。
 もちろん、黒須オーナーの暴走を面白がるところに視点を置けば、その非道ぶりはこの4巻では弥増しているわけだから「俄然面白くなった」という感想は妥当なものだ。このマンガがそういう方向にシフトしていくとしても、それはそれで面白くなるんだから、別に文句をつける必要もないことである。
 けれどこの作品は、もともと寄せ集めの(オーナーの「カン」だけで集められたんだから当然そうなる)スタッフが、いかにしてこの最果ての地にある「ロワン・ディシー」を切り盛りして行くかの珍騒動を描くことにあったので、今巻のミステリー話とか幽霊話とかは、「番外編」的要素が強いのである。
 で、黒須オーナーの唯我独尊が本領を発揮してるのが、この「番外編」の方だということは、言い替えれば本編であまりオーナーを暴走させすぎると、話そのものが成り立たなくなってしまう危険を孕んでいるのである。
 だから、いかにもレストラン話っぽい、秋のメニューについてオーナーとシェフが対立する28、29話では、オチの部分以外、黒須オーナーは極めてマトモなのである。
 正直なところ、佐々木さんの作品として『Heaven?』はまだまだ発展途上にあるのであって、だからこそ荒削りなところ、チグハグなところが見受けられる。それを面白がるのはもちろん個々人の自由なのだけれど、もともと絵柄的に佐々木さんの作品は破天荒になりにくいのだ。『おたんこナース』が人情ものに流れていったように、これもギャグとして座りごこちのいいところに着地してしまう可能性の方が高いと思うので、唐沢さんのようにあまり裏読みして楽しんでも、最後には『李さん一家』でオチがついちゃって、あっさり終わって「なあーんだ」ってことになるんじゃないかって気もするのだが。
 サラリと読み流す程度で楽しんどきゃいいんじゃないかなあ。

2001年09月30日(日) 新人さんの名前は?/『不幸な子供』(エドワード・ゴーリー)ほか
2000年09月30日(土) 邪馬台国と背後霊と泥繋がりと/映画『モンティパイソン 人生狂騒曲』ほか


2002年09月29日(日) やっぱり被害に合うのはしげ。/アニメ『サイボーグ009・地上より永遠に』/DVD『マジンカイザー』第7巻最終話ほか

 しげのパソコン(ぴんでんさんから譲って貰ったやつである)が、突然起動しなくなった。
 「なんで?」
 と聞くと、「原因が分ってりゃ直してるよ」。
 ごもっともである。
 よく分らないが、システムを復帰させようとしたら起動自体しなくなったとか。パソコンに関しては私は全く役に立たないので、「ふーん」としか私には言えないのだが、それがまたしげのカンに触るらしく、やたらイライラしている。
 「これじゃ、アンタのパソコン使って作業するしかないじゃん」
 しかない、ってどういう意味だよ。オレの持ち物には触りたくもないってことか。腹は立つが、本気で困ってるのを怒鳴るのも何だし、まあ、がんばってみれば? とだけ言っておく。冷たいようだが、役立たずが口だししたってロクなことにゃならんから仕方がない。
 「どうしようかなあ、よしひと姉さまか、ぴんでんさんに相談しようかなあ」
 ……相談したって、パソコン上で操作してどうしようもないなら、業者に修繕してもらうしかないような気がするんだがどうなんだろう。でも案外「コードが抜けてた」とかそんなオチがつくんじゃなかろうか。
 それじゃまんま『電脳炎』だけど。


 唐沢俊一さんの27日付の『裏モノ日記』の記述に、鮎川哲也の訃報に関して、唐沢さんも探偵小説専門誌『幻影城』を読まれていたことが書かれていて、嬉しくなる。
 もちろん、徳川夢声の『ポカピカン』の朗読までやっちゃう唐沢さんが『幻影城』を読んでいらっしゃらないわけはないのだが、実を言うと、『すごいけどヘンな人』の林不忘の章で、彼の弟である地味井平造に一切触れていなかったことが、やや不満ではあったのだ。
 もちろん、今や本当に幻の作家と化した地味井氏のことを知る者は数少ないし、触れてどうということもないことは重々承知してはいるのだが、それを言い出せば、林不忘(or牧逸馬or谷譲次)だって忘れられている。四男である長谷川四郎の名前は挙げているのだから、やはり片手落ちだなあ、という印象は拭えなかった。失礼な話ながら、地味井氏の存在を唐沢さんはご存知ないのではないかとまでカングってしまったのだ。
 それが、今回、地味井氏の名前を、鮎川氏が発掘した幻の作家の筆頭として唐沢さんは挙げてくれていたのである。私の喜びがいかばかりのものだったか、お察し頂きたい。

 現在のミステリブームは、良かれ悪しかれ横溝正史の影響化にある。
 松本清張以降の社会派推理流行のために、一時期その活動を休止せざるを得なくなった反動で、横溝正史の復活は必要以上に高く評価されすぎたキライがある。新本格の作家たちは、横溝正史のケレン味しか踏襲してはいない。あまつさえ「社会派ってなんだったんでしょうね」とトンチンカンな発言までしている始末である。当の横溝正史が松本清張はしっかり評価していると言うのに。
 鮎川哲也は、社会派の台頭に乱歩も正史もへしゃげ、高木彬光すら変節して社会派にすり寄った中で、ほとんど唯一と言ってもいいほど動揺しなかった作家である。一時期は角川文庫で絶版状態にあった鮎川氏の作品群が、今は光文社文庫その他で手軽に読めるようになった。
 未読の方にはぜひお勧めしたい。その超然とした筆致が、あなたの真のミステリにかつえている心をきっと癒してくれるだろう。


 昨夜の飲み会で体力を使い果たしたのか、朝、起きられない。
 『龍騎』も『どれみ』も『ぴたテン』もしばらく見てないなあ。いや、見なきゃイカンと言うものでもないが、テレビQ、テレビ東京系のくせしやがって、東京でやってるアニメを以前ほどは放送しなくなってるんである。たまに放映されてても、深夜で起きてられないし(ビデオに録りゃいいじゃんと言われるけど、たいてい他に録るやつがあって重なるんだよ)。おかげで『あずまんが大王』はDVD買うはめになったぜ。
 それはともかく、一応、目が覚めはするのだが、ダルさが全身にこびりついてる感じで、また眠りに落ちる。そしてまた寝るのだ。そんなこんなで3時ごろまで過ごす。なんかまた精神的に参ってたのがカラダに来たのかなあ。でもチックは出てないから大丈夫だとは思うんだけど。

 しげ、練習から帰ってくるなり、「かき氷作って!」と叫ぶ。
 何でいきなり、と思うが、しげに理屈はない。急に食べたくなっただけのことである。
 「自分で作りゃいいじゃん」
 「違うと! アンタのが美味しいと!」
 氷には味はないし、シロップは私がかけてもしげがかけても同じである。
 それに、しげは食い方がやたら汚い。皿の中でかき氷をぐっちゃぐちゃに混ぜてどドロドロにして、すするように食うのだ。見てて気持ちが悪いので、作ってやりたくなんかない。
 けどこういうときのしげは、「作ってくれないとイヤじゃんイヤじゃん!」とわがまま王子ウラシマのようにいつまでもうるさい。
 しかたなく、かき氷を作って、メロンシロップをかけ、コンデンスミルクをかける。一応、シロップが上の方だけかかって、底の方は氷のままにならないように、中ごろで一度シロップをかけるのだが、ぐちゃぐちゃ混ぜられたら意味ないよな。
 ああ、やっぱりぐちゃぐちゃ混ぜてやがる。イヤだイヤだ。
 しげ、そのあとはくたっと寝る。やっぱり全然家事する気はないのだ。
 ……私のメシは? いや、自分で麻婆豆腐を作って食べましたがね。いつものことです。

  よしひと嬢からしげに電話があるが、しげは爆睡していて全く起きて来ない。
 パソコンの調子について聞きたいらしかったが、私じゃ相手にならない。
 で、気がついたらまたオタク話になっている(^_^;)。
 「『戦闘妖精雪風』、手に入れたよ」
 「あ、あれキャラデザインがダメです」
 神林長平のファンからするとアレは許せぬものらしい。
 「『WX�掘戮蘯蠅貌�れたから、そのうち見においでよ」
 もちろんそのあとには黒澤ボックスも控えているわけである。全くDVD三昧だなあ。
 よしひと嬢も今、原作の『009』にハマっているのだが、秋田文庫版には『天使編』が未収録だとか。発表順に収録しないで、テキトーな編集してるから読者が困るんである。でも今や『移民編』のオリジナル版は、どの出版社のも完全に入手不可。トシとっててよかった思えるときはその現物を自分が持ってることを威張れることくらいのもんだ。


 さて、で、今日はいよいよアニメ『サイボーグ009』の実質的な最終回である。
 題して『地上より永遠に』。サブタイトルをフレッド・ジンネマン監督の映画(っつーか、ジェームズ・ジョーンズの小説)からまんま取って来てるのはいただけないが、中身がよけりゃ細かいところはどうでもいいんである。
 今回はOPもカット、いきなり本編突入。これは第1話『誕生』と同様の趣向である。
 バン・ボグートとの戦いがあっさり終わってしまったのはやや拍子抜けだったが、これは後半に「タメ」を作るための措置だろう。原作通り、スローモーションで倒れるボグートを見たかった気もするが、まあ、もともと原作の表現自体が、黒澤明の『七人の侍』のスローモーションの手法をパクってんだから、そのままやるとシャレにならんのである(残像が残るのは『眠狂四郎』の円月殺法ですな)。
 004の「音」に関するセリフも短くなり、その代わり、006が死んだダフネたちの手を握らせてあげるシーンなどが原作にはない追加の演出。
 いよいよ魔神像が発動、ここで001が009に「君に任せる」とテレパシーで伝えるシーン、及び、003が握った009の手がスウッと消えて行くカットなどが追加。001はもっと冷徹だよなあ、とは思うが、これは原作ファンの思い入れであって、今回のアニメでファンになった人には、これくらいオブラートで包んだ方がいいのだろう。
 あとの大きな改変は二つ、一つはブラックゴーストの三つの脳を、男・女・子供に振り分けたアイデアは秀逸。彼らはまさしく人間の象徴だしね。私はちょっと水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』の「雪男・雪女・雪ん子」を連想してしまいましたが(^o^)。けど、内海賢二さんと来宮良子さんじゃ、声優、ちょっと濃すぎないか。あまり演技過剰になってもただのバカにしか見えないのは、スカールで証明ずみだし(若本さんファンごめん)。
 でもこれは最初の映画版の山内雅人さんがこれ以上ないってほど静かで底知れない怖さが感じられるほどの絶品だったので、比較しちゃ悪いかもしれない。子供が混じってるのは、モノクロ版の最終回でのオマージュか。実は子供が一番の悪魔って話も、『オーメン』とか『スプリガン』(^o^)とか、腐るほど見てきてるので、ありきたりではあるのだか、この『009』は原点回帰の物語であるので、これはこれでヨシ。
 おそらく一番賛否両論があろうと思われるのは、004の詩の朗読がカットされたことだろうが、版権の関係が生じてカットされたものか、単なる時間の尺の問題か。ドラマ的にここでの詩の朗読が勢いを止める危険もありはするが、そこは演出の実力次第でなんとでもなったのではないか。回想シーンや戦争シーンを交えつつ、それこそ「地上より永遠に」のテーマを訴えかけてほしかったなあ、と思うのも、原作ファンの愚痴かも。自分で読む時間を自由にできるマンガと、リズムを作り出さねばならないアニメのここが大きな差だ。これはあまり簡単に否定はできない変更ではある。でも今回、随分004がワリを食っている。機械の手でビーナの頬を撫でたところはグッと来たけどさ。
 でもやっぱり今回一番ぐっときたのは002だ。
 原作以上に、003と009の、触れそうで触れられない関係をやきもきしながら見てきた設定、これまでナンバーだけで呼びあっていたのが、最後の最後で「ジェット!」「ジョウ」と呼び合った演出、ほんのささやかな変更だが、「神よ」と原作で祈っていたセリフが「神様」と優しいセリフに変わったこと、002に関しては原作の改変がほとんどジャマになっていない。
 そして、彼ら二人を神様が救ってくれなかったから。
 それでもあの少女と弟が、神様に祈るから。
 だからかつて我々は、深い感動を覚えたのだ。
 大きな悪の細胞と、ちっぽけな善の細胞が消えたあとに残された我々が、やはり善でもあり悪でもあることを知ったから。
 これが『サイボーグ009』の最終回である。
 『GOD’S WAR』の続きが書かれずとも、最終3話が2話で打ち切られても、映画版がポシャっても、このヨミ編最終1話で、我々はこれまでのシリーズのテイタラクを全て許す。
 我々は二十数年、この最終一話を見るために生きて来たのだ。
 
 続けて『最終兵器彼女』の最終回も見ました。
 まあ、二人でらぶらぶやってて下さい(^_^;)。


 東京行きについて、こうたろうくんに電話。
 ヨナさん、あぐさんとの待ち合わせの段取りについて連絡をするはずが、気がついたらまたオタク話になっている(^_^;)。
 丁度テレビで「『アニメ名場面ベストテン』やってるのに見てないのか!」と叱られるが、私、ああいうオタク度低いの、見てて腹たつから、あまり積極的には見ないんだけど。
 で、言われてみたけどやっぱり腹が立ったなあ(^o^)。
 『ドラゴンボールZ』があんな上位にあることが信じられないし(まだピッコロが悟飯の前で初めて涙を流しながら死ぬシーンのほうが感動的だ)、『フランダースの犬』に1位を与えるのは記憶の中で物語が美化されすぎてるとしか言いようがない。当時の私は、『アルプスの少女ハイジ』のあとを受けて始まったこの話が、急に作画レベルが下がっちゃったんで、腹立ててたんだけど。アニメ見る前に原作読んでたってのも大きいかな。救いようのない話をなんで1年もかけてアニメにするかって反発もあったし。
 爆笑問題の田中が「上位三作(『犬』『カリ城』『ハイジ』)は妥当でしょうね」とかワケシリガオに言ってやがったが、世間一般じゃやっぱりそうなんだろうなあ。またぞろホームページ立ち上げてオタクアニメ名場面集なんてコンテンツ作りたくなっちまったが、さて、いつの日になるのかね。


 DVD『マジンカイザー』第7話(最終回)「決戦!! 炎の地獄城」。
 封入パンフに「原作のエピソードで使えるのをセレクトした」とあったが、ゴードンが使えるエピソードかね。
 原作マンガは相当荒削りなんで、作品として昇華させるためには、いろんなとこ補完しなきゃならないんだけど、どうも工夫が足りないっつーか、補完しまちがえてるっつーか。
 グレートが助けに来るのはいいとして、セリフだけで「あれが真のグレート」とか説明したって、どこがどう「真」になったんだか、「絵」で見せてくれないとなあ。
 あしゅら男爵を合体機械獣にするアイデアもなんだか安易だしなあ。司令官は司令官として振る舞うからこそ価値があるんであって、変身したり巨大化したりするとかえって、結局は戦うためだけの下っ端に成り下がっちゃうんである。ぶっちゃけた話、『仮面ライダー』で、「なんで死神博士の正体がイカデビル?」とか思ったでしょ。
 確かに旧シリーズにも機械獣あしゅら男爵ってのも出て来たけどさあ。あまりあしゅら男爵に中間管理職の悲哀みたいなところ、強調してほしくなかったんだけどなあ。一応、ゴードンを原作よりも遥かに小さくしたのは正解かもしれん。相手が巨大過ぎると、アクションを描くのが凄く難しくなるからね。でも、小さくした分、「最強の敵」って雰囲気もなくなっちゃったから、結局はプラマイゼロか。
 それにしても鳴り物入りで前回出したガラダブラ、あっさりやられるし、演出のこのヘタさ加減は何なんだろう。いや、作画やアクションが凄くいいだけに脚本と演出の実力不足が惜しくって仕方がないのだ。
 預言者「大いなる意志」がいきなり現れて、カイザーブレードを発現させるって展開、あれはナニ? 『マジンガー』シリーズって、ロボットものじゃなかったの? まさかこれまで『デビルマン』にリンクさせるつもり? それともあれ、『エクセルサーガ』? 声をアテてたのは玄田哲章さんだったけど。
 で、ムネからブレードを引き抜くし、まんま『少女革命ウテナ』(-_-;)。
 ボスのくれた健康器具が操縦桿の代わりになるってのも無茶だしなあ。そもそもコントロールパネルにそんなもん突っ込んだら、もっと機械は壊れるだろうに。今更、ドクターヘルが「どうだ甲児、仲間にならんか」とか言って誘うのもあまりに古すぎる。不満は多々あるけど、第二期シリーズに続くことが決まったらしいから、イマイチ盛りあがらなかったのは『ブロッケン編』(にしろよ)に続けるため実力をセーブしてたと好意的に解釈してあげましょ。なんたってホント、「作画だけ」はいいんだから。

2001年09月29日(土) 郵便ポストが赤いのも/『エクセル▽サーガ』8巻(六道神士)ほか
2000年09月29日(金) Sashimiと震災の真実とバーブラと/『爺さんと僕の事件帖』2巻(しかくの)ほか


2002年09月28日(土) こんぴーたなんて使えません/『まいっちんぐマチコ先生』1・2巻(えびはら武司)/DVDBOX『電人ザボーガー』

 昨日の『マリツァ伯爵夫人』の感想の続き。

 気位が高く高慢ちきな女主人公の設定、「私に逆らうなんて、あの人、どんな人かしら」とか、「まあ、妹だったのね、私の恋は終わってないわ!」とか、少女マンガのタームが随所に散見。この手の設定って、いったいルーツをどこまで遡れるのかね。
 しかも電光版の字幕の担当者、昔風の雰囲気を出そうとしてか、セリフも文字遣いもやたらコムズカシイ昔風の言いまわしを多用する。「若しや」とか書くなよ、若い人は「もしや」と読めずに「わかしや」とか読んじゃうぞ。
 「よくってよ」なんてセリフのおかげでマリツァはほとんどお蝶夫人のイメージ(演じてる役者はバーブラ・ストライサンドをちょっと美人にした感じだったけど)。しかもたまに翻訳者がなにをトチ狂ったんだか、慨嘆の声を「タハッ」なんて訳す。水木しげるか。もちろん、耳で聞いても「Ah!」としか聞こえない。
 ツゥパン男爵の「訛り」も、「ずんだらべっぢゃっぺよ」みたいな感じで、崩しすぎて所々意味が取れない。字幕の意味ねえぞ。
 そういうちょっとした欠点はあるが、全体的にありきたりな展開なのに、歌と踊りでダレることなく物語を繋いで、一向に客を飽きさせない。何より、盛りこまれるギャグが今でも全く古びていないのが素晴らしい。
 マリツァに相手にされないツゥパンがサラリとリーサに乗り返るいい加減さ、夫人に忠実なワリにやたらと酒をくすねる老使用人、心臓の弱い侯爵夫人の代わりに笑ったり鳴いたり怒ったりの表現をして見せる召使など、確実に客席の笑いを誘っている。
 一人9000円、二人分のチケットはチトお高かったけれど、それだけの代価を払って、少しも損した気分にはならなかった。特に妹役のリーサの子、ちょっとメグ・ライアンっぽくて、可憐で、「そうか! 妹萌えのルーツはこんなところに!」……ンなワケないか。


 帰りに「バーミヤン」で遅目の夕食。
 しげ、やっぱりエビマヨネーズを注文。私が注文したエビと鶏肉と胡桃の秋炒め、これもしげはエビだけつまむ。なぜそこまでエビが好きかな。そのうちエビの祟りでエビ女になるぞ。



 朝っぱらから録画しといた『プリンセスチュチュ』AKT7「からす姫」を見る。。
 ドラマも中盤に入って、一つの山場。
 ドロッセルマイヤーの三谷昇がやはり絶品、っつーか、いつ見ても思うけど、素顔からしてこのヒト、キてるようにしか見えないんだよねえ。声だけの演技なのに、三谷昇以外の何物でもないのが凄い。
 自分がみゅうとに心のカケラを取り戻していることが、かえって彼を苦しめているかも、と悩むあひる。悩みに悩んで猫先生と結婚までしてしまいそうになるからこれは本気で重症(^o^)。そんなあひるを見て、「お話が終わってしまう」ことを恐れるドロッセルマイヤーは彼女に語りかける。
 「どうしたんだい? もうプリンセスチュチュにはなりたくないのかぁい?」
 「だって、私がやってることって、みゅうとを傷つけるばかり……教えて!? どうしてドロッセルマイヤーさんは私をプリンセスチュチュにしたの?」
 「プリンセスチュチュは王子様に恋をしてるよねえ」
 「うん」
 「でも、恋しても恋しても憧れの王子様とは絶対に結ばれない運命なんだよねえ」
 「う、うん」
 「それが面白いからさ!」
 「……私やっぱりプリンセスチュチュやめる!」
 「……ひいいいい! しまったあ!」
 説得するはずが本音を言ってどうする、ドロッセルマイヤー。これはアレですか、話を面白くしようとして、必然性もなくキャラクターをいきなり死なせたりする手○○虫流の演出に対するアンチテーゼですか(^_^;)。
 「二度と会わないから」とみゅうとに別れを告げるチュチュ。けれど今までみゅうとに戻してきた寂しい気持ち、哀しい気持ち、怖い気持ち……その心が、みゅうとに彼女を呼び止めさせる。
 「君がいなくなると寂しい。君がいなくなると悲しい。君を失ってしまうことが怖い。だからここにいて、チュチュ!」……おお、今までの伏線が見事にここにシンクロ!
 脚本の横手美智子、うまいよなあ。たわばさんの奥さんにしておくのはもったいない(なんじゃそりゃ)。
 再びみゅうとに心を戻してあげようと決意するチュチュの前に現れたのは……新登場のこれぞライバル、プリンセス・クレール! 彼女の正体はダレか(バレバレだけど)、彼女はどうしてみゅうとに心が戻ることを邪魔するのか。
 うん、盛り上がってきたぞきたぞ♪
 しげに、「『プリンセスチュチュ』の『チュチュ』って、バレエの服だよねえ。『クレール』ってのも何かの服の名前なの?」と聞く。
 しげ、私を心の底からバカにしたような目で見て、ポツリと答える。
 「『クレール』って、『カラス』って意味じゃないん?」
 ……おお、そう言えば!
 思わず私も眼を見張る。しげがなんだか珍しく知的だ。
 未だかつて、しげが私にこんな知的なツッコミをしたことがあったろうか(いやない。反語)。
 いったいどうしちゃったのか、急に子供のころに落とした頭のネジが元に戻ったのか、天変地異の前触れか、と慌ててしまったが、あとになってフト気付く。 今回のサブタイトルが「からす姫」だったんだね。いやあ、うっかり見落としてたよ。
 ちょっとびっくりしてしまいました(^_^;)。


 5日の飛行機のチケット予約は取れたものの、代金の振込はまだ。
 早いうちに入れとかないと、また持病の金欠病が始まってしまう。
 ほかにも今日は父の店に行ったり、上映会があったりと、いろいろと用件が多い。しかも、しげは疲れて寝てるし夜は仕事だしで、今日は珍しく一人での行動である。久しぶりに慌ただしい1日になりそうだ。

 まずは医者に寄って、いつものクスリを貰う。
 診察されると、その分余計に診察料を取られるので、今月はちょっとこれも節約。看護婦さんに、「クスリだけでいいんですか?」と言われるが、よくないけど仕方がないのだ。浮いた分で予約しているDVDを買わねばならぬ。2週間しか取り置きしてくれないので、次の給料日に、というわけにはいかないんだよね(諦めるという選択はないのか)。

 病院の側のローソンの端末機を使って、振込の画面操作。
 白状するが、こういう細かいことは今まで全部しげにやってもらっていたので、私は全くの初めて。
 というか、こういうコンピューターを使った予約だの振りこみだのってのが何だか人の血が通わない感じがして敬遠してたのである。昔ながらの窓口販売のほうが安心感があるんだけどなあ。
 きれーなねーちゃんがさ、紺の制服に身を包んで(制服はやはり紺でなくては!)、にこやかに微笑んで言うのよ、「どちらまでですか?」。
 そこで、ソフト帽をハスに被った私が、唇の端をチョイと上げて答える。
 「君とならどこまでもさ」。
 いや、いっぺんでいいからやりたいとは思いませんか。男のロマンとして(^^*)。
 国鉄、JRのねーちゃんには○○(伏字にしてんだからクレームはしないように)も結構いるが、航空会社の受付のねーちゃんやすっちゃですさんで○○な人は滅多にいない。便利だからって、そんなねーちゃんとのせっかくの心暖まる触れ合いの機会を減らして、何がサービスなものか。いったい航空会社は男のロマンを何と心得ているか。
 え? 飛行機に乗るのは男ばかりじゃない?
 ……失礼いたしました。□\(- -;) ハンセイ。
 
 気を取り直して、画面を押して、登録番号を打ちこむ。
 ところが何度番号を打っても「予約番号が見当たりません」と出る。おかしいなあ、と思ってJASに電話してみたが、番号はやっぱり間違っていない。
 改めて予約を入れ直してもらって再度説明を見ながら挑戦。でもやっぱり変化はなし。
 「おかしいなあ、表示には番号を○○って打てって書いてあるけど」
 更に目を凝らしてよくよく見ると、その表示の下に小さく「でも会員じゃない人は○○は打たないように」。
 ……見えねーよ! そんな小さい字。
 何だか今日の間抜け度、いつになく高いなあ。
 でもなんとか入金を終えたので、これで来週の今頃は私はすでに機上の人である。逆に先々週までは東京行きなんて全く考えてなかったんだから、人間の運命なんてどう転がるかわからないものだ。ってそんな大袈裟なもんかい。

 博多駅の紀伊國屋書店で予約しといたDVD『あずまんが大王』と『マジンカイザー』を購入。ダイソーで安眠マスクを買おうと思ったが置いていない。ふらっと回るとコミックスまでここは100円で売っている。石川球太の『巨人獣』なんて思いっきりマニアなやつまで復刊して置いてあるが、残念ながら1巻がなかった。でも安さに惹かれて、つい、えびはら武司『まいっちんぐマチコ先生』1・2巻、永井豪『獣神ライガー』1・2巻を買う。
 マクドナルドで月見バーガー食いながら読みきったけど、やはり『マチコ先生』の、ただひたすらオトナのねーちゃんに触りたいという少年の欲望だけで描かれたマンガのパワーというものは侮れない。
 やはり少年の性欲を抑圧すりゃいいってもんじゃない。少年期にはマンガであれアニメであれ、オトナになるためのシミュレーションとして、偶像に対して憧れを抱くことが必要なんである。
 でもそうすると、私の場合、最初に「萌え」たのは『魔法使いサリー』のすみれちゃんとか『アタックNo.1』の鮎原こずえになっちゃうんだよなあ。しかもこずえの場合は中学生編のみ。あの縦じま2本の線とブルマー姿がよかったんだよねえ。……って、当時幼稚園児だぞ。なに考えて生きてたんだ、オレ。
 『ライガー』についてはもう感想は書きません。理由は推して知るべし(^o^)。

 姉の店に寄るが、珍しくお客さんがいっぱいで繁盛している。でもやっぱりお爺さんばかりだなあ。若いお客さんはもう床屋にはつかなくなって来てるんだよなあ。
 写真撮影の件について、父とあまり詳しく話してるヒマはなかったので、チラシだけ置いて帰る。


 8時からエロの冒険者さん宅でDVD『電人ザボーガー』ほかの上映会。
 DVDの提供者はぴんでんさん。この方もよくおカネが続いておられる(^_^;)。
 今晩はしげは仕事で、車で連れてっては貰えないので、自転車でエロさん宅まで。もう勝手知ったる道なので、トリメの私でもなんとか行ける。何回か信号見落としたけど、横から車が突っ込んでは来なかったから命は無事だ。

 今回、エロさんがお母さんから「くん」付けで呼ばれていることが判明。上映会の部屋はエロさん宅の二階にあるのだが、階下から、お母さんの「○○○くーん」という声が聞こえてきたのだ。
 ぴんでんさん、大笑いしてエロさんをからかう。エロさんも照れまくってるが、なーに、心配はいらない。私だってこのトシになって未だに姉からは「くん」付けで呼ばれているのだ。それどころか妻からは愛称で呼ばれている。抵抗したって無駄なものには抵抗しないのが一番。

 エロさん、海洋堂製作の戦車の食玩を見せて、そのディテールの細かさを得々と語る。全く、数年前までは食玩がここまでオタクたちの心を捉えるようになるとは思ってもみなかった。この戦車も集めたくなったが、そろそろブツを絞らないと、キリがなくなってきてるのである。

 しおやさんも合流して、4人での上映会。
 『電人ザボーガー』を死ぬほど見たがっていた獅子児さんは、今日は都合がつかなかったとかで、欠席。それで『ザボーガー』は1話だけの上映。

 まずはQ‐CONで獅子児さんとぴんでんさんが主宰した、武田信廣さんの講演とかち合ったために、たった8人しか客が集まらなかったという幻の企画、「ピープロの部屋」の編集ビデオ、『鉄人タイガーセブン』&『スペクトルマン』の迷場面シーンの再上映。
 まあチープな特撮と言えばこれくらいチープなものもないが、一番笑ったのは、海坊主原人をタイガーセブンじゃなくて、仲間の人間が倒しちゃうところ。タイガーセブン、いなくてもいいじゃん(^_^;)。それどころか誤って人間の子供をバイクで轢き殺したりするし、こんなドジなヒーローがかつていただろうか。ぴんでんさん超お勧めの「少女のすげえパンモロ」シーンには、残念ながら私は萌えませんでした。やっぱオレ、ロリコンじゃないな(^o^)。
 『スペクトルマン』は前回の上映会で見たものが多かったが、ぴんでんさんの編集が面白いのは、怪獣対決シーンをほとんど入れないところ。要するに人間ドラマのヘタレた部分、ヘタレたセリフを中心にピックアップしてるのだ。うしおそうじが見たら怒るだろうなあ(^o^)。

 『電人ザボーガー』第34話「ゴールド・ジャッカー! 首を捜せ!」。
 ストーリーを書くのはちょっとしんどいので割愛。
 いや、これもツッコミどころ満載なんだけれど、満載過ぎて書き切れないこと、分るからさ(^_^;)。
 ゲスト出演の子役時代の戸川京子、健康的で溌剌としていて、まさか20数年後に自殺しようとは、映像を見てるだけじゃ考えられない。当たり前だけど。
 この子のために、主役の大門豊のライバル、秋月玄は、悪之宮博士の命令に背けば腕を絞めつけられる腕輪をつけられるわけだが、フツー、こんなもんつけるのは自分を裏切らせないためだと思うでしょ。
 ところが悪之宮博士は一味違うのである。
 秋月が格闘の末、ついに大門を崖から付き落とし、トドメをさそうとした瞬間、悪之宮博士、「待て! ゴールド・ジャッカーはまだ完成していない! 大門を確実に倒せるまで攻撃をするな!」といって腕輪で絞めつけ、大門を助けちゃうのだ。
 あー、掴まった正義の味方を「じっくり殺してやる」とか言って殺すのを引き伸ばす悪役はいるけど、どう見たって確実に勝てそうなのに、助けてやる悪役なんてのがいたんだ。……要するに、脚本家が助ける方法、考えつかなかったのだね。ピープロは奥が深いわ(^_^;)。

 あとは第50話「大爆発!! ザボーガー基地」のハイライト。
 爆弾ハットの仕掛けた爆薬で、ザボーガー基地が破壊されるのだが、一応その炎上シーンはミニチュアを本当に燃やしてるのだが、その寸前の基地からの脱出シーン、合成の予算もセットを作る予算もなかったと見え、平面のただの書割り。
 おお、『オトナ帝国』のルーツがこんなところに!(^o^)
 こんなん、オレ、ガキのころ一生懸命見てたのかなあ。記憶がほとんどなくなってるんだけど。


 上映会が終わって、近所の焼きとり屋で、焼きトリ、ニラとじ、刺身など。喋ってばかりだから何食ったかあまり覚えてないのよ。
 ぴんでんさんの暴走、今日は一段と凄いが、「恐怖のエビ女」の話、これはもうちょっとしたら凄いオチがつきそうなのでまだ秘密にしておこう。
 もう一つ、これはまさしく今日ぴんでんさんが経験したちょっと素敵な話なのだが、ちょっと寂しい気持ちになったぴんでんさん、○○○○○○に行くほどの余裕はなし、○○○○○○○○○で、○○○○○○にした。なんと○○○○○○○、ぴんでんさんの○○○を○で○○○○○○ばかりか、そのあと○○○○○○○○○そうである。ぴんでんさん曰く、「そのとき、自分の○○○○○○○○ですよ。その瞬間、思いました。次も○○○○○○○ようと」
 ああ、ぴんでんさんって、なんていい人なんだろう!
 しおやさんが語る、福岡のマンガ喫茶の変遷など、時代の証言として面白いんだが、そういうのをまとめて発表する媒体が福岡にはあまりないんだよなあ。
 太閤さんがどうの、福岡と博多がどうの、金印がどうのって歴史はやたら語られるけど、庶民の風俗、文化の変遷という地に足のついた歴史は、いつでも忘れられ埋もれていくのである。こういう公開日記がそういうものの一助になればいいんだけど、聞いてた私ももうそこまで全部書いてる元気がない(^_^;)。
 いや、濃い方々と一緒にいるとネタが多すぎてかえって困るわ。

 河岸を変えて、また近所の深夜バーに移行。
 12時を回っていたし、外観がいかにもソレっぽかったので、「ちょっとこの店怖いんじゃ……」と言ったが、もうみなさん中にズンズン入って行く。
 中は暗いし狭いし、壁からトイレまで、ヘップバーンやモンローの写真が切り貼りしてあるセンスが、どうにもチープ。先に来てたカップル、後から来た連中が怪しいと思ったか、そうそうに退散するが、なんかマスターのヒゲ男の「……万円です」という聞きたくないような声が。
 しかも、注文してもいないのに、豚しゃぶだのマカロニなどが出されてくる。
 これはもう、この時点で覚悟を決めるしかないなあ、と腹を括る。
 ぴんでんさんは寝るし、そろそろ退散しようかと、ウーロン茶一杯だけ飲んでた(つーか、それ以上注文する気がなかった)私は、「ここの勘定は別々にしましょう」と言って、先に席を立ってカウンターへ向かう。
 こんな店でワリカンはご免だ、という、仲間を裏切る私の卑怯さである。すみません、エロさん、しおやさん、ぴんでんさん、一人だけ先に逃げました。(ToT)>゛
 それでも「千八百円です」のマスターの声には、ちょっと一瞬絶句した。ほかの方々はオン・ザ・ロック数杯で三千円近く取られたようである。私がワリカンにしてればみなさんの被害も少なかったのに、エロさん、店を出たあと、「申し訳ないからウーロン茶の代金払います」なんて仰る。
 そんなん受け取れるはずがない。(..*) オハズカシイ……。
 一応ガキのころから目端は効くほうで、こういう店でボラれた経験がないことは自慢だったんだが、つい油断したなあ。でも、これはまだまだ良心的な店である。中洲の裏の方じゃ、なんで警察摘発しねえんだって店、未だに腐るほどあるしなあ。

 帰宅して仕事から帰ってきたしげにその話をすると、「席料取られただけじゃん」と平然。こいつもいろいろ裏街道歩いて来てるからなあ。でも根性座ってるようで、幽霊話を怖がったりするからわけが分らんのである(^_^;)。

2001年09月28日(金) さらば長嶋/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 始動編』�掘��検憤舵�良和)ほか
2000年09月28日(木) 百鬼夜行とヤオイSFとデクノボーと/『イミューン ぼくたちの敵』(青木和)ほか



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藤原敬之(ふじわら・けいし)